ああ。最下層さ
「関係なくない?精霊は精霊同士、悪魔は悪魔同士でなんかすればいいじゃん! 超能力者を巻き込まないでよ!」
俺が必死に声を荒げても、みんなは神妙な顔をして頷きあっていた。
「でもよく考えたら……精霊石は渡瀬君に反応してたのよね」
水無月さんが俺をじっと見つめる。
「……つまりやっぱり精霊王なんじゃ……?」
「いやいやいやいや!そんなわけないから!」
俺は即座に立ち上がって全力で否定した。
「俺に精霊感なんて欠片もないし!そんな認識もないし!っていうか、そもそも精霊ってなんなのかすらわからないんだよ!」
「精霊は概念よ。この世を形成する概念」
水無月さんはまるで授業でもしてるみたいにさらっと言う。
「……概念ってなんだよ」
「人だって概念よ。概念が崩れれば人は消える」
高峰さんまで腕を組んで真顔で言い放った。
「精霊はそれが、より“うつろ”な概念の存在だということですわ」
「……ちょっと意味がわからん」
俺は額を押さえた。頭が痛い。
「そもそもなんで、自分が精霊だってわかるんだよ……?」
一瞬の沈黙。
そして――
「それね。感じるのよ」
高峰さんは胸に手を当て、うっとりとした顔で言った。
「あっ……私、闇の精霊なんだって」
「……」
どう返せばいいのか、誰か教えてくれ。
「私は去年の秋ぐらいかな……」
「私は先月」
「俺は先週だ」
「全員最近じゃん!」
俺が思わずツッコミを入れると、三人は真顔で頷く。
「だからお前にも、急に“あ、俺精霊だ!”って瞬間が来るかもしれん」
「今のところないし、来る気配もゼロなんだけど」
「気づいてないだけだったりして?」
「そうですわね。渡瀬君、鈍そうですし」
「急にディスるな!」
三人がじっと俺を見つめてくる。……なんだよ、その“お前もこっち側だろ?”みたいな目は。
「ちょっとこう、力を使おうと意識してみたら?」
「そうそう。この世の物質と意識を共有する感じで」
「共有ってなんだよ!?Wi-Fiかよ!」
俺は渋々、目を閉じて深呼吸してみる。……何も起きない。風も揺れないし、机の上のプリント一枚すら動きやしない。
「……何も感じないんだが」
「ダメだな」
「ダメですわね」
一斉に切り捨てられた。胸に刺さる、容赦のないジャッジ。
「才能ないのかしら。まあ流石に渡瀬君が精霊王って可能性はないわね」
「じゃあなんでやらせたんだよ!」
「さあ?」
「ノリで」
「ノリで命の根源試させるな!!」
俺の叫びが、放課後の教室に虚しく響いた――。
「じゃあなんでやらせた?」
「さあ?」
「……いや“さあ?”じゃねえよ」
俺のツッコミを完全にスルーして、会議は急にシリアスモードへ切り替わった。
「そんなことより今後の方針よ。悪魔が絡んでくるとなると、単純に精霊王を探すだけじゃなくて――殺し合いが始まるかもしれない」
「でも今のところ狙われてるの、渡瀬だけっぽいしな。放っておいてもいいんじゃね?」
「それもアリかも」
「対精霊王の切り札としては、しばらく死なれても困りますわ」
「私は困らないわ。精霊王を殺そうなんて思ってないし」
「俺も」
「……おい待て。お前ら、俺が殺されるのは“別にいい”ってこと?」
「ひどくないか?」
「そうでもないわ」
「全然だ」
返答が秒で帰ってきた。速い。無慈悲すぎる。
「……もういい、もういい。これ以上聞いたら心が死ぬ」
机に突っ伏した俺を、精霊たちは特にフォローするでもなく眺めていた――。
「あっ、でも家に悪魔が来られると困るんだけど。この前みたいに巻き込まれるし……私だけが負担するのって不公平だと思うの」
「じゃあどうしろと?」
「みんな交代で渡瀬君を預かるってどうかな?」
「嫌ですわ。男の人を家にあげるだなんてあり得ません」
「俺も男とは住みたくない。家狭いし」
「えー……私も嫌なんだけど」
全員の拒否感すごいな。俺、たらい回し確定じゃん……。
「まあ、じゃあ仕方ないわね。しばらくは――うちの犬小屋で渡瀬君を預かるとして」
「犬小屋!? 人権は!?」
「そうね。じゃあ話を戻しましょう。なぜ渡瀬君が悪魔に狙われたのか。そして今後悪魔が来たとき、どう対処するか」
「とりあえずこいつ泳がせて、出てきた悪魔を捕まえて尋問しない?」
「えー、それだと学校以外で悪魔に遭遇したら、私だけが戦うことになるじゃない」
「確かにそうね。しかも二人だけじゃ捕獲も難しいわ」
「だったら……俺も水無月の家に泊まればいいんじゃないか?」
「それはいいわね。渡瀬君の部屋なら全然使ってくれていいわよ」
「よっし!」
「それと渡瀬君。基本ひとりでの行動は禁止。なにかあったらすぐ連絡すること」
「……はーい」
なんか釈然としないまま、俺は解散後、帰宅することになった。
「なあこれはなんだ……?」
「これか? これはな、犬っていうんだぞ」
「そんなことはわかってる!」
「じゃあ大丈夫だ」
今日もお犬様たちが元気に家の中を飛び回っていた。毛だらけの床、食べかけのドッグフード、そして意味不明なテンションで俺に飛びついてくる柴犬とゴールデン。
――ここ、俺の仮住まい。地獄の犬小屋だ。
「全然大丈夫じゃない! 水無月の家って聞いていたんだが……?」
「両親は水無月の家にいるぞ」
「おまえは?」
「犬小屋だ」
「……違う。想像してたのと違う」
「何を想像してたんだよ」
「あるだろ! ラブコメみたいな、高校生の男女が急に一緒に住むことになって、ドキドキして、ちょっとずつ距離が縮まっていく……ってそういうやつ!」
「わからんでもないが……現実は違うな」
「なんかすごく騒がしいし、お前よくこの状況で寝れるな」
「まあ慣れだよ、慣れ」
「だって犬臭いぞ、この家」
「犬小屋だから仕方がない。俺は犬より身分が低いんだ」
「おまえ……かわいそうだな」
そうだよ。俺もそう思う。
同情はもういいから――早く自分の家が欲しい。
「何にも起きないな」
そう、何も起きない。
犬は吠えるし、毛は抜けるし、エサやりも散歩も大変だけど――悪魔も精霊も現れない。ただただ平和な毎日だ。
「まあこれで俺が無関係なことが証明されたんじゃないか?」
「無関係かどうかなんかどうでもいい……女子と一緒に生活できない挙句に、なんで犬の世話までさせられるんだ?」
「お犬様だからだ。俺たちはあくまで“お犬様の家”に居候させてもらっている身なんだよ」
「お前の身分、低いな」
「ああ。最下層さ」
犬の下、雑魚キャラ以下の生活。
これが俺の青春って……どうしてこうなったんだろうな。
「まあ、渡瀬らしいっちゃらしいけどな」
「慰めになってない」
そんなくだらない相模原との会話をしながら、俺たちはいつもの生徒会室へ向かう。
――何事もなく、平和に。




