宿女雑魚子
槙最が倒れこむ。
「後は頼…む。」
部屋の中には雑魚子、蟹吉、トリガー、ひっきーの四人。
(雑魚子って私のこと? もしかして宿女雑魚子って認識なのかな…。でも琴葉って名前を覚えてる人なんて
居なさそうだな、よし、突っ込むのは止めとこう。)
「何を?」
トリガーが槙最に聞き返すが、返事は返ってこない。
その代わりに部屋の中に、ベットとそれに横たわる女の子、白衣を着たおじさんが現れる。
「すまない、ここは何処なのか、私は解ってないのだが…。」
いきなり現れたおじさんが問いかける。
「それよりもまず、誰ですか?」
それには答えず、雑魚子が固まってしまった蟹吉とトリガーに代わって聞く。
「あぁ、すまない、私はそこに倒れている槙最君の友達の父だ。」
友達のところだけ、声が少しだけ大きくなった。
「俺、ちょっとこいつの事保健室まで運ぶわ。」
トリガーは槙最の事をお姫様抱っこして部屋から出て行った。
「うぅ、」
「あ、黒、違った、ひっきー君起きて、私何がなんだが…。」
「おい、待て、俺が意識を失ってる間に何が起きた、何よりもなんで俺をひっきーと呼ぶ。」
「そんな事はどうでもいいんだ! とりあえず蟹吉もお前らと同じフィールドに立たせてくれ、仲間はずれだけは、
仲間はずれだけは止めて。」
「いや、どうでもよくない、ひっきーについて説明しろ。」
「あの、すまない。少し、話を…。」
「いいの、お父さん。私はここで死ぬ運命なのよ。」
「お前…、すまない、父さんが…。」
「言わないで。」
「…。」
五月蝿かった部屋が一瞬で静かになる。
それは、少女の体が欠けていたこともあるが、何よりそんな状態の彼女が、普通に会話できている事が、
異常だったからだ。
「すまない…、少し整理させてくれないか。私が質問するから答えてくれ。君達の質問にももちろん答える。
しかし、私達には時間が無い事を頭に止めておいてくれ。」
前に俺が受けた説明と大体同じ、違うのはその槙最に気を使ってこの女の子は気を使って、
死にたい死にたいといって、能力を使い続けるのを止めさせようとしていたらしい。
そんなふうにはこれっぽちも見えなかったが。
「「体が、解けてる!」」
雑魚子と蟹吉が声を上げる。
「今なのか? 今気付いたのか?」
「よし、一通りぼけたな! 話は簡単だ。よし雑魚子、さっさとお兄ちゃんに電話するんだ。」
「今の私素だった… ってなんでもない。わかった兄さんに電話します。」
携帯を出して人差し指で番号を一つ一つ押していく雑魚子。
電話帳に入れて置けよ。
「あ、兄さん? うん私、お願いがあって、えっなんで? 解った、お兄ちゃんお願いがあって。」
つんつんと蟹吉に突かれる。
「なんだよ。」
「雑魚子のお兄ちゃんってさ、どんな奴かな。」
俺は雑魚子のほうを見る。
「交換条件?解った、お兄ちゃんがそれでいいなら。」
「とりあえず、変態くさいな。」
「蟹吉もそう思う、だって確実にお兄ちゃんって呼ばせたし。」
「「…。」」
俺と蟹吉が顔を見合わせる。
「蟹吉たちさ、いらなくね? 」
「そうだな。俺眠いだけど、寝ていい?」
「あ、今ので思い出した、お前のせいでぜんっぜん眠れてないんだけど、ぶっ殺していいかに? 」
チョイ眼がマジだな。
「顔色はいいな。」
「それは淑やかの部屋で寝たから。」
それじゃあ何も問題ないじゃないか。全然寝れたはずだ。
「…お前がなんかお経みたいなの読んでるから怖くて眠れなくなった。」
お経? あぁ、俺が気分を盛り上げるために死ね死ねいいながら作業した所為か。
「兄さんが良くわかんないから来るって言ってました。」
ノック音が二回する。
「あ、来たみたいです。」
はやっ、まさか、待機してたんじゃないだろうな。
蟹吉も同じ事を考えたらしく、同じく微妙な顔をしていた。
「唯の瞬間移動です。」
俺の後ろにシュッという音がしてから現れる。
よりによって何で俺の後ろに?という突込みをするべく振り返った俺は言葉を失った。
うわすげぇ、初対面から感じるこの圧倒的な雑魚感!!!
いや、Aクラスが雑魚な筈が無い、しかし、この圧倒的な感覚はっ!!!
そんな俺の横をすり抜け、解けていく少女のほうに興味深そうに唸りながら寄っていく。
「おいちょっと。」
また蟹吉に引っ張られる。
「なんかさ、雑魚臭すごくね。」
俺たちは黙ってシェイクハンドした。
この連帯感は、二人三脚で2000メートルを走りきったレベルだ。
いつの間にかジトッとした目で俺たちを見る雑魚子がいて口を開く。
「ねぇ、薄々感づいてはいたんだけど、私って雑魚臭がするって良くクラスのみんなに陰口叩かれてますよね。」
みんなからなのかい。
「フォローするわけじゃないが、お前さ、朝に紅茶とかにパン浸して食うだろ?」
「えっ何で知ってるんですか?」
「小学校の時のマラソンで一緒に走ろうって言われた友達においていかれた事あるよな?」
「まぁ、はい。」
「ちょっとじゃんけんしようぜ。」
やはり、俺がグーで、雑魚子はチョキで俺の勝ちだ。
「な、だからしょうがないんだよ。」
うんうんとうなずく蟹吉。
「あの…何も納得できないんですけど。」
今度は蟹吉がやらせてと眼で訴えかけてきたので場所を代わってやる。
「雑魚子はさ、猫舌?」
「さっきからなんで、、、私のこと二人して怖いですよ。」
「その…水色だろ?」
? 蟹吉は雑魚子のスカートを指差して聞く。
「ちょ、何で解るんですか! 」
スカートを抑える雑魚子。
「な、だからしょうがない。」
不満そうな顔はしていたが、納得したんだろう。
「…もう雑魚でいいです。」と言った。
「私には手に負えませんね。」
馬鹿騒ぎしていた俺たちにも雑魚子の兄ちゃんのその声は届いた。
「しかしおかしい。認識系は使えるのに、回復となると効き目が無い。魔法が無効にされた手ごたえは無いんですがね。」
雑魚子が雑魚子の兄ちゃんに近づいていく。
「他の人、そのクラスの友達とかに頼んでくれませんか?」
雑魚子は兄ちゃんにも敬語なのか。
雑魚子に聞きたいことが出来たがもう遅い。さっきのような乗りになる事はもう無いだろう。だけど
気になりだすとこう言うことは魚の小骨のようにまとわりつく。
でもいいや、どうせ他人の事だし。
「お兄ちゃんもクラスのみんなとは面識が無いんだ。お前は友達が多いな、普通こんなところにいたら
もっと警戒…、いやなんでもない。お兄ちゃんは心配性だからな、要らないことを言ってしまいそうだ。
それに僕に無理ならSクラスでないと無理だろう。そういえば…。」
蟹吉が手を挙げる。
「質問いいですかー。」
「僕にかい? 」
「雑魚子の兄ちゃんは何ができるんですかー。」
「雑魚子…
雑魚子の兄ちゃんは雑魚子の方を見たが、雑魚子は顔を伏せた。
それで察したらしい。兄ちゃんのほうは雑魚だが、空気の読める雑魚だった。
「僕は特殊能力みたいなのは無いよ、純粋な魔法使いさ。」
雑魚子が嘘つきと小さく呟いたのが聞こえた。
「少し待っていてくれ、確か狼さんがSクラスと知り合いだったはずだから。レベル211110。」
雑魚子の兄が消えた。
「あの、補足して言いですか? あれは魔法の詠唱、連結の有無、魔方陣、魔法の名前、全部を省略するとい
う、
「待て。」
気分良く解説を始めた雑魚子を止める。
「まずお前は兄ちゃんが土足で俺の部屋に入ってきたことに対する謝罪が必要だよな。」
「そう、兄さんは生まれた時に魔法詠唱短縮の技能の才能を私の分まで全部持っていったんですよ。
だから私は落ちこぼれ落ちこぼれと、親戚に会うたびにぐちぐちぐちぐち言われつづ
「だから待てよ。」
「言わせてください。」
眠いんですけど。しかし、真剣な眼で見つめられると、、、
しかし、眠いほうが勝った。
「まぁ、その家とか劣等感とかは解る。いや、解るなんていわれたら不快かも知んないけど、
好感は持てるよ。だけどさ、そのお前が長々と話そうとしてるのって、お前にもっと才能があれば解決するんだろ?
そう言う話を俺に言うなよ。嫌味か?」
ノーマルなんだから、という言葉は一応飲み込む。
手を握られる。いきなりだったので不審に思ったが、雑魚子はドロップが全部赤だった
時のような顔をしていた。
そうかと思うと目が充血していき、潤っていく。
「あ、雑魚子泣かした。」
蟹吉が言うと、雑魚子がフルフルと首を振って、
「違うんです。才能とかいつも無い無い言われ続けてきて、
私なんかより絶対才能が無い人にも、兄と比べられては雑魚雑魚と…。」
子供の頃から雑魚雑魚言われてたんだ。
だが違う、それは違う。お前のまとう空気が雑魚っぽいんだ。
「初めて、私のことをうえに見てくれる人に出会えた…。」
俺の手を握る手に力がこもる。
「俺、褒めたつもり無いんだけど。むしろ逆だった気がするんだけど。
後お前ちょいちょい失礼じゃ…。」
「あ、死んだ。」
蟹の声が聞こえた。
人間、睡眠時間をシカトすると、何の前触れも無く体が寝るらしい。