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香りの祝福を持つ見習い調香師、匂いを感じない鉄仮面公爵の専属になったら契約婚約から本物の溺愛へ!  作者: 黒崎隼人


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第10話「暴かれる真実と最後の切り札」

 衛兵たちが駆けつけ、工房で気を失っていた男は捕らえられた。エリオットの肩の傷は、すぐに侍医によって手当てされたが、決して浅い傷ではなかった。


「申し訳ありません、私のせいで……」


「君がいたから、俺は助かったんだ」


 ベッドの上で、エリオットはリリィの手を固く握った。彼の嗅覚が戻り始めていることは、まだリリィには告げていない。彼女をこれ以上、心配させたくなかったからだ。

 捕らえられた男は、衛兵隊の厳しい尋問の末、すべてを白状した。リリィの殺害と工房の破壊を命じたのが、バルタザール・クロフォード卿であることを。

 しかし、バルタザール卿は、しらを切り通そうとした。


「私がそんなことをするはずがないでしょう。あの男が、クロフォード家の財産に目がくらみ、勝手にやったことに違いありません。私を陥れるための、卑劣な嘘です」


 彼は巧みな弁舌で、すべての容疑を否定した。男の証言だけでは、決定的な証拠とは言えない。貴族社会では、家格や権力がものを言う。平民のチンピラの証言よりも、公爵家の重鎮であるバルタザール卿の言葉を信じる者の方が多かった。


「くそっ……!」


 報告を受けたエリオットは、ベッドの上で拳を握りしめた。叔父の用意周到さと、貴族社会の腐敗に、怒りがこみ上げる。


「このままでは、叔父上を裁くことはできない……。何か、決定的な証拠がなければ」


 その時、リリィがはっと顔を上げた。


「エリオット様。証拠なら、あるかもしれません」


「何?」


「バルタザール様が、あなたに飲ませていたというハーブティー……。もし、その茶葉が残っていたら。そこに、銀の月見草が含まれていたことを証明できれば……!」


 エリオットは目を見開いた。そうだ、その手があった。


「叔父上の部屋だ。彼は自室の隠し金庫に、大事なものを保管している。あの茶葉も、きっとそこに……」


 しかし、バルタザール卿は屋敷の一室に軟禁されており、部屋の周りは衛兵が固めている。忍び込むのは不可能に近い。


「私に行かせてください」


 リリィは、まっすぐな瞳でエリオットを見つめた。


「私は調香師です。香りを操ることができます。衛兵たちを眠らせるくらいの、強い眠り薬の香りを作れます」


「危険すぎる! 君を一人で行かせるわけにはいかない」


「一人じゃありません。あなたと、一緒です」


 リリィは、悪戯っぽく微笑んだ。


***


 その夜、作戦は決行された。

 リリィが調合した強力な催眠香を染み込ませた布を使い、エリオットはバルタザール卿の部屋を見張る衛兵たちを次々と眠らせていく。蘇った嗅覚は、香りの濃度や風向きを読むのに大いに役立った。


「すごいな、君は。まるで、魔法使いだ」


「ふふ、これでも調香師ですから」


 二人は、暗闇の中、息を潜めて囁き合う。まるで、冒険小説の主人公になったような気分だった。

 ついに、バルタザール卿の部屋に忍び込むことに成功した。部屋の主は、何も知らずにベッドでいびきをかいている。

 問題は、隠し金庫の場所だ。


「叔父上が、いつも眺めていた肖像画があったはずだ……」


 エリオットの記憶を頼りに、壁にかかった先代公爵夫妻の肖像画を動かすと、その裏に隠された金庫が現れた。

 しかし、金庫には複雑なダイヤル式の錠前がかかっていた。


「万事休すか……」


 エリオットが諦めかけた、その時。リリィは金庫のダイヤルに鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。


「リリィ?」


「しーっ。……バルタザール様が、よく触っていた数字のところだけ、皮脂の匂いが濃く残っています。この組み合わせを試せば……」


 彼女の驚異的な嗅覚が、金庫の暗証番号を暴き出した。カチリ、と小さな音を立てて、金庫の扉が開く。

 中には、書類の束と、一つの小さな木箱があった。

 木箱の中身は、乾燥した茶葉。リリィがその匂いを嗅ぐと、顔をしかめた。


「間違いありません。微量ですが、銀の月見草が混ざっています」


 そして、書類の束。それは、バルタザール卿が公爵家の財産を横領していたことを示す、詳細な帳簿だった。


「……これが、叔父上の真実の姿か」


 エリオットは、帳簿を手に、静かな怒りに身を震わせた。

 すべての証拠を手に入れた二人は、部屋から脱出しようとした。

 その時だった。


「……どこへ行くつもりかね、エリオット」


 背後から、冷たい声がした。振り返ると、ベッドから起き上がったバルタザール卿が、不気味な笑みを浮かべて立っていた。催眠香の効果が、切れてしまったのだ。


「すべて、見ていたよ。私の可愛い甥と、そのお相手の、健気な泥棒ごっこをね」


 彼のその手には、護身用のピストルが握られていた。


「叔父上……!」


「お前さえいなければ、クロフォード家のすべては、私のものだったのだ! 病弱な振りをして、私が当主になるのを待っていればよかったものを……余計な調香師を招き入れたのが、運の尽きだったな」


 逆上したバルタザール卿が、銃口をエリオットに向ける。


「エリオット様!」


 リリィは、エリオットをかばうように、彼の前に飛び出した。


「どけ、小娘!」


「嫌です! この人は、私が命に代えても守ります!」


 リリィの決死の覚悟に、バルタザール卿は一瞬たじろいだ。

 その隙を、エリオットは見逃さなかった。彼は残っていた最後の力で、リリィの背後に隠し持っていた小さな香水瓶を、バルタザール卿めがけて投げつけた。

 それは、リリィが護身用に作ってくれた、唐辛子の成分を凝縮した超強力な催涙香水だった。

 瓶はバルタザール卿の顔の間近で砕け散る。


「ぐわあああっ!」


 凄まじい刺激に、バルタザール卿は顔を押さえて床に転げ回った。その手から、ピストルが滑り落ちる。

 最後の切り札は、リリィが作った「香り」だった。


***


 騒ぎを聞きつけた衛兵たちが部屋になだれ込み、暴かれる真実を前に、バルタザール卿は為す術もなく取り押さえられた。

 すべての戦いが、終わった。

 エリオットは、震えるリリィを強く、強く抱きしめた。


「……終わったんだ、リリィ」


「エリオット様……!」


 二人は、互いの温もりを確かめ合うように、いつまでも抱き合っていた。夜明けの光が、窓から静かに差し込み始めていた。

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