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陰と精と超と悪  作者: 南蛇井


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幸せだったんでしょ?

「ここから先は私のエリアだから、一切入らないでね」

水無月さんがリビングの床に、マジックテープでも貼るような勢いで境界線を引いた。


「おっ、おう……」

俺は曖昧にうなずく。いや、なんでそんな物理的に区切るんだよ。


「あーもう……! なんで汚れなき乙女が、こんな野獣と一つ屋根の下で生活しないといけないのかしら」


「野獣ではないが……」


「本当に? 本当に否定できる? 心によどみなく、まごうことなく、野獣の要素がないと?」


「……そこまではさすがに」


追及されれば、否定できない部分もある。だって男子高校生なんだから仕方ない。


「あーやっぱり!! ママ! ママ、危険人物が家の中にいるわ!」

水無月さんは母親に駆け寄って、まるで不審者を通報するような勢いだ。


「そんなこと言わないで……。ママの昔からのお友達の息子さんなんだから、大丈夫よ」


「絶対? 絶対? 何を根拠に信用できるの? なんで?」


「そこまで言われると……確かに心配ね」


――おい。

なんか勝手に信用が削れていくんだけど!?


「徹くん……やっぱり家の中は危険ね」


「危険って……」


「ちょうど家の敷地内に犬小屋があるから、そっちに住んでもらっていいかしら?」


「犬小屋……」


――俺、そんなに信用ないのか?

いやさすがに……可哀想すぎない?



広い……俺の元の家より広い……。

まさかの、犬小屋のくせに俺のワンルームを軽く三つは呑み込める広さだった。


しかも冷暖房完備、シャワー付き、床はピカピカのフローリング。

快適空間……完璧な住環境……。


……ただし。


「わん! わんわんっ!」

「きゃうーん!」


犬。


犬犬犬犬犬犬犬。

どこを見ても犬。走る犬。じゃれる犬。飛びかかってくる犬。


「……あ、あの……ちょっと、近い近い近いっ!」


大型犬が胸のあたりまで飛びついてきて、俺は必死で受け止める。

小型犬は足元でぐるぐる回り、中型犬は尻尾でバシバシ叩いてくる。


快適なはずの空間が、一気に“動物園”に変わった。


「おい……落ち着かない……。いや、落ち着けるかこんなの!」


広さも設備も完璧なのに、ここは犬の王国だった。





翌朝――


なんだか、よく眠れなかった。

犬小屋の犬たちが夜中にうろうろしてたせいもあるかもしれないけど、それだけじゃない気がする。


「さあ、学校へ行こう!」


元気いっぱいに言う水無月さんの声。


「ん、あ、ああ……」


俺もぼんやり返事をする。


でも、ふと疑問が頭をよぎる。

「しかし……なんで悪魔が絡んできたんだろうな」


「知るわけないでしょ……まだ悪魔どころか妖精の存在も信じてないのに」


「えー?目の前にいるのに?」


「……実感が湧かないんだよな」


そう、いくら目の前にしても、この世界が非現実的すぎて頭が追いつかない。

精霊王?超能力?悪魔?妖精?

全部入り乱れてて、現実感ゼロだ。


それなのに、まさか俺――陰キャ高校生の俺――が女子と一緒に登校するなんてことがあるなんて。


幸せすぎて、怖すぎる。


──いや、でもこのままじゃ人生楽しくなりそうだ。




ドンドンドンドン!!!


……え?なんだこの変な音……。


なーんか、昨夜はあまりよく眠れなかった。

犬小屋の犬たちがうろうろしてたせいもあるかもしれないけど、それだけじゃない気もする。


「さあ、学校へ行こう!」


水無月さんは今日も元気いっぱいだ。


「ん、あ、ああ……」


俺もなんとか返事を返す。


でも、ふと考える。

「でもさ、なんで悪魔が絡んできたんだろうな……」


「知るわけないわよ……まだ悪魔どころか妖精の存在も信じてないのに」


「えー?目の前にいるのに?」


「……実感が湧かないんだよな」


そう、いくら目の前にしても、この世界が非現実的すぎて頭が追いつかない。

精霊王?超能力?悪魔?妖精?

全部入り乱れて、現実感ゼロだ。


それにしても――まさか陰キャの俺が女子と一緒に登校するなんてことがあるとは思わなかった。


幸せすぎて、ちょっと怖い。


……あれ?なんか同じ会話、昨日もした気がするけど……まあ、いいか。

だって今の俺、幸せなんだし。



ドン!ドン!!ドン!!


空が割れるかのような激しい衝撃音が、耳と体を揺さぶる。


「起きろ!!起きろ!!」


ドゴォン!!


……声が聞こえる。けど、何よりも先に、顔が――痛い。


ぼんやりと視界を開けると、そこには水無月さんが立っていた。

銃を握りしめ、振りかぶっている。


え……?銃で殴られるの?


この顔面の痛み……一体なんだ……!?


ゴキン!!


――ズキッ。


銃の重みが、俺の顔面に直撃した。


「え、ええっ……?」


倒れそうになる視界の中、水無月さんは真剣そのものの表情で俺を見下ろしている。

いや、真剣……すぎる。


どうしてこうなった……。



「痛っぇ!!死ぬ死ぬ死ぬ、銃で殴ったら普通に死ねるだろ!」


「大丈夫よ。死んでないし」


「結果的にね!結果的にまだ死んでないだけだよ!」


「軟弱ね。むしろ起こさなかったら、そのまま死んでたわよ」


「なんで……幸せな夢見て寝てただけじゃん」


「そのまま永遠に寝続けることになっていたわよ」


「んっ?学校へ向かってないし、犬小屋の中だし、外は暗い……どういうこと?」


「だから全部夢!!どんな夢見てたかは知らないけど、夢よ夢!!」


「夢?」


「そう、幸せの悪魔に夢を見せられていたのよ」


「幸せだったし……もう一回……」


「もう一回殴られたいの?」


「……起きます」


「そもそも幸せの悪魔って何?」


「人に幸せな夢を見させて、そのまま寝たきりにして命を抜き取る悪魔よ」


「怖っ!命、取られるところだったの?」


「あとちょっとだったわ」


「惜しかったみたいな言い方、やめてよ」


「幸せだったんでしょ?」


「今よりは……」


「さあ、悪魔の登場よ――」


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