第3話 最強の騎士を捕まえる罠
レオンハルトがこの山小屋に居着いて、一週間が経った。
あの日以来、彼は毎日やってきた。
ある日は「監視の交代が来ないから」と言い、ある日は「薪割りの続きが気になる」と言い、ある日は「この間の肉の焼き加減を反省しに来た」と言い訳を重ね、今ではすっかり私の家の椅子が彼の定位置になっていた。
そんな平穏(?)な日常を壊したのは、突如として森の静寂を切り裂いた馬のいななきと、金属の擦れ合う音だった。
「団長ぉぉぉ! こんなところで何をしているんですかぁぁ!」
家の前に、銀色に輝く騎士の一団が現れた。
彼らは一斉に下馬すると、我が家から顔を出したレオンハルトに向かって、涙ながらに膝をついた。
「捜しましたよ! 極秘任務の帰りに消息を絶ったかと思えば、こんな山奥のボロ家……失礼、小さなお宅で、エプロン姿でジャガイモの皮を剥いているなんて!」
「黙れ。今は高度な任務中だ」
「嘘おっしゃい! 耳まで真っ赤ですよ!」
部下と思われる騎士たちの言葉に、私はようやく現実を理解した。
ああ、やっぱり彼は帰らなきゃいけない、偉い人だったんだ。
「……レオンハルトさん、もういいですよ。監視も、お肉の恩返しも十分です」
私が少し寂しさを込めて言うと、レオンハルトが剥きかけのジャガイモを握りつぶした。
「……良くない。全然良くないぞ、ラナ」
「えっ?」
「私は、重大な過ちを犯した。お前の仕掛けた罠を、甘く見ていたようだ」
レオンハルトが真剣な面持ちで私に歩み寄る。
その威圧感に、部下たちがゴクリと息を呑む。
彼は私の前に来ると、あの日、逆さ吊りになっていた時と同じように顔を赤くして、けれど力強く私の両手を握った。
「あの罠にかかって以来……私の心臓の鼓動が、まともに一定のリズムを刻まないのだ。お前の顔を見るたびに、鎧の関節が焼き付いたように体が熱くなる。これは呪いか、あるいは……」
「(それはただの恋じゃないかな……)」
「――お前が仕掛けた、生涯解けない『罠』に違和感なく嵌まってしまった証拠だ!」
……あ、この人、ダメだ。
武力は最強だけど、恋愛偏差値が低すぎて、全部ファンタジー的な現象に変換しちゃってる。
「私は決めたぞ、ラナ。責任を取ってもらう」
「責任、ですか?」
「ああ。帝国最強の私が、一歩も動けぬほど完璧に私を捕らえた、恐るべき罠の主よ。……王都へ来い。騎士団専属の薬師として、一生私の隣で、この恐ろしい罠の管理をしろ」
それは、プロポーズというにはあまりに物騒で、けれどこの上なく真剣な「求愛」だった。
部下たちが「えっ、団長、今の告白!?」「罠って何のこと!?」「ていうか強引すぎませんか!?」とガヤガヤ騒ぎ始める。
「......王都へ行けば、肉は食べ放題ですか?」
私が混乱のあまりそう聞き返すと、彼は一瞬キョトンとした後、これまでにないほど優しく、美しく微笑んだ。
「ああ。私の給料で、牛を丸ごと一頭でも毎日用意させよう」
「……行きます。今すぐ荷物まとめます!」
こうして私は、薬草と最低限の着替えをカバンに詰め込み、レオンハルトの大きな馬に一緒に跨ることになった。
森を抜ける直前、私はふと思い出して、彼の背中に声をかけた。
「あ、そうだ。あの猪用の罠、まだ仕掛けっぱなしだった。回収しなきゃ」
すると、前を向いたまま手綱を握るレオンハルトが、自信満々に言い放った。
「その必要はない。罠なら、ここに一かかりしているだろう?」
彼は私の手を自分の胸元――高鳴る鼓動が伝わる場所に、ギュッと押し当てた。
どうやら帝国最強の騎士様は、私の仕掛けた安物のワイヤーよりもずっと強固な、「恋」という名の罠から一生抜け出すつもりはないらしい。
「……牡丹鍋よりも、ずっと高くつく獲物になっちゃったなぁ」
私は彼の広い背中に顔を埋め、クスクスと笑った。
秋の日の光に、私たちの銀色の道が輝いていた。
(完)




