最終回 108は能力の数
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……私は世界のどうのこうのはどうでもいい。逆にそれがどうでも良くなかったら、私のフルムーンが発現したときにひっきーの考えを変えちゃえば良かった。
「愛してるよ、菫」
何それ。
告白? して二秒で吹き飛んでるんじゃねぇか。
というか……今でさえ、能力なくなったけど、ちょっと前までひっきーの考えてること全てを掌握してたわけだ。そんな告白をされても信じられな……いや、よくよく考えると、あの感情が恋? いや、ないよね。さすがの私でも気が付くだろう。でも、恋愛経験無いからな。
「っと、そんなことを考えてる場合じゃなかった」
私ってどう思われてるんだろう。
目の前にはひっき―を叩き潰した、東大寺の門のところの像みたいなのが仁王立ちしている。
「雑魚が。最後まで、変なことに拘りやがる」
雲が小さくなっていき、ひっきーの弟が地面に降り立つ。
ぴりっと指先に痛みが走る。
「あー」
この感覚は知っている。多分呪いだ、独特の痛みがある。でも何で最後の最後に私に呪いをかけたんだろう。無くなってから必要になるなんて、嫌な能力だ。ひっきーの考えが知りたい。前は気味悪がられたりとか、親の浮気を知ったりとかもう欝で欝でしょうがなかったのに。
ひっきーは、能力者のいない世界を目指してた。私は? 私はどうすればいいんだろう。
ひっきーの弟が、ワールドマネージャーってのを弾き飛ばす。
「結局は俺が最強究極至上神だ」
「なにそれ」
結局というところになぜか引っかかる
「ん? あぁ、兄貴の……。だってそうだろ? 俺より強い奴はこの世にいない。兄貴はあんなくそみたいな世界に執着してたみたいだが、俺は絶対にそんなことはしない。全部捨てて、神になるんだ」
能力は、前の世界。いや、今はほとんど前も後もないくらいに世界は近づいて、あとはひっきーの弟だけが変化なのだが、前の世界で不幸な人間に与えられたものらしい。それはきっと、力を持って、どの程度、世間を捨てやすいかの順なんだろう。この人は神様になるんだ。
「神になる。そうだ、俺には目的がない。何でも出来るからな。勧善懲悪、お前ら人間には興味はない、散々な思い出しかないからな」
「よくしゃべるね」
「そりゃそうだ。お前には神の言葉を伝えてもらおうと思っているからな。演説なんて面倒なことはしない。ただ、何も知らない人間が裁かれるのをお前がどうするかという問題だ。伝えなくても良いが、そうしなければそうなる。実に愉快だとは思わないか、実に神的だ」
神様は……、神様を殺したら、それは英雄の仕事だ。
私はナイフを取り出した。
「愛してるよ、ひっきー」
ひっきーの弟にゆっくりと近づいていく。
私はやっと、ひっきーの考えを理解した。この世界に神はいらない。
「そんな物騒なもん取り出してどうするんだ? まぁ、愛した人をってことだろうが、俺には理解できないな。死にたいのか」
それに、もしかしたら前の世界になったらきっと、ひっき―も生き返るかもしれない。
だって、神を殺した人間なんてきっといないはずだ。
「でも私も馬鹿だね、ひっきーを信じてどうするんだろう」
再びひっきーの弟の周りに雲が集まる。
「まぁ、どうでもいいか。死ね」
今度は竜の形になった雲がひっきーの弟の周りを回る。竜の頭に弟が乗って、こっちに突っ込んできた。
しかし竜は私に目の前で霧散する。勢いはそのまま弟が転がって目の前でやっと止まった。
「何? 伝達パルスに齟齬が生じるなんてありえない。何が起きた、この世界にもう能力者なんていないはずだ!」
「焦り過ぎじゃない? 運が悪かっただけでしょ」
ナイフを振り上げる。
避けようとした弟は、砂か何かに手を滑らせ、額でナイフを受け止めることになった。
「そういうことか……」
「あっけなかったね」
「本当にいい思い出がないな、女には」
血が額を流れる。
「私も、あんたら兄弟にはいい思い出がないよ」
突き飛ばして、私は後ろを向いて歩き出す。
かっこよく去りたかったが、結局戻ってきて、ひっきーの死体を捜す。ないことが解ると、きっと遺体を見つけたときに流れるはずの涙が溢れ出した。
涙も枯れて、何処ともなく歩き始めると、私の後ろがどんどん闇に飲まれていく。
「失敗か……」
後ろから声が聞こえた。
「誰?」
「知りたいのか?」
「はぁ。いいよ、もう疲れたし」
足を止めて、闇に溶ける。
…………
周りを見渡す。
世界は何処も変わっちゃいない。
さっきまでのはもしかして夢?
「つっきー」
世界は元に戻った。少しだけ不公平に元通りになった。
私の名前は菫。だけどその名前は好きだ。一言で私に不公平に幸せが訪れたのを教えてくれたから。