ドロシーとルーラの日常
8月27日。9時。私たちは目覚めた。まだ下着や衣類への違和感は拭えないが、4日後のヘルガたちとの訓練には間に合いそう。虜囚会の開催はすでに先生方に手紙で伝えたが、トムたちに大好評。ナルシスは夏休みの宿題に追われてるから私たちどころではないはず。可愛い生徒たちがいまだに虜囚時代に浸っていれば何ら不都合はないからだ。「たぶん私たちの反転攻勢はまだ先と見てるわね」私たちメルティーナイツの反転攻勢は早くても10月半ば以降になると先生方は予測した。10月半ばで6戦目を終えるから極めて妥当な見方だが、私たちの日常への順応は意外なほど早かった。教護院で下着や衣類を身にまとう訓練をしてきたからだ。10月半ばまでの4戦から6戦が最大のヤマであり、悪くても5分で乗り切りたい。たとえ負け越しても秋から冬は過去の対戦データでは魔法戦士がやや有利。春の3割や夏の4割に比べ秋は6割。冬は5割。先生方は夏休みに遊び過ぎて秋にツケを払わされるから一気に萎える。特に[1ヶ月謹慎]を食らえば行きつけの喫茶店にすら通えない。馴染みの女給さんの存在は大きく、いわば仲のいい姉妹みたいなもの。訓練や対戦にも暗い影を落とすのは間違いない。しかも10月から3月は日照時間が短くなり、鬱になりやすくなる。しかもこのサイクルは4月入学との親和性が非常に高い。日本では9月の自殺者が一番多いが、むしろ怖いのは10月から。コレから真価が問われるのはトムたちであるが、私たちだって楽観は禁物。9月に躓けば一気に持っていかれちゃう。先生方との力の差は歴然だし、私たちはコレ以上離されるわけにはいかないわ。「むしろこれで面白くなったよね」「そうよ。日常のハンデがあるくらいで私たちはほどよいバランスが取れるわ」ナルシスにスキや油断がないと9月は戦えない。私たちは散歩したり公園で運動したり食べる量を徐々に増やしていった。だが虜囚服が恋しくなり、気がつけば身にまとってる。でも日常への順応には問題なさそう。私たちは急ピッチで日常への順応を進めてきた。やはり教護院の終盤から衣服を身にまとう訓練をしてきたのが大きい。だからこそ私たちはマリアとの訓練に臨めるのだ。残念ながら合同訓練は流れたが、何とかなりそう。「佳代は大丈夫かな?」「美月も心配ね」後輩たちの参戦は早くて11月から12月だろうが、この時期は私たちに有利。先生方には逆風が吹く。庶民がメルティーナイツに追い風が吹くという見方はコチラでは妥当。だが私たちだって安閑としてはいられない。すんなりやって勝てるほど彼らは甘くないわ。私たちメルティーナイツはバレヱを習うことにした。からだを柔らかくし、所作の美しさを磨いていく。詩の朗読も始めた。声を磨くためだ。先生方が最先端の香水を身にまとう以上、私たちも負けられないわ。ラミアにも秋服が与えられた。紺のセーラーにグレーのミニスカート。だが丈は夏服と変わらない。「名古屋の女子高生と同じ丈らしいわ」「かなり短めだよね」彼女はマリアにもナルシスにも愛されるマスコットだが、いまだに彼氏ができないのが不思議。「多忙だからね」「魔王さまからも寵愛されてるみたいね」通訳は彼らから温泉旅館の宿泊券をたくさんもらうが、なかなか行く機会がない。でも牧美温泉には必ず行く。どうやらラミアは安積潤平さんが泊まった旅館を探し回っているようだ。「見つかった?」「まだみたい」異世界に混浴はないが[幻の混浴]があるらしい。「都市伝説でしょ?」「でも彼女の友だちは入ったらしいよ」「どこにあるの?」「たぶんパラレルワールド」「でも[きさらぎ駅]は創作でしょ?」「日本では実話怪談みたいに語られてるけどね」あの話は静岡の私鉄から始まるが、いきなり駅までの所要時間を間違えているのが腑に落ちない。この女性がふだん通勤に使っていればからだの感覚で覚えるはず。「即興で作ったんならかなりの出来だけどね」「でも創作怪談に似てるわ」創作怪談には特徴があり、まず他の怪談と似ていないか、かなり尖っている。次に作りが甘くて粗い。最後に全くリアリティーがない。[きさらぎ駅]はこれらを全て満たしている。異世界では創作怪談に分類され、実話怪談として語られることはない。彼女は懐中電灯も持たずに駅のホームから線路に下りた。しかもケータイの明かりしかない。足元は悪いし、ハイヒールならまずマトモに歩けないはずなのに。更に不可解なのが線路に下りた理由。[お父さんが昔見た映画のワンシーンに似てるから]はさすがにそんな状況か?とツッコミたくなる。この女性は道中で怪しい男を警戒するが、最後に見ず知らずの男のクルマに乗り込む。まあ深夜だしこの作者は眠たくて仕方なかったのだろう。かくして最後は尻切れトンボかやっつけ仕事みたいな終わり方をしたこのお話は今後も実話怪談として永遠に語り継がれるに違いない。