【特殊案件2】遮断された生存ルート 1/14
9月21日 AM8:58
@埼玉県三郷市 TAGソリューション(株) ロジスティクスCエリア
品質管理課の西尾は、シニアマネージャーの佐久間を社内で探していた。
出社しているはずだが、オフィスには不在。今日中にサインを貰わなければ、
開発工程が止まる書類だった。昨日チャットで承認を依頼したが未読のままだ。
几帳面な佐久間は連絡を1日放置する人物ではなかった。
工場のAGV(Automated Guided Vehicle, 無人搬送車)エリアに足を運ぶ。
認証カードを通し、暗い室内に入る。作業中だったAGVがざっと20台見えた。
人の存在を感知すると、蜘蛛の子を散らすように音もなく進路を変えた。
AGVはコピー機ぐらいのサイズで、集団走行している時は少し恐怖を覚える。
「佐久間さーん、いますか?」
呼びかけても返事はない。人の影も見当たらない。
少し嫌な予感がして、最奥の高温管理室も確認することにした。
認証カードを通し中に入ると、床に倒れている人影を見つけた。
微動だにしない為、人形だと一瞬錯覚した。抱き起こした瞬間、
それが佐久間だと理解した。呼吸もしていない。
慌てて救急車を呼ぼうとしたが、ここは金属部品が多すぎて電波が繋がらない。
部屋の外に出るとAGVが作業を再開していたが、また散って行った。
震える手で救急に電話を掛け、その後社長を呼びに走った。
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【労働災害速報(写し)】
発見日時:令和〇〇年9月21日AM9:11
発生日時:同日午後6時頃(推定)
発生場所:埼玉県三郷市TAGソリューション株式会社
ロジスティクスCエリア 高温管理室
被災者:男性1名(39歳・勤続8年・全体マネージャー)
<災害概要>
高温管理室に入室した作業員が、室内奥部床上に倒れている被災者を発見。
直ちに119番通報を実施。臨場した救急隊が心肺停止状態である事を認め、
蘇生活動を行なったが、その場で死亡が確認された。
<推定原因(暫定)>
1高温環境下での体調急変による熱中症
2単独作業中における異変発見の遅れ
3高温室滞留時間の把握不足
<安全装置の状況>
・高温管理室の温度管理装置は通常作動
・内側開閉機構に機械的異常なし
・入退室管理システムに機械的異常なし
・AGV搬送設備は通常運転状態
<所見>
本件は高温環境下における業務中の体調急変による労働災害の可能性が高いと
考えられる。引き続き関係者への聞き取りおよび記録確認を行う。
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9月21日 PM1:23
@埼玉県三郷市 警察車両内
埼玉県警捜査1課の倉田和也は、不機嫌だった。隣県交流という試みで、
東京から来た山浦直樹と共同捜査をすることになったからだ。
同乗する車内で会話する気にもなれず、タブレットで労災速報に目を通した。
事故が起きたのはTAGソリューション。
半導体部品の保管・加工・運送を行う、成長著しいベンチャー企業だ。
会社HPで予習したところ、TAGはTransfer Automation Genesisの略。
自動搬送の「起点」を担う企業という意味で創業者が名付け、企業理念は
「人と物の動線を完全に最適化する」ーーだそうだ。
白を基調とした清潔感のある工場だった。敷地全体は視認できないほど大きい。
第一発見者である西尾という若い男性に案内され、事故現場に入った瞬間に強い
不快感を覚えた。暑い。だが、想像していた不快さとは違う。湿気がない。
息を吸うと、喉の奥の水分が一瞬で奪われる。
「ここ、何度ですか」
同行する工場責任者の斉藤が即答した。
「現在48度です。夜間もほぼ同じです」
「湿度は」
「10%以下です」
倉田は無意識に唇を歪めた。人が長くいられる環境じゃない。
何度か出入りしながら、現場捜査を進めるしかない。
斉藤は恐らく体重を100kgを超える巨漢だった。
彼にとってもここは苦痛らしく、すぐに出たそうにしている。
佐久間の遺体は、室内奥の保管ラック前に仰向けで倒れていた。
右腰に打撲痕があると鑑識から報告を受けていたが、致命傷ではない。
倉田は遺体の顔に視線を落とした。死因は重度熱中症と聞いていたので
遺体は汗で濡れていると予想したが、真逆だ。
皮膚は異様なほど乾き、硬くなっている。唇はひび割れ、赤みを失っている。
まぶたの隙間から覗く眼球は、濡れた光を失っている。
乾いたガラス玉のように白く濁り、奥に引っ込んでいた。
「不幸な労災ですかね」
同行した地元の警察官の鈴木が呟いた。就業時間後の単独作業。高温環境。
よくある労災の条件が揃っている。
「扉は?」
「内側から開きますし、非常解錠ボタンもあります」
斉藤のシャツは既に汗びっしょりで、身体が透けていた。
「閉じ込めの可能性は?」
「あり得ません。成人男性の力なら手動で開けられます」
斉藤は早く切り上げたいのか、常に即答だった。
倉田は遺体の位置を見た。扉から遠い。
「出ようとはしたんですかね」
鈴木が言う。
「途中で倒れたんだろ」
倉田はそう答えた。現場に不審な点は一切無いのだから、考える理由がない。
そのとき、東京から来た刑事、山浦直樹が口を挟んだ。
「斉藤さん、この会社労災保険はどこの会社ですか?」
「たしか、つむぎ保険だったと思います」
「それなら、そこの事故調査員を呼びましょう。信頼できる人材です」
「民間ですか?何の為に?」
倉田は眉をひそめた。
「専門家の意見が役に立つこともありますから」
東京の刑事は、すぐに外部の力を借りる軟弱者なのか。
呼びたければ勝手に呼べ。その間に捜査は終わらせる。
2時間後、事故調査員であるという片瀬修一が現場に入ってきた。
ひ弱な体つきで、顔にも覇気がない男だった。




