控え室
大会前。控え室とかは特に無く、トリガーに教室でだべっている時に俺たちの連携とか大丈夫なの? と聞いた。俺たちはチームなんだから能力の事とか互いに知らないと困るだろと思ったのだ。
「お前、能力何?」
「無いよ」
「お前はいつも遅刻してくるから知らないだろうけど、お前以外はちゃんとお互いに能力知ってるし」
またラフランスの話題に戻ってしまった。ほんと緊迫感ないよな。そしてこれがいじめって奴かな。
「私さ、一人だけ上級生だし仲間に入れないんだけど。同じく話題には入れてないひっきーさん、何か話そ」
翠が馴れ馴れしく話しかけてくる。隅っこで草相手に話しかけるのに飽きたのだろう。
「じゃ、一方的に魔法のことを俺に向かって話しかけてくれ」
「機密を大安売りしろと?!」
「そうですよ、早く言って下さい。他の家の魔法なら何も気にせず加工なし、超スピードで使いまくれる……、家の秘密の保持のために長ったらしい暗号化をする必要が無いっ」
雑魚子がすごい勢いで食いついてきた。そういえばこの魔法を盗まれる盗まれないといった問題の性で魔法は超能力に劣るらしい。まぁ、そんなものが無くとも地球をたたっ切れる能力とかいう箔が最近付いたと喜んでいた奴がいるようなのに勝てるわけは無いと思うが。
そうだそれだ。あの緋色とかいうやつを月に聞いたのか、トリガーがお前少しでもしゃべった事あるなら、一応でも何でも勧誘だけはして来いって言うから、なんかトリガーが待ってろって言ってたとこで約束のわら人形持って待っててやったのに、というかなんで俺を殺したしとか色々聞いてやろうと思ってたのに、自分の能力の自慢して来るんだもんなぁ! 嫌いだあんな奴! バーカバーカ、何だあれ、どんな剣でも出せるとか何だそれ。たしか、~~剣といったふうに叫ぶと、地球を割れる奴とか、川の流れを両断したりとか出来る奴を出せるとかなんだそのチート。なんかかっこよくないと力が弱くなるとかも言ってたけど何だそれ! くそっ、だが、わら人形のよさがわかる人間だからな……。勧誘は断られたが、それもすでに自分のチームで登録したからって言うし。
「そういえばさっきの本当? ノーマル? うっそだぁ、だってこんなに一杯荷物持ってるじゃん。のろいの人形だよね、私の部活の先輩で、呪術の人居るんだよねー、こうでっかいわら人形とか、五寸釘みたいなのを虚空から出せてさ、相手の動きを止めたりとか地味にオールマイティな」
「死ね」
「あひゃ」
翠に聞き逃せない事を言われたので、考えるのを止めて翠を止める。
雑魚子が変な声を出したが、俺には関係の無い事だろう。
「……え、何か私したかな、ごごごごごめん」
「ん、別に怒ってはないけど、あれだ。でかいわら人形を虚空から出すってことはそいつは能力者だろ? まぁ話には聞いた事あるよ、呪術師とか言う能力があることも。だけどそれは違うだろ? 侍とか言う能力もあるけど、別に本当に武士道突っ走ってるわけじゃないだろ、あ?」
「怒ってるよ絶対。何でそこまでけんか腰? 雑魚子ちゃんがビビッてあひゃとか言っちゃったじゃん。それにそれは能力じゃなくて、称号って言ってその人が持ってる複数の能力がめちゃ強いか、一定の方向性を持ってるかすると与えられる、ふたつ名みたいなのだけど、しっかりと内申書とか覆歴書とかに書けるから」
「あ? そんな事はどうでもいいんだよ。俺は認めない。そんななんか自分に一切の被害なんて無い一方的な暴力の名前を呪術なんて呼ばせない」
「あ、うん」
どうやら納得してもらえたらしい。雑魚子も何度も頷いてくれている。
「そ、そーいえばさー。みんな度胸あるよね、死ぬの怖くないの?」
なんか話題を逸らされた気がするが、まぁいい。俺もエセ呪術の話なんてしたくは無かった。
「怖いたって、生き返れるじゃん」
「うん」
雑魚子も賛同する。つーかお前は死んでないだろ。
「え? 生き返る代償に何か失うのがセーブロード。私はこの前ひっきーの性で大切に育ててたカサブランカが消えた。まぁ、運がいい方なのは解るけどさ、記憶とか視力とか他にもすごい大切なものを失う可能性だってあるのに」
「まじかよ、俺はいったい何を失ったんだ?」
「うわっほんとに知らなかっ・た・の」
周りが静寂に包まれている事を翠も気づいたらしい。皆真っ白な顔でこっちを見ている。いや、デイとか言うのと酒市さんはなんか見詰め合っていて自分の世界に浸っているけども。
うわーだかエーだかの絶叫が場を支配した。皆が焦っている。いったい俺は何を失ったんだ? 記憶に抜け落ちている所は無い。物が無くなった記憶も無いしな。
「解った」
そうだ、無くなったものあった。方向感覚だ。俺はものすごい方向音痴になった!! いやー、すっきりした。ここ最近のもやもやした気持ちはこれのせいか。
「ひっきー、お前解ったのか。蟹吉はわかんないよー、一緒に考えてくれぇー」
皆が、怖い怖いって騒いでる中で蟹吉が俺に掴みかかってきた。そんなの解る訳がない、俺みたいに方向感覚とかだと、昔からお前の事を知らないと駄目だろと言おうとした時、何か違和感を感じて踏みとどまった。
「お前、髪切ったか?」
「え? 切ってないぞ」
「一本足りないぞ、頭のテールが」
「ほんとだぁぁぁぁぁ」
うわぁぁぁと言って髪の毛を縛りだす蟹吉。しかし何度やっても縛れないようで、あれ? あれ? と焦るばかりだ。
「それがこれの怖いとこなんだよ。そんなに大事じゃないけど、なんか大切なものを失ってしまった気がするという気分にさせるものを、ピンポイントで奪っていくから」
「私のアイデンティティが!」
「一本減らせばいいじゃないか」
「ふざけんな!」
「タラバ」
「おおぅ、お前頭いいな」
俺が一本ゴムを取ってやると、何か納得したようだ。あと、もう一つ。今蟹吉の足らないところを探したときに気が付いた。周りを見渡す、右にも左にも人影は無し。
「そこだぁぁぁ」
ガシッと右にある頭を掴む。人影は無かったが、シャンプーの香りはしたし、よく見ると最初からいた気もしないでも無くなく無くなくない。
「ひっきーぃぃぃぃぃぃぃぃい」
蟹吉、雑魚子、翠が驚愕する。それはそうだろう、俺でさえこいつがいきなり何も無いところから出てきたとしか思えない。
「淑やかは自分の存在感を失ったんだな」
「お前、なんか輝いてるな」
蟹吉が羨望のまなざしで俺を見る。淑やかは涙を流しながら小さな声でありがとうありがとうと言っている。きっと辛かったのだろう、あまり泣きじゃくる女子の頭を掴んでいる状態と言うのは何となく人でなしの気がするから、止めたいのだが、蟹吉のほうを見ると同じように泣いていたのでどうしようもない。
「蟹吉は、、、親友の顔を忘れるほど、うっぁ」
「……ここは私がやってあげるよ」
翠が俺から蟹吉のゴムを奪うとそれを淑やかに付けた。俺が手を離しても存在を見失うことは無く、どうやら何か魔法的なものが何やかんやしたんだろう。
「万能か!」
なんかムカついたので、翠の鳩尾を打つ。
「私なんで今殴られ、いった。後からすごい来る」
「なんだよお前、魔法使いだからって何でも出来るとかマジしらけるんだけど?!」
なんかそんな怯えた様な目で見たって全然可愛くないじゃなくて、全然罪悪感とかないし。
「何でそんなに怒ってる。もう琴線がわからない。私はいいことをしたはずなのにー」
翠の言い分は至極全うなものだが、それとこれとは話が別だ。全然罪悪感も無いし。
「なんかひっきーは条件反射で殴った後、何で殴ったのか自分でもよく解らず、罪悪感で一杯になってるよ」
月が俺の後ろから余計な事を翠に告げ口する。
黙らせようとしたが、俺の手を軽快に掻い潜る。何だこいつ、すごく素早いっていうか、ちょこまかと動きやがって、次なんかいったら殺すと強く念じながら押さえ込もうとする。
「甘いね、私はあなたの思考を完全に読んでるから、避ける事などお茶の子だよ。っていうか翠先輩と空気悪くなってたからそれを補ってあげたのに殺すはひどいよ」
「あ、精神干渉計なの? ひっきーの秘密とか教えて」
「うん、ひっきーはぜったいどSで、緑先輩のこと、スタイルいいから裸エプ」
「十三日の金曜日十三日の金曜日十三日の金曜日」
なんかもう色々手遅れの気もしないでもないがすごくスプラッターな事を考えて月を潰す。うわぁぁぁとかいって蹲ったのでもうこれ以上の精神攻撃は必要ないだろう。しかし問題は翠とその他だ。人間これほどまでに冷たい表情が出来るものなのか。完全にリアルなほうのドン引きじゃないか。
「ロン」
月が最後の力を振り絞って俺の容疑を確信へと導いたので、全力で頭を踏みつける。
「き、着せたいか、見たいで、その、い、意味が変わるよね」
翠がなんか俺から距離をとりながらもそんな事を言う。一緒だよ! ってか俺ほんとにそんな事思ってたのか? ありえないだろ。くずだな俺! このゴミ屑!!!
「深層心……理までおみとおしなの……さ」
月はもう何の慈悲もなくとどめを刺そう。と硬く心に誓ったとき、トリガーがいつの間にか外に行っていたのか戻ってきた。
「皆、行くぞー。……ひっきー、何があったかは聞かないけどよ、女子を踏みつけるのはどうなんだ?」
もうなんだよ。俺が悪かったよ。
「ツヨク、生きろ」
誰かが俺を励ましてくれた。あ、庸介だ。
「お、久しぶり」
「…………」
庸介は何もいわずに去っていった。