その日
秋山さんにはごくたまに話しかけられる程度の関わり、でも今日助けてもらった。
恩を感じるには十分過ぎる、惚れるには十分過ぎる。
惚れると言っても恋愛とかそういうのじゃない。
教室に戻っても目で追ってしまう。
漫画みたいな、カッコいい不良。
秋山さんは嫌がるだろうけど僕は憧れている。
彼女は女子達と楽しく談笑をしている、一見するとそういう事に全く縁がなさそうなただの可愛い女子生徒。にこやかな表情、さっきとは大違い。
鋭い眼光、男3人相手に一瞬も怯まなかった胆力、本当にカッコよかった。
ふと一瞬目が合った、けど秋山さんはすぐに目線を元に戻した、だけどまた目が合った。
(見つめてたら気持ち悪いよね…)
僕は秋山さんから目線を離し、教室の天井を見上げた。
怖かったけど、凄い経験をしたなぁ。
「…鎌谷君」
秋山さんが僕の席の前まで来ていた。
表情は、何とも言えないが険しく見える。
「ご、ごめんなさい、見続けてたの、不快だったよね…」
「…良いけど…何?」
「秋山さん、カッコいいなって思って…」
「……っ、またそれ……」
秋山さんは眉を寄せて、小さくため息をついた。
「ごめん…」
「…良いけど」
視線を泳がせながら、囁くように言った。
「べ、別にカッコいいとか…そんなの、女子としては微妙だから…」
「で、でも僕は、本当にすごいと思ったんだ…!」
「…もぉ〜、またそうやって…好きにしたら良いけど、他の人に余計な事言わないでね…?分かった?」
困ったように笑みをこぼして、秋山さんはそそくさと自分の席に戻っていった。
残された僕は、胸の奥が熱くなって仕方なかった。
聞きたい、秋山さんの不良時代の話。武勇伝が、聞きたい。知りたい。
こんなに現実の人物に関心を持ったことがあっただろうか。
でも触れられたくない過去だったら僕は引き下がるしかない、
どうにかしてまたお近づきになりたい…そんな思いが僕のちっぽけな心を満たした。
本来そんなに関わりのない人だからな、今回もたまたまだったわけだし、僕みたいな陰の者が高望みしたらいけないか。
そんな事を考えていたら再び秋山さんが席を立ち、僕の席へと走ってきた。
「なっ、何…?」
思考が読まれた?まさかね。
「…やっぱり、鎌谷君をほっといたら危ないから…!」
「え??」
「私、鎌谷君の人となりをまだ分かってないから、バラされたら困るから…!」
「え?え?」
秋山さんは切羽詰まった表情でスマホを差し出す。
「?」
言っている内容も、彼女の行動もまるで分からない。
「…連絡先、交換して、QRコード、読み取って…!」
「えっ??」
「良いから…!早く…!」
分からないけどちょっと怒ってる…?
何はともあれ、言う事を聞かないと恐ろしいので慌てて自分のスマートフォンを取り出す。
そして秋山さんの連絡先を入手した。
登録したのを確認した秋山さんはまた自分の席へと走っていった。
「何?何?麟ちゃん、鎌谷君狙ってるの〜?」
「あんなに必死で連絡先交換して〜恋してるね〜」
秋山さんの席の周りの女子達、その会話、聞こえているよ。
「そんなんじゃないからっ!」
秋山さんの言葉がトドメになった、僕は色々考えるのやめようと思う、分かっているけどショックだもん。
ふとスマホを見ると秋山さんから早速メッセージが、同じ教室にいるのに…?
「口外したら怒るからね!まだ鎌谷君の事、全然信用してないから!分かった??」
「……」
口外する人もいないですし、後半の文章が悪口のようで、またショックが降りかかってきた。
下校の時間になって、帰宅部の僕はそそくさと帰ろうと通学リュックを背負い、教室を出た。
今日は、また色々とあった、帰って漫画でも読もう。
まだほとんどの人が教室で駄弁っているおかげで下駄箱周辺は人が少ない。
僕は上履きを脱いで下駄箱に入れようとしたけど
でも上履きは下駄箱に入らなかった。
何故なら突然肩に触れられて、上履きを落としてしまったから。
「うわっ!?」
「あははっ!そんなにビックリしないでよ〜」
背後に秋山さん。
肩に触れてきた秋山さんはカラカラと笑っているけど、笑い事じゃない!物凄くビックリしたんだから!
「も〜!そそくさと帰っちゃうんだもん、慌てて追いかけたよ〜」
「えっ…なんで…?」
「一緒に帰ろ?それとも何か用事でもあるの?」
「えっ、なんで?僕と?なんで?」
「なんでばっかり言う…!で、どうなの?はいか、いいえかで答えて下さいっ!」
なんでそんなディベートが上手そうな口調で…。
「……はい」
「よし、じゃあ決まり〜帰ろ〜」
秋山さんは割と雑に上履きを脱いで下駄箱スポーンと入れた。
…慣れない、女子と下校するなんて初めてで、ままならない。
話題なんて、振れるわけない。
秋山さんはトロい僕の半歩先を歩く。
気まずい、気まずすぎる。
もういっそこのまま無言で僕を置き去りにしておくれ!と思っていた矢先、
「鎌谷君の事よく知らないけど、アレだね、変な子だね」
グサっ
言葉の暴力。
全然更生してない、助けてくれて、優しい人で、憧れの人だと思い込んでいた僕はバカだ。
「いや、そんな顔しないでよ…良い意味で、だよ?」
この場合の良い意味とは一体どういう意味なのか、僕は涙目で秋山さんを睨みつけた。
秋山さんは「ハッ」とした表情で口を押さえる。
君の刺した言葉のナイフは僕を泣きそうにさせているんだ、あなたには分からないでしょうが。
「…ごめんって…」
今更謝っても、取り消せないのに。
「…良いよ、僕に構わないでよ…秋山さんの事は忘れるし…」
早足で秋山さんを追い抜かそうとしたけど彼女は僕の前に立ち塞がる。
「ダメだよそれじゃ、私の用事が済んでないから…」
「用事って?」
「例の事を秘密にしてもらうのは大前提だけど、その代わり鎌谷君がピンチの時は私が守ってあげる」
なんだそのヒーローみたいなセリフ。
現実で聞いた事ないよ。それに僕は「たまたま」ピンチになる事はあるけどそんなしょっちゅう陥る訳ではなく…。
「でも…」
秋山さんの指先が僕の顔のすぐ目の前に立つ。
「でももしかしもない!決まりだから!」
「…じゃあ舎弟にしてくれるって事…?」
「それは2度と言うな!…友達なら良いよ」
「友達…」
秋山さんが?僕と?
釣り合わない釣り合わない。
「変な慕い方したら絶交だから!」
絶交…そんな事言っても僕ら元からそんなに深い縁じゃないよね。
「友達だなんてそんな、いきなり言われても困る…」
「困ることなくない!?そもそもクラスメイトじゃん、初対面じゃないじゃん!」
「いや、だって僕友達いないし…」
「だーかーらー!」
秋山さんは自慢(?)の髪をぐしゃぐしゃと乱す。
「いないなら私が第一号!分かった!?金輪際私の事を変な目で見るな!!」
「変な目って、そんな…」
世間で言う変な目と僕が見てたのは違うじゃん、別に、いやらしい目で見てたわけじゃないのに…。
「返事はっ!?」
「は、はいっ…」
言うしかないじゃないか、そんなの。
秋山さんにとっては何人目かの、友達に僕が加わった。
「うんっよろしい!……でさ、なんか話題ないの?」
「い、いや、そんな…僕は…」
無茶振りが過ぎる。僕にそんな適応能力があるわけないじゃないか。
「なんでも良いから!話題!」
なんで急かされるんだろう、なら、そうだなあ。
「…なら、中学時代の秋山さんの話、たくさん聞きたい…」
「ッッッ…」
秋山さんの体が分かりやすくよろける。
「あのね…鎌谷君…それ1番触れてほしくないポイントなんだけど…君ってある意味勇者だと思うよ…」
秋山さんが少し身をよじり、目を伏せたまま小さく息をつく。
「うーん…どうしてもってなら、もう少し仲良くなってから考えてあげる、誰にも知られたくない、かなりデリケートな話だから…」
素直に教えてはくれないとは思っていたけど、僕は少し肩を落とす。
「うん…分かった、無理に聞かないよ」
秋山さんは顔を上げ、優しく微笑む。
僕はその笑顔を胸に刻み、少しドキドキしながら頷く。
「…じゃあ僕、秋山さんともっと仲良くなりたい…!」
「…」
これは100%僕の好奇心から来た言葉。
秋山さんは無言で僕の肩を小突いてきた。
「痛ッ?」
「…生意気…!」
秋山さんは辛辣な言葉とは裏腹に笑顔で続けた。
「でも鎌谷君みたいな人、新鮮かも、嫌いじゃない」
社交辞令だな、鵜呑みにできるほどの思考は持ち合わせていない。




