ふーらるさんのしっぽ
「はぁ、はぁ」
ビルの中で、女の子の頭を机の角で打ち付けた。自分のやった事を確認するとかなりひどい。
まぁ、そんな事は些事だ。例えそれが功をそうしたとはいえども、俺の呪いが破られたことが問題だ。今の呪いは会えなくなる呪い、縁を切る呪いだった。対象になった一組の人間はもう一切関わる事ができなくなる。これは自分が対象であるときには、基本的にあまり代償はない。
もちろん決してないわけではなく、これは元々が、掛けたほうが多く被害をこうむる仕組みの呪いで、つまり自分自身を呪う。
例えば、Aに呪いを掛ける。もちろんAは俺には会えなくなるが、俺はその他にもAの友達、会ったことのある人、つまりは関係が確立される恐れのあるもの全員との縁が切れる。会えなくなるとは、触れなくなり、見えなくなるということだ。昔話では呪いをかけたやつが有名人になってしまって、呪術者が誰とも会えなくなるという悲惨な最後を迎えた。
しかし俺にはこいつの姿が見えたし、こいつと同じ部屋にあるという縁があった机にも触れもした。おそらく何かしらの方法で呪いが破られたと考えていい。
死ぬと死体はすぐ消えるので死臭はしないが、気が滅入る。外の空気を吸いにいこうと、廊下に出た。
「よっと」
俺の出てきた部屋から声がしたので振り返ると、翠的なものが生えてきていた。
「うわぁ」
何故翠的なのかというと、遠めで見れば翠で間違いないのだが、よく見ると所々が蔦が絡まって構成されていてグロい。
「うわぁて、ひどいな、私は怒りに燃えて戦ってたのに」
そんな事を言われても、見ても居ないので配慮の仕様がない。と言うかうわぁと呟くぐらい許すべきだ。常人の三十パーセントは吐いてもおかしくない光景だというのに。
そんな事よりも――見つけた。もう諦めて座ってしまおう。このまま翠を止めるのだ。足止めして。惨殺。右は見ない。
「月か?」
(え、嘘。すごいね、考えてる事とやってる事が違うなんてこと、普通の人間には不可能なはずなんだけどね)
翠はまだ気付いていない。今がチャンスだ。右を見よう。
よし、俺は理系なんだ。うん? どういう意味? 誰? お前? 私? つっき―でーす、本物じゃないだろう。何処に居るんだ?
「あーあ、やっぱ総合クラスじゃ駄目か。まぁ、お前の居場所を教えてくれるだけでも、御の字だけどね。いくら私がなんて言うの? ハイスペックで? 私がこの能力を思考乗っ取りまで昇華させても、抵抗されるようじゃなー完全じゃないよ。ちなみに私はドッペルゲンガ―、能力は三つ、まず相手の考えを読む、相手に変身、最後に同化」
「同化が厄介だな」
「まあね、この能力厄介だな、自分の考えてる事も相手に伝わっちゃうんだもんなー」
何時からそこに居たのかは解らない。声は聞こえたが、その声の場所を何処と思う場所を曲げられていたからだ。しかし、自分の思考が戻り、後ろを見ると、翠が倒れていた。
なるほど、今度は翠に変身したのだろう。
「Cクラス? なのに耐え切れるとかよっぽど才能溢れるか、頭空っぽのどっちか」
今度は視認出来る。廊下に普通に突っ立っていた。翠は翠そのもので、言葉や仕草に違和感がまったく無い。後ろに翠が倒れていなかったら、一切気付く事は無かったろう。とりあえず、こいつが月になっていたおかげで能力は解る。あいつの能力は自分の考えを相手に伝えて、俺の考えに組み込んでそれを自分の思考として読み解くものだと勝手に思っているわけだが、こいつはまず、相手の考えと同じ考え、つまり思考を対象と同期、その後に、対象との違いを排斥していき、最後に自分を相手に同期させる。これはつまり対象にとっては自分がある状態で、自分が足されるようなものだ。
つまり、脳の容積も、脳の発する命令、腕を動かすとかも二倍になる。
「翠はもう動けない」
「そう。喋ったりもしないほうがいい。顎が外れる」
「俺に勝ち目はあるかな」
「無いと思うけど?」
翠が近づいてくる。
後ろには動けない翠。前には俺を倒そうとする翠もどき。何か出来ることはあるか、何をしてももうすでに体が痛くて痛くてしょうがなく、それが俺の気力を削っていく。
このシステムは嫌だな、死んでも良いじゃないかという気持ちにさせる。まさに狂気の沙汰だ。
「私、ただの魔法使いなの? 能力なし?」
翠もどきは立ち止まった。
そうか、記憶はコピーできない。だから魔法も使えないんだろう。相手の能力がわかってしまうと絶望も早いが、不安は無いな。まぁ、俺になって、俺を殺した後、翠になって、動けない翠を倒せば万事解決だ。完全に詰んでいる。
「ふむ、確かに一見君は詰んでいる。だけどニョニョニョ、こういう見方も出来る、君に変身したらそこのCクラスにやられちまうぜオ」 何処から、というよりも体の表面から現れたフード付きパーカーに、翠の体が飲み込まれていく。気味が悪いことこの上ないが、身長が縮んでいき、フードが取れる。前髪で顔が覆われていたので顔は見えないが、これが素顔だろう。
「これが素顔だと思った? 残念でした! さぁ、遊びは終わりだ。僕の本来の力を見せてあげますわ」
声色がころころと変わる。これは、ウザイ。そこはかとなく、小ばかにされている様だ。
「レベル231、力の封印――侵略する綿毛」
わら人形を自分の血に浸していると、翠の声が聞こえ、白い綿のようなものにドッペルゲンガーは包まれた。
「レベル210、魔力の切断――形収める新緑」
もう復活したんだろう。立ち上がった翠が周りを緑豊かにしながら魔法を唱えていく。魔法を使うには何かしら、魔法陣とか呪文が必要だったとこの前学んだはずなのだが……翠の周りの草が生えたりかれたりを繰り返しているので、あれがその代わりだったりするのか。
「レベル169、精神の剥奪――巻きつく根」
ドッペルゲンガーは綿に、葉に、根っこに巻きつかれ、姿かたちの面影さえ無い。
「レベル123、力の吸収――鼓動する種」
「レベル301、神木、時よ止まれ、力の固定――姿変わらぬ大木」
最終的にドッペルゲンガーは木になってしまった。
「ふっふっふー、どう? これが、はぁ、はぁ、私の、っぜい、ぜい、本気って奴」
「何をしたんだ?」
「え? あぁ、胸は犠牲にってそうじゃないか、そんな事聞いてないよね、気付けないよね、私何も変わってないよね? うん、ならいいの。あれは、魔法、能力、神経、筋力全てを封印して、それを永遠に掛け続けるように状況を固定したの」
翠は心臓でも痛むのか、苦々しい顔で胸を押さえてそう言った。
「すごいねー、まじでC? って言うか私まだ喋ってたんだけど、俺の本来の力、それはなったことのある人間の能力を使えちゃうってことよ、能力を無効にされない能力プラス、魔法解析能力プラス、そして君の魔法の弱点を氷結の能力で無効にさせてもらった」
木が内側から崩壊し、ドッペルゲンガーが現れる。
「ねぇ、私、もう魔力なんて一滴も出ないよ」
小声で翠がそう言う。
「すっごい面白いことしてあげるよ」
髪の毛で顔は見えなかったが、ドッペルゲンガーがにやりと笑ったのが解った。
「あなたが今、最も危害を加えたくない容姿になって倒すぜ」
目のくまがひどい子供になったドッペルゲンガーが、近づいてくる。
俺はこんな奴知らないし、別に危害を加えたくないとも思わない。そりゃ子供に手を上げることには人並の抵抗はあるがそれだけだ。
「あぅ」
翠が目を見開いて、一歩下がった。
「おら」
子供の姿が消えた。翠は体がはじけたように吹き飛び、そのままビルの窓を突き破って落ちていった。
よっと、と軽く俺の隣に着地する。浮き上がっていたのかも俺には見えなかったが、そうとしか言いようが無い。
「さてと……、今度は君の好感度マックスはっと」
どんどんドッペルゲンガーの身長がさらに小さくなっていく。握りこぶしくらいまで縮んだところで俺にも誰に化けたのか解った。
「ふーらるさんか」
「ねぇ、まあ変身前から解ってはいたんだけど、ねずみって……、私が変身したらスペックがものすごいあがるんすけど、流石にこれじゃむりっすよ。あっやべ、引きすぎて素の声だしちった。って待って、卑怯っすよ」
俺がふーらるさんを手の上に乗せると、ふーらるさんの声では無いのがふーらるさんの口から出た。
「死ねっ」
尻尾を掴んで、窓から投げてしまおうとする。
「まっ待ってください」
ふーらるさんの声がして、こいつがふ―らるさんでは無いと解ってはいたが、体が反射的に止まってしまう。
「うわぁぁぁ」
止まったのだが、偽ふ―らるさんはそのまま窓から落ちていった。
俺の手の中にはねずみの尻尾が残っていた。
瞬きすると、ねずみの尻尾は消えた。
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「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
今日、図書室の司書は外に出てこなかった。