……悪魔、怖っ
――事態は完全に俺の意志を置き去りにして加速していた。
「そんなはずはない! 悪魔王はここに誕生すると聞いている! その証拠に――背中に“王の紋章”があるはずだ!」
「……紋章?」
「そうだ! 楷書体で“悪”って文字がドーンと浮かび上がるはずだ!」
「うわ、何それ……すごく悪そう……」
「悪いな……いや悪すぎるな……やっぱり渡瀬は死ぬべきだな」
「ちょっと待て! そんなもん無いから! 背中に“悪”って出てたらホラーだろ!」
「本当かしら? ……証拠を見せていただけます?」
「とっとと脱げ」
「……見たくないけど、脱いでくれる?」
「お前らなぁぁぁ!! “見たくない”は余計だろ!!」
「王よ! 失礼します!!」
「ちょ、やめ――ぎゃあああああああ!!」
言うが早いか、亜里坂さんは信じられないほどの手際の良さで俺の制服に手をかけた。ボタンが飛び、ジャケットが宙を舞う。
「な、なんでそんなに慣れてんだよおおおっ!!」
シャツもズルンと抜かれ、気づけば俺は――
「ひっ……ひん剥かれた!?」
ほぼ裸。
「ふむ……背中に“悪”は無いようですわね」
「……なかったか」
「……残念だな」
「やっぱりかっ! ほらな!? 俺は悪魔でも王でもない!!」
……この羞恥心だけは、確実に悪夢級だった。
「あの……パンツまで脱ぐ必要って無いと思うんだけど……」
「……汚らわしい露出狂ですわね?」
「えっ、変態? きもいんだけど……犬小屋にも入らないでくれる?」
「いやいやいや!! 俺が自分で脱いだわけじゃないからな!? 亜里坂さんが勝手に!!」
亜里坂(悪魔モード)は真剣な表情で俺の背中を凝視する。
「……何もないわね」
「どういうことだ……? 王じゃないのか……?」
「だから最初から無いって言ってんだろ!! ……っていうか服着させろ!! もういいよな!? いいよね!?」
だが会話は俺の羞恥などおかまいなしに進んでいく。
「なあ……あれじゃね? こう……“あぶったら”浮き出てくるんじゃね?」
「あー確かに」
「“あぶり出し”方式?」
「とりあえず火をつけてみる?」
「やめろやめろ!! 火傷するわ!! 俺の背中を実験用半紙にすんな!!」
「えー、せっかくライター持ってきたのに」
「持ってくるなよ!? 女子高生がライター携帯してるって何だよ!?」
……ともあれ、
「これで――渡瀬君が悪魔王じゃないことは証明された、ってことですわね」
ようやく解放され、俺は服をかき集めながら深いため息をついた。
屈辱と脱力感で、もはや戦う気力もゼロである。
――俺の背中をめぐる茶番は、まだ続いていた。
「いや……背中の皮はいだりしたら出てこないかな?」
「ちょ、待て待て待て!? 水無月さん、なんでそこまでして俺を悪魔王にしたいんだ!?」
「問題が解決して、すっきりするかと思って」
「無理やり解決しようとすんな!! 完全に冤罪事件だよ、冤罪!!」
「でもさ、本人が死んでたらバレないし」
「……水無月さんが悪魔なんじゃ……?」
「はぁ? こんなかわいい悪魔がいるわけないじゃない」
「いや、かわいいと悪魔は関係ないだろ……」
周りも会話に割り込んでくる。
「そんなことより結局こいつは悪魔なのか?」
「だから悪魔じゃないって言ってんだろ!」
「そうなのよねぇ。背中に悪魔王の紋章は無いし……」
「でもやっぱり超能力って変だし、現実的じゃないから悪魔の可能性は高いかもしれませんね」
「ちょっと待て!! 精霊や悪魔より、俺の超能力のほうがまだ現実的だろ!?」
「なんで無いんだよ」
「知らんわ! 無いほうが普通だろ!」
そんなやり取りの中、亜里坂(悪魔モード)が机を叩いて叫んだ。
「絶対予言だと……ここにいるこいつが王のはずなのに!!!」
「……王なのに“こいつ”呼ばわり……」
――扱いがどんどんひどくなっていく気がするのは、俺の気のせいだろうか。
――空気が、なぜか俺だけに向けて悪意を帯びていく。
「ああ……ごめん。あまりにも威厳がなかったんで」
「まあいいけどさ。そもそも王じゃないと思うし」
――さらっとディスられた。
「っていうかさ、渡瀬君、本当に何なのよ!」
「何が?」
「精霊王っぽい雰囲気出したり、悪魔王っぽい雰囲気出したりして、みんなを混乱させてさ。割と迷惑だよ? 迷惑行為だよ」
「確かにそうですわね。飛んだ迷惑野郎なんじゃありませんか?」
「そうだよな。こいつのせいで場が混乱してるよな」
「おい待て待て! 俺は何もしてない! お前らが勝手に勘違いして騒いでるだけだろ!」
「いいわけだなんてみっともないですわよ」
「いや、言い訳じゃなくて事実だから!!」
……なんなんだ。
何もしていないのに、どんどん悪者になっていく俺。
――このままじゃ、そのうち「渡瀬=全ての元凶」とかいう扱いになりそうで怖いんだが。
――唐突に、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば話は変わるけどさ、亜里坂さん。元の姿に戻った時って、制服とかもちゃんと元に戻ってるけど……あれどういう仕組みなんだ?」
「え、そこ気になる?」
「変わりすぎじゃない? ……もう飽きた? 悪魔とか精霊とかの話、飽きた?」
「いやいや、そういうわけじゃなくて! 純粋に疑問だから!」
亜里坂さんは肩をすくめ、ちょっとだけ笑って説明を始めた。
「あー、元に戻るっていうかね。もともと服が物理的に破れたり、羽が実際に生えたり角が突き出たりしてるわけじゃないんだよ」
「……どういうこと?」
「簡単に言うと、“イメージ映像”なんだよね。みんなが見てるそれは、あくまで心の中に投影された姿ってだけ」
「……え? じゃあこっちの想像ってこと?」
「正確には、想像“させられてる”って感じ。悪魔は人の心に入り込むのが得意だからさ。外見を変えるんじゃなく、見てる人の認識を塗り替えてるだけなんだよ」
「人の心に入り込む……って。え、それめっちゃ怖いじゃん」
俺は思わず身を引いた。
だってそれ、幻を見せられてるのと同じじゃないか。
「……悪魔、怖っ」
心の底からの本音が、ポロリと漏れた。




