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オルフェウスの影  作者: 里中 汪


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11/17

【特殊案件2】遮断された生存ルート 4/14

9月21日 PM5:11

@埼玉県三郷市 TAGソリューション(株) 中会議室2


 調査から組み立てた仮説を関係者に説明しながら、

適宜得られた情報からその仮説をブラッシュアップしていく。

「佐久間さんはAGV通路に出られた。それでも、引き返した。

――逃げたんです。より危険なはずの高温室の奥へ」

「そんな馬鹿な判断をするわけがない」

斉藤さんが即座に否定する。

「合理的な判断ができないほどの恐怖がそこにあった」


 室内が静まり返った。敵意を込めた視線をこちらに向けながら、

倉田さんは強く拳を握りしめていた。AGVが安全だという前提を

疑いなく信じる彼の方が、人間としては正しいのかもしれない。

倉田さんは低い声で反論した。

「仮にAGVが危険に見えたとしても、それは“錯覚”だ。証拠はない」

「はい、まだありません。ですから、認証カードを調べて下さい。

何か加工されている可能性があります。加工されていなければ、

私の仮説は誤りとして調査から外してもらって構いません。」

倉田さんの表情は怒りよりも困惑の方が上回っている。

「……加工、だと?」

「はい。システムではなく、カード側です」

斉藤さんが椅子から身を乗り出した。

「冗談でしょう。認証カードは耐久性も優れていて簡単に不具合は出ない」

「壊す必要はありません。一時的に、”読めない状態”になればいいんです」


 倉田さんは、鼻で笑った。

「それならログに残るんじゃないか。開錠できなかった記録が」

「高温室には入れていますから、開錠はできているんです。

斉藤さん、御社の開錠システムはどのようにカードを認証していますか」

「レーザー式で、内部のチップを認証しています」

室内の空調音が、やけに大きく響いた。

「一方、御社のAGVはどのように人を認識していますか」

「カメラで認証しています」

「つまり、最終的な“人判定”は、認証カードのカメラ認識が基準である。

カードが確認できない人間は、AGVにとっては“存在しない”」

反発を図るように、言葉を選びながら続けた。

「もし認証カードのレーザー式認証を妨げずにカメラ認識ができない

状態になれば、先程の倉田さんの疑問を説明できます」

斉藤さんが、思わず立ち上がった。

「そんな前提で運用していません!」

「……待て」

「はい」

「つまり、カードが正常に反応していない人間は――」

「AGVから見れば、ただの障害物です」

斉藤さんは熟考した上で反論した。

「いえ、認証カードの無い人間が誤って入室した場合に備えて、

AGVは認証カードを持たない人間をカメラで認識する緊急対応が

プログラムされています。ですから、あなたの仮説は間違っています」

倉田さんは冷静さを取り戻したようで、こちらを見下すように笑っている。

斉藤さんの追加情報は、こちらの仮説を否定するものではなく、

深めてくれるものだ。

「そうですね。佐久間さんが仮に入室の段階でAGVに恐怖を感じた

ならば、オフィス側に逃げます。ですので、異変が起こったのは

AGVエリア内だというのが私の仮説です。そして、高音室に逃げた」

倉田さんは何とか言葉を捻り出した。

「あまりに馬鹿げている。妄想に過ぎない」

「妄想かどうかは、認証カードを調べればはっきりします。

見た目で分からない加工がされている可能性がありますので、

化学分析も必要だと思います」

誰も答えなかった。倉田さんは、ゆっくりと顔を上げた。

「カードに、何をしたと言うんだ」

「カード自体を壊さず、レーザーを通しつつカメラの認識を阻害する加工です」

倉田さんは肩で息をしている。

「……そんなことが可能なのか」

「理論上可能です。もし、その加工がなされているとすれば、その人間は

この会社のセキュリティとAGVのシステムを熟知し、それを逆手に取った

ということになります」

中会議室には重苦しい空気が流れた。

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