あれは悪魔ね
高峰がふいにぴくりと眉を動かした。
「……ん? 精霊石に反応がありますわ!」
「どこよ?」香春が身を乗り出す。
「学校の外……駅のほうに歩いた先にある神社……その辺りですわ」
「神社? 怪しいわね。――急いで行くわよ」玲子が椅子を蹴るように立ち上がる。
「つ、ついに精霊王との対面か?」俺は思わず口を挟む。
「俺は全然行きたくない……っていうか、もう家に帰りたいんだが」
「何を言っているのかしら、帰れるわけないでしょ? あなたがキーマンなのよ?」高峰が当然のように言い放つ。
「いやいやいや、そんなことないだろ。どちらかといえば無関係だし、そもそも精霊と超能力者って世界線が違う気がするんだが……」
「何細かいこと言っているのよ」香春が俺を睨む。「役に立つんだからいいでしょ。とにかく早く行くわよ」
「勝手に俺の役割を決めるなよ!」
そう叫んだところで、誰も聞いていなかった。
三人はすでに扉の向こうへと歩き出している。
仕方なく俺も後を追う。
放課後の校舎を駆け抜け、夕陽が沈みかけた道を駅の方へ。
街の喧騒を抜けると、やがて鳥居の影が視界に入った。
そこに、何かがいる――。
胸の奥で、精霊石の淡い脈動が響く。
嫌な予感しかしない。
「……マジで帰りたい」
俺の呟きは、誰の耳にも届かず、夜の神社へと飲み込まれていった。
「……何にもいないんだけど。じゃあ帰ろうか」俺は早々に帰宅モード。
「何を言っているの? もうそこに感じるわよ。いるわ、確実に」玲子が真剣な顔で囁く。
「確かに感じるわね」高峰が頷く。
「いる雰囲気だな」香春も同調。
――俺だけ全然わからない。
「いやもう仲間外れ感が半端ないな……ジャンル違うんだって俺だけ!」
ふと辺りを見渡して、気づいた。
「っていうか、この辺って……俺の家の近くだな。っていうか家の前だ」
そのとき、鼻をつく匂い。
「……なんか煙くない?」
「確かに煙臭いわね、焦げた匂い」
「……あーっ!! あれ!! 俺の家が燃えてる!!!」
「まあ、あなたの家、学校の近所だったのね」玲子が感心したように言う。
「へぇ、近いんだ。うらやましいなぁ」香春が素で返す。
「今そこじゃない!! 火事だよ! 火事!! 大変だ!! 119! 119!!」俺は全力で叫んだ。
「……もう間に合わないんじゃないかな。だいぶ燃えちゃってるわよ」高峰が冷静に観察する。
「水無月さん、何とかしてあげたら?」
「うーん、しょうがないわねぇ」
水無月がゆったりと銃を構え、燃え盛る家に向けて引き金を引く。
パンッ、と乾いた音が響いたかと思うと――。
ざあああああああっ!
俺の家の辺りだけに、局地的な雨が降り始めた。
「……雨だ!! 雨だ!!」
燃え広がる炎に降り注ぐ水。
俺は呆然とその光景を見上げながら、心の底から思った。
――いやいや、何その便利銃!?
「……鎮火した。けど家がなくなった……」
俺は、炭になった我が家の残骸を前に、膝から崩れ落ちた。
「まあ、消えたし私帰るわ」玲子はさっさと踵を返す。
「私も」高峰も続く。
「俺も」香春まで。
「いやいや!! なんか慰めるとか声かけるだろ普通!!」俺は必死に叫ぶ。
「でも、この状況で気の利いた言葉とか出てこないし……」玲子が肩をすくめる。
「変に触れないほうが良くない?」
「……それも一理あるけど!」
俺は頭を抱えつつもハッと顔を上げた。
「っていうか精霊王は!?」
「そういえば、その件でここに来たんですわね」高峰が思い出したように言う。
「火事のせいですっかり忘れてしまうところでしたわ」
「火事は悪くない」俺は即座に否定する。
その瞬間――。
ボワァッ!!
轟音と共に、空を突き破るような火柱が立ち上がった。
「あっ、また燃えた」玲子が棒読みで言う。
「燃えたな」香春もテンションゼロ。
「これは……自然の火事じゃないわね」水無月が表情を引き締める。
「えっ、じゃあまた精霊のせいとか?」俺は青ざめる。
「うーん……火の精霊っぽくはあるけど……」高峰が目を細める。
「ちょっと、気配が違う感じがしますわね」
「どっちだよ!!」俺のツッコミが、夜空に響き渡った。
「あれだな、何でもかんでも精霊のせいにするのは良くないな」
俺は半ば自分に言い聞かせるように呟いた。
「でも燃え方とか不自然だし」玲子が眉をひそめる。
「……人。人がいるわよ」高峰の声が硬くなる。
「やっぱり精霊?」
「違うわ!! あれは!!」
「何だよ、変なタメとか間とかいらないんだけど」
「――悪魔ね」
「悪魔? 何もうまた新しいのが出てきた!?」
 




