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別の日



それから秋山さんからは連絡もなく、下校することもなく。

鵜呑みにしていないとは言っても、多少何か勝手に期待をしていた僕はやはり単純で、バカだと改めて実感した。


何回か秋山さんが男子生徒と歩いているのを見た時はなんだかとても嫌な気持ちになった…。


(惨め…)


他の人は秋山さんの過去とか、喧嘩慣れしている事を知らないのだろう、そこの部分だけ抜けば秋山さんは紛れもない美少女、男子に人気があるのも当然の正真正銘の高嶺の花。


秋山さんの学校生活に僕みたいなヘナチョコは必要ない、記憶に留めるのもバカバカしいのだと思う。


うん、それが僕には相応しい。



あれからもう何日目かの下校。


今日も1人マイナスな思考に侵されながら僕はノロノロと歩いてた。


それを下回るほどの速度で前をゆっくりと女子生徒が歩いている、この後ろ姿、この早めの時間帯に何回か見かける人だ。


この女子生徒のリュックは鳳凰がプリントされたド派手なモノ。

一度見たら忘れられない。


「……」


追い抜かそうか、それとももっとゆっくり行こうか、変に意識してしまう。





足、白いなぁ。


少しの下心を抱き、どうしようか考えていると女子生徒のリュックから


スポン



と何かが落ちた。


(あーあ…勘弁してよ…)


地面に落ちたのはパスケース。


おそらく定期券。



目の前でそんなもん落とさないで欲しい、渡す1イベントが発生してしまう。


彼女は当然気づかずに歩みを進める。


(自分で落としたモノくらい自分で気づきなさいよ!!)


そう念じても何も伝わらず。



これ、拾って渡したとしても


「はあ?触ってんじゃねえし、キモッ!!」


とか言われるのだろうか。


(ああ、嫌だ嫌だ…)


そのまま素通りしようとも考えていたがそんな勇気こそ僕にはない。


勢いよくパスケースを拾い上げたせいで指を地面に思い切り擦ってしまった。


「痛っ!?」


バカだよ、なんで拾い上げるのに勢いが必要だったのか、ちょっと出血しているじゃないか。



「あっ…」


僕が声をあげたせいで件の女子生徒がこちらを振り返ってしまった。


後ろ姿とかはちょこちょこと見かけるけど正面で見たのはコレが初めて…かもしれない。


(可愛い…)


そんな事考えてないで渡さなきゃ、そして罵倒に耐えなきゃ…。


「あのぅ…どうかされましたか〜」


奇行が目立ってしまったようで声をかけられてしまった。


「あのっ、こっ、これっ落としましたっ!」


僕はパスケースを差し出す。

自分でも情けないほどにその手は震えていて、そして痛い。


女子生徒は小首を傾げてしばらくパスケースを見ていたが。


「あぁ〜滝川の定期入れです〜お兄さんが拾ってくれたんですか〜?」


「滝川…?お兄さん…?」


「滝川の名字です〜一年三組、滝川雪美です〜」


自分の名字を言うタイプの人だったみたい。隣のクラスの人なんだ。

それに独特の伸びのある話し方、ちょっと特殊な雰囲気がする。


「は…はい、さっき落としたみたいだから…」


「わぁ〜ありがとうございます〜」


「えっ!えっ!?」


そう言って滝川さんは両手で差し出したパスケースごと僕の手を握ってきたのだった。


「親切なお兄さん、お名前は〜?」


ダメだ、目を合わせられない、罵倒されないだけ良いんだけど、これこれで…。



「…一年二組、鎌谷竜也です」


言い終わっても滝川さんは握った手を離さない、あの、さっさと受け取ってくれないと、困る。


「鎌谷さんですね〜…あれ〜?なんか湿っぽい?」


「え?」


滝川さんはパスケースを受け取らずに自分の両手を確認し始めた。


「ええ〜?血??」


「血?」


「血!血です〜!!!!」


滝川さんは両手を広げて見せてきた。


…確かに、鮮血が付いている。


(ヤバい!僕の血だ!)


血は出てるけど血の気が引いた、キモい奴のキモい血が滝川さんに付着してしまった。


「ご、ごめんなさい、さっき地面に擦って…」


「わぁ〜大変、怪我しちゃったんですね〜?」


「…それよりも滝川さん、手を洗わないと…」


「見せて下さいっ」


「見せ…何をでしょう?」


「怪我したところっ!早くっ」


(なんで急かされているんだろう)


「…それよりも滝川さん、パスケースを受け取ってくれないと…」


本題はそこだけなんだけど、滝川さんが受け取ってくれたらミッションクリア、後は走って逃げるなり出来る。


「あ〜そうでした、え〜この度は、ありがとうございます〜」


滝川さんは深々と頭を下げる。


そして僕の手にあったパスケースはやっと持ち主の元へ帰る事が出来た。


「…じゃ、じゃあ、僕行くから…」


初速は出ていないにしろ、滝川さんをすり抜けるには十分だった。


でも


ガッッ!!


「わあっ!?」


突然何かに引っ張られ、後ろに転びそうになってしまった。


どうやら僕は腕をかなり強く掴まれたようだ、滝川さんに。


「どこに行くんですか〜?」


何故引き止める!?


「どこって、家です、お家ですっ!」


「なんでですか〜?」


「なんでって!??」


帰宅部は下校時間になったら帰宅する、当然の話ではある。


「滝川は、怪我したところを見せて下さいって言いましたよ〜?」


(なんでそんなに怪我が見たいんだよ…)


「滝川さんが掴んでる腕の方の手っ!指っ!」


「指〜?…あぁ〜本当ですね〜思いっきり皮が剥けていますね〜」


滝川さんは「へぇ〜」とか「ふ〜ん」とか言いながらしばらく僕の傷口を眺めていたけど…。


フワッと、滝川さんの長い髪の毛が僕の手に触れた、と思った刹那ーー


「痛ッ!?」


信じられない事に、突然出血をしている患部に吸い付いてきた。


「何してるのっ!何してるのっ!?」


「ん〜?」


滝川さんは僕の傷口に口を付けつつ僕に目線だけで反応を示した。


(うわっ…ヤバッ…)


痛いのに、全身が痺れていくような、妙な掻痒感に襲われた。


なんだか力が、抜けるようだった。


滝川さんは自分の髪を整えながらゆっくりと口を離した。


「ふぅ〜……これは、消毒ですっ!昔から唾つけとけば治るって言うじゃないですか〜」


「…だとしても急にそんな…」


滝川さんはパスケースをひらひらしている。


「血染めの定期入れ、なんか良いじゃないですか〜」


鼓動がバコバコ鳴っている、心臓に悪すぎて…。



「あっ…そっちにも付いちゃった…?ごめんなさい…」


「滝川にマーキングですか〜?なかなか古風な事しますね〜?」


そんな人聞きの悪い言葉、咄嗟に出てくるなんて、やはり他人は、女子は怖すぎる。


「…いや、それは本当にごめんなさい…すぐ拭いたほうが良い、です…」


「や〜です、これはずっとこのままにします」


「何故!?何のために!!?」


「言いませ〜ん秘密です〜」


「……」


会話も弾む訳でもないので僕は無言で立ち去ろうとした、が


フッ


と滝川さんが僕の真横にシフトしてきたのだった。


「逃げちゃや〜です〜滝川と一緒に帰りましょ〜」


「え」


「うもえもありません!滝川と一緒に帰りましょ〜」


もはやくっついてくるかと思う程に体を接近して来なさる。


「…ちなみに断った場合は…?」


「鎌谷さんに乱暴されたと、学校中に言いふらします」


「怖い!!」


「いひひっ怖いんですよ〜」


不良並みの理不尽さ。


正直言うと悪い気はしない。秋山さんには速攻飽きられたみたいだし、心の傷はまだ癒えていない状態だし。


「…じゃあ、うん、お願いします…」


「は〜い、ちゃんとエスコートしますから〜」


「…はーい…」


もっと正直に言うと「嬉しい」胸がときめいている。


嬉しかったのは秋山さんの時もそうだったけど、この人ーー滝川さんは独特なほんわかな雰囲気のおかげで秋山さんほど緊張はしない。


…そうやって油断させて何人もの男を地獄へ落として行ったのかもしれないけど…。ともかく、警戒は怠らない。


「…滝川さんのリュック、もの凄い派手だね、前々からそう思ってた、北斎の鳳凰だね」


「え〜?鎌谷さん、前々から滝川をマークしてました〜照れれです〜」


「……」


余計な事言うんじゃなかった。


「冗談はさておき、このリュックの柄を鳳凰、しかも北斎のだと気づいたのは鎌谷さんが初めてですよ〜!凄いです〜」


パチパチと拍手してくれるが、それほどの事では絶対にないと思う。


「いや、詳しい訳じゃないんだけど、有名なので…」


「むぅ、鎌谷さん、敬語とタメ口が混ざって変な口調です〜滝川に気を遣わずに喋りやすいように喋って下さいよ〜」


「滝川さんも大概珍しい口調だと思う…」


「ふぇ?そうですか〜?」


「うん、僕の事言えないと思う」


滝川さんは「う〜ん」と唸った。


「でも、鎌谷さんの敬語が抜けたので、結果おーらいです〜」


「うん、なんか敬語抜けたみたい…」


「うんうん、いい流れですね〜…敬語も抜けたところで、放課後デートと洒落込みましょ〜」


軽く飛び跳ねてとんでもないことを言い出す滝川さん、一体彼女の頭の中はどうなっているのだろうか。


「デートって…会ったばっかりでそんな…」


「じゃあ滝川達、付き合っちゃいましょ〜」


「会ったばっかりだって!!」


この程度の冗談でも物凄く心が揺さぶられる。これだから勝ち組の女子は…。


「出会って1秒で即交際!こういう出会いもありますよ〜」


「…」


「鎌谷さん、何か欲しいものありますか?」


「…何、急に…」


「欲しいものですよ!ほら、ゲームとか漫画とか…」


欲しいもの、そんなの決まってる。


友達…。


「ねっ!ねっ!鎌谷さん、何かありますか?」


超至近距離まで顔を近づけてきた、ぐぅ、滝川さん、可愛いし物凄いいい匂いがするから厳しい…。


「いや、あの、友達が欲しいかな…まだ1人もいないと言うか…」


「友達ならいるじゃないですか〜」


「…どこに?」


滝川さんは立ち止まり自分を指差した。


「ここです〜鎌谷さんの友達、滝川です〜」


「えっ…そんな事言っていいの…?」


「もちろんです、滝川は鎌谷さんと仲良くなれる気がしてなりません」


(そう言って秋山さんも関わりなくなったからなぁ…)


「滝川に疑いの目を向けてもダメです、これは決定事項です!」


そういうなんか変に強引なのも一軍女子の特性なのだろうか。


「…血も吸いました〜もはや鎌谷さんと滝川は血液で繋がっていま〜す」


「…血液感染しないようにね…」


「仮にそうなったとしても鎌谷さんの血液が滝川の体内に入った事実には変わりはありません、それに鎌谷さんが滝川の体を蝕むなんて…なんか素敵じゃないですか〜」


ダメだ、この人何を言っているのか本当にわかりません。


「僕みたいなのに関わっていたら滝川さんまで変な目で見られちゃうよ…」


「滝川と関わるの嫌なんですか〜…」


「いや、そういうわけでは…」


「なら問題ありません、これからはずっと一緒です」


語弊のある言い方だな。










滝川さんと出会った。


派手な柄のリュックと独特の口調、紛れもなく美少女だけどどこか危なっかしい、そして何故か安心する、そんな女子生徒。


秋山さんの事で傷心しきった僕には割とオアシスだった。



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