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陰と精と超と悪  作者: 南蛇井


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無駄な戦いでしたね

学校へは、だいたい早めに行く。

高校に入学してから二ヶ月――俺より先に教室に来ているやつなんて見たことがない。


誰もいない教室で、窓際の席にポツンと座る。

静かな空間。これが俺の日常だ。


……だったのに。


その日、俺のささやかな日常は音を立てて崩れ去った。


「渡瀬くん、おはよう!!」


――女子の声。しかも明るく元気いっぱい。

その破壊力たるや、俺の心臓は一瞬で跳ね上がる。


「おっ……おは……」


舌がもつれて、まともに返せない。

沈黙と赤面。最悪のコンボ。


(い、いかん……!陰キャの悪いところ全開じゃないか俺!!)


必死に平静を装うが、体はモジモジ、目線は泳ぐ。

相手の女子はそんな俺を見て、ただにこっと笑った。


――な、なんだこのシチュエーション!?

こんなの、ラブコメ主人公にしか許されないイベントだろ!!



「ん?どうした?」


きょとん、と首をかしげて俺を見ているのは――同じクラスの水無月沙耶香みなづき・さやか


どうした、じゃねえよ。

むしろ俺が聞きたい。


同じクラスとはいえ、彼女と会話したことなんて一度もない。

挨拶すら交わしたことがない。

そんな高嶺の花ポジ女子から、いきなり「おはよう!」なんて飛んできたら……普通に返せるわけがないだろ!?


あれは陽キャ限定のスキルだ。

レベル99のコミュ力を誇る勇者にしか使えない、選ばれし者の必殺技だ。

少なくとも、陰キャ・渡瀬には実装されていない。


「ま、いっか。――また後でね」


さらっとそう言って、水無月さんは自分の席へ向かっていった。


……え?また後で?

そんなフラグ建築士みたいなセリフある!?


しかも、こんな時間に登校してくるのはかなり珍しい。

いつもなら、俺が一人で孤独に“開店準備”してる時間帯だぞ。

今日は何か特別な理由でもあるんだろうか?


いや、理由なんてどうでもいい。


大事なのは――


俺は今、水無月沙耶香に話しかけられた。


それだけで充分だ。

もはや今日は、高校入学以来の記念日認定。


(ああ……神よ。

 俺にこんなご褒美をくれるなんて……!)


心の中で天に祈りを捧げる俺だった。




その後、特に何事もなく午前中は終了した。

……まあ、人生なんてそんなもんだろう。


そして昼休み。

俺はいつも通り、教室の隅っこで一人お弁当を広げる。

静かに、慎ましく、影のように。

――それが陰キャ渡瀬徹の正しい昼休みの過ごし方である。


……だったのに。


渡瀬徹わたらせ・とおる君、ちょっといいかしら?」


背後から降ってきたのは、どこか凛とした、威厳すら漂う声。


振り向けば――高峰玲子たかみね・れいこ

この学校における“女王”であり、生徒会長という立場を背負う完璧超人だ。


え、ちょっと待て。

俺、今呼び出されてない?

しかもよりによって、学校カーストの頂点から。


(や、やばい……!)

(これはまさか……処刑宣告!?)


高校に入学してから二ヶ月、女子としゃべった回数なんて片手で足りる俺。

そんな俺が――水無月沙耶香に続いて、生徒会長からも声をかけられるとか……。


イベントフラグ乱立しすぎだろ!?

これ、どんなラブコメゲームのシナリオだよ!?


「……あ、は、はいっ」


情けない声が、教室に響いた。



意味が分からん。


そもそも俺なんて、学年どころかクラス内ですら存在が認識されていないタイプの人間だ。

名前なんて知られてなくて当然、むしろ知られてたら不思議なくらい。


そんな俺の名前を、しかもあの高峰玲子が知っている?

いやいや、どういうバグだそれは。


「はあ……」


困惑しかできない俺に、生徒会長はため息をついたかと思うと――


「私についてきてもらえるかしら?」


「はあ……」


二度目の「はあ」しか出てこない。

完全にNPCモードの俺。


だが、抵抗する理由もないので、大人しく後ろをついていくことにした。


そして辿り着いた先は――人気のない校舎裏。


……え、ちょっと待て。

これ……もしかして……告白イベント?


いやいやいや!ないないない!!

そんなレア演出、陰キャ渡瀬のルートには実装されてないから!

※攻略対象外です


(でも……もし、万が一、仮に……)


頭の中で勝手にフラグが乱立し、BGMまで流れ始める。

しかし現実は残酷だ。

俺にそんな奇跡が起こるはずが――


――ない。

絶対にない。


……はずなのに。



そんなわけない。

そんなわけない。


深呼吸して冷静になり、改めて高峰玲子を見た。


容姿端麗。

完璧なまでのプロポーション。

すらりと伸びた足はモデル顔負けで、腰まで伸びる黒曜石のような黒髪は枝毛ひとつ許さない。

――まさに「高嶺の花」という言葉を体現した存在だ。


そんな彼女が、俺なんかに告白?


……ない。

絶対にない。

教室の女子からして「ありえない」なのに、生徒会長クラスが俺に告白するなんて……宇宙がひっくり返ってもない。


となると……カツアゲ?


不良たちに囲まれて財布を差し出せ、とか?

いやでもここ、超進学校だぞ。

ヤンキーなんて一匹たりとも生息してない環境で、そんなベタなシナリオが成立するはずがない。


じゃあ、一体目的は……?


「……さっきから何をぶつぶつ言っているの?」


呆れたように眉をひそめる高峰さん。

その冷ややかな眼差しが直撃し、俺の体温は一気に沸騰寸前。


いや、でもだな!?

この状況で困惑しない陰キャ男子なんていないだろ!?

むしろ俺の反応は人類の平均値だ!

そう、これは正しい。

陰キャ的には百点満点のリアクションなんだ!!


……そう自分に言い聞かせながら、俺は冷や汗まみれで立ち尽くしていた。




「じゃあ要件を言うわね……渡瀬徹君――死んで頂戴!!!」


……はい?


次の瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、黒くて巨大なカマ。

高峰さんの右手にしっかりと握られている。


「ま、待て待て待て!ちょっと冷静に――!」


「私は冷静よ。冷静に、あなたを殺すのよ」


(いやいやいやいやいや!!!)

(そんな冷静、世界が滅ぶわ!!)


ザシュッ!!


カマが振り下ろされる――が、その刃は俺の首をはねる前に、鋭い音を立てて弾かれた。


ガァッキャン!!


「……何? 邪魔をする気?」


高峰さんが振り向く。

その先に立っていたのは――水無月沙耶香。


「当たり前じゃないですか。邪魔しますよ」


凛とした声。

そしてその手には……なぜか大口径の銃。


(え、ちょ……待って……!?

 今さらっととんでもない武器持ってなかったか!?)


「じゃあ――あなたから死になさいッ!!」


カマを振り回し、獣のように襲い掛かる高峰さん。

それをひらりとかわす水無月さん。

反撃に引き金が引かれ、銃声が轟く。


バァン!!


衝撃で空気が震え、俺の心臓もついでに止まりかける。


(な、なんだこれ!?

 俺の高校生活、平和な学園ラブコメだったはずじゃ……!?)


だが、そんな俺の願いも虚しく、目の前では鎌と銃の死闘が繰り広げられていた――。




「あなた……何が目的? なぜ私の邪魔をするのかしら?」


鋭い視線を突き刺す高峰さん。


「当然でしょ! 王を守るのは当然よ!」


水無月さんの声は迷いがなかった。


「王? 不要よ!」

高峰さんは冷酷に言い放つ。

「私たち精霊に王なんて不要。精霊は精霊らしく、自由に、気ままに生きればいい」


「そんな世界は認めない! 精霊界は――王の誕生と共に、新たなる繁栄を築くのよ!」


「くだらない……時間がないの。邪魔をしないで!」


バシュッ!!

黒いカマが振り回され、空気が震える。


「――させない!!」


銃を構える水無月さん。

ふたりの武器が交錯し、火花が散った。


……で。


その中心に、なぜか俺がいるわけで。


(な、なんだこれ……!?

 王? 精霊? 繁栄? いや意味が分からん!)


俺は完全に置いてけぼり。

ただの一般高校生である俺に、精霊界とか王とか、理解できるわけがない。


「……二人とも、俺のことでそんなにもめないで……」


――口をついて出た言葉は、我ながら超モテ男のセリフっぽかった。


……が、状況は浮かれているどころの話じゃない。

なにせ、俺の首が物理的に飛びそうな戦場のど真ん中なのだから。



「――あと三分!!」


鋭い声が響き、二人の攻防は激しさを増す。

火花、衝撃波、そして俺の心臓の鼓動。全部がカウントダウンに合わせて加速していく。


「くっ……時間がない! 邪魔しないでッ!!」


「あと二分! もうあきらめたら?」


「ふざけないで!!」


残り二分。空気はピリつき、俺の寿命も縮む。


「……あと一分」


水無月さんの低い声。

その瞬間――


「こうなったら……解放ッ!!」


高峰さんの叫びと同時に、握っていたカマが巨大化した。

黒い刃が空を裂き、教室どころか校舎ごと消し飛ばしそうな圧を放つ。


「全員、消し飛びなさいッ!!」


(ちょ、ちょっと待て待て待て!!!)


俺のツッコミもむなしく、死神サイズのカマが振り下ろされる。


水無月さんの銃弾も、巨大化したカマにはまったく通じない。

これは……終わった。

マジで俺、ここで高校生活エンド。


……そう思った、その時だった。


ドォンッ!!!


遠くで、眩い光が放たれた。

夜を切り裂く流星のような、圧倒的な輝き。


「な……何? 誕生……?」

高峰さんが目を見開く。


「えっ、渡瀬君じゃないの?」

水無月さんが信じられないものを見る目で俺を見た。


「じゃあこいつは何なのよ!?」

「知らないわよ! 精霊石の光はちゃんと渡瀬君を示していたはずよ!」


二人の視線が交錯し、同時に答えを叩きつける。


「……とにかく、ここに王はいないわ」


「無駄な戦いでしたね」


そう言い残し、二人は光が放たれた方角へ駆けていった。


……俺を置き去りにして。


「……な、なんだったんだ? 王って何? 精霊? 誕生? は?」


完全に意味不明。

ただ一つ分かったことは――


俺の平穏な高校生活は、たぶんもう戻ってこない。



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