僕と一緒に寝泊まりしたろ
そして、久しぶりの学校だ。
みんな喧嘩してなければいいんだが……そう思いながら生徒会室の扉を開けた瞬間。
そこは、もはや別世界だった。
「……きれいだ」
理路整然と並べられた書類。
ゴミひとつない床。
家具も定位置に収まり、統一感ある整然とした空気。
──いや、これ普通の生徒会室なんだけど。
ここ最近のカオス状態を知る俺からすると、奇跡の復活にしか見えない。
「お前、こんなところで何をしてる? 生徒会室は今、出入り禁止だぞ!」
野太い声が背後から飛んできた。
振り返ると、首筋までジャージを締め込んだゴリマッチョ教師が仁王立ちしていた。
体育教師──高崎棟義明。
「ラリアット……」
「……は?」
「ラリアット……食らいたいのか、俺のリキラリアット!」
(いや、脅し文句が昭和プロレス! しかも名前に“リキ”要素一ミリもないのに!)
「いえ、結構です!」
即答した俺を、高崎は納得顔で腕を組んだ。
どうやら“リキラリアット”を恐れさせることが、この人の教育方針らしい。
(……やばい。俺、学校より虎の穴の方がまだ平和に感じるかもしれん)
「なんか言ったか?」
「いえ……ただ、生徒会室が……」
「ここは荒れてたからな。使用禁止にして生徒会は追い出した」
「どこへ?」
「さあな。追い出した連中がどこへ行ったかは知らん。ただ一つ言えるのは――あいつらは生徒会室を破壊し続けていた! 俺の目の黒いうちは、二度とこの部屋に出入りさせん!」
そう言いながら、高崎教師はおもむろに右腕を構える。
その動きは完全にラリアットの予備動作だ。
「……わかったらお前も早く出てけ」
「……はい」
ラリアットの言うことは、もっともだ。
むしろ、あのカオス状態で怒られもせずに済んでいたのが不自然だったくらいだ。
(というか俺もあの乱れに一枚噛んでたんだけど……まぁ、黙っとこう)
「生徒会はどうなる……?」
俺が恐る恐る尋ねると、高崎は胸を張って高らかに叫んだ。
「解散だ! 生徒会は一度解散! そして――生徒会長選挙をして、新しい生徒会で再スタートだ!」
「……マジか」
なんだこの展開。
気づけば俺は超能力協会の会長候補にされ、生徒会まで解散させられている。
(なんで俺の人生、いつも“会長”とか“候補”とかついて回るんだよ……平和に暮らしたいだけなのに!)
俺の平穏な学園ライフは、またもや遠ざかっていった。
「先生キレてます?」
「キレてないです」
……言った。
今、確かに言ったぞこの人。
見た目からして“あの伝説のレスラー”を意識してるんだろうなとは思ってたけど――まさかセリフまで寄せてくるとは。
(こいつ……完全に寄せてきてる!)
リキラリアット教師、高崎棟義明。
今この瞬間から、俺の中では“ラリアット”じゃなく“長州”に格上げされた。
「なんか言ったか?」
「なんでもないっす! キレてないです!」
反射的に口を揃えてしまった俺。
このノリ、危険だ……下手に合わせすぎると、俺までプロレスラー扱いされかねない。
くだらないことはここまでにして――。
(高峰さんたちを探さないと……!)
会長代理(?)としての使命感が、俺を突き動かしていた。
「生徒会長? そう言えば音楽室で見かけたな」
「さっき家庭科室にいたわよ」
「高峰? 校舎裏じゃね?」
――証言がバラバラすぎる。
まるで高峰さんが同時に校舎中を移動してるみたいだ。
(いやいや……分身でもしてんのか? 超能力ってそういうのもアリなのか?)
そんな疑念を抱きつつ、化学実験室の前を通り過ぎようとした瞬間――
ガッ。
「――っ!」
後ろから口を押さえられ、そのまま実験室の中に引きずり込まれた。
(な、なんだ!? 超能力者の刺客か!? また命狙われんのか!? 俺、まだ訓練明けで筋肉痛残ってるんだけど!?)
ガタリと背中が薬品棚にぶつかる。
鼻をつく薬品の匂い。
薄暗い実験室の中――俺の心臓は嫌な意味でドクドクしていた。
違った――高峰さんだった。
「な、何を?」
「しっ! 声を抑えて。見つかるわ!」
「見つかるって……何をこそこそやってるんですか? 俺がいない間に何があったんだ?」
高峰さんの目がギラリと光った。
「高崎棟よ! あいつが私たちから生徒会室を奪ったのよ!」
「長州が……?」
「誰ですの? その長州って?」
「いや、なんでも……。で、その高崎棟が何を?」
「急に生徒会室に乗り込んできて、私たちを追い出したの。『生徒会が乱れている』ですって。完全に難癖よ!」
「……いや、それは難癖じゃなくて正論では……」
「しかもよ!」高峰さんがさらに身を乗り出す。
「私たちが場所を変えて集まると、なぜかそこに現れては追い出していくの。これじゃまるで――」
「不良扱い……?」
「いいえ。不良よりひどいですわ! まるで害虫でも駆除するみたいな扱いですもの!」
「……いや、なんというか……うん……言い返せない」
「まあ、私は生徒会室とかどうでもいいんだけどね。学校にこだわりないし……うちの犬小屋にでも集まったらいいのよ」
「水無月さん、それ俺の部屋……」
「犬の部屋よ」
「急に学校に居場所がなくなった……」
「香春……居場所は自分で作るもんだ」
「相模原……陰キャのくせに偉くなったな。……そうだ!そんなことより、おまえ、本郷亜希ってやつ知ってるか?」
「当たり前だろ! 三年三組のかわいい女子だろ? 割と人気だぞ! どうしたんだ急に?」
「いや、別に……」
「別にじゃないだろ? 僕と一緒に寝泊まりしたろ」
「ほっ、本郷さん!? ちょっと誤解が……!」
一同、凍りついた。
よりによって、本人が背後に立っているとは……!
「なんだと! おまえ! 俺たちが生徒会室を追い出されて大変な思いをしているときに! 女子といちゃついていやがったのか?」
水無月さんの声がいきなり鋭くなる。周囲の空気がキュッと縮む。俺、完全に詰んだ。
「違う違う、そんなんじゃ……」
「ふーん。王にも1位にもなれないあげくに、そういうことだけはするんだ……」
ぐさり。言葉が胸に刺さる。誰だよ王にも会長にもならないって言ったヤツ。
「水無月さん違うよ違うんだよ、あくまで合宿で……」
「えー、何が違うの。一緒に汗をかいた仲じゃない」
香春の目が鋭く光る。目の前にブーメランが返ってきた気分だ。
「へー、そういう関係なんだ……渡瀬君、犬小屋に住むのも汚らわしいわね」
「違う違う、あくまで超能力協会の訓練で……」
「そもそも“超能力”って時点で胡散臭かったのよね」
高峰さんが冷めた声でトドメを刺す。鋭い。致命的に鋭い。
その瞬間、本郷さんがにゅっと近づいてきて、ニコリと笑った。
「ねっ、僕とあっちに行こ?」
「待ちなさい! 渡瀬君は私たちの所有物ですわよ」
高峰さんがホワイトグローブで(想像)ペンを構える勢いで宣言する。
「所有物……高峰さん、俺は……物?」
俺、声が小さくなる。なんかもう色々と間違ってる。
「えー、今日から僕のものかと思ったのに」
相模原がトボけた顔で手を伸ばしてくる。余計な追い打ちだ。
「なっ、何を急に……」
――ここで俺は咄嗟に、最大の切り札を取り出した。
「ち、違う! 本当に違うんだ! 合宿は訓練だって! 本当にただの訓練で、女子とイチャつく時間なんて一秒もなかったから!! 信じてくれ、マジで筋肉とプロテインとスクワットしかしてないんだって!」
深呼吸して、やや誇張気味に続ける。
「マッスル健吾が上半身裸で腕立て強要して、本郷さんは逆立ちで腕立てやって、俺は三千回のスクワットで死にかけて、掛川さんは爆発寸前の演習で助けてくれたんだよ! 説明になってるか分からんけど、とにかく恋愛要素ゼロ! 本当に!」
しばらくの間、全員が固まって俺を見つめる。沈黙は罪だ。俺は心臓バクバクで、汗が滲む。
水無月さんが、ふ、と顔を緩めて一歩近づく。
「……本当に?」
「本当だよ。本当なんだってば!」
俺の声は最後の力を振り絞った少年漫画の主人公みたいに震えていた。
――そのとき、廊下の方から低い足音が近づいてきた。
全員の視線が一斉にそちらへ向く。扉の向こうに立っていたのは、――誰だろうか。
 




