生首の名前が思い出せない
俺は夢を見ていた。覚醒夢ってやつだろうか、真っ暗闇だが目は見える。何も見えないはずだがすべてが見える、俺は林の中を掻き分けていた。目の前に道が現れ、看板には右に行くとゴールと書かれている。
何度も見る夢だ、俺はいつもそれを見て右に行き、ズルをしたなと殺される。
しかし、今日は覚醒夢だ、迷わず俺は左に向かう。
瞬間、俺は気づく、目の前の道に右も左も存在しないという事を。
「「起きて……」」
途方にくれた俺に声が……って月だな。
「「起きてよ」」
「「起きろー」」
「うるせぇ! 考えさせろよ!」
起きると、やはり月が目の前にいた。他には宿女、じゃなくって雑魚子がへたり込んでいて、首だけになったジェファーとおっさんがいた。
「ねぇ、なんかひっきーを起こせって言われて私呼ばれたんだけど」
「お前、やっぱしゃべれたんじゃん」
「うん、喋る事にした」
「おう」
「驚かないね」
驚く要素なんてない、だけど、何で? と聞かれると困る。
「お前のことなんて、知らないしな」
「えっとね、蟹吉ちゃんはまだ走り回っていて、トリガー君は保健室、宿女ちゃんはそこで見てて、後の人はみんな帰った……かな」
ちょっと突き放すような物言いだったのだが、能力者は心が強いのか、気にもしない様子で説明された。
まだ眠いのもあって理解は出来ないが、きっと色々あったんだろう。
しかし、俺を起こして何をしようというのか、俺に出来ることなど、ここにいるすべての生徒以下の事しか無い。そう、こいつらより上のステータスなんか無い。
「俺に何をしろと?」
「さぁ……私蟹吉ちゃんに、ひっきー起こせって言われてきただけだし」
「そうだろうな」
ノーマルの人間にもとめられるものなどない。
「ほんとに暗いよね、ひっきーって、だからひっきーなんだよ」
何だこいつ? いきなりがつがつ言うようになったな、ほんとに何があったんだろうか。
「秘密」
にやっと笑って指を立てて唇のところまで持っていく。
ほんと何だこいつは、俺をイラつかせる天才か。
「ふっ私に隠し事は無用だよ、実はちょっと可愛いと思ってる事くらい、あなたの心の中をのぞける私にかかれば
「……」
「もう言わないから許して」
俺は何も思ってない、だからこいつが何を勘違いしても俺のせいじゃない。というか、心の中に話しかけてこないから、忘れていた。
「ごめんなさいごめんさいごめんなさいごめ
俺がかぶっていた布団に包まって怯えだした月をほおって置いて、生首と雑魚子の所にいく。雑魚子は何もいわず、じっと生首を見ている。生首が俺を見て、会釈した。
「あ、なんかすいません、私のせいですよね」
「別に、俺は何もしてない」
「でも、なんか気分いいもんじゃないでしょ? 生首が部屋にあるとか」
「そんな事ないですよぉ!!」
雑魚子が生首に抱きついた。
「実感湧かないな、お前ってほんとに死ぬの?」
周りの対応って言うか、能力者だから普通じゃないんだなと思っていたんだが、やっぱりおかしい。人が目の前で死ぬってのに、月とか雑魚子とか、もちろん俺も冷静すぎる。実際にはこんなもんなのかもしれないが、雑魚子は泣くだろう、雑魚子なんだから。
「ふふ、心配しなくてもちゃんと死にますよ。私の能力は死ぬって能力ですから、その能力が発動してしまったから体が消えてるんです」
生首は薄く笑ってそう答えた。
「冷静だな」
「えぇ、始めこそ焦って悲しくもなりましたけど、なんか実感がどんどん薄れてきちゃって」
「そこだよな、実感がないんだよ。お前死にそうにない」
相手は生首なので、俺は見下ろす感じになる。何より俺は立ったままなのだ、二メートルくらいの高低差があった。
「ひっきー、なんか怖いんだけど」
雑魚子が俺を見上げて首を傾げる。
「別に……もう三時間経ってるんだなと思って」
「あの、私を、最後にぎっちゃんのところに連れて行って欲しいんですけど」
「私が!」
雑魚子が食い気味で挙手する。俺はなんとなく嫌だったので、ちょっと下がった。
「あと、ぎっちゃんの友達とも話したいので」
そう言って俺を見る。雑魚子がえっひっき-に友達が?って顔をしてるから後でぶっ飛ばそう。
雑魚子がちょこっと寄ってきてこっそり、
「ぎっちゃんって誰?」
と聞いてきたので、填最のことだろ消去法で、と答えてやると納得いったのか何度もうなずいて俺に生首を渡してくる。
俺は生首を持って保健室に行くことになった。
出て行き際に月に、お前こいつの目見た? と聞くと、
「見なきゃ良かったかも」
と言っていたので間違いない。
廊下に出てすぐに生首が話しかけてきた。
「私、どこかでミスっちゃいました?」
「何焦ってんだよ、俺はお前の事なんて知らない」
そういった後、生首も俺も何も喋らなかった。
保健室に入るとトリガーと填最がいた。他には誰もいない。
「先生は?」
「おう、さっきまでいたけど、帰った」
トリガーが答える。
「填最はどうなんだ? 起きたか?」
「彼女が来たんだろ? 起こそうぜ」
トリガーは填最を揺り起こした。可愛そうに。
「……ん」
填最が起きる。目に熊が出来ていた。一瞬迷ったが、填最の顔を見て
「おい、Sクラスってのはすごいな、もうすぐ治るらしいぞ」
「お、マジかよ」
瞬間、五体満足となった。
トリガーは俺とハイタッチしようと手を上げた。それに答えながら二人きりにしてやろうぜと言って二人で保健室を出る。
填最は眠そうな目で俺を見た後、ここに入ったかいはあったなと言った。
トリガーと部屋こっちだからと言って分かれた後、あの白衣のおっさんが廊下に置かれていたソファでコーヒーを飲んでいた。
「ここの警備はザルだな」
黙って通り過ぎようとしたらやはり話しかけてきた。
「俺は何も知らないよ」
「いや、娘に言われたら、父親は逆らえないものなんだよ。あともう一人填最君のことを好きな女の子がいてね」
「だからそんな事知らねぇよ」
ちょっとイラついたので、無視して俺の部屋に戻る。
そんな話は関係ない、それはお前らの都合だ、俺の都合じゃない。
「まだ居たのかよ」
月と雑魚子が居たので追い出す。眠すぎて死にそうだった。
雑魚子が扉を閉めようとする俺の腕をつかむ、
「どうなったの?」
今度は泣きそうになっている。
「治った」
「えっ、嘘、よかったですね!」
「そうだな」
俺は扉を閉めて、布団に倒れた。足音が聞こえる、雑魚子のやつがドアを開けて入ってきたらしい、鍵を閉めればよかったと後悔する。
「あの、なんか抱きしめたとき、髪の毛からいい匂いしたんですけど」
「……だから?」
「いや、寝たきりって言ってたのに変だなって」
「最後だからシャンプーして貰ってたんじゃねぇの」
雑魚子は手を打ち鳴らしてなるほど、と言った。
「最後だと思ってたんだもんね」
「そうだな、俺が前見たときは変な機械とかたくさんついてたし、そもそも生命維持装置ってのも付いてたし、いつでも別れがきてもいいようにしてたんだよ」
「えっ」
「あっ」
生命維持装置って外したらやばいんじゃ、あれ、でも結構元気そうだったしとかなんか色々感づき始めた雑魚子に対して無視を決め込んで、俺はぐっすり眠った。夢も見なかった。