この争い……意味がない……
そこには――先に駆けていったはずの亜里坂さんが、
普通に椅子に腰かけ、本を読んでいた。
……え?
「お、お前……なんで読書してんの?」
「ん? 図書室だからに決まってんだろ。……っていうか静かにしろよ、ここは勉強する場所だぞ?」
「……は?」
状況が理解できない。
たった今まで精霊王を探して全力疾走していたはずの彼女が、
まるで最初からそうしていたかのように本をめくっている。
――まさか。
(記憶操作……!? 精霊王の力か!?)
まずい。脳をディフェンスしなければ。
イメージは鉄壁の防壁!精神の要塞!!
……やり方がわからん。
ていうか、そもそも記憶操作的な攻撃をされているとして、
どの方向から、どんな仕組みで干渉されてるのかすらわからん。
(……これ、防ぎようなくね?)
俺は本気で頭を抱えた。
「しっかりしろ!精霊王を殺しに来たんだろ!」
俺は止めに来たはずなのに、気づけば逆にツッコミ役になっていた。
亜里坂さんは本を閉じて、肩をすくめる。
「そうそう、そうなんだけどさ……いないし」
「……は? いない?」
「だって、ほら」
彼女が指さした図書室。
いつもなら勉強してる生徒やら昼寝してるやつがいるはずなのに――
がらんどう。椅子も机も静まり返っている。
「いないじゃん、人。精霊王どころか誰も」
「……たしかに」
俺の背筋に冷たいものが走った。
本当に不自然なまでに“無人”なのだ。
「どうなってるの?」
「さあな……」
そこへ、水無月さんが駆け込んできて、息を荒げて言った。
「……精霊石の反応が消えている」
「なっ……」
「わたくしたち、避けられているのかもしれませんわね」
高峰さんが冷静に呟く。
俺は頭を抱えるしかなかった。
「なんなんだよ……混乱しただけじゃんか。これ……完全に遊ばれてないか?」
まるで見えない誰かに踊らされているような、不気味な違和感が図書室に満ちていた。
「逃げた……卑怯」
亜里坂さんがぽつりと呟いた。
「卑怯ではない……。この状況でわざわざ出てくる気にならないのも、まあ理解できなくはないし」
俺はフォローのつもりで言った。
「どういうこと? 私たちに会いたくないってこと?」
水無月さんがじとっとした目で睨んでくる。
「いや、そこまでは……」
必死に首を横に振る。
すると香春さんがすっと立ち上がり、冷ややかに告げた。
「やっぱり家の敷居はまたがないで!!」
「えっ、約束……約束が……!」
俺は思わず情けない声を出してしまう。
「精霊王がいなかったんだから約束も何もないわ! これからも犬小屋で生活してね」
「そ、そんなぁ……!」
図書室の床に崩れ落ちる俺。
一瞬だけ夢を見た「ひとつ屋根の下」の幻想は、無惨にも打ち砕かれてしまった。
「なんだよ俺も犬小屋卒業できないじゃねぇかよ。渡瀬、しっかりしてくれよ!」
隣で悪魔王が勝手に肩を落とす。
「いやいや、お前は帰る家があるだろ。犬小屋じゃなくても」
俺は即ツッコミ。犬小屋に住むのは俺だけで十分だ。
「結局……何もなかった、てことですわね」
高峰さんが腕を組んでため息をつく。
「ええ。でも――これでハッキリしたわ。精霊王を探すという共通の目的はあるけれど……私と高峰さんは“敵”でもあるってことが」
水無月さんの声が冷たい。
「そうですわね。協力はしますが……あくまで敵、ですわね」
高峰さんも微笑を浮かべながら、瞳だけは氷のように鋭い。
……おいおい、なんだなんだ。急に空気がギスギスしてきたぞ。
俺の犬小屋ライフより、こっちのほうがよっぽど居心地悪いじゃないか。
ギスギスした空気が生徒会室を覆う。
いや〜な重苦しさに、俺はなぜここにいるのか本気で疑問に思っていた。
「おいおい、雰囲気悪いな?やっぱり渡瀬がバトルロイヤルしてハッキリさせるしかないんじゃないか?男らしく戦って精霊王になってこいよ!」
悪魔王が肩をすくめながら、また無責任なことを言い出す。
「もう戦う相手もいないんだが?」
俺は即否定。バトルロイヤルなんて、そもそも存在しないんだよ!
「ああっ、それ良いわね。もう精霊王になっちゃいなよ」
水無月さんが目を輝かせる。
「……水無月さん、なぜそうなる」
俺の声が震えた。まさかと思ったら――
「精霊王になったら……」
「なったら?」
俺はごくりと唾を飲む。まさか敷居を――
「付き合うわ。私、精霊王の彼氏になるわ」
「ええっ!?」
衝撃で心臓が一瞬止まった気がした。
俺が水無月さんの……彼氏!?
生徒会室の空気が凍りつき、全員の視線が一斉に俺に突き刺さる。
――俺、精霊王になるしかないのか……!?
「なったら?敷居またがせてもらえるの?」
俺は期待を込めて聞いた。
「付き合うわ。私、精霊王の彼氏になるわ」
「ええっ?」
衝撃の大波が俺を襲う。
水無月さんが……俺の彼女に!?
いやいやいや、そんなバカな……でも言ったよな今確かに!
「あなたのような人が精霊王の彼氏だなんて、笑ってしまいますわね」
高峰さんが冷ややかに笑う。
「なによ!十分資格はあると思うわ!」
水無月さんがむきになって言い返す。
「そもそも精霊王を住まわせてるんですから!」
「住んでるというか、犬小屋に放り込まれてるけど」
悪魔王がさらっと突っ込む。
「それを言うな!あと少しでひとつ屋根の下に昇格する予定だったのに!」
俺は涙目で抗議する。
「ひとつ屋根の下なんて小さなこと言わないで、精霊王になって付き合いましょう」
水無月さんが真っ直ぐ俺を見て言った。
――ぐはっ。心臓にクリティカルヒット。
「はい!!がんばります!!」
気づけば俺は立ち上がっていた。
何に向かって頑張るのかも曖昧だが、今この瞬間だけは迷いなく返事をしていた。
周囲からは呆れと冷ややかな視線が突き刺さる。
だが俺の耳には届かない。
水無月さんと俺が、精霊王と彼氏――
そんな未来を思い描くだけで、犬小屋なんてどうでもよくなっていた。
「でもよ。そもそもお前、精霊にもなってなくない?」
「精霊でないなら精霊王にはなれない……」
「渡瀬君! 歯を食いしばってお腹に力を入れて!! そして――精霊になるのよ!!」
「そんなノリで精霊になれるの?」
「わからない」
「わからないことをやらせるなよ!!」
そこへ、優雅に髪を払った高峰さんが口を開いた。
「そう……あなた精霊王になるの? だったら王になる前に――私のカマで試練を受けなさい!」
「いや待て待て待て! “なりたい”って思っただけで王になれる制度あんの!? 選挙? 世襲? 資格試験?」
「そういえばそうでしたわ。所詮は水無月さんなどという下等脳を持った輩の妄言でしたわね」
「はぁ!? 下等脳!? 高峰さんごときに下等扱いされる筋合いないんだけど!?」
「あるに決まってますわ。私は常に学年トップの成績。――水無月さん、あなたは何位? そもそも順位に載ってますの?」
「ぐっ……」
――水無月さん、完全沈黙。
「ぐうの音も出ない」って、ほんとに“ぐう”って言ってどうすんの。
「成績なんて関係ないわよ!! 精霊に成績なんて関係ないわ!」
……いや、関係なくても良いに越したことはないと思うぞ。
「そ、そもそも……その……生徒会室で暴れたりするのは……ましてや殺し合いなんて……」
おずおずと発言するのは、常識人ポジション・俺。
しかし高峰さんは胸を張って言い放った。
「関係ありませんわ! 生徒会室は生徒会長のもの――すなわち私のもの! 暴れるのも、殺すのも、私の自由ですわ!」
「いやいやいや……生徒会室は学校のもんだろ! 私物化すんな!」
「ここでやる気ね? 上等だわ!」
キィン、と空気が張りつめる。二人の視線は完全に戦闘モード。
生徒会室なのに、修羅場すぎる。
「この争い……意味がない……」




