蟹吉とよく寝る人の夢の話
次の日、蟹吉は思ったよりもすぐに出て行った。
「お前が寂しいって言うなら後数日いても――」
「じゃあな。元気で暮らせ」
「うん、手紙を出すよ……」
俺は本から顔を上げなかったが、蟹吉を外まで送っていった。
「死ね! 文字を読みすぎて死んでしまえ!」
「新しい死因だな」
「そうだな、ゲシュタルト死だな! おめでとう、教科書に載れるな!」
「早く行けよ」
蟹吉が俺の手から真解思書を奪う。
「なぞなぞをしよう」
蟹吉が不敵な笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んでいた。
「蟹吉の名前ってさ、変じゃね?」
ただの質問じゃん。
「まぁ、殺されそうではあるよな」
「…………つまんないな。くっそ、あーつまんない!」
蟹吉は本を俺に押し付けるように返して、どこに行くとはいわなかったが、そのまま駅のほうに歩いていった。
やっぱり蟹吉は記憶があるらしい。まぁ、あいつは一番あれだから記憶操作もおざなりだったんだろう。てか、今考えると蟹吉の名前はやばいな。そんな名前の奴がいるわけないだろう。
家に帰ろうとすると、時雨が外から帰ってきた。
「さっき、蟹吉とすれ違ったんだが、かなり不機嫌だったぞ」
時雨の後に続いて、傭介も少し遅れてやってきた。二人は外の様子を見て回ってきたらしい、本に夢中で気が付かなかったが道理で二人とも顔を出さないわけだ。
「蟹吉はあてがあるから帰るってさ」
「本当か? 君が無理やり締め出したんではないだろうね」
時雨は蟹吉と親友って奴になってから、蟹吉びいきがひどい。
「ふむ、私も送りたかったな。今から追えば間に合うだろうか」
迷っている風に入っていても、俺にどこかで買ってきた食い物の袋を持たせると、蟹吉の行ったほうに走っていってしまった。
「なぁ、僕達もさ、そろそろ行かない?」
傭介?
「あ……まぁ、そうだな」
蟹吉をみんなで駅まで送っていた。
蟹吉は泣いていた。
「みんなー。お土産買ってくるからなー!」
俺はべつに要らなかった。
※
夢を見た。昔の夢だ、だけど私はそこでは一人じゃなかった、しかも孤独ではないという意味ではなく、もっと変な意味で一人じゃなかった。そこではみんなが同じ目標に向かってがんばるなんて青春、夢だから当然なのかもしれないが楽しすぎて私はずっと寝ていたいと思うほど興奮して、いや、その人たちと馬鹿やるのが楽しすぎた。
全部うまくいっていた。みんながみんな、仲間のために全力でうまくいかない訳がない。しかしそれも予想だにしない例外ってのが、ある。私達は負けた、でも助かった。仲間の一人が私達を助けたのだ。もちろん悲しいほどに全力で。
しかしそれもかぼちゃと白衣と毛玉に邪魔されて……私の好きな人、気のあう友達、変な奴。全部が砕けて散った。
よく寝た。寝すぎた。ここどこ……。いい夢を見た機がするけど思い出せない。
あたりを見渡すと、公園のベンチに寝かされているようだった。記憶を探る……。
「いや、ほんとにどこここ……」
本当にどこなんだろうか。昔から寝るのが好きでいつも学校で寝て起きたら、誰もいないとか、学校の鍵が閉まってたとか、防犯装置が作動したりしたことはあったが、起きたらどこにいるのか解らないというのは初めてだ。
「ほんとにどこだよ……寒いし」
町には、人一人いない。取り合えず外だった。ここがどこか考えるのが面倒だから、人に聞こうと思ったのに。
「もう一眠りしようか」
ベンチに体をもう一度横たえる。
「おい」
後ろから顔に毛布がかけられる。知らない声だった。
あと少し土臭い。
「偶然だな。二年くらいか?」
あ、やっべ。ぜんぜん思い出せねぇ。まぁ、いいか、眠いし。
「あぁうん」
「寒くないのか」
親しげだ。じゃ寝たままでも良いか。
「毛布、あるから」
少しだけ誰も喋らない時間が続いて、
「コーヒー、置いとく。じゃ、俺は行くから」
と足音が少し遠ざかる。
「うん。あ、ここどこ?」
誰だか解らないが、いい人っぽい。実にいい毛布だ。
声が届くかどうか解らなかったが、聞こえていたらしく、声が返ってきた。
「栃木!」
マジかよ。そもそも栃木って日本のどこ?
取り合えず寝るか。
何が起きたとかは後で考えよ。