精霊王以外にありえませんわ!
続々と水無月邸の門をくぐるメンバーたち。
俺もそろりと敷居をまたいでみる。視線を水無月さんに向けると、彼女は冷たく吐き捨てた。
「……今だけよ。今だけ特別に敷居をまたがせてあげるわ。言っとくけど今回だけだからね。本当に今回だけだからね」
「すごく念押しされるんだけど。あれ、相模原は普通に入っていったよな?」
「あれは……安全だから」
安全……?
いやいや待て。俺と相模原にそこまでの違いはないはずだ。同じ陰キャ属性、同じように教室の隅っこで生息している仲間じゃないか。
……俺は何を基準に“不安全物”扱いされてるんだ。
ともあれ《高峰怜奈を励ます会》は水無月邸にて幕を開けることになった。
だが、開始の合図もないまま――突然のノック音。
「ピンポーン♪」
玄関の方へ視線をやると、そこに立っていたのは見慣れぬ少女。
すらりと伸びた高めの身長。
長い脚は制服のスカートから惜しげもなく伸び、茶色に染められた長髪が軽く揺れている。
どこかチャラさを感じさせる雰囲気。だが、まとっているのは確かに俺たちと同じ学園の制服。
――同級生? いや、少なくとも同世代。
でも、直感が告げていた。
「仲良くするタイプじゃない」と。
水無月邸に似つかわしくないほど明るいオーラをまとった来訪者は、にやりと口角を上げた。
「へぇ~ここが噂の精霊会議の秘密アジトってわけ?」
……精霊会議。
こいつ、知ってる。
生徒会の混乱も、精霊王の影も、全部がまだ整理できてないのに――また一人、劇薬級の人物が加わろうとしていた。
俺の犬小屋生活、またもや嵐の予感しかしない。
「誰? 水無月さん、知ってるの?」
「知らないわよ」
「私の知り合いじゃないね、香春、知ってる?」
「わたしも……知らない」
「相模原、おまえうちの学校の生徒の情報詳しいだろ?」
「俺が知るわけないだろ。俺が知っているのは女子だけだ」
「普通にちょっとキモいわね。安全は取り消しね」
チャラ男――真田丸光一は、ニヤリと笑って胸を張る。
「おいおい、誰も僕のことを知らないのかい? 僕は真田丸光一だよ」
「急に名前言われても、知らないものは知らない。水無月さんの家に来てるんだし、知り合いじゃないの?」
「知らないわよ! 犬小屋に来た渡瀬君の客じゃないの?」
真田丸は両手を広げて、まるで舞台俳優のようにうやうやしく一歩前へ。
「おいおい、困った子たちだね。君たちは僕のことを探していたんじゃないかい?」
――「探していた」――その単語が空気を一瞬で凍らせる。みんなの目が真田丸に向いた。
「探していた……ということは!!」
高峰さんの目が、鋭利な刃のように光った。
黒い影が再び彼女を覆い、扇子がカマのように変わる。いや、言葉通りにカマがそこに現れた。
「精霊王!! 渡瀬君!! 殺るわよ!!」
カマが振り下ろされる。時間がゆっくりになるような気がして、俺は思わず後ずさった――が、真田丸は不敵な笑みを崩さない。
「待ちなされ、高峰さん」
彼は片手をふわりと出すと、振り下ろされたカマがぶつかる寸前で“ふわり”と浮かされた。カマは宙で止まり、そのまま真田丸の手のひらに収まる。
「は? なにそれ?」本郷さんが口をぽかんと開ける。香春は身をのけぞらせ、相模原はポテチを落とす。
「すごい……」水無月さんが小さく呟いた。褒め言葉か、呆れ言葉かはわからない。
真田丸はカマを軽く回し、にやりと笑う。
「僕は“探索屋”だ。精霊の痕跡を追って生きてるんだよ。でね、君たちが探してる“精霊王”の気配、ここ数日のうちに動いたって情報が入ってきたんだ」
「動いた?」相模原が眉を上げる。俺の全身がざわついた。
「場所は、――あの図書室の奥の古い書架の裏、そして駅前の神社の境内、あと――」真田丸は指を一本立て、小さく笑った。「渡瀬君の家の裏通りにも反応が出ていたよ」
一瞬、全員の顔色が変わる。図書室、神社、家の裏。全部こないだ反応があった場所だ。だが「動いた」という言葉の重さが違う。
「それって、つまり“見つかりそう”ってこと?」本郷さんが前に乗り出す。瞳に火が灯っている。
「見つかるも見つからぬも――放っておくわけにはいかない。精霊が暴れる前に接触するのが一番だ」真田丸はぽんと掌を鳴らした。「で、僕が協力してやる。条件はただ一つ――」
「条件?」水無月さんが冷たく問う。
「見返りだよ。渡瀬君を“僕の依頼で”少しだけ観察させてほしい。何かあれば僕の探査ネットワークで即報告する。君たちも動けるだろ?」
高峰さんがぐっと体を起こす。扇子が小さく震えたが、その目は鋭かった。
「……なるほど。貴方に非はない。だが信用はしない。条件は、連絡手段と“行動の最終判断権”が我々にあること。いいわね?」
真田丸は手を胸に当てて軽くお辞儀をする。
「結構。任せてくれれば、僕の情報で動きやすくなるはずだ。さあ、どう動く?」
――こうして突如現れた“劇薬新加入”は、敵か味方か境界線ギリギリの“探索屋”だった。
水無月邸の空気は一度まとまりを取り戻す。高峰も少しだけ表情を戻したように見える。
(……いや待て、俺は“見返り”にされかけたんだが?)
だがそんな疑念を吹き飛ばすように、本郷さんがぱっと手を叩いた。
「よし! じゃあみんなで分担だ! 図書室班、神社班、家の周辺班。徹は……家の周辺でいいかな? 犬小屋の“地の利”を活かしてくれ」
「えっ、なんで俺が地の利なのよ」俺の声は震えていたが、もう引けない。みんなが期待の目で見る。嫌だが、嫌とは言えない。
「徹、任せたよ」本郷さんの笑顔は、ちょっとだけ頼もしさを孕んでいた。
(よし、とにかく動こう。見つけるんだ、精霊王を――そして、話せるチャンスを作るんだ)
犬小屋暮らしの“小さな勇気”を胸に、俺たちの“精霊王探索作戦”が動き出した。
「今よ!!渡瀬君、殺って!!」
「いや早い早い!まだ“精霊王”って確定してないし、気が早すぎだろ!」
「おいおい危ないじゃないか。死んでしまったらどうするつもりだい?」
余裕の笑みを浮かべる真田丸。
だが水無月さんは一歩も引かない。
「ほら!私の攻撃を食らっても平然としている。精霊の力を無効化する存在――精霊王以外にありえませんわ!」
「精霊王様!!ついにお会いできました。私、水無月紗耶香と申します!」
「精霊王?なんのことだい?僕はね……悪魔王!!そう――悪魔王さ!!」
「じゃあ死ね!!」
――バァン!!
響き渡る轟音。
水無月さんの右手に握られた拳銃から放たれた弾丸は、真田丸の眉間を正確に撃ち抜いた。
 




