カツアゲ
「カバン持ってこっち来ォ」
と空き教室に呼び出された僕。
目の前には小太…ガタイの良いクラスメイトとその取り巻き2人。
僕、この人達に対して気に触る事はしてないんだけど…。
「お前、いくら持ってる?」
「え、お、お金…??」
「だろーがよ!さっさと答えろよボケ」
バンッッ!!!
1人が机を叩く。
「ヒィッ!?」
すごい音…何で…何でこんな事に…??
ただ教室で読書していただけなのに…
ヤンキー漫画は好きだけど、リアルだとこんなのばっかなんだ…。
ヤカラですよヤカラ。
泣きそう。
「早よ財布出せよ、小遣いちょーだいよ」
「……」
なす術もない、アニメや漫画なら覚醒してボコボコに…無理無理、現実は声も足も震えて何にも出来ない。
カバンから財布を取り出すと後ろからガララと空き教室の扉が開く音が聞こえた。
怖い先輩でも入ってきたのだろうか、良いさ、僕が財布を差し出せばこの場は収まるんでしょ…。
「…何これ…何してるの?」
女子の声だ、この人達の彼女?それとも僕と同じ被害者??
振り返ると同じクラスの女子、秋山さん?がキョトンとしている。
長めで少しフワッとしたボブと言うのだろうか、の髪型とゆるっとした雰囲気のこの美少女はどこか幼馴染キャラを連想させる…そんな事より、この場に似合わない人だなぁ。
「秋山ちゃんじゃん、何?俺らコイツと話してんだけど?」
ガタイの良いヤカラが半笑いで言う。
話って言うか、カツアゲ…と、心の中でだけツッコむ。
「違うよね?これ、完全に鎌谷君にたかってるよね…?」
僕の苗字知ってくれてるのは嬉しいけど、あまりこういう人達に正論を言わない方が…。
「いや、マジだって!なあ、俺ら仲良いもんな?」
ガタイの良いヤカラが僕の肩を強引に掴み、引き寄せる、痛い!物凄い悪意のある掴み方!
本当に痛い!やめて!
と、思った瞬間
ガッシャーーーーン!!!!!!!!
空き教室中に轟音が響く。
「うわあ!!?」
僕は思わずその場にしゃがみ込む。
音のした後ろを見ると、立っている秋山さん、と倒れた机と椅子達。
「え?え?何?何…??」
分からない、分からないけど音の大きさで僕は涙目。
「鎌谷君に触んなよ、クソデブ、お前らカツアゲしてただろ?じゃなきゃこんな空き教室に連れて行かないもんな?」
あ、秋山さん?
口調が??
ていうか、もしかして、机と椅子倒したの秋山さん??
あんまり話した事ないけど、秋山さんって優しいよ??フワフワした感じで…。
僕なんかにも声をかけてくれるし、まあ、そこが逆に怖かったりするけど、でも!?
「あれれ?秋山ちゃん、何をイキっちゃってんの??俺ら全然女相手でもやっちゃうけど?」
この人達、全然ビビってない、凄いなぁ。
「イキってんのはお前らだろ?なんか鬼舞楽がバックに付いてるだの、入っただの、触れ回ってるようだけど、嘘ついてまでイキりたいの?じゃあ鬼舞楽の名刺見せてみ?名刺、私が連中に聞いても良いけど?」
キマイラがバック…?淡々と語る秋山さんだけど内容が全くわからない、あと口調が…。
「め、名刺なんてねえよ!!」
「あっ、そう、ホラ吹いたね、みっともな」
「なんだこのアマ…!」
ヤカラの1人が秋山さんの方に走り出す…
ダメだ…秋山さんがどんなに啖呵を切っても相手は男、結末は見たくない…!
僕は何も出来ずにその場から立ち上がれない、情けない…。
ゴッッッ!!
目を閉じていると鈍い音と共に床に振動が伝わってきた。
嘘でしょ!?この人達、女の子相手に…!!?
恐る恐る目を開ける…
「…あれ?」
ヤカラの1人が床に倒れている。
「あーあ、転んじゃった、次、誰が来るのかな?」
秋山さんは立ったまま、冷たい目つきで言い放つ。
え、何をしたの…?
「む、無理無理!」
「やべえって、マジやべえ!絶対やばい!!!!」
ヤカラ達は転んだ仲間を半ば引きずりながら、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
「あ…ああ…」
腰が抜けたとはこういう事なのか、夢でも見ているかのように下半身がフニャフニャして力が入らない。
秋山さんがそんな僕の方へ歩みを進めてくる。
え、やだ、ちょっ…怖…でも助けてけれた…。
僕は怖いやら情けないやら、色々な感情から体が硬直していた。
秋山さんが僕の目の前でしゃがみ込む。
すぐそばに来られると、さっきまでの言動がフラッシュバックして心臓が跳ねた。
「鎌谷君、大丈夫?」
……え?
声が、柔らかい。
震えてる僕の手を、彼女がそっと握ってきた。
「ごめんね、怖かったでしょ」
さっきまでの冷徹さが嘘みたいに、泣きそうな顔で心配してくる。
その切り替えは何…?僕の感情の処理が追いつかないんだけど!?
「…い、い、いや……」
ダメだ、言葉が出ない。
「もう大丈夫だよ…」
秋山さんは僕の手を何度も何度も優しく撫でる。
白くて、小さい手。
「あ…あぁ…」
情けなくて、恥ずかしくて、怖くて
思っていることがちゃんと言葉に出来ない。
「ごめんね、机蹴っ飛ばしちゃって、凄い音だったよね」
秋山さんは苦笑して俯いた。
「あの人達にイライラしちゃって…こういうのもう辞めようと思ってたんだけど…ドン引きだよね、ははっ…」
乾いた笑い、でも…。
「あ、あ…秋山さん…」
「ん?」
秋山さんは柔らかい笑顔で僕の顔を覗き込む。
それにドギマギしながらも僕は声を振り絞る。
「助けてくれて…ありがとう…か、カッコよかった…です…」
「……へ??カッコよかった……??」
言葉を誤った訳じゃない、でも秋山さんはどう捉えるか、僕もシバかれるのかな…。
「うん、カッコよかった、僕、こんなんだけど、昔の不良漫画が好きだから、だから…」
秋山さんはキョトンとしているのか、目を点にして固まっている。
だけどすぐに表情が崩れた
「あはっ!何ソレ〜私が昔の不良みたいってこと??褒めてるのか貶してるのか分かんないよ〜鎌谷君って、面白いね」
そう言いながら手で口元を隠す。
目の前の女の子がさっき机を蹴り飛ばした人と同一人物とはまるで思えない。
「…カッコいいなんて、言われた事ないよ…確かに中学生の頃は荒れてたけど、警察にはしょっちゅうお世話になるし、親には泣かれるし…不良なんてロクなモンじゃないよ…」
やっぱりそうだったんだ…全然そうは見えないけど、あの肝の座り方はそっち系だったんだ…。
「た、確かに怖かったけど…助けてくれたし、ヒーローみたいだった…」
「鎌谷君…」
鎌谷君、…か。
「…あの、秋山さん、僕の苗字、鎌谷じゃなくて、鎌谷なん…ですけど…」
「……………なんで今更言うの………」
「え、だって…訂正するタイミング、なかった…ので…」
「…もう、バカ〜……」
秋山さんは指の隙間から僕をチラッと見て、小さな声でそう呟いた。
目の前にいるのはただの、照れてる可愛い女の子だった。
「…鎌谷君、一応言っとくけど、さっきの事、誰にも言わないでね…?私…更生してるつもりだから、一応…高校は普通に過ごしたいから…」
「う、うん、もちろん…ところで…」
「ん?」
「なんで僕のこと助けてくれたの…?」
「あー…たまたま、だよ、同じクラス内での事だしね、アイツら気に食わなかったから」
秋山さんはそう言ったけど、どこか気まずそうに視線を逸らした。
「…でも、まあ…鎌谷君が泣きそうな顔してんの見たら、ちょっと放っておけなかったっていうか…保護欲が…」
最後の方は声が小さすぎて、ほとんど聞き取れなかった。
「えっ…??」
「な、なんでもないっ!とにかく!今日のことは内緒だからね!」
慌てて立ち上がってこちらに背を向ける秋山さん。
残された僕は、胸がドキドキして仕方なかった。
安心感なのか、好奇心なのか、まだ分からなかった。
「…何してるの?一緒に教室戻ろ?」
いつの間にか下半身に力が入り、すんなり立ち上がる事が出来た。
「…秋山さん、いや、姐さん!!」
「………へっ??ね、姐さん…??」
「助けていただいてありがとうございました…!!僕を…舎弟にして下さい…!!!」
僕は硬い体で深々と頭を下げた、精一杯。
「しゃ…舎弟って……ちょっと…!嫌だよ!」
…そうだよね、こんなのが引っ付いてきたら迷惑だよね、でも。
「僕が弱いから…?今はこんなんだけど…いつか立派な男になって姐さんを…」
「違うよ!違う!!」
「わっ…!」
秋山さんが急に僕の肩を掴んで、必死な顔で首を振る。
「舎弟とかじゃないの!そういうのじゃなくて…」
言いかけて、視線を逸らす。
「私、もう普通でいたいの…ただのクラスメイトでいいんだよ…だから、ね?」
僕は思わず絶句した。
机を蹴り飛ばしてた人が、今はまるで叱られてるみたいに目を伏せている。
「…で、でも僕は…」
「ダメっ!」
秋山さんは小さく唇を噛む、そして小声で
「舎弟じゃなくて…ちゃんと、クラスの女の子として見てよ…」
「だから姐さんって…」
「うるさいっ!」
制止するにはあまりにも優しい声色の「うるさい」僕を止めるにはそれで十分だった。
「そもそも私達同い年じゃん…そこに上下関係作りたくないし…」
「だって…カッコよかったし…強いし…」
「そんなの何の得にもならないよ…もう、良いから行こ…」
「姐さんは先に行って下さい、僕は机と椅子、片付けますので…」
「もうっ!!!!」