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香りの祝福を持つ見習い調香師、匂いを感じない鉄仮面公爵の専属になったら契約婚約から本物の溺愛へ!  作者: 黒崎隼人


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第11話「夜明けの香り、呪いの終わり」

 バルタザール・クロフォード卿の罪は、白日の下に晒された。

 金庫から見つかった帳簿と茶葉は、彼が長年にわたり公爵家の財産を横領し、甥であるエリオットに毒を盛り続けてきたことの動かぬ証拠となった。

 王城で開かれた貴族院の裁判で、バルタザール卿はすべての爵位を剥奪され、国境の塔に幽閉されることが決まった。彼の長きにわたる陰謀は、こうして呆気なく幕を閉じた。


***


 事件の解決を見届けた後、リリィはエリオットと共に公爵邸への帰路についていた。馬車の中は、静かだった。

 長かった戦いが終わり、安堵しているはずなのに、リリィの心は晴れなかった。


(呪いが解けたら、契約は終わり……)


 あの日、交わした約束が、重く胸にのしかかる。エリオットは、改めて求婚すると言ってくれた。でも、それは彼の優しさかもしれない。本当に、平民である自分を、公爵夫人として迎えてくれるのだろうか。

 そんな不安が、リリィの心を曇らせていた。


***


 公爵邸に着くと、エリオットはリリィをあのガラスの温室へと誘った。

 温室の中は、夜明けの柔らかな光に満ち、色とりどりの花々が朝露に濡れて輝いていた。


「リリィ」


 エリオットは、リリィの正面に立つと、彼女の両手を優しく取った。


「君に、話しておかなければならないことがある」


 彼の真剣な表情に、リリィはごくりと唾をのんだ。いよいよ、別れを告げられるのだと、覚悟した。


「俺の嗅覚は、あの夜、工房で完全に蘇った」


「え……!?」


 リリィは驚いて目を見開いた。


「どうして、それを早く……!」


「君を心配させたくなかった。それに、確かめたいことがあったんだ」


 エリオットはそう言うと、リリィの手に、自分の手を重ねた。


「俺が、蘇った嗅覚で最初に感じた香りは、君の香りだった」


「私の、香り……?」


「ああ。甘くて、優しくて、まるで陽だまりの中で咲く花のような……。俺が、生まれて初めて心から愛おしいと感じた香りだ」


 エリオットの言葉に、リリィの胸が熱くなる。


「君がいたから、俺は長年の呪いから解放された。君が、俺の世界に色と香りを取り戻してくれたんだ」


 彼は、そっとリリィの髪を撫でた。


「契約は、今日で終わりにしよう」


 その言葉に、リリィの心臓が、ずきりと痛んだ。


(ああ、やっぱり……)


 涙がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえる。笑顔で、彼を送り出してあげなければ。それが、最後の役目なのだから。


「……はい。わかり、ました」


 リリィが、震える声でそう答えた、次の瞬間。

 エリオットは、リリィの目の前で、片膝をついた。


「え……?」


 彼は、リリィの手を取り、その甲にそっと口づけをした。そして、まっすぐに彼女の瞳を見上げて、言った。


「リリアーナ・ベルク嬢。偽りの契約ではない、本当の誓いを立ててほしい。俺の妻として、これからの人生を、共に歩んではくれないだろうか」


 それは、リリィが夢にまで見た、愛する人からのプロポーズだった。

 涙が、ぽろぽろと頬を伝って流れ落ちる。


「……私で、いいのですか? 平民で、調香師の、私で……」


「君がいいんだ。いや、君じゃなきゃ、駄目なんだ」


 エリオットは立ち上がると、リリィを優しく抱きしめた。


「俺の人生には、君という香りが必要なんだ。もう、手放すことなんてできない」


 その言葉で、リリィのすべての不安は消え去った。


「はい……! 喜んで……!」


 リリィは、彼の胸に顔をうずめ、子供のように泣きながら頷いた。

 その時、リリィは、はっと息をのんだ。

 エリオットの体から、ふわりと、ある香りが立ち上っていたからだ。

 それは、温かい陽だまりと古書のインクが混じり合ったような、穏やかで知的な香り。

 長年、夢の中で嗅ぎ続けてきた、運命の香りそのものだった。

 毒によって閉ざされていた、彼本来の香りが、完全に戻ったのだ。


「……この香り」


「ああ。君が、夢で見ていた香りだろう?」


 エリオットは、すべてお見通しだというように、優しく微笑んだ。


「君が初めて屋敷に来た日、俺が無臭だったことに、がっかりした顔をしていたのを覚えているよ」


「ええっ!? 気づいてたんですか!?」


 恥ずかしさで、リリィの顔が真っ赤になる。


「ああ。だから、いつか必ず、この香りを君に届けたいと思っていた」


 呪いの終わり。それは、二人の本当の愛の始まりを告げる、夜明けの香りだった。

 温室に差し込む朝の光が、幸せに輝く二人を、優しく、そして祝福するように包み込んでいた。

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