侵略
「よし方針は決まった。だが問題は山積みだ。まず、親玉の特定だ。あてはある。これは推察というか、解っている事を整理した結果なのだが……」
そこで、父は俺を見て、何か言い辛そうに唸った。
これは嫌な予感しかしない。
「すまぬ、息子よ。だがお前の気持も解らぬでも無いとまず先に言っておく」
何の話か。こんな殊勝な態度を取る父はこれまで見た事が無いし、なによりも俺の気持ちとは何なのか。珍しく、本当に珍しく自分が焦っている。
「あの黒い人形。どうやら、仕組みは黒の魔力を動力にし、それを纏い、破壊された時に放出する事で成り立っている。あの感覚は間違いない。だが、黒の魔力をそれほどまでに大量に扱える人間は、もちろん詞堂家の人間以外には考えられず、ということは此処に居る私を含め五人。しかし、我が妻は其処までの力を持っては居ないし、母ももちろん元は妻同様、詞堂家の人間ではないのだから不可能と言っていい。そして、私と父だが、残念ながら私には心当たりは無い。それにこの島からほとんど出ていないのにあの数の人形を作るのは無理だ。つまり……」
父が小声で魔術の詠唱を始める。
いや、冗談だろ?
「なるほど! と言う事は如月さんしか居ないじゃないですか。すごいです、さすが如月さんです。よくやりました!」
「ちょっと黙ってくれクローフード」
手を叩いて喜ぶクローフードを送還しようとしたら、跳ね返された。多少、いや、その前から薄々気付いてはいたが、はっきりとクローフードの力を見せ付けられた形になって凹む。
だが幸運な事に、そんなことに考えを巡らせる暇など無かった。
「ここで、お前を倒せば、我らはヒーロー」
「まぁ、ごめんなさいね如月さん」
「孫に剣を向ける日が来るとはのう……」
「本当ですね、おじいさん」
「あんたが、親玉だったのかよ」
父、母、祖父、祖母、そして夢塗も臨戦体制に入る。
この息の合い様は一体何なんだ。
自分の不幸を嘆くことはしないが、苛められてる気分だ。
「ちょ」
冗談だろと言う言葉は、向けられた敵意で打ち消された。
「黒道!」「夕闇!」「暗い喰らい!」「影打ち!」「風鎌!」
あ、これ洒落にならないやつだ。
「超正義失効!!!」
夕闇、影打ち、風鎌はいい。超正義失効で、威力をなくせば、時間で消えるものなので害は無い。しかし、黒道は剣のようなものなのだし、暗い喰らいは手に黒の魔力を纏った重力圧縮魔法なので、もうどうやってもこの能力を解く訳にはいかない。
今の一瞬、打つべき手は超正義失効で、守ることではなく全ての魔法を打ち消すように応戦するべきだった。しかし此処まで本気で自分の子供に魔法を打ってくるとは思わなかったこともあり、それ以外に術はなかった。
後悔するが、もうすでに立ち直すほどの隙を見せてはくれない。
攻撃は絶え間なく、五人が阿吽の呼吸で放ってくるのだ。まさに家族故のコンビネーションと言っていい、夢塗の風魔法が完璧な合間で、発動する事自体が難しい黒魔法の欠点を補っていた。
「やるな息子よ、しかし、私も能力者。この程度で勝った気になるなよ――踏外足」
一斉に部屋から家族、夢塗も何も言わずにバックステップで出る。
夢塗って俺の妹だったのかと思うほどの迷い無い動きだった。
本当に血縁があるんじゃ無いだろうか。
父の能力としての力は、足で踏みつけたものを可能であればひっくり返す。この可能というのは、地続きの地面では無理だったという話だ。どういうつもりか知らないが、部屋の畳が、派手にひっくり返る。畳にはじかれる形で俺も弾き飛ばされた。
このままでは頭を打つ。
もちろん俺のことでは無い。クローフードに怪我させるわけにはいかなかった。
「黒箱」
黒の魔法は重力魔法。本質はそうではないが、世間一般ではそうだ。しかし、実際は重力を使う魔法は黒魔法の中で一つしか無い。その技はブラックホールと言われて、詞堂家で、最も目立った技と言ってもいいだろう。他の技は何が凄いのか解りづらいということであまり有名ではない。
そして今日、多分その重力魔法が増える。部屋に正義失効を張り巡らし、其処を起点にしてこの部屋を力を極限まで絞ったブラックホールで逆に重力を作用させる。
これぞ愛のなせる業というやつだ。
「クローフード、怪我は!」
「か、体が浮きます! 凄いダイエットに成功してしまったのでしょうか!?」
……まぁ、クローフードが楽しそうならいい。
「息子よ、お前は昔から優しすぎる。超正義失効と正義失効は同じ能力ゆえに同時には使えない。とどめだ――夜の道歩けぬ弱さを嘆け、黒千道!!!」
父にはどうやら話を聞く来は無いらしく、自分の子供に全力で魔法を放つようだ。それを認めると、黒の魔力が俺の体を包みだす。
「黒三千道」
全てを黒で包むように放つ。
……俺は父を越えた。数にして二千ほど越えた。しかしこれほどまでに虚しいものなのか。
「次はわしじゃ! 夕刻刻刻闇」
「夕刻刻刻刻刻闇」
祖父の夕闇を打ち砕く。
「次はわた」
数時間後。俺と父の席が入れ替わり、第三回家族会議を開くことになった。さっき帳簿を見たのだが、第一回の議題が犬を飼うかどうかだった。家の知名度が低い根本的な理由がそういうところにあると俺は思う。
「出世しましたね、如月さん!」
顔ぶれは同じだが、クローフード以外の顔は暗い。多分俺の顔も暗いだろう、家族に命を狙われ、その全てを力で押さえつけた。
「まず俺は、黒い人形なんか造って無い」
「……嘘だな」
「……嘘よ」
「……嘘ね」
「……嘘じゃな」
「如月さんがこれほどまでに無い魔力を、放出している!」
悪ふざけはやめよう。不本意な形だか、今、俺の魔力は自分でも想像を絶するといっても差し支えない程度の量だ。自分で言うのもなんだが、俺はもしかして天才なのではなかろうかと思うほどの魔力保有量だ。
それはいいんだが、俺の精神が持たない。
「いや、俺が本当に――っ」
さっきまで戦ってたのが幸いしたのか、家の壁を突き破って来た黒い人形の拳を超正義失効で止める事がで来た。その性質上、絶対に力は全て無に帰すはずなのに、衝撃が伝わってきた。学校にいた奴とは格が違う。
それを感じるとともに、大量の黒の魔力が中に入っているのを感じた。
「なるほど、確かに黒の魔力だ――黒三千道!」
手を起点に、黒の魔力を今度は固く、棒状に固めるイメージで打ち出す。
俺の手に現れる一筋の剣は、三千もに枝分かれしながら黒い人形を刺し殺す。
「なっ」
三千という数は半端じゃない。展開されれば避ける場所など無い。しかし、この黒い人形はその全てを避けて見せた。バク転からの垂直飛び、空中で何かを吐き出して右に飛びながら、着地ともにムーンソルトジャンプを決める。
くそかっこいい。
「夕刻刻刻刻刻闇」
それでも、黒三千道からの数千の夕闇は避けられまい。例え蟻一匹でも逃げ切らせない。夕闇の濃度を極限まであげた、かすっただけで全てを持っていかれるほどの威力を持っているはずだ、祖父にはあてはしなかったが、今度は確実に当てにいく。
二発あてたところで、風船が割れるような音がして消滅した。
「タフだな……」
さっきの黒い人形。これまでと違って、なにか手のところが膨らんでいたし、背も低かった。そして圧倒的に、前の奴よりも強かった。これは過剰な自身でもなんでもなく、その性質から夕闇のあの濃度を耐えるなんて事があるはずが無い。
「如月さん! 外!」
あの濃度なら、喰らった相手を無にシフトすると言っても遜色が無いはずだ。このままあの黒い人形が進化するのなら、黒魔法では倒せないと言う事になるのかもしれない。と考えていたら、クローフードが声を上げた。
他のみんなはすでに、家の外、海を見ていた。
「海が黒い」
夢塗の声が、静かになった家の中でよく響く。
同時に、俺の家が崩壊した。
四方八方から黒い人形の強いほうが同時に突入してきたのだと認識すると、同時に俺達は空を飛んでいた。
「ふ、風速の誰にも捕らえられないものを、世界を置いてきぼりに――刹那の風!」
家が下にあった。夢塗の魔法で、上空に瞬間移動したんだろう。上から見ると、島の周り、中まで全て真っ黒に、あの人形たちで埋まっている。
本当に洒落にならない量だ。
「流石に風でお前ら全員をずっと持ち上げてんのは無理だ。そろそろ落ちるぞ」
此処はいったん、というか、逃げたほうがいいだろう。流石にこれは無理だ。
「皆、逃げるぞ」
自分の家族と夢塗が居るのを確認し……。
「クローフードがいない!」
「いや、使い魔は送還すればいいだろ。ってかもうマジで無理」
「うう、その前に茂武一さんも忘れちゃ駄目ですよ」
クローフードは、羽を生やして茂武一を抱えて上がってきた。襲い掛かってくる黒い人形を蹴り飛ばして、その黒い人形が見えないところまで吹き飛んでいったが、何も言わないほうがいいだろう。
「クローフードって何なんだよ?」
夢塗は顔を引きつらせながら、こっちを見てくるがそれはこっちが知りたい。
「私は私ですよ。というか、如月さん、魔力をください。此処は私が片付けます」
「それはいいが、この量を何とかできるのか?」
任せてくださいと胸を張るクローフードは愛らしくずっと見ていたいが、下は黒い人形でいっぱいだ。海を泳いできているのも合わせれば、黒く見える面積はざっと島の十倍を覆う。確かに小さな島だが、それでも東京ドームの十倍程度は軽くあるはずだ。
俺の魔力をどんなに効率よく運用してもこの数の暴力の前では半分も倒せないだろう。
しかし、とりあえずは半分ほどを与えはする。
可能、不可能の前にクローフードのお願いだからだ。
ついでに夢塗にも少し与えておく。クローフードの気が済むまでは魔法を維持してもらわなきゃならない。
「いきます。見ててくださいね、絶対ですよ、目を離したらき、嫌いになるかもしれませんからね!?」
ふむ、クローフードを見ていると、冷静になれる。
それに比べて俺の家族は皆、島の大惨事に、言葉も出ないようで呆けている。それはそうだろう、詞堂家はこれまで一切敵対というものをされたことが無いらしい。だれも、他から攻撃されるという事を意識していなかったのだ。まぁ、それは俺もだが。
「私の名前はクローフード。いでよ、私の眷属」
空気が揺れている。クローフードの周りが蜃気楼のように揺れ、魔法陣が描き出される。
「でか」
夢塗の言うとおりだ。あんな巨大な魔法陣、例え描き出しても処理できるものでは無い。
しかし、その魔法陣は両側に開いた。
冷たい空気が俺の頬を撫でる。
「全軍、とつげきぃー!」
悪魔、、、黒いこうもりの羽を生やした、大小奇怪、エリーのような姿もある。数千のそれらが雄たけびを上げて飛び出してきた。
「私の軍……あれ、少なくない? もうちょっと、え? 何々……うん、そっか、旅行かー。じゃぁ、しょうがない……かなぁ」
少ないらしいが、クローフードが連れてきた軍勢は明らかに黒い人形よりも多い。
「ち、違うんですよ! これは、その、和やかな職場と言うか、決して私に人徳が無いわけではなくてですね! はい、皆、突撃ー」
「……は?」
クローフードの呼び出した中で、真っ先に突撃していったのは十にも満たなかった。
他の奴らは皆、自ら魔法陣を開いて、其処から大量の召喚獣を呼び出し始めた。
際限なく増えていく兵数。
黒い人形が見る見るうちに駆逐されていく。
「どうですか、見直して頂けたでしょう。二千の眷属とその愉快な中間たちですよ。……本当はもうちょっと居るんですけど、旅行に行ってるとかで……」
見直すとかそういう次元じゃない事は解ってるんだが、なんと言えばいいのか解らない。
其処に、巨人にこうもりの羽を付けたのがやって来た。
「クローフード様、敵の将は見当たらず、また、敵は妙な強さがあります。このまま兵を消費するより、一箇所に追い詰め一掃した方がよいでしょう」
「え? あっと、どう思いますか、如月さん?」
いや、どうと聞かれても困る。
「……いいんじゃないか?」
「如月さんはこう言ってます、それで!」
すでに半分ほどに黒い人形は減っていたが、島を覆っていたクローフードの眷属達は上空に上がってきた。
こうもりの翼を生やした鯨の様なのが気を利かせたのか、俺達を下から救うように背に乗せてくれる。
「助かった。いい奴だな鯨」
「いえ、主の主なら我々にとっては神も同然、当然です」
しかし、これだけの数に周りを囲まれるのは正直言って怖い。
「クローフード様、準備出来ました」
「じゃ、ゴー」
「なら……わしか」
俺達を乗せていた鯨が、大きく口を開ける。
「おい、やばいんじゃないのか」
夢塗が俺の袖を引っ張ってくるが、何のことか解らない。
「魔力だよ!」
「ん? あぁ、すまん。他人の魔力を感知するのは苦手なんだ」
多分、魔力が欲しいとかいったことだろうか。
カッと一瞬だけ、カメラのフラッシュの様な光が瞬いた。
「あー」
夢塗が指差す先には海。
俺の記憶が正しければ、さっきまで我が家があった場所だ。
「我が家がぁぁぁぁぁ」
父の絶叫が空に響く。