ここ……私の家なんだけど!!
炎をまとった、しゃくれ顔のおじさんが火柱の中から現れた。
……かっこよくはない。むしろ滑稽ですらある。
「よくわかったな……お前ら、人間じゃないな」しゃくれおじさんが唸る。
「いや、俺は人間だが……」俺は即座に否定した。
「俺は火の悪魔。精霊の王を殺しに来たんだが、居なかったので腹いせに家を燃やしてやったぜ!」
「見当違いな腹いせだな。ここには精霊の王はいないぞ」玲子が冷淡に返す。
「そうですわ。私たちも精霊の王を探している最中なのですから」高峰も頷いた。
「なんだと!? 666年に一度訪れる悪魔の活性化の年……その年に精霊も活性化していて邪魔くさいから殺しに来たんだが……ここにいないだと?」
「いないね。……っていうか俺の家どうしてくれるんだよ!!」
「そうね、よく燃えたわね」玲子がしれっと言う。
「完全に燃えたな」香春も同調する。
「本当だよな、住む場所なくなったな」高峰まで頷く。
「いやお前ら他人事かよ!!!」俺は絶叫した。
「親父!! なんでそんなに冷静なんだよ! 家燃えてんだぞ!?」
振り返ると、火の悪魔に負けないぐらい貧相なおっさん――俺の父が、ひょうひょうと火事を眺めていた。
家が焼け落ちているというのに、その人ごと感は逆にホラーである。
「まあ今、母さんが当面の住む場所を手配してるから安心しろ」
親父がぽつりと呟いた。
「安心できるか!! 家燃えてるのに!!」
「まあボロかったし、新しい家に住めると思ったら楽しくなってこないか?」
「楽しくはないぞ!!」
「わあ、渡瀬君、新しいきれいな家に引っ越すの? うらやましいわね」
水無月さんが目を輝かせる。
「うらやましくはない……水無月さんおかしいよ」
「そうかな?」
「おいおいおい!!」
炎を背負った悪魔おじさんが割り込んできた。
「さっきから火の悪魔様である俺を無視して、楽しくおしゃべりしてんじゃねえぞ!」
「おっさん……楽しいわけないだろ。俺の家、燃やされてんだぞ!」
「えー、私は割と楽しくおしゃべりしていたのに」水無月さんが首をかしげる。
「私も今の状況はほほえましく楽しい光景だと思っておりましたわ」高峰まで同調。
「絶対そんなわけないだろ!!!」
俺のツッコミが虚しく炎に吸い込まれていく。
「っていうか今の段階で“悪魔”がどうとか言われても困るんだよ!」
俺は両手を振り回す。
「精霊の件ですら整理できてないのにキャパオーバーだ! もう少し後で来てくれないかな!?」
「お前ら俺をなめすぎだ!!」
火の悪魔の額に血管が浮かぶ。
「もー頭にきた! お前ら全員、消し炭にしてやるわ!!」
その言葉に呼応するように、悪魔の炎がゴウッと膨れ上がった。
まるで空気そのものが燃えはじめたかのように、辺り一面が灼熱に包まれていく――。
「水無月さん、お願いしていい?」
「水無月、頼んだわよ」
「えーっ、私? まあ、火が相手だからしょうがないけど……」
水無月さんは深呼吸して銃を構え、目を細める。
「――ウォーターガン!!」
バンッ! バンッ! バンッ!
乾いた銃声とともに、透明な弾丸が連射される。
「……いや待て。キリっと決めてるけど、言ってることは“水鉄砲”だよね?」
「ちょっと!! 日本語に訳さないでよ!! カタカナでかっこよく決めてるんだから!」
(……やっぱりこの人、ちょっと馬鹿なんじゃ……)
「なにか言ったかしら?」
すっと冷たい視線が飛んできて、俺は慌てて首を振った。
「い、いえ……」
「まあいいわ。一気に片付けるわよ」
「なんだ? お前から消し炭になりたいのか?」
火の悪魔がニヤリと牙をむく。
「……あの、相手見て言ってる?」
「よーく見てるさ。かわいらしい女子高生が焼けていく姿……くくっ、今から楽しみだ!」
「……きも。発想がきもいわ」
その瞬間、水無月さんが引き金を引きまくった。
無数の水弾が炎を打ち抜き、蒸気が立ちこめる。
「ぐわああああああああ!!!」
火の悪魔は断末魔を上げ、みるみるうちに炎が消し飛んでいく。
「……消えたわ」
銃口を下ろし、ふっと息を吐く水無月さん。
「なんで火の分際で、水の精霊に勝てると思ったのかしら?」
高峰が肩をすくめた。
「ただの雑魚ですわね。渡瀬君の家を燃やす以外、何も残していきませんでしたわ」
「いやそこが一番大事だろ!!」
俺の叫びだけが、夜空に虚しく響いた――。
「おぉ、終わったか? ちょうど母さんから連絡が来てさ。話がついたから、今から来いって。さあ――新しい家だ。楽しみだな!」
俺は胸を張って宣言する。
「えー! どこなんですか? 私も見に行ってもいいですか?」
目を輝かせて前のめりになったのは、例の好奇心旺盛な彼女。
「おー、いいぞいいぞ! ついてきなさい!」
俺が勢いで答えると、すかさず後ろから別の声が飛んでくる。
「じゃあ、みんなで見に行こうかしら?」
「……なんでだよ」
俺のツッコミは空しく虚空に消え、気づけば教室の半分が立ち上がっていた。
こうして、なぜかみんなでぞろぞろと俺の新居へと移動することになったのだった。
「おお……なんか大きいぞ! でかい家だぞ! いや、お屋敷だぞ!!」
テンション高めに叫んだのは親父。
「……親父、はしゃぎすぎだ」
俺が冷静にツッコむ。いやいや、確かに立派だけどさ。
「ここ……?」
隣で立ち尽くす水無月さんの顔色がみるみる変わっていく。
「どうかした?」
「ここ……私の家なんだけど!!」
「は?」
一瞬で空気が凍る。俺の頭の中も真っ白だ。
「水無月さんの家? どういうことだよそれ……」
そこへ、玄関からひょっこり顔を出す女性――俺の母さんが登場する。
「あら、みんな来たのね」
「母さん! どういうことだ、この家!」
「ここの家の持ち主、私の同級生なの。火事で済む場所なくて困ってるって話したら、部屋空いてるからどうぞって言われてね。だから今日からここが我が家よ」
――なんてことだ。
よりにもよって水無月さんと一つ屋根の下!?
これは……やばすぎる。心臓の鼓動が耳まで響いてきそうだった。




