イチの覚醒
夢塗と親父のせいで、いや、おかげで黒い人形を放つ犯人探しの最中で、かすかだが新しい黒の魔力が生まれたのを感知し、その場所にワープした。俺達の家が消し飛んでから二日だ。三人は逃がしたが一人でも捕まえれば、魔法で情報を吐かせられる。俺達はそんなこと出来ないが、出来る奴なんて探せばいくらでもいるだろう。
しかし、予想外にこの敵が不気味だ。決して強いわけではないはずなのに……。
鬼。鬼か、確かに鬼っぽい。言語化というのは、魔法使いにとっては馴染み深いもので鬼といわれればそうなのかもなくらいだったのが、だんだんその名前で呼んだりするうちにそのものというイメージを植え付けられることだ。
「――夕闇」
しかし、情けはいらないだろう。あいつが能力も魔法を持っていないとしてもだ。
黒道家の証になると、自己紹介的な意味で買ったこのフードもこんなに速く脱ぐことになるとは思わなかった。
「残ってるのはお前だけだぜ?」
目の前には血まみれになった鬼とか言う奴と、足元に家族と夢塗。
――正直まずい。クローフードは久しぶりに里帰りすると言っていた。呼び戻すのはクローフードが嫌な気分になるだろう。しかしこれは勝てるのか? まず相手の技の仕組みがわからない。
夕闇を放つ。
遠距離攻撃は全て避けて、近づくと理不尽な攻撃に合う。そんなに痛くはないが、そんなに痛くないが重なればかなり痛くなる。そのせいで俺らは全滅しそうな感じだ。それにしてもおかしいのが、鬼だ。うまく避けてはいるが、夢塗の夢から出した斧と、夕闇の属性を消した奴を二発くらっているのに、ダメージを追っている様子がない。
いや、血が出ているのは確かだが、まるで俺達の返り血だとでも言うように行動に何の制限もかかっていないようなのだ。
もう少し体を動かすのに支障があってもいいだろう。
戦い続けて一時間は経っただろうか。これはきつい。
「ふー、正直バテてきたぜ」
息も乱さずに鬼は言う。
しょうがない。ここはもうクローフードを呼ぶか。俺には人間に黒の属性つけて殺すなんて出来ないし、クローフードなら何かいい案があるだろう。
「しょ」
「呼びましたかっ如月さん!」
「よ、呼ぼうとしたところだ……」
俺はうすうす気づき始めてきていた。
クローフードがなんか半端ない。
「これは……夢塗さんざまぁ」
クローフード……。ほかに言うことがあ、まぁ、クローフードが言うなら……いや、道徳的にそれはどうだろう。
「ふっふっふ、かかってきてください。そこの貴方ですね敵は!」
「新しい奴か」
「波動の急流、闇の名を求める深遠の――」
クローフードの体から、明らかにそんなやるぞーみたいな雰囲気で出すようなレベルじゃない魔法の力が出ているのが解る。まず俺は逆立ちしてもそんなには出せないし、これはもう完全に最終奥義な雰囲気が漂いだしている。と引いている場合ではなかった。
「クローフードやめろ、それは相手が死ぬだろ」
「駄目なんですか?」
駄目だろ。道徳的に考えて。
「ん? なんだ? 来ないならこっちから行くぜ」
鬼がクローフードに向かっていく。
「クローフード、殺すなよ!」
「捕まえるんですか?」
クローフードは鬼をなんとも思っていないのか、すぐそこまで鬼が迫っているのに首をかわいく傾げている。しょうがないここは俺が――
「じゃぁ」
俺が魔法を唱え終わるより先に、鬼の頭を掴み叩きつけるように地面に埋めた。
「グ八ッ」
「マジかよ」
「あっ、違うんですよ。違うんですって。私はか弱い女の子です」
…………俺が頷くと、クローフードはほっとしたように胸をなでおろし、私持ちますといって倒れていた五人を一人で抱えあげた。さて、こいつから話を聞かなきゃならないな。
「おい、鬼とやら」
「殺しても良いぜ。これは負けた」
腕が変なほうに曲がっている。
「痛くないのか」
「もう少し手加減しても良いのにとは思った」
だよな。それ絶対痛いよな。
「ちゃんと一回土は掘りましたよ?」
クローフードが何か言っていたが、あまり気にしないことにした。
「それで質問なんだが、黒い人形のことだ」
「あぁ、あれはイルカが作ってるんだ。さっきの髪の毛が赤い白衣来た奴なんだけど」
意外と口が軽いな、もっと手こずると思っていたが。それともこのくらいなら言っていいという境界線でも設けているのだろうか。
「あれはどうやったら止まるんだ? 弱点は? お前らここで何してた?」
「止めかたは簡単だ。頭を砕け。弱点は本物の銃。後は普通の斧ととか? ここで何してたとか言われてもな……。俺は東京にいたのに突然電話で呼び出されたんだ。そしたらお前らがいたんだよ。だから俺はさっきの奴らがどこに行ったのかも知らないし、もう聞くことないと思うぜ?」
「そうか……」
本当に聞くことが一瞬でなくなってしまったな。これなら戦ってる間に聞いても答えたんじゃないか?
「あ、そうだ。お前達の目的は何なんだ?」
「俺達のはもちろん世界征服だ。いや、今回は取り合えずリベンジってとこかな」
頭がおかしいのか。まぁ、俺の親父も似たような自己顕示欲でいっぱいいっぱいだからな。
クローフードが召還で、手下だろう、を五匹出していた。
「帰りましょう。ここは温泉街ですよねっ」
そうだな。よし帰ろう。そもそもこれからどうすれば良いのかよくわかんないし、第一俺目立つの苦手なんだよ。クローフードと温泉だ。
「……待って」
帰ろうとしたら呼び止められた。
振り返ると、奇抜な格好は学園で見慣れていたから普通の格好の範疇にぎりぎり入るのだが、マントと大きな杖、左目には眼帯……あれ?
「茂武一? 起きたのか」
茂武一が立っていた。服もカッコも、魔力でさえも何か違うと違和感ばかりだから一瞬誰だか解らなかったが。
「えと、なんだっけ」
何だそれ。ぼけっとした奴だと思ってはいたが、なんだかそれが強くなっている。いまも立ったまま寝てしまいそうな危うさがあった。
「ちょっと待って。思い出す」
「おーい、イチ助けてくれよ」
「……馬鹿だ」
茂武の杖に火が灯る。戦う気か……。
さっきまでは戦う気はなかったはずだ。鬼に声をかけられてすぐに気が変わったように殺意を感じるようになった。本当は仲間なのか知らないが、Dクラスじゃさすがに勝ち目はないとわかっているはずだ。
「あの、如月さん。一さんって……」
「言うな」
たとえ一が女だとここで俺が始めて気が付いたとしても、勝敗には左右しない。
一の頬に魔の文字が浮かび上がる。
「それよりも、お前、こいつの仲間だったのか」
「……昔のことさ。でも助けたい。勝負だ」
クローフードもいるが、ここは俺がやったほうが良いだろう。Dクラスがクローフードと戦ったら死にかねない。
「いくぞ、一」
「私の名前はイチであってはじめじゃない」
……イチって言う名前だったのか。まぁいい、あいつの能力はすり抜ける、魔法が使えることは知らなかったが、すり抜けること自体はあまり意味のないことだ。すり抜ける間は息など出来ないはずだし、攻撃を無効にするわけじゃない。たとえずっとすり抜ける能力を使っていたとしても、足を狙えばいい。どうせ地面はすり抜けないんだろう。魔法で動くということも考えられるが、そのときは魔法を砕けばいいだけだ。
「そして私は実はすごい。超魔法使い。本物」
「――夕闇」
「本気出す、魔道の真髄」
イチの足が地面にすっと入り込み、イチの影が人型を形づくった。
そしてその影が持っていた棒のような影が地面から伸びて夕闇を刺した。そのまま影が棒を引き抜くと、夕闇は一人でに消滅する。
「どういう原理なんだ?」
「存在に傷を付けた」
存在? 魔法無効には違いない、そういうのが使えるのなら本気でやって、相手を疲れさせるのが良いだろう。
「――黒三千道」
「果ては夕暮れ、道は線、花一問目、私は要らない」
完全にイチは地面の中に潜った。それと入れ違いになるようにして、陰が立ちはだかる。子供くらいの身長で、目は一際濃い影が二つあるのがそうだろう。そのほかはシルエットのようになっていて、棒のようなものが左手からのびていた。
黒三千道を防がれる。いや、黒三千道止まっていた。その黒い影に恐れをなしたようにそれは崩れて形を失っていく。
「如月さん、どうしたんですか?」
俺はどうもしてないんだよ、クローフード。ただ、思ったよりも相手が厄介だってだけで。
「焔の鉄槌」
転移魔法だろう。上からイチが杖を振り下ろす。あの影が出ている限り自分は動けないとか言う制約はつかないらしい。
「如月さん、あの影は任せてください」
クローフードがそういった瞬間、
「蜃気楼」
イチの杖を黒道で受け止めた瞬間だ。足元からイチの声が聞こえた。杖を振り下ろしたイチは煙のように消え去る。
「っ超正義失効」
体に正義失効を纏う。
「監獄、心臓の鍵、瞬間の刹那」
イチの攻撃は俺には届かない。
「魔術封印、シングラソー」
巨大な魔方陣が地面を発光させて現れる。
※
夢を見た。それははるか昔の夢で、そこでは私は能力が嫌いだった。魔法よりも強いってのが気に食わない。そして魔法も気に食わなかった。ずっとあんたら使ってる魔法は偽ものだといいたかった。私の魔法は私のお父さんからお母さんからがずっと守ってきたもので、迫害されても、疎まれても気味が悪いといわれても、その誇りを忘れないから守ってこれたんだ。それなのに、英雄みたく振舞う奴らが気に食わなかった。
理由は解らない。ごく少数の人間に不思議な力が備わったんだ。そしてそいつらは俺達は特別だと世界征服を企てた。
私は最初、それを止めようとはしなかった、勝てる相手ではなかったのだ。相手の不思議な力ってのは常軌を逸していて、勝てるわけなかった。事情を知っている奴らはみんなさっさと征服してくれって感じだったんだ。常識を狂わせたり、事象を変えてしまったり、人の性質を変えたりするものだってあった。人は空気と反応して爆発してしまうとか、そんなことをされたら魔法が使えたって勝てっこないだろう。
しかし、あの日。宇宙人が責めてきたなんて言われてるあの日。
あの日責めて来たのは宇宙人なんかじゃない。そのの地球人だ。私は口車と対価が欲しくて結局は抵抗することになってしまった。
対価は男の子のメールアドレスだ。そう、あの時の私ほど純情をもてあそばれた女の子はいない。
ムカムカしてきた。
敵は百人くらいいたと思う。正義の名の下に人は集まるものだけど、それよりも目先の利権のほうが人を集めるらしく、その目覚めちゃった百人に世界はのっとられようとしていた。
それなのに私たち正義のヒーローは立った五人だ。私も入れて六人、集まり悪いって場合じゃねーぞっていいながら突撃した。だってさ、本物の魔法使いと本物の呪術師と、伝説とされた格闘術の系統者と、アイキュー240と、運が絶望的にいい人と、陰陽師とか言われたら、勝てそうな気がするじゃん。しかもおんなじ高校に通ってて、選ばれし六人とかパンに言われたら眠気も覚めるってものだ。
意外といい線行ってたと思う。
パンとモノのコンビネーションはすさまじかったし、ふーらるの伝説的な運のよさがそれをさらに補助した。それに加えて、私がいるのだ、相手は攻撃全無効がオートでついてる奴らばっかりで活躍は出来なかったが、いるかの作戦と鬼の意味わかんない虎流? とかので結構倒した。
いや、本当に良くやったと思う。しかし、それも最初だけだった。私は二百年時を進められて死んだ。概念系の魔法にも対策していたんだが、まさか、魔法の老化を狙ってくるとは予想外だ。私は二番目だった。ふーらるのお影で、少しでも乱数が入る攻撃は当たらなかったんだが、その乱数の入らない攻撃という常軌を逸したものをオートで備えてるや奴らだ。モノはモノは死んでいるという常識を押し付けられて、死んだ。結果と過程は全て無視。なんて奴らだ。
だが、私がこうして生きているということはどういうことだ?
いつの間にか私は起きていた。
無意識にコーヒーに口をつけていたらしい。さっきのは鬼か。なんだよ、優しさを今頃見せたって……意味ないし。釣った魚に餌をやるんじゃない、まったく。
あ、やばい。半分寝てた。コーヒーをまた口に含む。
それにしても記憶封印魔法か。こんなもの、コーヒー飲んだ私に掛かればオートで解けるが、それよりもこれをかける意味が解らん。生き返らせる必要などなかったろうに。いや、他の四人がなにかしたか? 危機に行こう。まだ、鬼は近くにいるはずだ。
探知の魔法を使って、鬼を探す。というか、何で私男物の服着てるんだろ。ボーっとしすぎた、どっかで着替えよう。それにしても眠いな。もう一眠りした後でも良いかな、鬼探すの。いや、、鬼に膝枕でもさせよう。
鬼は山登りをしているようだった。私は近くに放置してあった箒に跨る。
箒で空を飛んで、山の頂上付近でおりやすいところを探し、箒を投げ捨て、自分の魔法の杖を転移魔法で取り出す。良かった、こいつがあるということは、まだ私の本当の家は残っているらしい。ついでに髪留め兼、眼帯を魔法で出して左目に付ける。
洗脳避けだ。
というか、こだわりだ。おしゃれなのだ。
驚くことに、あの鬼が地面に埋まっている。今ならなぶり放題だな。埋めたのは如月さんか。それと如月さんの手下五人と、あと、なんだあのまったく人間らしさが感じられない超生物。とにかくあの女は要注意だ、というか記憶画戻る前に助けてやったんだから、鬼をくれないだろうか。
「待って」
如月さんがそのまま鬼を追いていこうとしたので好都合だったが、私はなぜか呼び止めてしまっていた。がらにもなく怒っていたのだ。