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第一話 ハロー、ユアワールド

 妄想の中で、俺は未知のボスと対峙する。

 事前準備は万全だ。buffも可能な限り重ねてあるし、HPバーもSTバーも、MPだって1ドットも減っていない。

 後は当たってみてのお楽しみってとこだな。

 盾を構えて、ボスに立ち向かう。

 攻撃アタックする。ヘイトを稼ぐ。ダメージを受けた。

 攻撃アタックする。ヘイトを稼ぐ。ダメージを受けた。

 HPバーの残り具合を、治療師ヒーラーに向けて連呼する。

 即座に回復呪文が飛んでくる。

 回復呪文の間に合わなかった奴が、隣で力尽きた。盾役じゃない、アタッカーの奴だ。大方、秒間ダメージ量を間違えてヘイト稼ぎすぎたんだろう。


 治療師は大忙しで走り回っている。

 攻撃アタックする。ヘイトを稼ぐ。ダメージを受けた。

 攻撃アタックする。ヘイトを稼ぐ。ダメージを受けた。

 攻撃アタックする。回復の要請が遅れて、死亡した。

 大人しく、蘇生呪文リザを待つ。

 ギルドの治療師は凄腕ベテランだ。蘇生が来るまで、二十秒もかからない。

 それでも一度体勢の崩れたパーティの面々は大慌てになってしまっている。

 今のは俺のミスだなあ。


 攻撃して、ヘイトを稼いで、ダメージを受けて、死んで、倒して。

 莫大な経験値や、ドロップアイテムを分かちあう。時には、外れドロップや、何の役にも立たない勲章トロフィーアイテムだけが報酬の時だってある。

 それでも、ゲームをするのが楽しくて。

 プログラムの上で数字が0から1に増えていくことに、壮大な物語を感じ取って。

 サービス開始のスタートダッシュも、季節イベントも、エンドコンテンツも。

 皆と一緒に先陣を切るのが、夢中になるほど楽しくて。

 ゲームタイトルがサービス終了を迎えた時には、ギルドの皆で夜通し打ち上げチャットをするんだ。


 何も残らないけど、何かある。

 俺はそんな世界に生きている。



「おい。聞いているのか、開明かいめい君」

 VR会議室内に響きわたる係長の怒声で、ハッと我にかえった。

 無機質な白色の電脳空間。

 四隅には 一見して電子データ(つくりもの)と分かる観葉植物が置かれていて、その緑色とは対照的に、課長のアバターが怒り顔を見せている。

 ソファにふんぞり返った威張り調子まで再現とは、えらくエモートの豊かなアバターだな。

 髪の毛はだいぶ増量してあるみたいだが、そこは敢えて気にしないことにする。


「はい、何でしょう」

 正直、話半分どころか最初から全開で聞き流していた。

 多分、今回提出した計画書についての話だとは思うんだけど。


「何、じゃない! この計画について、説明しろと言っているんだっ」

「ええと、文書データの通りです。何か問題がありましたか?」

「そうじゃない! 口頭で説明しろと言っているんだ。基本だろうが!」

 いや、読めば分かるじゃん。じゃんじゃんじゃん。基本的な内容だろ。

 何で二度手間しなきゃいけないわけ?

 うんざりしている俺の耳元に、プライベート回線で可愛らしい音声が受信される。


『総指令。火星方面から遠征部隊が帰ってきたよぉー』

 おお、ご苦労さん。

 片手間にやっているソシャゲの定時報告だった。

 MMOはエネルギーを使うから、片手間にやるならソシャゲの方が向いている。

 ただ、運要素が強すぎるし、自分で運命を切り開くっていう血沸き肉踊るような熱さも感じられないから、痛しかゆしではあるんだよな。


 俺は係長の前で直立不動のまま、後ろ手に入力媒体インターフェースを表示をした。

 ピピッと再遠征を指示っと。

 またいってらっしゃい。戦闘妖精ちゃん。


「全く、君の態度は何だ。入社してこの方、一向に改善が見られんな!」

「はあ、すいません」

 俺はそわそわしながら、自らの視界に覗かせた時刻表示ウインドウを注視していた。

 正直、こんな無駄なやりとりを長々と続けている場合ではない。

 今日は待ちに待ったVRMMOタイトルの発売日なのである。

 後、5分で発売する。

 勿論、予約は発注済み。

 通販サイトも、既に品物を発送したと連絡をよこしてきている。

 まだかまだか。

 身体をうずうずとさせながら、後4分まで差し掛かった。


「この調子では、来期の契約更新は考え直さねばならんかもな? んんっ?」

 脅しのように言ってくるが、それは無理だろうなと、内心断言する。

 何せ、俺の専門にしているVR受信機器関連の開発整備業務は技術を持つ者がまだ少なく、この上ない売り手市場なのだ。

 金とやる気に満ちたご年輩の方々は、未だVR技術に馴染むだけで、手一杯。

 目の前でガミガミ言っている係長もその類で、結局のところ計画文書の内容がいまいち理解できないから、こうして俺に当たっているに過ぎないのだ。


 かと言って俺より若い奴らを使おうものなら、俺を相手にする以上のトラブルに見舞われること請け合いである。

 何せ、あいつらときたら次世代技術をゆりかごに育ってきたせいで、俺より扱いづらい新人類に仕上がっている。

 流行のDTM曲を口ずさみながら、携帯端末を片手にバイトして、同時併行で友人とのオンライン雑談や、ネット彼女とのいちゃつきまでこなせる連中だ。


 俺ですら異星人かよと思うくらいだから、古い人間にとっては尚更だろう。

 ジェネレーションギャップの限度から考えても、俺が首を切られることは、まずないと言って良い。


 まあ、そんなことよりゲームがしたいよ。

 発売まで、後1分。

 ピッピッピッと、耳元で秒針が電子音を立てる。

 まだか、まだか、まだか。

 そして、ようやく……。その時がやってきた。


 次世代型VRMMOタイトル、『Beyond The World Online2』の正式サービス開始である。

 極限までやりこんだ前タイトル、『Beyond The World Online』、略してビヨオンのサービス終了から二年と少し余り。

 次回作を待ち望んで、製作会社のHPを逐一チェックする月日を堪え忍び続けた俺の前に、ようやっと再び青春の日々がやってきたのだ。


「あっ、係長。今日は僕半休もらってますんで、もう上がりますね」

 うきうきした調子でそう告げる。

「おい、待て! まだ話は終わってないぞっ」

「スケジューリングも、チームメンバーへの内諾ももう終わってます。後は係長のハンコだけなんですよ。大丈夫、大丈夫。いつも通りのことですって、じゃあ!」

 お疲れさまでした、と会議室からログアウトした。


「……ふう」

 独特の浮遊感を感じた後に、VR空間から現実の世界へと帰ってくる。

 クリーム色の壁紙に、旧時代の紙状書籍棚とベッドにちゃぶ台、俺の尻に敷かれた座布団、デスクトップ端末だけが置かれたシンプルな一人部屋だ。

 俺は『NT-create』とロゴをされたヘッドギア型VR機器を一端ちゃぶ台に置いて、用意しておいたジャンクフードを胃袋にかっこみながら、デスクトップ端末を起動した。


『ご注文の品が届いております』

 やったぜ。

 時間通りとは流石、雑木林。

 早速、VR機器とデスクトップを接続して、インストールを開始した。


 1パーセント、2パーセント……。

 投影されたホログラム画面中に白亜の城が映っており、画面下部ではインストール進行ゲージがじわじわと進んでいっている。

 ゲームのインストール進行画面って、すげえワクワクするんだよな。

 期待に胸膨らませながら、口をもぐもぐと動かす。


『メールだよぉー、総指令!』

 ちゃぶ台の上に放置してあった携帯端末から、メールの着信を告げる戦闘妖精ちゃんの声があがった。

 未読メールが数件来ているな。

 どれもネトゲ友人からの連絡だった。


『ビヨオン2今北。早速プレイするわ』

『一番乗り。フラゲ。私。マッハ』

『うちにも新パッケージ届きましたよ。今度はどんな冒険ができるんでありましょうなあ(=^o^=)』

 何か、片言のやつが混ざってるんですけど……。

 よっぽど早くプレイしたいんだろうな。

 まあ、俺だってそうだ。

 今か今かと膝を指で叩いている。

 手持ち無沙汰にデスクトップのホログラムを分割投射して、本日のニュース映像を受信した。


『電脳産業の先駆け、ネオテミー・クリエイト社が手がける新規ゲームタイトルが本日リリースされました』

 ビヨオン2のニュースやってるじゃん。

 しかし、NT-C社も手が広いよな。

 医療関係から社会福祉、そしてゲームまで手がけているなんてさ。

 流石、うちの親会社様ってところだ。

 しばらく食いっぱぐれる心配はなさそうで安心した。


天地あまち博士、拡張世界論の補説を展開。実験により、規律のある電子情報を一定量、超々高密度に配置すると、自己増殖を始める現象を観測したとのこと。この研究は宇宙の起源と終焉を考察するのに、非常に有意義なものであると……』

 相変わらず、よく分かんないことやってんな。この博士。

 NTCの技術顧問ってことしか、把握してないけど。


 新規ニュースを一通り見終えて、食事をすべて胃袋に納めるのとほぼ同時に、インストール進行画面に完了の文字が踊った。


『無事にパッケージプログラムがVR端末へ転送・インストールされました』

「よしっ!」

 俺は喝采をあげて、ヘッドギアを装着する。

 首の裏に移植されたVR情報の受信機と、端末の同期を開始して。

 しばし目を閉じて、意識が電脳空間へ埋没するのを楽しみに待ち……。再びの浮遊感。

 次に目を開けた時には、自室が真っ白な電脳空間に取って変わられ、目の前にはゲーム世界に続く門がそびえ立っていた。



『ゲームを開始する前に、生体スキャンを開始します。これは法律に基づいた正しい手続きです。偽装アプリは違法となります。ご注意ください。繰り返します。偽装アプリは違法となります。ご注意ください。』

 どこからともなく、感情の見えない女性の声が降り注いできた。

 プレイヤーアバターを作成するためには、まず生体スキャンが必要になるのだ。

 高度電脳社会生活法補則・第五条。電脳空間利用者には、犯罪抑制のために生体情報提供の義務が生じる。


 一昔前までの電脳空間では、身分・性別・顔かたちの詐称なんて基本中の基本だった。

 そのせいで急増した電脳犯罪を防止するために、事前の生体スキャンが義務づけられたのだ。

 ゲームによっては、アバターを極度にいじることも禁じていたりする。ビヨオンもその類だな。

 アバターといえば、確か電脳犯罪で一番ショッキングな事件は、公衆猥褻罪だったんだっけか。

 ネカマで、自分の身体にセクハラするのが一時期はやりまくったとか。

 因果応報をすごく感じるわ。


 生体スキャンが終了して、目の前できらきらとした虹色光が離合集散する。

 まず、光が収束して生み出されたのは、『Beyond The World Online2』のタイトルロゴの投射映像だった。

 タイトルロゴがぐにゃりと変化して、次に大陸の形へ変わっていく。

 冒険の舞台となる大陸かな?

 視点が変わり、雲の流れる空が見え、続いて大海原が見えてくる。

 その中にポツンと浮かんだ貧相な小舟に、一人の人間が立っていた。

 俺だ。

 正確には、俺がゲーム上で使うことになるキャラクターってところか。


『アバターはこちらでよろしいでしょうか』

 俺はこれから世話になる自分の身体を、上から下までまじまじと見つめた。

 短髪の黒髪。中肉中背の男性が薄い茶系統で統一された西洋風のチュニックを着て、モデル立ちを決めている。

 うん……。イケメンでもなく、ブサメンでもなく、何の変哲もない二十代だな。

 服装その他も、クラシカルなファンタジー作風に準じていて実に良い。

 髪の色くらいは変えられるけど……。面倒くさいからこれで良いや。

 ゲームで大事なのはアバターじゃない。

 スタートダッシュの方が何倍も大事なんだから。


「契約関連、オールオッケー。ゲーム関連のダイレクトメール、オール拒否。ただし懸賞企画は……。まあいいや、限定受信希望っと」

 俺はパパッと確認のポップアップホログラムを流れるようにタッブしていって、最後にキャラクター名を入力した。

 キャラクター名はタクミ。

 本名が開明かいめい拓見たくみだから、まんまと言えばまんまだったりするけど……。まあ、ゲームで大事なのは名前じゃない。

 大事なのはスタートry。


『以上で、入力を完了いたします』

 おう、ゲーム開始はよ。

 新しい冒険が俺を待っている。


『異世界フォーケインでの新たな人生、心より歓迎いたします』

 その言葉と同時に、俺の身体はホログラムに見えていたゲームキャラクター、タクミのものへと変化していく。

 こうして、異世界の冒険者タクミとなった俺は、満面の笑みを浮かべて門に向かって振り返った。

 猛ダッシュで門に向かって駆けだす。

 まだ見ぬ舞台。新しい冒険。

 重々しい音を響かせ、門が開いた。

 門の向こう側は白い光に包まれていて、神々しささえ感じられる。

 俺は勢い良く地面を蹴って、門の向こう側へと飛び込んでいき……。


 いきなり、塩っ辛い海に飛び込む羽目に陥った。


初回は次話も同時投稿です。

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