第八話 助太刀と魔法
「きゃあぁぁぁっ」
そんな悲鳴を聞いた瞬間、俺がいの一番に危惧したことは、モブのトレインに巻き込まれることだった。
「キラ、ルイスさん。忍び歩き状態で待機しててくれ。ちょっと様子を見てくる」
「狩りに出て悲鳴はねーな。トレインだったらどうすんべ」
「対処できそうなら狩って、無理そうなら放置」
「おk」
「ドント ヘルプ ガール?」
「自業自得」
「オウ、ブシドー」
トレインとは大量のモブに狙われた結果、対処できずに大群を引き連れて逃げ続ける行為のことだが、これに巻き込まれると大抵ひき殺されるんだよな。
デスペナルティがまだ判然としていない以上、死ねば折角の収穫物がなくなってしまう恐れがある。
できれば、こっちに迷惑かからないところまで逃げ延びるか、死んでくれると助かるんだけど……。
どうやら、俺の願いは天に届かなかったようで、女の子の悲鳴と草をかき分ける大量の物音は順調に俺たちへと向かってきていた。
『あー……。くそっ。このままだと間違いなく巻き込まれるルートだ。二人は散開して隠れること』
そう念話で言い残して、件の物音へ向かって忍び歩きを敢行する。
草むらに隠れながら見てみると、物音の先頭をひた走っているのは、俺たちの着ている初期装備のチュニックとは異なるローブ姿の少女だった。
恐らくはプレイヤー。
多分、よくわかんないけど十代かな……?
小柄でローブの上からでも分かる細身の上に、きれいに整った青い短髪をボブカットにしているためか、とにかく幼い印象を受ける。
たぬきを思わせる丸顔を涙でびしょびしょに濡らしながら、少女は魔術師風の杖を抱えて一心に何かから逃げていた。
んでもって、彼女を追っているのは……。
「キチキチキチキチ」
赤黒い巨大なバッタがピョンピョンと背の高い草を飛び越えながら、少女を追いかけている。
おお、あれがマチルダさんの言っていたジャンパーかな。
思ったよりも迫力がある。
バッタと聞いていたけど、キリギリスだな。あれ。
顎が明らかに凶悪な形していて、その肉食性をひしひしと感じさせてくれる。
アレに噛まれるのはちょっと嫌だなあ……。
「だ、だだ誰かぁぁぁ……。誰かいないのぉぉぉ……!」
ジャンパーの数は二匹。
スリーマンセルで対応できるか、難しいところだ。
スニークアタックが成功すれば、初撃で一匹はやれるかもしれないが、芋虫と比べるとかなり機敏で、そもそも当てられるか分からない。
「誰かぁ!」
……悩ましい。
MMOなんだから、プレイヤー同士は助け合ったって良い。
むしろ、レベル制MMOと違い、スキル制MMOではスキル上げ判定の機会は平等に与えられているのだから、足りないものを補いあう姿こそが理想的なプレイ像といえる。
ゲーマーの良心に則るなら、ここで助けに入るべきだろう。
――だが、敵の強さが未知数なのだ。
失うものが何もないなら、様子身特攻も選択肢にはいるんだけどなあ。
ノリでパーティーが危機に陥るようなプレイングは臨時パーティーでは御法度だ。
彼女を助けるに踏み切るための、もう一押しの要素が足りなかった。
「だ、誰かぁ、いないのぉっ!?」
少女の声に荒い息づかいが混じり始めた。
STの枯渇も間近に迫っているようだ。
……これはもう追いつかれるな。
一度追いつかれてしまえば、そこに待っている運命は明白そのもの。
彼女はジャンパーの集中攻撃を受けて、死亡する。
ん? それなら……。
『二人とも、悲鳴は聞こえてるよな。大至急、悲鳴の許へと合流お願い』
『ラジャー』
『アイ アンダスタン』
ついに青髪の少女の足がもつれた。
その機を逃さず、ジャンパーの一匹が跳躍して彼女にのしかかる。
「げふ……っ」
体から酸素を無理矢理絞り出されたようなうめき声とともに、青髪の少女はジャンパーに組み伏せられた。
って、ジャンパーの前足やばいな……。
トゲがびっしり生えていて、獲物を絶対に逃がさない形状しているわ。
これは一刻の猶予も許されない。
「ひぅ……っ」
焦燥にまみれていた少女の顔が、絶望に凍り付いていく。
ジャンパーの凶悪な顎が彼女の肉体を噛みちぎらんと細い首のすぐそばで開閉を繰り返す。
『……二人とも、まだ?』
『後三秒くらいっぺえ』
『ア フュウ セック』
……ぎりぎり間に合わないな。
『敵は巨大バッタ。先行してスニーク仕掛けるから、状況を見て追撃仕掛けて』
そう言うや否や、俺は少女にかまけて背中を無防備に晒しているジャンパー――ここでは便宜上ジャンパーAと呼ぶ――に向かってナイフを腰だめに突進した。
もう一匹のジャンパーBが気がつくが、俺を止める手だてはない。
全体重をかけて突き出されたナイフは、昆虫特有の甲殻に覆われた頭部と胸部の隙間を食い破り、そのまま吸い込まれるようにして根本まで突き刺さった。
「キチ……ッ!?」
たまらず、ジャンパーAが少女を放して暴れ回る。
背中に取り付いた俺を振り落としたいのだろう。
折角の背面ボーナスだ。
そう簡単に……。ふえぇ、こいつ暴れすぎ!
「ええいっ、暴れんな! くそっ!」
辛うじて突き刺さっているナイフを支点に、俺の身体は振り回される。
その最中、俺と少女の目が合った。
信じられないものを見るような目だった。
「あ、あ……」
「ほ、ほら、早く距離とって!」
その言葉にハッとした彼女は、無言でその場から這って逃げようとする。
部位ダメージでもあんのか?
敵はもう一匹いるんだから、そんなのろのろとした動きじゃ……。
「って、案の定だよ! 立ち上がって走れ!」
折角の獲物を逃がすまいと、ジャンパーBが逃げようとする彼女に飛びかかる。
ジャンパーAを相手取っている今、俺に彼女のフォローを行う余裕はない。
まさに絶体絶命――
祈るよりほかにないこの局面をはねのけたのは、駆けつけたルイスの手に持つビッグ・スラッグの頭部甲殻だった。
「ディフェンス ポジション!」
頭部甲殻は、ジャンパーBの凶悪な顎をも物ともしない硬度を備えていた。
ルイスが取っ手のない頭部甲殻を両手で持ちながら、姿勢を低くして彼女をかばう位置に着く。
メイン盾だ。
メイン盾がやってきたんや!
この安心感……。やっぱMMOに盾は必要だと確信した瞬間でした(小並感)
「タク氏、そいつ体勢崩せねえ?」
もう一人の援軍、キラが棍棒を持ってこちらに駆け寄ってくる。
「ちょっと待ってろ……!」
俺はキラの要求に応じるべく、振り落とされないようしがみついていた身体をあえて重力に委ねることにした。
勢いのついた俺の身体につられるようにしてナイフが、ジャンパーAの肉を斬り裂き、暴れ回る。
たまらずによろめき、腹部を見せるジャンパーA。
そこにキラが渾身の力を込めて棍棒を降りおろした。
「うりゃっ」
鈍い音が響きわたる。
どうやら腹部は甲殻に覆われておらず、十分なダメージが通るようであった。
一撃、二撃、三撃と何度も繰り返す内にジャンパーAの動きは鈍っていき、やがて動かなくなった。
って、こいつ初期配置モブの癖に体力あり過ぎだろ。しぶとすぎんだけど……。
とはいえ、なんとか一匹は仕留めることができた。
残るはルイスの鉄壁の守りを相手に攻めあぐねているジャンパーBのみだ。
「次、ジャンパーBに集中攻撃! ルイスさんも攻撃に加わって!」
「おいさ」
「パワァァァ!」
俺たちはジャンパーBに殺到するようにして、怒濤の集中攻撃を敢行した……が、当たらない!
不意を打てず、俺たちに対する備えのできていたBの敏捷性と戦闘能力は想像以上で、俺の攻撃を跳躍で回避し、キラを凶悪な後ろ足で蹴り飛ばし、ルイスのナイフを甲殻で弾きまくる。
って、これ詰む流れなんだけど!
何か良い手は……。
俺は、藁をもすがる思いで青髪の少女を見た。
「君!」
「え、あっ……。うぇっ?」
「君だよ。青い子! このままじゃ千日手なんだよ。君も攻撃に加わって!」
「で、でもボク……。魔法しか……」
両手を胸に、ぎゅっと握り拳を作って戸惑っている。
見るからに恐怖を感じている様子だ。
そりゃあ、目の前で肉食バッタの顎がキチキチなんていう、パニック映画の1シーンみたいな光景を目の当たりにした後では、恐怖を感じないわけはない。
けど、そうも言ってられないのよ。
無駄なデスペナは嫌なのよ……。
「それでいいから! 早く!」
俺の叱咤を受けて、彼女は急かされるように腰の革製鞄から巻物と小瓶を取り出した。
その間、十秒。
俺はジャンパーBの強烈な蹴りを受けて、空中できりもみ飛行を堪能していた。
なにこれ、しゅごい。くっそ、痛ぇんだけど……。
「え、えええっと……。魔法触媒を発動器――指とかにつける。巻物の紋様をなぞる。巻物が光るから……。敵を指さす……」
その間、十秒。
落下途中の俺に追撃の蹴りがぶち当たり、ごろごろと吹き飛ぶまで十分な時間であった。
やだ……。お空がすごく青くて綺麗。
「最後に、キーワード……。ええっと、マ、マイナー・エナジーボルト。テイク・ザット・ユー・フィーンド!」
彼女のうわずった詠唱を契機に、巻物から青白い光の矢が一本飛び出した。
光の矢は一直線にジャンパーBへと突き進んでいく。
ジャンパーBが光の矢に気がつき、その場から跳躍する……と、光の矢もそれに伴いぐいっと追尾していった。
「すげえ、自動追尾かよ」
魔法、チート過ぎじゃね。
光の矢はジャンパーBを見事打ち落とすことに成功した。
地面に激突したジャンパーBにとどめを刺したのはルイス。
俺とキラはダメージ受けすぎてそれどころじゃなかった。
「オォォォバァァァ!」
ルイスの勝ちどきが上がり、事態の終息が告げられる。
戦果はジャンパー二匹。
被害は甚大なるも、死者は0。
……うん、悪くない感じだな。
「……とりあえず、乙。キラとルイスさん、それに……」
勝利を分かちあうべく、青髪の少女へと目を向ける。
すると、彼女は無事に助かったことを喜ぶどころか、顔を真っ青にしてその場にうずくまってしまっていた。
「お、おい。大丈夫か?」
緊張の糸が切れて、身体に力が入らないとかそういう類だろうか。
生憎、人が具合悪い時の対処法なんて分からんぞ……。
おろおろとする俺に対して、少女は涙目で見上げてきた。
「だ、だだだ大丈夫じゃない……」
言葉を最後まで言い終えるより先に、うぷっと何かをこらえるように少女がえづく。
「ま、魔法使うと……」
「……使うと?」
「目の前がぐるぐるして、すごい気持ち悪くなるん……うぇっ」
その後何があったかは詳述しない。
ただ一つ言えることは、一見チートスキルに思えた魔法には、どうやらシステム上思わぬ副作用があるらしいということであった。
キャラクター名:タクミ
性別:男
称号:漂流者
HP:3/18
ST:6/20
MP:10/10
攻撃力:7
回避力:7
防御力:7
命中力:9.6
満腹値:60
水分値:52
生体情報:23.4%
基礎スキル
STR:6
VIT:6
STM:7
AGI:6
INT:1
MIN:0
DEX:5
SCN:1
熟練スキル
水泳:1
軽業:2
木工細工:1
忍び歩き:2
刀剣:5
落下耐性:1
装備
賢者の短剣
種別:刀剣
射程:短
ATK:1
HIT:120
攻撃速度:50
旧大陸のチュニック
AC:ー1
DEF:1