【特殊案件2】遮断された生存ルート 6/14
9月22日 PM6:19
@埼玉県三郷市 TAGソリューション(株) システム管理部
システム管理室は、工場の喧騒から切り離された無機質な空間だった。
壁一面に並ぶモニターには、工場内各所の映像とAGVの稼働ログが
リアルタイムで休みなく映し出されている。
冷房は強めに設定されており、高温室の乾いた熱を浴びた直後だと、
身体の芯まで冷え切る感覚がある。
通路は狭く、体を横にしなければ通れないほどだった。
「あんた達、誰だ?…勝手に部屋に入らないでくれるか」
無造作に伸びた髪の中年男性が、刺々しい口調で言った。
「警察です。佐久間さんの事故の捜査をしています」
山浦さんは警察手帳を男の眼前に突き付け、強い口調で言った。
男は唇を引きつらせ、目に見えて動揺した。
右手で操作していたPCマウスを床に落とした。
「すいません、失礼な口を利きました…」
「いえ、構いません。AGVについて詳しく教えてくれれば、ね」
「はい、何でも質問して下さい。あ、私、水野と申します…」
水野さんの声は、裏返ったまま戻らない。
「ありがとう。片瀬さん、好きに聞いていいよ」
本来は無断入室したこちらが悪いはずだが、力関係が明確に定まった。
「水野さん、AGVのシステムはこの部屋で制御しているんですか?」
「そうです。管理PCは3系統あり、プランニング、モビリティ、
セーフティをそれぞれ独立して制御しています」
「不勉強で申し訳ありませんが、それぞれの役割を教えて下さい」
「そうですね、プランニングがタスク達成の為の走行計画を立て、
モビリティが車の走行状態を制御します。セーフティは全体の安全管理です」
「それぞれ、担当者がいるんですか?」
「はい、そうです。エンジニアは5人いて、残る2人はコネクトと呼ばれる
機能の橋渡し役と、メンテ・トラブル対応役ですね。
半年毎に業務ローテがありますので、役割は完全固定ではありません」
「水野さんは?」
「コネクト担当です。一応、全部のロールを担当したことはありますよ。」
専門用語か社内用語かすら判然としないが、最低限の概要は把握できた。
「昨日、何かAGVのシステムに異変はありましたか?」
水野は一瞬だけ視線を泳がせ、モニターの列に目を向けた。
そして、暫くの間沈黙した。
「……異変、というほどでは」
言い切りかけて、口を閉じる。
「通常運転でした。ログ上は」
この男は、ポーカーなどの心理戦には全く向いていない。
「ログ上は、ですか」
含みのある言葉尻を、逃さずに拾った。水野は頷いた。
「はい。停止履歴、減速履歴、進路変更。全部想定内です。
人検知も正常に入っています。少なくとも、セーフティ側は」
「“少なくとも”?」
倉田さんも、怪しい言葉を逃さない。
「いえ、あの……」
水野さんは慌てて首を振った。
「セーフティは、です。問題が起きたと聞いたのは別の系統です」
水野さんは、3つ並んだ管理PCのうち、真ん中の画面を指差した。
「モビリティです。実際の走行を制御する系統です」
「そこが?」
「危険という意味じゃありません。
ただ…… 人検知は、“人として認識された対象”にのみ作用します」
「つまり、人として“分類されなかった”場合は?」
「システム上は、障害物扱いになります」
「止まらない?」
山浦さんが即座に聞く。
水野は画面を切り替え、簡略化されたフローチャートを表示した。
「衝突回避・軽減対応です。人回避とは別ロジックです」
モニターに、2本の明確な分岐が現れる。人検知。障害物検知。
「人の場合は、距離を取ります。優先度が最上位です」
「障害物は?」
「最短回避です。作業効率が最優先です」
「それは、仕様なんですか?」
山浦さんが問う。
「はい。工場内では、物の方が圧倒的に多いですから」
水野は言い訳するように付け足した。
「人は認証されている、という事を前提にした設計思想です」
静かな声だった。
「人として認証される条件は?」
「認証カードです」
「カードが正しく認証されなかった場合は?」
水野さんは、はっきりと答えた。
「人ではありません」
「先程の質問に戻します。昨日モビリティにどんな異常が起きたのですか?」
「…動力出力と移動距離に大きな齟齬がありました。そういえば、
1時間前にも同種のエラーが出たのですが、何か捜査の影響ですか?」
「QRコードが覆われた認証カードを所持した人物に、AGVが衝突しました。
エラーはその衝突によるものだと思います」
「…なるほど、今までに発生した事のないトラブルですね」
水野さんは険しい表情視線を落とし、しばらく熟考した。
最も聞きたかった質問を投げかける。
「その2つのエラーは何かログなどで違いを確認できますか?」
水野さんはPCを操作し、2つのウインドウを左右に並べた。
「左が昨日のエラーログ、右が1時間前のログです。
左の方が約2倍 動力と移動距離の齟齬が大きい事が分かります」
「それは、昨日の方が衝突のダメージが大きいということですか?」
「大まかに言うとそうですが、AGVの重量から考えると
負傷は軽度に留まると推測されます」
被害者の右半身の打撲は、この時の衝突と符合する。
「何故、昨日と今日で動力が違うのでしょう?」
「夕方6時以降は原則作業員が立ち入ることが稀ですので、
モビリティ担当者が速度を上げたのかな…いや、そもそも…」
水野さんは、今までで最も暗いな表情を見せた。
「どうしました?」
「…プランニング自体が夜間に高速でタスクを処理する形になっていますね」
「それぞれの担当者は、今日もう帰宅していますか?」
「モビリティ担当者はさっき帰りました。プランナーは今週ずっと在宅ですね」
山浦さんが口を挟んだ。
「プランナーの名前は?どんな人?」
「えっと…」
水野さんは、それまでとは明らかに質の違う表情を見せた。




