カップル誕生?
翌日。
教室に入った瞬間――。
僕は一歩足を踏み入れて、すぐに後悔した。
視線。
全方向からの視線。
クラス全員が、僕を見てる。
(な…何…??)
いつもだったら僕になんか目もくれないのに…物凄く嫌な予感。
「おはよう鎌谷くん♡」
明るい声で厄介女…秋山さんが近づいてくる。
「……おはよう」
そっけなく返す僕。
が。
「きゃー!やっぱそうなんだ!」
「昨日のあれ、やっぱり秋山さんと鎌谷じゃん!」
「え、あれって何?泣きながら手繋いでたやつ!?」
「そうそう、めっちゃ人目あったのに堂々と!」
ドッと盛り上がる教室。
サァー…
体中の体温が急激に下がる。
――あぁ、やっぱり見られてたんだ。
よりによってクラスメイトに……。
「ち、違う!誤解だから!昨日は、その、事情があって!!」
必死に否定する僕をよそに、秋山さんは「ふふん」と胸を張って、なぜか得意げにこう言った。
「そうだよ、昨日から私と鎌谷君は――」
「「「キャーーーー!!!」」」
「ちょっ!?何言おうとしたの今!?やめて!?誤解広がるから!!!」
叫んでも、もう遅い。
教室の空気は完全に「カップル」で固まっていた。
僕は机に突っ伏した。
……終わった。
もう、嫌だ。
断言するけどこれ、テロだよ。
「なあ、鎌谷」
振り向くと、見覚えのあるクラスメイト。名前は…えっと、確か大道君。
「な、何?」
「マジなの…?マジで秋山と付き合ってんの……??」
ゴホッとむせそうになった。
「いやいやいや、違う、違うよ!?昨日は、ちょっとした行き違いで…!向こうが強引に…!」
「……そっか、だよな、うん、やっぱそうだよな」
大道君は妙に納得したように頷いた。
そのまま、声を潜めて僕に身を乗り出してくる。
「ここだけの話なんだけどさ…俺、アイツと同じ中学でさ」
――!?
僕の脳内に稲妻が走る。
(同中!?マジか!ってことは秋山さんの武勇伝とか、色々知ってるってこと!?)
思わず前のめりになってしまう。
「アイツってな……」
大道君が口を開いた瞬間。
「大道君?」
背筋が凍った。
振り返ると、そこに――にこやかに、しかし目だけ笑っていない秋山さんが立っていた。
「今、何か言おうとした? …あれほど口止めしたのに…?」
「う、うわっ!?い、いや違っ…!俺は別に!」
大道君が真っ青になって口をパクパクさせる。
「……」
秋山さんはゆっくりと指を唇に当てて、しーっと音を立てた。
その笑顔は、凍りつくほど怖かった。
大道君は「ごめん鎌谷!」とだけ叫んで、猛スピードで散って行った。
残された僕は――。
「……」
「ふふ、何か聞きたかったの?」
秋山さんが近づいてきて僕の心臓が跳ねた。
「……い、いや、別に……」
僕の小さな希望は、あっさりと秋山さんによって握り潰された。
(クソッッ!!!!チクショー!!!!!)
「…昨日のアレ、見られちゃってたんだね♪」
「うん、お陰様で…ね」
「褒めてくれるんだ、嬉しい…」
「嫌味だよ…」
あーあ、カッコいいと思ってたのに、印象ってこんなに変わるんだな、今はただの厄介な人としか思えない。
「麟ちゃーん、ちょっと良い??」
下の名前、麟ちゃんって言うんだ?
「ほら、呼ばれてるよ…行きなよ…」
「……じゃあ、またあとでねっ!」
「……」
秋山さんは住処に戻って行った。
(まいったなぁ…)
小さくため息をついて顔を上げると――周囲の視線に気付いた。
「……え?」
クラスの何人かが、明らかにコソコソ僕を見ている。
しかも、女子グループがこちらを見てヒソヒソ話していた。
悪口…??
「ねぇねぇ、昨日さぁ……」
「手、繋いでたよね?あれ絶対そうだよね」
「秋山さんが泣きながら捨てないで〜!って叫んでたやつ…」
……しまった。
昨日の泣き縋り&手繋ぎ、バッチリ目撃されてたのか。
「ちょっと、待って…違うんだって!」
慌てて否定すると、今度は男子の方が寄ってきた。
「おい鎌谷、やるじゃん!まさか秋山を落とすとはなぁ」
「てかあの秋山が泣いて縋るとか、どんな魔法使ったんだよ!」
「あんな可愛い子、捨てようとするなよ」
言いたい放題じゃないか…。
「違う…違う違う…!!」
僕の必死の弁解も空しく、誤解はどんどん膨らんでいく。
「へぇ〜〜意外と鎌谷ってSなんだ〜」
「怖〜い、でもちょっとギャップ萌え?」
女子の冷やかしに、男子のニヤニヤ。
完全にクラス全体が「付き合ってる」モードになっていった。
(バカクラス…)
……地獄だ。
秋山さんが自席からニヤニヤとこちらを見ている。
「…………」
一瞬だけ筆箱を投げつけようか迷った。
自分が号泣しながら僕に泣き縋ってるのがバレてるんだよ!?
何でニヤニヤ出来るの…??
僕は慌てて目を逸らす。
大道君、彼が僕の救いだ。
どうにかして彼に接近したい、でもきっと彼女に、秋山さんに阻害されるだろう。
どうしたものか…、そうだ、連絡先…連絡先だけでも手に入れば…!
(問題は接触の方法だよな…でも監視役がいる
…もしかして大道君も、同じように隙を狙ってるんじゃないか?)
昼休み、僕はパンをかじりながら周囲を観察する。
秋山さんは女子グループとキャッキャしてる…けど、やっぱり時々こっちをチラ見する。
(こっち見るな)
で、大道君は――というと。
(……お、こっち見てる)
目が合った。
大道君の口が、小さく動く。
「……あとで」
え!?
声は届かなかったけど、唇の動きで分かった。
あとで。
(マジか……やっぱり!僕に話したいんだ!!)
利害の一致!これは素晴らしい!
でも当然、秋山さんの監視がある。
下手に目配せしすぎれば気付かれる。
大道君はそれも分かってるから、最小限の合図しかしてこない。
(…よし、確定だ!大道君は協力者!あとは、秋山さんの視界をどう突破するか…)
そして放課後、案の定秋山さんはべったりくっついて来るので何も出来なかった…だけど。
(……来た!)
廊下の角で、彼が、大道君がこっちに歩いてきた。
すれ違いざま――
ドンッ。
「わっ、ごめん!」
「いってぇ……あ、いや大丈夫大丈夫!」
一瞬の接触。
そのとき、僕の手に小さく折り畳まれた紙切れが滑り込んだ。
(……!)
慌ててポケットに突っ込み、何でもない風を装う。
大道君はそのまま自然に歩き去った。
一度も振り返らない。
(すげぇ……完全にスパイ映画じゃん……!)
「ねぇ、鎌谷君?」
――ヒッ!?
彼女はにこにこと、けれど妙に鋭い目でこちらを見ている。
「大道君、わざとぶつかってなかった〜?」
(や、やばい……!!!)
「あ、あれじゃないかな、僕が秋山さんと歩いているのが羨ましかったんじゃないかな…ははっ…」
(ごめん…大道君…!)
秋山さんは僕をじぃーっと見つめた後
「そっか」
ニコッと笑った。
(ひとまず安心…かな?)
「ていうか秋山さん、なんでついて来るの…?」
「えー、クラスであんな噂になってるし、今更離れたらまた別の噂立っちゃうし〜」
(全部君のせいでしょ…!)
「あ、でも僕トイレ行ってくるから、先行ってて!」
「…逃げるんでしょ!!」
うるさいなぁ…
「逃げないよ!」
(ただ、大道君がくれた紙切れを確認したいだけだよ…!)
「じゃあ私も行く!」
「ダメっ!!!!」
男子トイレに身を乗り出そうとする秋山さんを退けつつ、僕はトイレの中へと入って行った。
紙を確認するとそこには、でかでかとLINEのIDが書かれていた。
(…よし!これで一歩前進!!)
しかし、大道君…この手のこと慣れてる!?
彼のLINEを登録して紙を小さく畳み直し、手のひらに握りしめた。
ただ、彼からどういう動きがあるかは実のところ分からない、僕の期待が強いだけだから。
トイレから出ると秋山さんがすぐ近くに立っていた。
「あー、良かった、ちゃんと出てきた、トイレの窓から逃げるのかと思ってたよ」
「そんな事しないよ…」
その手もアリだとは思うけど…いや、そもそも上履きだし。
しかし、彼からの連絡が待ち遠しい。
ーーーあ、そう言えば…
秋山さんから連絡先聞かれてないや、これ、もしかしたら色々逃げ切るチャンスなのでは…?
「鎌谷君、LINE交換しよ」
「…………」
……終わった。
「……え、スマホ持ってなくて」
「うそ」
「いやほんとに」
秋山さんはにっこりと笑っているが、目だけ全然笑っていない。
「今日の昼休みいじってたの見たよ」
「…………」
(情報が正確すぎる!!)
――ピロンッ。
ポケットの中で僕のスマホが震えた。
(ああっ!!!!今鳴るな!!!!色々な言い訳が台無しだ!!)
「…なんで嘘ついたの??そんなに私とLINE交換したくない?」
昨日のボロ泣きとは打って変わって今の秋山さんは口元だけ笑ってる怖い人。
「いや、あの…」
僕はしどろもどろになりながら、ポケットのスマホを握りしめた。
通知音の余韻が、心臓の鼓動に追い打ちをかける。
「……嫌なんだ?」
秋山さんはゆっくりと一歩近づいてきた。
笑顔のまま、僕の目を覗き込む。
「ち、違う!そういうんじゃなくて!」
「じゃあ何で嘘つくの?」
「……」
ぐうの音も出ない。だって嫌だから…。
「ねぇ」
秋山さんの手が、僕のポケットのあたりにスッと伸びる。
「ちょっ…!?なに!?」
「確認してあげる、誰からか」
「いやいやいやいや!!プライバシー!!!」
必死にガードする僕。
「……」
秋山さんはそこでピタリと手を止め、じっと僕を見つめた。
にこぉ〜っと笑いながら。
「じゃあ、交換しよ?」
(う、うわぁ……逃げ場ゼロだ……!!)
「……分かった、交換するから!」
観念して、僕はスマホを取り出した。
「やった♡」
秋山さんは、嬉しそうに小さく跳ねる。
昨日みたいに泣きわめくわけでもなく、ただ純粋に――でも圧の強い
「嬉しい」が伝わってくる。
(……ああ、終わった、監視社会の始まりだ……)
さっきのLINEはやはり大道君からだ、だけど確認する間もなく。
「ほら、QR出して?」
「はいはい……」
僕が画面を操作すると、秋山さんはすぐに自分のスマホをかざした。
ほんの数秒。
それだけで、僕の安息の時間は永遠に消えた気がする。
「……はい、追加っと」
「……」
「んふふっ♪」
秋山さんのスマホに、僕の名前が表示される。
その笑顔が怖い。
嬉しそうなのに、どうしてか背筋が寒くなる。
「じゃあ、既読スルー禁止ね?」
「え」
「あと、通知オフもダメ、すぐ返してね?」
「ええええええっ!?」
(うわぁぁ!!やっぱり来た!!地獄の拘束契約!)
――ピロンッ。
早速通知。
秋山さんから、テスト用の「♡」だけのメッセージ。
「……すぐ返して?」
「………………了解」
返した瞬間、すぐにまた「♡」が飛んできた。
……これ、無限ループじゃない?