一回戦
「っは、ひっきーがなんか不謹慎な事考えてる気がする!」
だけど私の能力はせいぜい10mくらいの範囲なので勘違いだろう。そう考え直して心の中で謝っていると、私の背後にあった山が消えた。
怖っ
「ははぁ、こっちから声がしたなあ。おっと、誰か発見した。どうもー」
「ぎゃぁぁぁ」
私の馬鹿! 何で声なんか出したのさ! 相手の姿を見ることもなく、声とは反対の方向の茂みをひたすら走る。
どのくらい走ったのか解ら無くなったころで後ろを振り返ると、追ってきている人は居なかった。そもそも追う気はなかったのかもしれない、きっと女の子は相手にしないとかそんな男気溢れる人だったのだ。
ほっと胸をなでおろし、木に背中を預け休憩をとる。木の皮が頭に付くだろうけどそんな事が気にならないくらい疲労していた。
「どうもー」
何かいる。目の前に。フードの顔が出るところをチャックでそのまま閉めたみたいな奇抜な服を着て、手をぷらぷらさせて私に向かって挨拶している何かがいる。この人は目が見えて無いはずなのになんで私に向かって手を降れるんだろう。いや、問題はそこではないはずだ。魔法での移動だろうけど、私は彼を撒いて来たはずなのだ。
「僕はSクラス、君は総合クラスの人であってる?」
あ、そっか。この人だれが総合クラスかわからないんだ。そうだよ、私たちは仲間以外が敵だって簡単に判断できるけど、相手側は仲間じゃない人でも他のチームの可能性があるんだ。
「その前に、僕の能力を優しく教えてあげるよ。どうやら知らないらしいから。僕は称号、ドッペルゲンガー。三つ能力があって、まず相手の考えを読む、相手に変身、最後に同化」
私の考え読まれたら、殺される。まぁいいか、皆も私になんか期待してないだろう。でもSクラスの人はすごいな、近づいてくるのにまったく気付かなかった。
「まぁ、あれだね、君の前に突然現れたのは、君の目を私の目と同化したから君の死角を知る事ができたわけだし、簡単だったよ。理由? 理由は君の驚く顔が見たかっただけだから安心するといい。何で俺がこんな変な服を着てるかって? そりゃあれだよ、君と目を同化してた時に僕が何か見てたら視界が混ざっちゃって君にばれるじゃないか」
早口でそう捲し立て、フードの人は私の顔を掴む。このまま握りつぶすとかはやめて欲しいなという私の心も読んだのか、何もせずに手を私から離し、自分のフードの口を閉めているチャックに手を掛けた。
フードのチャックが開く。中にあったのは真っ暗な、私の視界は真っ暗になって、最後に聞こえたのは
「ドッペルゲンガーに会った人は死ぬ」
という、私の声。
それと同時に私の考えてる事がダブる、この感じは填最君の心を覗こうとした時と一緒だ。たくさんの情報が入ってきて脳のスペックが足りずにオーバーヒートする感覚。前と違う事は私に逃げ道がない事。
「「暗闇月 アウト、ランドに1ポイント」」
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「先を越されたか。遊んでる暇は無いようね」
退路をふさがれた俺たちは、相手は腕が二本しかないのだからどちらかを倒そうとした瞬間、隙が生まれるという憶測に変な自信を持ち、いっせいに殴りにいったが、防御魔法とか何とかで北条さんの顔は思ったよりも数倍硬く、手が腫れた。
しかし俺たちは諦めなかった。彼女は空間に片手突っ込んだ状態だから動けないのだ。その裏をかき、俺たちは相手の死角、つまり机などの遮蔽物に隠れる事で狙いを付けさせない作戦に出た。魔法で机が吹き飛ばされた。
もう嫌だ何だこいつ。実は致命的な欠点とか用意しろよ。
涙目になった俺たちをあざ笑うがごとく、もう反撃はおしまいかしらとか言いながら足蹴にされ、こうなったら呪ってやろうかと道具を探していた時、運がいいのか悪いのか校内放送で月が死んだとの連絡が入った。
「まぁ、こちらは一気に2人を潰せるのだから実際のところは1位なのだけれど」
きっとこれがこいつの見せる最後の隙だろう。そう思い俺はこの瞬間にすべてを掛ける。
「はぁ、はぁ、こいつ、トンカチで叩いてもびくともしない。石頭にしてもかたすぎだろ……」
「君は本当に容赦がないな。普通女の子をいきなりトンカチでは殴らないと思うのだが、、、逆に彼女の頭蓋骨が砕けて脳があふれ出してみろ、私は今日から眠れそうに無いぞ」
隙を見せた気がしたのでいけると思ったのに、こいつの体がものすごく硬いのは生まれつきなのか。こうなったら俺の奥の手しかない訳だが、すぐ効果の出る呪いの中でこんな状況をひっくり返せるものが在るのかと言われると無い。鉄さんのおかげで一通りの道具は揃っているが、こいつを今呪い殺すには時間が最低でも20時間足りないし、俺が二回死ななきゃならない。呪いはこれを何かで代替するだが、(例えば運、しかしこの場合は運が悪くなりすぎて命が100在っても足りない)それが無い。代替に必要なものはまず俺、そして時雨なのだが、なにしろ二倍で返ってくるので、こっちは2人死ななきゃならない。それに対象の髪の毛とか血とかいろんなものも足りない。
つまり、もし相手が20時間もの間何もせず、且つ協力的に俺の質問に答えてくれて、さらに髪の毛と血を分け与えてくれて、最後、時雨に釘を打ち込んでも死なないほどの精神力があれば(生贄は生きていなくてはならないから)こいつを倒せる。もちろん俺も死ぬ。
ただし、この一番早く相手を呪い殺す呪術は、俺も始めて使うのでもしかしたら失敗するかもしれない。そしてぶっちゃけ俺も自分の心臓に釘なんて打ちたくない。
「連結なし、レベルは3。攻撃魔法の弐」
スコーンとバットで膝を打ちぬかれたような声にならない痛み。顔面から床に転げ落ちる。確か本には攻撃魔法は一種類、つまり攻撃魔法自体が魔法の名前であり本質だと書かれていた。攻撃魔法の壱から急、そして零があり、壱がもっとも弱くゼロが最も強い。この魔法だけは秘匿性はなく、ほとんどの魔法使いはその呪文を知っている。攻撃魔法は魔力の保有量と壱から零の魔法番号によって威力が決定するのでレベルは低ければ低いほうが良い。
「連結なし、レベルは3。攻撃魔法の弐」
魔力をそのまま外に出すものなので、比較的簡単ではあるが、伍より上は魔力の保有量が足らないにも拘らず、発動してもその分の最低魔力は強制的に奪われ自滅。また魔力そのものが安定しないものであるという事から難易度が高くなり、自爆する危険性が高くなる。攻撃魔法の伍が制御できるのであれば、魔法使いを束ねるものとして恥ずかしくないほどの技を持っているといえよう。
確かあの本を読んだ時は、それほど強くはないものだと思っていた。
制御するのが難しいだけのものだと。
しかし、弐を二回食らっただけでもう戦意なんて粉々だし、多分骨も粉々だろう。痛がる暇さえなく、頭のおかしくなるような激痛が俺を襲う。
「―――撃魔法の弐」
「避けろ!!」
俺の体が、横から力を受け吹っ飛ぶ。激痛が体を襲わない。
時雨に庇われたらしく、時雨は目の前で壁まで吹き飛ばされめり込んだ。
「「佐々波時雨 アウト ソーダの香りに一ポイント」」
「やっぱりおかしいわね。彼女はしっかりと事切れたというのに、弐を喰らったのに死なないなんて、しかも二回も。そこの男子、あなたの能力は何? 私の魔法を喰らってたっていられ、てはないようだけどそれでも総合クラスなのに不自然だわ」
時雨はあれだ。紆余曲折あったかも知んないけどノーマルなんだ。ノーマルが俺の目の前で能力者に殺された。
一気に周りの気温が下がった気がする。それは、なすすべがなく床に転がっているからかもしれないし、恐怖のせいかもしれない。
「ソーダの香りはだせぇよ」
始め誰の声かわからなかった。しかし俺の口は動いていたし他に言葉を発する奴なんていない。その声の冷たさに驚きながらも俺は立ち上がった。立ち上がったからなんだって訳じゃない、だが時雨は俺に何かを期待して俺を助けた。そう思わなきゃ駄目だ、俺をただ単に庇ったとかそんな理由であってはいけない。一瞬、庇うなら一発目から庇って欲しかったと不謹慎な考えもあったが、思考が空回りしているんだろう。こんなときこそ冷静になるんだ、自分でもない言ってるのか解らなくなってる。
「これは作戦なんだよ」
「立ち上がるなんてすごいわね……でも気でも違えたの? さっきから何を言ってるのかしら」
呪術と魔法、似てるなと思った事が唯一つだけある、魔法は心の中で呪文を唱えるのも在るらしい。まぁ、それが難しいというのは呪術にはありえないのだが。
呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う
――呪術の弱点は人を呪わば穴二つの言葉に尽きる。二倍で跳ね返ってくるのだ、犠牲は常に相手の被害の二倍、さらに即効性となると多少の工夫が必要だから二倍以上のバックがあると思っていい。しかし今回は別だ。俺のせいで他人が死んだ。これに勝る苦痛はない。
同じ編み方をしないわら人形はきっと誰にも会えないという名前の呪いがある。俺は自分の血で染めたわら人形を相手にかざしながら木の札を釘で打ちつける。この呪いは恋敵に好きな彼を会わせたくないと言う健気? な気持ちが生み出した黒い糸を使うので有名な呪いだ。古典的だが、効果は顕著に現れる。そして時間も掛かるものだが、そんなものは俺にとってはあまり関係の無い事だ。
通常は二週間で済ませる儀式を十秒足らずで行った代償はでかいだろうが、まぁいい。本当はこいつにも時雨が味わったであろう苦しみを与えたかったが、そんな事をしたらこっちに来るバックを受け止めきれない。今回ばかりは運を捧げる事はできない、チームの不運につながる事は時雨も喜ばないだろう、俺の血でなんとか誤魔化そう。
足りないって事はないだろ、ちょうどすごい量が出ているし。
「うぅ、ああ゛っ」
もっと早くやればよかった。
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今のはなんだったんだろう。北条 綾は首を捻った。やけにしぶとい奴だと思っていたら、突然なにか人形のようなものを飲み込んで死んだ。校内放送は聞こえないが、それは今のが自殺だったからで、彼の姿はちゃんと消滅した。こういう場合はまず相手が何らかの能力で逃げた、見えなくなったということを疑うのがセオリーだが、総合クラスにそれは無い。Cクラスの魔法使いなら怪しいが、魔法使いである以上詠唱は少なからずある。何となくノリで魔駕れとか叫んでる私とは違うのだ。
「何がしたかったのかしら」
しかし、嫌な予感もしないでもない。相手には諦めとか自暴自棄になった様子もなかったし、いきなり自殺はないだろう。確かに私たちのチームに点数は入らなかったが、それは総合チームにはあまり関係の無いことのはずだ。ここは念のために<天使|あまつかい>に体を見てもらった方がいいかもしれない。
「綾に呼ばれた気がしてきたけど。呼んだ? むっふー、私は秘密兵器だから出なくていいのよ? 休んでていいですわ、とえらそうに言っておいて私の助けが必要になったんだね? はずかしー」
小枝天使、こえだあまつかい。正確はお調子者で抜けているが、こんなのでもSクラス、天使の称号を持つ。
今だって私が天使を求めたから現れたのだ。天使は救いを求めるものの前には必ず訪れる。他にも絶対的治癒や、天罰の雷など悔しいが今私が勝負を挑んでも勝てないだろう。正直こいつは暴力だ、問答無用でこっちの事象を全部無視できるほどの力を持つ。こいつは自分でも自分の能力の全部はわかんないとかふざけた事を言ったうえ、でも治れーって思うと傷とかを持ち上げてそこらへんに捨てられるし、どこかに行こうとするといつの間にか着いてるし、攻撃ーって思うと雷が降ってくるよーと言う。つまり馬鹿だった、なので少し優しくしてお友達になりましょうといって、色々利用してやろうと思っていたのだが、怖いくらいにうまくいった。
「ん? お? よ? どったの、元気ないね、あ! なんか黒いものが見えるよぉ、取ってあげよう。うわっなんだろうこれ魔法じゃない、すっごいねばねばー」
私の服についたゴミでも取るかのように、何かを掴んで取ってしまった。天使にとってすべても魔法はゴミに等しい。まぁ、いつかは彼女を倒すとはいえ、今彼女の事を羨んでも何も変わらない、私は覇道を制するのだ。そのためにもまずここで勝ちあがって力を見せなくてはいけない。
「ねぇ、これ何? なんか今度は私にまとわりついて取れないんだけど」
「天使さん、用は済みました。休んでてくれて結構よ?」
やはり私は何かされていたのか、まぁ総合クラスに何か出来るとは思わないがそれでも心配事の種は消しておくべきだ。何しろこれは総合クラスの奴をいかに多く倒すかと言うゲームなのだから、他の上位クラスが妨害工作をする可能性もある。靴紐が解けた程度の懸念でも潰すほかない。
「おおぅ、人を呼び出しといてこれだけで終わりなのかい! もっと」
「早く帰れ」
「うぅ、最初のすごく優しい綾はどこ行ったんだ! 最近なんか騙された気がしてしょうがないよー」
ぶつくさと何か言っていたが、来たときと同じように唐突に、彼女はどこかへ消えてしまった。
「本当に何の痕跡も残さず、次空間移動するなんて化け物以外なんでもないわね」
そう言ってビルの部屋の空間の歪みを取り除くため、空間から手を引っこ抜く。その先に誰かいた。緑色の髪をした女だ。




