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香りの祝福を持つ見習い調香師、匂いを感じない鉄仮面公爵の専属になったら契約婚約から本物の溺愛へ!  作者: 黒崎隼人


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第6話「ガラスの温室と芽生えた恋心」

 リリィがエリオットこそが運命の相手かもしれないと気づき始めてから数日後。エリオットはリリィを庭園の一角に連れ出した。


「これは……?」


 リリィの目の前に現れたのは、陽光をいっぱいに浴びてきらきらと輝く、大きなガラス張りの建物だった。


「君のための、温室だ」


 エリオットはこともなげに言った。


「君が研究に使うハーブの中には、この国の気候では育ちにくいものもあるだろう。ここなら、温度や湿度を管理して、様々な種類の植物を育てられるはずだ」


 温室の中は、まるで楽園のようだった。色とりどりの花々、青々と茂るハーブ。甘く、爽やかで、スパイシーな、様々な自然の香りが満ちている。そして何より、ここは陽だまりのように温かかった。


「すごい……。こんな素敵な場所……」


 リリィは感動で言葉を失った。エリオットが、自分のためにこんなものを用意してくれるなんて、夢にも思わなかった。


「ありがとうございます、エリオット様! 本当に、本当にうれしいです!」


 リリィは心の底からの笑顔で彼に駆け寄った。その瞬間、エリオットは一瞬たじろぎ、慌てて視線をそらした。


「……君の研究のためだ。俺のためでもある」


 ぶっきらぼうにそう言う彼の耳が、また赤く染まっている。その不器用な優しさが、リリィの胸を温かくした。


(やっぱり、この人だ)


 彼が側にいると、この温室の中のように、陽だまりにいるような気持ちになる。彼から微かに香る、古書のインクのような匂い。間違いない。彼こそが、リリィがずっと夢見てきた運命の人なのだ。

 リリィの心に、確信と同時に、切ない痛みが走った。

 彼は、自分の呪いが解けたら、この婚約は白紙に戻すと約束してくれた。彼を助けたい。でも、助けてしまったら、彼との関係は終わってしまう。

 そんな矛盾した思いに、リリィの胸は締め付けられた。


***


 エリオットは、リリィの喜ぶ顔を見て、内心で安堵のため息をついていた。


(……よかった。気に入ってくれたようだ)


 彼女が工房で熱心に研究する姿を見るたび、何か自分にできることはないかと考えていた。執事に相談し、国中から最高の職人を集めて、この温室を急ピッチで完成させたのだ。

 彼女の笑顔が、陽光よりも眩しく、自分の凍てついた心を溶かしていくのを感じる。

 いつからだろうか。彼女のことを、ただのビジネスパートナーだと思えなくなったのは。

 彼女が作る香りは、いつも優しく、穏やかで、彼女の人柄そのものだ。彼女が側にいるだけで、長年の苦痛が和らぐ気がする。


(もっと、彼女の笑顔が見たい。ずっと、俺の側にいてほしい)


 そんな欲望が、胸の奥から湧き上がってくるのを止められない。

 だが、俺は呪われている。この体質が治らない限り、彼女を本当の意味で幸せにすることはできない。そして、もし呪いが解けたとしても、彼女は自由になることを望んでいる。


(俺は、彼女を引き留める資格がない)


 エリオットは、リリィへの想いと、彼女を解放しなければならないという現実との間で、激しく揺れ動いていた。鉄仮面の下で、彼は誰にも見せない苦悩を抱えていた。


***


 その日から、リリィは温室でハーブを育て、研究にさらに没頭するようになった。エリオットも、政務の合間に時折温室を訪れ、リリィの作業を静かに眺めていることがあった。

 二人の間に会話は少ない。けれど、同じ空間にいるだけで、穏やかで満たされた気持ちになれる。そんな不思議な時間が、静かに流れていった。

 リリィは、バルタザール卿が言っていた「滋養強壮の薬」のことが、ずっと気にかかっていた。公爵家の書庫で調べ物を続けるうち、一冊の古い書物の中に、気になる記述を見つけた。


『銀の月見草。微量ならば鎮静作用を持つが、長期間服用し続けると、五感を麻痺させ、香りを感じなくさせる特殊な毒となる』


(五感を麻痺させる……香りを感じなくさせる……)


 リリィは息をのんだ。エリオットの症状に、あまりにも酷似している。

 もし、バルタザール卿がエリオットに飲ませていた薬に、この銀の月見草が混ぜられていたとしたら? 彼の体質は、病や呪いなどではなく、人為的に作られたものだとしたら……?

 恐ろしい仮説が、リリィの頭をよぎる。

 バルタザール卿は、なぜそんなことを? 公爵家の財産を狙って?

 だとしたら、エリオットの呪いを解こうとしている自分は、彼にとって邪魔な存在に違いない。


(危険かもしれない……)


 背筋に冷たい汗が流れる。でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。エリオットを救うために、真実を突き止めなければ。

 リリィは決意を新たに、書物をぎゅっと握りしめた。

 彼女の恋心は、もう引き返せないところまで来ていた。彼を救いたいという調香師としての使命感と、愛する人を守りたいという強い想いが、彼女を突き動かしていた。

 ガラスの温室で芽生えた恋心は、これから訪れるであろう嵐に立ち向かうための、彼女の唯一の光となっていた。

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