本と紅茶の時間
「此処は大丈夫此処は大丈夫此処は大丈夫」
図書館の司書室。此処は図書館、学校の中でもこれる人は限られている。ましてや、部外者では絶対に入り込めない。
「やあ、ふーらるさん。この本の本物、ここにある?」
入ってきたのは、黒独尊、びくってなったけども、体が小さいせいでよく解らなかったようだ。そう、私は此処の司書で居る時はねずみに姿を変えている。この学校でそのことを知っているのは、私だけだ。なんていったって私はこの図書館にずっと居る。それはもうこの学校が出来る前から。そしてその時からすでにねずみの姿だったので、私の事は皆が喋るねずみさんだと思っているだろう。
黒独尊が掲げているのは、一般貸し出ししていない本、というかそれが大半でそれを守るために私がいるのだが、確かあれはブックアンサー。解読不可能だが、それゆえに全ての情報が載っているといわれる本だ。私自身そんな事は信じていない、そもそも、全事象を書き記してあったらページ数がどんなに在っても足りないだろう。
「その本を何処で? それよりお茶でも飲みますか?」
本については、基本的には渡すわけにはいかない。
しかしこんな状況で、一人は何かと寂しいし、心細い。打算的な考えだが、話題を先延ばしにして、少しの間一緒に居てもらおう。
何となくしっぼはうずくが、あれは、私のそっくりさんのしっぽがもがれただけだと、実際そうだし、大丈夫だと言い聞かせれば大丈夫。
「カウンター下にある魔法陣。机の裏に書かれている魔法陣三つ。最低限これを破壊すればこの図書館に掛かっている、迷いの魔法は消える」
なっ! そんなことされたら、黒い人形たちがってその前になんでこの人がそんなことを知っているの?
「その本が欲しい」
「美味しいお茶ですよ」
「おかしい。ふーらるさんが俺に対してそんなに好意的なはずが無い」
何か疑問を持たれた。この前、資料整理で散々こき使ったのが効いているのかも知れない。
「尻尾もぐよ?」
「解りました、案内しましょう」
仕方が無い。本の場所には案内して、その後に眠ってもらうことにしよう。
ねずみ憑きを解く。実は何々憑きというのは、完全にそれになってしまうことも出来るのだが、それをすると解除にほんの一寸だけ時間が掛かる。
「ありがとう」
くっ、なんか良心がずきずきする。
奥の部屋の鍵を開けて、秘蔵図書の棚に入る。周りから見れば、突然本棚の本のラインナップが変わった様にしか見えないだろう。
「この本だな」
私が、能力を解除して、と、何でもうすでに本を見つけて、しかも手に取っているの!?
「ねずみ憑き、祓い」
「やっぱりか……ふーらるさん、ねずみの方が可愛かったのに」
そう褒められたのは初めてだな。
「その本を返してください」
「何言ってるんだ?」
確かに、おかしな事言ってるなとは自分でも解るけども。
「四つ目の睨みは全てを跳ね返す。形成されし大剣に柄は無い。裏切る事の無い忠義を示す。瞳を開け、忠義を尽くせ、装備心霊――オリジンスペル――フーラル・コレストレイ」
自分の名前の呪文。これによって呪文発動時間や、威力が上がる。教師としてこのくらいは出来なくては、例えSクラスでもこんなことが出来るのは二、三人程度なはず。それほどまでに強化された、しかもちゃんとオリジナルという呪文を一から自分で組み立てた思い入れもある魔法だ。全ての攻撃は大きく展開された盾、それの四つの目が全ての攻撃の進路を変え、さらに剣を空気を紡ぐ事で出現させる。それを飛ばし、さらに目で進路を変えれば攻守完璧の魔法となると自負するほどの傑作。
「ごついな」
「それは私も思います。さぁ、本を返さないと、痛い思いしますよ?」
私はとても傷ついた。
「ねずみ憑きってのは、ねずみの本能を癒着させる、まぁ、いいや、長いし。フーラルさんって、耳とかねずみのままだけどどうして?」
それは長年ねずみのままで居たから、完璧に解くにはもっと沢山時間が掛かるからで、それに鏡とかが無いと上手く自分をイメージできないからだ。だがそれを言うと、絶対私が、なんでそんなにねずみの姿になり続けたのって言われ、私の容姿の話になるから答えたくない。
この学校が出来る前は、時空の歪みの中とか、そんな感じのところで図書館をやっていたが、館長が旅に出てくるといって私に丸投げしたので、そもそも時空を歪められない私は細々と本の管理をしていた。しかしそれも来館者が私の小さく、ぺったんこな体を見て? 本を返さなくなったり、もって行ってしまう事がものすごく増えた。其処まで極端じゃなくとも、小娘だと侮られたに違いない。
実際、時空のゆがみの中に来れる様な人たちに勝てるほどの実力もないのだが。
それなら私の能力を活用しようと、ねずみに姿を変えた。なんかミステリアスでいいんじゃないかと思ったのだ。それに使い魔の振りをしていれば、館長がどこかで目を光らせていると勘違いさせることも出来ると踏んだ。同時に、館長が私に教えてくれて、その中で聞き流していたものを必死に思い出して魔法の作成を始めた。気が遠くなる作業だったが、資料なら最高のものがそこにはあった。
そして、返してもらってない本を徴収することにも成功した。もちろん、飛び切り強いところは魔道書とかをフル装備で、その人が留守のときを狙ったりと大変だった。
その名残で、舐められないようにねずみの姿でいるのだが、これが掃除のときとか便利でしょうがない。
それまで届かなかった棚によじ登れる。
「貴方には関係の無いことです」
「返せばいいんだろ」
黒独が本を放り投げる。魔法、フーラル・コレストレイの目で軌道を操作して、元の本棚に戻す。
「案外簡単に返しましたね」
「いや、本物と偽者で何か変わるのかと思ったんだが、裏表紙に偽者か本物か書かれてるだけだった」
私は職業柄そういうのは生理的に受け付けないのだが、どっちにしろ読めないものだし、同じようなものなのだろう。
あれ?
「何でブックアンサーを持ってるんですか? そりゃ、本の偽者は沢山出回ってますけど、よりによってそんなの」
偽者といっても、同じ事が書かれているのなら、実用的ではないが、高級だ。魔道書なら、魔法は使えないが、魔法研究に使われたりする。さっきは沢山で回っているといっても、魔法は秘匿社会なので、値段は島を買える位になる。そんなお金があったら、もっと他の本を……というか、家でもリフォームしたほうがいい。というか私ならそうする。特にキッチン周りと、玄関を一回り大きくしたい。
「それより美味しいお茶」
「……そう。お金の話は止めましょうか」
「お金?」
私がここに図書館を移動したのは、有体に言えば貯金が尽きたのだ。
館長は、そもそも、いつもどうやってお金を集めていたのだろう。最初は募金でも募ろうかと思ったが、そうすると十億とかぽんと出して、この本が欲しいなぁ、チラッとかやってくる人が大勢いるので、結局募金は止めた。
其処でこの学校に、程度で分けて、貴重すぎる本は貸し出さないのと、学校の外には持ち出さないのと、読むだけで使用はしないという条件で引き受けた。
ひもじくて、館長を裏切る行為にもならないだろうと引き受けたが、一ヶ月くらい魔法で生き残っていたので、完全に足元を見られた。
「……自給七百八十円はないよ……」
「七百八十円?」
ねずみになると早くお腹が膨れる。今日のご飯はビスケット三枚だ。
そうでもしなければ、こんなにお金が掛かる本を管理できない。私の仕事を、そこらへんの司書と一緒にしないで欲しい。町の図書館には本をただ整列させ、掃除をして、カウンターでぼうっとしてるだけの奴を見てると、殺意が沸く。
蔵書万を軽く超える本の性質をすべて暗記し、さらに虫がついたりしないように目を光らせ、温度、湿度を管理する。それも本によって適切なのが違う。
さらにこれがもっとも面倒なのが、本をすかすかに配置すれば背に圧がかかり、ぎちぎちにすればページが詰められ痛むという事だ。皆、図書館を利用したら絶対本の配置を移動させないようにして欲しい。今の司書は名前だけが在っていればいいとスカスカにしたり、ぎちぎちにしたり本が泣いていると思う。
まぁ、それは私の管理している本が、一冊で国を破産させられるほどの金額だからということも在るのだが、本に空気を入れるために一枚一枚、ものすごく神経を使いながら捲りながら、もちろんこれも本のためなのだが、その作業をすると本当に気が狂う。
一冊売れば遊んで暮らせるとなれば尚更だ。
それでも私の楽しみがある。
この一杯のお茶だ。香りが低く、本に移らないのもお気に入りの理由だ。
よくゴールデンルールなんて言うが、それを忠実に守るなら実験器具でも借りてこないと無理!
水道水をペットボトルに入れて沢山振る。
水は軟水のほうがいいと言うけど、日本で硬水が出る水道のほうが珍しいので問題ない。空気を入れたほうが美味しい感じがするので、必死に振ると美味しい(ふーらるさんのイメージです)。ポットで水を沸騰させる。ここで風の魔法をつかって気圧を下げないとぴったり100度にならないから注意だ。
お湯は一気に注がないと苦くなる気がするのでばっしゃんと注ぐ。
「完璧な出来です」
「……どうやって飲めば、いいのか教えてくれ」
額の汗を拭うと、黒独は紅茶のカップをじっと見て、手を出そうとして、引っ込めたりしている。なぜか私が紅茶をご馳走すると、皆戸惑うというか、引いた感じになるのはどうしてだろうか。
「三回りだけ、スプーンで混ぜて、熱いうちに飲んでください」
真剣に私の言う通りにしてくれて、一口、口に含んで、ゆっくりとカップを黒独は置いた。
「こんなに緊張した、ティータイムは初めてだ」
「どうかしたんですか」
「美味しかった」
何か引っかかることを言われた気もするが、味がわかるみたいで好印象だ。