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唐揚げの味

はじめての交流話。

唐揚げの味


全身を包む湯の心地よさに、知里佳は大きく伸びをした。

「今日は随分、遅くなっちゃったなぁ……」

レポートの提出期限が迫ってきているため、大学内の図書館が閉館になるまで、ずっと引きこもっていたせいだ。幾つかの選択肢の中から興味をもって選んだ授業が、「厳しい」と評判の教授のものだったのが、運のつきだ。必修ではないため、単位を落としても卒業に大きくは響かないが、奨学金をもらっている立場としては、成績はある程度を保ちたいところではある。

(もうちょっと……いろいろ聞いてから決めれば良かったかな……)

立ち回りの上手い学友達は、四月の時点で既に先輩から情報を集め、時間割りを立てていたようだ。そういった小器用さがない自分に、少し腹が立つ。

サークルに所属していないということも、大きいのかもしれない。できるだけバイトのシフトを入れたいがために、知里佳はサークルに入らないことにした。入学してしばらく経ち、それは少しずつ周囲の人間関係に影響を及ぼしつつある。

決して、友人ができなかったわけではない。昼食を共に過ごす友人もいる。だが、繋がりがどうしても浅く、狭い。

おかげで、大学内での学部外の知り合いと言えば、同じマンションに住む真壁くらいだ。引っ越し当日に声を掛けてもらい、あまつさえ飲み物までもらってしまったため、顔見知りになった幸運な例だ。知里佳のバイト先であるコンビニにもよく買い物に来るため、お互い一人の時はなんとなく挨拶するくらいの仲にはなれた。

(でも真壁さんて、初めて会ったときからすごく気さくな感じだったし……あんな感じで友達なんて、もういっぱいできたんだろうな)

だとしたら、彼にとって自分は大多数の中の一人でしかない。そう思うと、あまり親しげにするのも気が引けてしまい――そしてそんな自分の思考回路がほとほと嫌になる。


風呂から上がると、部屋の中に香ばしい、良い香りが漂っていた。頭を拭きながら匂いの元を辿ると、先程の帰り道で偶然会った「ジャスミンさん」からもらった袋だった。

「やばい……すごくお腹減るこの匂い……」

図書館で缶詰になっている間、うっかり夕飯のことを失念していた。香りに誘われるがまま袋を開けると、そこにはきれいに揚がった唐揚げが大量に詰められたパックが入っていた。

「うあー……美味しそう……」

食費もできるだけ切り詰めていたため、こんなにたくさんの肉を食べるのはかなり久しぶりだ。香辛料と醤油、油、何より肉の香りが鼻先をくすぐり、知里佳の食欲を刺激する。

「やばいなぁ……こんな時間にこんなの食べたら太るよなぁ……」

しかし、迷っている間にも唐揚げはどんどん冷めていってしまう。次の日に温め直して食べても良いが、それでは本来の旨味を半減させてしまうことだろう。

それはあまりにももったいなさすぎる、と知里佳は意を決し、冷凍している米を急いでレンジで温めた。

米を茶碗に盛り、更に箸とお茶を唐揚げの横に並べると、久しぶりの豪華な夕食だ。

「いっただっきまーす」

小さく呟き、さっそく唐揚げを口に頬張る。さくりとした表面の食感。そして噛むほどに口の中には肉汁と塩気の効いた味が染み渡る。

「すごい、美味しい!」

すぐに白米を口の中に運ぶと、唐揚げの油分と調和し、また違った旨味を覚える。鶏肉にしっかり味が染み込んでいるため、いくらでも米が進みそうだ。

「やだ、すごい。ほんと美味しいこの唐揚げ」

夢中で次の唐揚げに箸を伸ばし、はたと気がつく。

(そういえば「ジャスミンさん」、これ夕ごはんのつもりだったんじゃないのかな……?)

知里佳の働くコンビニで、いつもジャスミン茶を買っていく「ジャスミンさん」。平均的な男性の体格よりもかなり大きい身体つきの割りに、買っていくものが存外可愛らしいと、なんとなくそのアンバランスさをこっそりと楽しんでいた。夜のシフトのときに来ると、ほのかに良い香りもしていたため、余計に印象的だった。

先程、道端で偶然出会った彼は夜道を一人で歩いている知里佳を脅かしてはいけないと、かなり気を遣っていたようで、帰り際には「お詫び」にとこの唐揚げを知里佳に寄越したのだった。

確かに、急に目の前に息を切らせて現れたときには驚きはしたけれど。

だがそれが、一方的にとは言えみ知った人物で、しかも同じマンションの住人だったということは、心細い夜道を歩く上でかえってありがたくもあった。

(思わず受け取っちゃったけど……悪かったな……こんな美味しいのに)

「おやすみなさい」と階段を駆け上がっていった巨体の後ろ姿を思い出す。

彼は今頃、またジャスミン茶を飲んでいるのだろうか。唐揚げの代わりに、何を食べているのだろうか。

唐揚げが入っていた袋には、漢字で店名が書かれている。確かこの唐揚げは、バイト先でもらったと言っていた。

(中華屋さん、かな?)

だからたまに良い香りがしていたのか、と納得する。これだけ唐揚げが美味しい店ならば、知里佳の好物であるラーメンも、きっと美味いに違いない。

(取り敢えずは……お礼をしなくちゃ、かな?)

さすがに夕飯を奪う形になってしまったのだから、何かしら考えた方が良いだろう。

少し冷めた唐揚げを口に放りながら、知里佳は何となく愉快な気分を味わった。

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