一番わけわかってないのは俺だからな!?
意味が分からなすぎて、とにかく二人を追いかけた。
角を曲がった瞬間、目に飛び込んできたのは――荒れていた、いや、荒れ果てた光景だった。
ビュオオオオオ――!
強風がビルの谷間を切り裂き、車は横転、人影が宙を舞う。電柱の陰に隠れた俺は、これ以上一歩踏み出せば命が危ないと直感する。
「破壊、破壊、破壊ッッ!!!」
頭上を見上げると、人が……浮いていた。空に浮かぶ人影は、荒ぶる神のように叫びを撒き散らしている。
「……なんだ、あれ」
俺が呆然とつぶやいた瞬間――横で二人が口論を始める。
「王が暴走しているわ!」
「なんで暴走してんのよ!?」
「知らないわよ!!」
「とにかく落ち着かせて! 話はそれから!」
「どうやって!? 初めて見たのよ精霊の王なんて!」
高峰玲子と水無月さんが、嵐の中で漫才みたいに言い合っていた。いや、今そんな場合じゃないだろ!?
「あ、あの……どういう状況?」俺は恐る恐る尋ねる。
「見て分からない!? 荒れてるのよ! 王が荒れてるの!!」玲子が叫ぶ。
「暴れまわってどうしようもありませんわね……手がつけられませんわ」水無月さんはスカートを押さえながら冷静ぶってるが、声は震えていた。
……いやいやいや。
俺の平凡な日常は、どこで狂ったんだ?
目を凝らして空を見上げる。
強風の中心で暴れ狂っているその人影――。
「あいつは……!! 二組に存在すると言われている――伝説の陰キャ、相模原ッ!!!」
「……え、知り合い?」
「知り合いなわけないだろ! 陰キャどうし、しかもクラスも違うんだぞ!? 会話とかするわけないだろ!!」
「そういうものなの? よくわかんないけど……」
「そういうものだ陰キャってのは……!!」
俺が必死に力説しているのに、二人はまったく取り合ってくれない。
「そんなことより、知り合いならその暴走を止めてきなさいよ」
「いやだから! 知り合いじゃないって!! 関係ないから!!」
「……たしかに」
「納得すんなよ!」
すると水無月さんがスッと俺の肩を指差す。
「いいえ、あるわよ。関係、大アリだわ。だって――陰キャ同士でしょう?」
「論理の飛躍がすごい!!」
「中途半端に首を突っ込んだのだから、最後まで責任を持ちなさい」
「いや、俺ただ勝手に巻き込まれただけで……」
「……なにか言った?」玲子が目を細める。
「いえ……何も」俺は即座に屈服。
「で、なにか対応策はあるの? なんで暴走してるの? だから言ったのよ、精霊の王とかいらないって」
「知らないわよ! ……渡瀬君、なんとかしてよ。陰キャどうしなんだから」
「無茶苦茶言うなァァァ!!!」
「あなたがなんとかするしかないのよ!! 精霊の力じゃ、精霊の王には一切ダメージが通らないんだから! 精霊じゃない渡瀬君しか――この状況を打破できないの!」
「はぁ!? なんで俺限定!? ……あーもう! やってみるけど!!」
「えっ……やるの? いや、一般人にどうこうできるとは思わないけど……でも、やってくれるなら……」
「どっちだよ!! 期待してんのか見捨ててんのかはっきりしろ!!」
「あなたがなんとかするしかないの!! 精霊の力じゃ精霊の王には一切ダメージが通らないんだから! 精霊じゃない渡瀬君しかどうすることもできないのよ!」
「あーもう! わかったよ! やってみるけどな!!」
「えっ……やるの? いや、一般人に何とかできるとは思わないけど……でも、やってくれるなら……」
「だからどっちだよ!? 信じてんのか、見限ってんのかはっきりしろ!」
俺は大きく息を吸い込み、胸の奥に隠していた切り札を思い出す。
――そう。俺には、人とは違う“力”がある。
「俺の、とっておきの能力――解放!!!」
体の奥からじわりと力があふれ出す。
光でも闇でもない、ただの“物理”。でも間違いなく人間離れした超能力。
そう、それは――超能力だ。
重力を捻じ曲げたり、火を操ったりはできない。
派手な演出は一切なし。だが“物理的なこと”なら大体できる。
要するに、超強化された現実的パワー。
「まさか……渡瀬君、あなた……!」
「ただの陰キャじゃなかったの!?」
玲子と水無月が目を見開く。
俺は肩をすくめて言った。
「まあな。世界超能力協会の正式会員様だぜ? 一応、超能力ランキング“世界357位”の男だ」
「……ビ、ビミョー……」
「おい失礼だな!? 会員数が100万人以上いる中での357位だぞ!? けっこう上位なんだってば!」
そう、陰キャだろうが地味だろうが関係ない。
俺――渡瀬徹は、れっきとした世界ランカーの超能力者なのだ!
「――サイコハンド!!」
俺が叫ぶと同時に、巨大なエネルギーの手が虚空に現れ、暴走する相模原をがっちりと取り押さえた。
「ぐぬぬぬ……陰キャ、捕縛完了ッ!!」
自分で言っておいてなんだが、めちゃくちゃ格好いいぞこれ! 完全に主人公ムーブだ!
「……なに、その名前?」
「最悪にかっこ悪いですわね。センスを疑いますわ」
両サイドから即ダメ出し。
「お、おい!? 全力で動き封じてんだぞ!? それをそんな言い方……」
「だとしても、その名前はないわね」
「そうそう。そんなダサい名前叫ぶくらいなら、無言で実行したほうが遥かにマシですわ」
「うっ、うるさいっ!! こっちは取り押さえるだけで手いっぱいなんだよ!! で、あと何とかできないの!?」
「無理に決まってるでしょ? 人の話聞いてた? 精霊は精霊の王には一切ダメージを与えられないのよ」
「そうそう。暴走止めるとか説得するとか、無理ゲーですわ」
「えぇ……じゃあ俺に押しつけんなよ!!」
暴れる相模原がさらに力を増す。俺のサイコハンドはギシギシと音を立て、今にも崩れそうだ。
「くっ……限界……っ!!」
次の瞬間、巨大な手は霧散し、俺は尻もちをついた。
「はぁ、はぁ……。もう知らん! 王とか精霊とか、俺の知ったこっちゃねぇ!!」
そう叫んだ俺の目の前で――相模原の暴走は、さらに加速していった。
「あー! 何解放してるのよ!」
「本当ですわ。せめて解決策が出るまで取り押さえていただかないと困りますわ」
「無理言うな!!」
「無理でもなんでも、なんとかして!!」
「……もう!! わかったよ!!」
俺は右手を突き出し、周囲の空気を捉える。
右側の空気をギュッと圧縮し、相模原の周囲の気圧を一気に下げて……。
「――空気圧縮弾!!!」
圧縮した大気が弾丸のように相模原へと撃ち出される。
命中の瞬間、相模原の体がぐにゃりと歪み、そのまま地上へと叩き落とされた。
「あ、落ちた」
「死んだかしら?」
「いやいやいや! 自分たちの“王”なんでしょ!? もっと心配しろよ!」
「この程度で死ぬなら、その程度の王ってことよ」
「わたくしはもともと“王なんて不要派”ですし」
冷酷すぎる。こいつらほんとに味方なのか?
とにかく落下地点へ急ぐ。
地面に倒れた相模原は、ぐったりとして動かない。
「……お、おい。生きてるよな?」
「おーい、生きてるか?」
水無月さんが声をかけつつ、容赦なく銃口で相模原の顔をツンツンする。
「雑だな……陰キャ相手だからか? もう少し人としての扱いはないのか……」
俺が心の中で突っ込む間に、相模原がかすかにうめいた。
「……ぼ、僕は……何を……」
どうやら意識が戻ったらしい。
「精霊王……お目覚めですか」
水無月さんが片膝をつき、恭しく声をかける。
「えっ、僕? 精霊王じゃないけど?」
「はあ? じゃあこの反応は何なのよ。精霊石がしっかり反応してるでしょ?」
「本当ですわ。あなたでなければ誰が精霊王だと言うの?」
「だ、誰かは知らないけど……僕は“風の精霊”だし。王なんて柄じゃないんだよ」
「はぁ? そのどんくさい挙動不審っぷりで“風”? 絶対“土”でしょ? いや、むしろ“苔”じゃない?」
「ちょ、苔はひどい……」
「しかも! 王じゃないなら最初から膝まづかせないでちょうだい!」
高峰さんがバッと立ち上がり、自分でやったくせに全力で八つ当たり。
「いや……勝手に膝まづいたの、そっちだろ……」
理不尽すぎるやり取りに、俺は思わず頭を抱えた。
――精霊の王争奪戦、まだまだ混迷を極めそうである。
「って言うか何なのよ! さっきから本物の精霊王はどこにいるのよ?」
高峰さんが苛立ちを隠さずに声を荒げる。
「そうですわね。王の復活とともに“王のもとに集え”と啓示を受けているのに……集合場所すらわかりませんわ」
水無月さんも腕を組んで難しい顔。
「待てよ、そもそも相模原はなんで暴走したんだよ?」
俺が口を挟むと、当の本人はおどおどしながら答えた。
「わ、わからない……。さっき急に“自分は風の精霊だ”っていう確信が湧き上がってきて……意識が遠のいたら、気づいたら暴走してて……」
「……何それ。聞いてた話と違うんだけど。王が復活して、精霊の世が来るって話だったのに」
「わたしが聞きたいですわ!」
「いやいや、待てって! 一番わけわかってないのは俺だからな!? 精霊とか王とか、そもそも俺は理解すらしてないから!」
「逆にこちらから聞きたいわよ。あなたの変な能力……あれはいったい何なの?」
水無月さんが俺をじろっと睨む。
「……超能力だ」
「は?」
「だから俺は超能力者なんだよ」
「……ぷっ」
「はははっ」
二人同時に吹き出す。
「ちょ、笑うなよ! 俺は“世界超能力協会”の正規会員で、ランキングだって世界三五七位なんだからな!」
「なにそれ!? 世界ランカーなのに三五七位!? 聞いたこともないランキングよ!」
「というか、そもそも“超能力者”なんて現実に存在しませんわ。寝言は寝てから言ってくださいませ」
「……精霊とか言ってるやつに言われたくないんだけど!!」
俺と精霊たちの言い争いは、全く噛み合う気配を見せなかった。
結局、俺たちはそれぞれ自分の世界観を押しつけ合うばかりで、話はさらにカオスな迷走を始めていくのだった。
 




