装填されたドラック。回るスロット。リボルバーに弾は一つ。500784
俺はスローフードが召喚したリリーという、女の子の活躍をあまり現実感の無いままに見ていた。
槍を持っているのは解る。しかし、その槍の軌跡は見えず、彼女に近づいてきた人形がどんどん破壊されてやっと、振っているのが解るほどだ。
あの人形も決して、愚鈍というわけでもないはずだ。それを上回る速さでリリーが動いているだけで。クローフードの眷族だと言っていたのは本当のことなのだろうか。見かけによらないにも程がある。
しかし、それもばてたのか、リリーは黒い人形たちを、部屋の外に押し込むようにして、槍で出口を塞いでこっちに近づいてきた。あの槍にも何か魔法的なものをかけてあるのか、人形たちはこちらに入ってこれないようだ。肩で息をしながらクローフードにもたれかかる様にして、何かを話している。
リリーが俺のほうに近づいてくる。
「あ、逃げるしか無いと思うんすけど、人形みたいなのが五十は外に集まってますんで」
「そ、そうだな」
言葉が詰まったのは、突然話しかけられたこともあるが、やはりさっきまでの動きを見ていたからというのが大きい。
「ん? おかしっすね、クローフードさんのご主人ですよね? …………てめぇ、拙者らの頭のこと騙してんじゃねんだろうな。お前みたいなのにクローフードさんが使われる訳がないだろ、話の内容によっちぁ」
「リリー、それ以上言うと流石に怒ります」
「ひっ」
リリーは俺の手を握って上下に揺らす。
「やだなぁ、冗談すよ」
クローフードって一体何なんだ。
クローフードに対してリリーが怯えてる様に見えるのは、何かの間違いだろうか。
「ご主人、よく見ると器量がいい! でもそれだけじゃなぁ? 力をしめしてもらわねぇと」
「リリー!」
「冗談! 冗談ですって! 怖い顔しないでくださいよ、やだなぁ。そうっすよね、ご主人からもなんか言ってやってくださいよぉ!」
俺の肩をバンバンと叩く。
「そうだな、気にしてない」
「さっすが!」
今度は肩を抱いて、なかなかフレンドリーなやつだ。しかし、クローフードはその様子を見て、小刻みに震え出した。なんだ? さっきまでのは俺のことを悪く言うなと軽く諌めてくれたのだろうと考えて少し嬉しくもなったが、今回は何を怒っているのか解らない。それに、今回が一番怒りをあらわにしてる気がする。
リリーも訳が解らないらしく、二人で顔を見合わせる。
「そういうのですよ」
「な、あの、何で怒ってるんすか」
クローフードが一歩こちらに近づいてくるたびに、リリーの体も振動数を増していく。
「ごめんなさい、なんでもするんで、暴力だけは勘弁して欲しいっす」
「だったら……」
クローフードの声がいくらか柔らかくなったので、リリーも怒られる事は避けられると思ったのだろう。安心したのかほっと胸をなでおろす。
「きっ如月さんとの距離が近いです! 反省してきてください! 還送!」
「ちょ、何処に送還するつもりっすか、海の中じゃないっすか! 洒落になんないっすよ! 普通に死」
リリーは軽いポンという音ともに、煙になって消えた。
磯の香りがした。
「クローフード、どうしたんだ」
何か知らないが、混乱しているクローフードを諌めようと声を掛ける。
「私の事も抱きしめてくれないと駄目です……」
「なぁ! 人の部屋でそういうの止めてくんねぇかなぁ! 正直な話、他人のそういうの吐き気がするんだわ! え、何してんの? 何抱き合おうとしてんの? おい、そんな事許されると思ってんの? 人の部屋で何!? 許されると思ってんの!?」
※
洞窟の中、淑やかをなぜか囲むように座らせられ、そうした本人は満足げに話し出した。
「髪の毛藍色、クラスの中で一番キューティクルしてる小口淑やかさんだよっと。むふー、ひっきー実は同じような事を前にも言ったんだけれどそんなことは覚えてなかったかー。でも許す、私自身出番が無さ過ぎてどんなキャラか解らなくなってたもんね。いいの、多分私はこれから状況説明だけして暫くでないのかも知れないけど、いいの」
「泣くなよ」
「うるせえ、汗だよ、緊張してるだけだよ。そんなことより、皆家族とかに連絡しないと! 私、ゲームに邪魔者として参加する予定で待ってたんだけど、黒い人形みたいなのに襲われて……とりあえず填最君とかが学校の様子を身に言ったんだけど、あ、人形は庸介君がドーンと爆発させて、彼凄いね、総合クラスでもやれば出来るんだねってそうじゃなくて、学校中にその黒い人形が沢山居て、もう大変! 特に職員室がもう酷くて、入場一日待ち、満員御礼って感じで、もう駄目だーって感じなんだけど、テレビ見たら大変なの! 町中もその黒い人形が一杯で、特に魔法の大きな家とかがバーンだよっ」
誰だよ、こいつに説明任せた奴。適材適所とかそういった言葉のありがたみを学んでこいよ。
「とりあえず、電話とかてみてください!」
「カミカミじゃねぇか」
「電話とか電話した方がいいよ。宿女さんとか大きい家なんだし、きっと一番に襲われてるに違いないよ。って言うか二人ともなんで何も話さないの?」
「「邪魔しちゃ悪いかなと……」」
そういう気遣い大切ですよね。
さて、雑魚子はケータイで自分の家に掛け始めたし、俺もどこかに掛けようか。
まず、家は無い、あんな奴ら絶滅しろ。
次に思い浮かぶのは鉄さんだが、あの人はドジだから電話とか掛けるとそれが原因で致命傷とか負う可能性がある。そんな事になると申し訳ない。鬼にかけよう。最近電話してなかったしな。
「もしもし?」
「黒独か、元気か」
「元気だ」
「そうか」
電話が切れた。
もう一度同じ番号に掛ける。
「そっちに黒い人形みたいなのが居るらしいんだが。というか切るなよ」
「すまん、電話苦手なんだ。いる、名前はバルーンというらしい。常人では一発殴っただけで体力を全部持っていかれるという設計だ」
「設計?」
「魔法耐性も完璧だ。倒し方としては、触らないことだが、遠距離攻撃は効きにくい。普通に倒すのなら触らずに衝撃だけをあてるように殴るか、自滅させるとかか?」
詳しすぎる気がする、そんな作った奴みたいなこと……鬼は科学者気質では無いし、まだその人形とやらを見たことは無いが、話を聞く限り能力で作り出したような感じだったのに設計ってなんだ? 能力者を倒すようなものを作れたというのか……。
「バルーンに負けることはお前なら無いと思うが、ピエロには気をつけろ、俺の動きを真似してる。完成度は低いが、ん? 誰か来たな、意外と早いか……それじゃ、お客さんだ、切るぞ」
「お、ああ」
「顔色悪いぞ」
蟹吉がじっとこっちを見ていた。
俺よりも蟹吉のほうが絶対に顔色が悪い。
「どうした」
「私の家は連絡つかなくなった」
「お父さん!?」
電話していた、雑魚子もなにやら電話口で、戸惑っている。何かあったんだろうか。
「そんな……家に帰れば妻と娘が暖かいスープを作って待ってるって……私作ったこと無いですよ! というかそこ、すでに家ですよね!? お前だけは逃げろって、スープは作らなくてもいいんですか? あ、切れちゃった」
こいつの家は大丈夫みたいだ。
とりあえずお父さんは死ぬけど。
「淑やか、その、大きな家だけを狙うってのはもしかして、黒い人形は能力とか魔法使いとかで強い奴なのか」
「いや、だけって訳じゃないんだけど、力が強い人の魔力とかに引き寄せられてるみたいだから、自然とそんな感じ。私は能力とか強くないし魔法も使えないから黒いのも追ってこないの」
俺の時代がきた。
頑張れバルーン。
「ひひひっ」
準備しないとな。
その瞬間だろう。俺の方向感覚、そして、入学式のときに奪われたものが舞い戻ってくる。
そうだった、俺は能力者が嫌いだった。理不尽に絶対的な価値を努力も無く持つあいつらを。もう前の世界なんて思い出せない、というか小学校を出る前におかしくなっていた世界に対する気持ちが戻ってくる。ボールが幾つもにもなったりする甲子園、記録がカンストするオリンピック、どんな難しいテストでも大量にいる満点に、能力が強く無いとなれない警察官に消防士、ノーマルだからと馬鹿にする奴らも、どんなに頑張っても火が出ない自分の手。体格さが関係なくなった強弱に、努力を無視する結果、全部全部俺は呪ってた。
努力すれば叶う。
そう、大抵の事は叶うさ。そんなことは俺が生まれてから変わってない。だけども、努力する奴なんていない。努力しないでも、持ってる能力に絶対に勝てない敵。
そのレベルが少し上がっただけさ。
「図書館に行かなきゃな」