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オルフェウスの影  作者: 里中 汪


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【特殊案件2】遮断された生存ルート 3/14

99月21日 PM4:48

@埼玉県三郷市 TAGソリューション(株) 中会議室2


 捜査拠点として用意された会議室は、洗練された事務機器が並ぶ過剰に

整えられた空間だった。さっきまでの環境との差が現実感を鈍らせる。

倉田は高温室の空気を反芻した。暑さより先に、異常な乾きが意識を刺した。

皮膚の水分を奪い、思考を削り取る熱だった。


 件の調査員は現場に残ると言い残していた。現場管理の警察官には

遺体には一切触れさせるな、と念を押しておいた。椅子に深く腰掛け、

TAG社から提供された認証カードのログを無言で時系列を追っていく。

佐久間は午後5時12分にAGVエリアを、午後5時57分に高温室を

開錠していた。それ以降、翌朝まで開錠記録はない。

「単独作業」「体調急変」「発見遅れ」労災報告書の定型が綺麗に当てはまる。


 山浦は出されたコーヒーを、妙に真剣な顔で嗅いでいた。

斉藤はコーラを一気飲みしていた。被災者について深く聴取する必要がある。

「佐久間さんのシニアマネージャーとはどういう役職ですか?」

「プログラム、品質など各部署にマネージャーがいて、その全体の

マネジメントですね。彼は弊社の創業メンバーで、社長の信頼も厚いですね」

「どんな方ですか?」

「社交的で、色んなメンバーと分け隔て無く親身に接してくれる方でしたよ」

「全体のマネージャーというと、かなりお忙しかった?」

「そうですね、いつも遅くまで働いていました。大体20時ぐらいまで。

終業後にメンバーの悩み相談とか愚痴もよく聞いていました」

「佐久間さんは、何か持病はありましたか?」

「いえ、健康そのものですね。フルマラソンが趣味でした」

「打撲痕があったようですが、心当たりありますか?」

「いえ、特に最近怪我をしたとは聞いていません。高温室で倒れる際に

どこかにぶつけたのかもしれません」

「佐久間さんは高温室でよく作業していたんですか?」

「そうですね、よく行っていました。そこで作業しているメンバーに

用事があったり、トラブルがあるとすぐに確認したり」

「高温室の開錠履歴を見ると、事故前にそこには誰もいなかった?」

「はい、昨日16時頃に品質の茶山が閉錠しているので他に誰もいません。

高温室は危険な為、入室権限を厳密に制限しています。品質管理部と

加工開発部、そして各部署の管理職しか入れません。更に、高温室は

開錠と閉錠の両方の記録が残ります。AGVエリアは開錠記録のみですが」

「昨日トラブルは?」

「無いです。なので、佐久間は本来用事は無いはずなんですが…」

「佐久間さんがAGVエリアにいくことは?」

「日常的にありますね。高温室に行く以外に、来賓へのAGVの説明、

広報活動なども彼の業務です」

「AGVエリアの開錠ログも見ると、昨日16時以降に開錠したのは

佐久間さんだけのようですね」

「そのようです」

「AGVの機械のログで何かいつもと違うところはありましたか?」

「いえ、いつも通りで異常なしです。人検知も正常でした。」


 倉田は頷いた。AGVが原因になる余地はない。捜査は概ね完了した。

労災として報告をまとめ上げる段階だ。だが、脳裏にあの調査員の声が蘇る。

――なぜ、AGV側に逃げなかったんでしょう。

馬鹿げた質問だ。だが、完全に無視するには、少しだけ引っ掛かる。


「……佐久間は、AGVを怖がってましたか?」

気付けば、口に出ていた。

「いえ。特にそんな話は。ウチのAGV制御は業界屈指の安全性で国から

表彰されるくらいですから。特許も沢山出していて、他社の工場に

有償でシステムの貸し出しもしているんですよ」


 倉田はそれ以上聞かなかった。いつの間にか調査員が後ろに立ち、

その話を興味深そうに聞いていた。そこへ山浦が口を挟む。

「片瀬、何か意見はあるか?」

倉田は反射的に吐き捨てるように言った。

「要らないでしょう。余計な口出しはさせないで下さい」

山浦は肩をすくめた。事故調査員は怯む様子もなく、口を開いた。

「佐久間さんは、逃げる判断をしたんじゃないでしょうか」

「何が言いたいんだ」と倉田は語気を荒げた。

「人は本当に危険だと思った方向からは逃げます」

調査員は淡々と続ける。

「高温室の暑さより、もっと恐怖を覚えるものがあれば」

倉田は怒鳴った。

「AGVは安全だ。出られる。誰もがそう思う」

その場にいたTAG社の全員が、示し合わせたように頷いた。

「通常は間違いなく安全ですね」

事故調査員は含みのある言葉を返した。倉田は頭がカッと熱くなった。

「じゃあ、あの機械が安全ではない可能性を示してみろよ」

「佐久間さんは、倒れる直前まで“歩いていました”」

「……だから?」

「しかも、AGV通路側に向かって途中で引き返している」

斉藤が不快そうに口を挟んだ。

「暑さで判断力が落ちていただけでしょう。よくある話です」

「ええ、判断力は落ちます」

調査員は素直に肯定した。

「ただし、“恐怖の優先順位”は、最後まで残ります」

倉田の胸の奥で、何かが小さく鳴った。

「人は暑い場所や苦しい場所から逃げます。でも――“死の恐怖”を

感じた場合はそこに入ってでも距離を取ります」

倉田は思わず言い返した。

「だから言ってるだろう!AGVは安全だ!」

「通常は、です。AGVは、人を“人として”検知して初めて安全になる」

調査員の視線が、斉藤に向く。

「御社のシステムは、そういう設計ですよね」

斉藤は一瞬、言葉に詰まった。

「……それは、はい。認証カードによる人検知と在室管理と――」

「つまり」

調査員は遮るように続けた。

「人として検知されない状況が、理論上は存在する」

「そんなもの、想定していない!」

倉田が声を荒げる。

「ええ。想定していない。だからログにも残らない」


 その言葉に、倉田ははっきりとした違和感を覚えた。

ログ。認証カード。在室管理。

別々だった情報が、倉田の中で奇妙な形で噛み合い始めた。

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