スージーとサラの虜囚生活2
8月16日。9時。私たちは目覚めた。2週間目。小説との違いは幼児化が進まないこと。まあアレはサキの着想に過ぎないし、幼児化されちゃったらアルたちとの再戦が叶わなくなる。怖いのはブランクよりもむしろ変化への弱さ。女である以上、私たちは先生方に対してどうしたって受け身になる。確かに虜囚生活は快適だが、果たして私たちは9月を戦えるの?という一抹の不安を拭い去れない。期待したメルティーキッスとの合同訓練は未定だし。まだ人が集まらないみたい。娘たちはまだしも36歳はあんまりムリが利かない歳。精神体でも疲弊はする。このあたりはきっと魔王さまが何とかしてくれるはず。ナルシスとの力の拮抗が崩れれば私たちは健全な関係を維持できなくなる。「考え過ぎよお母さま」「そ、そう?」娘たちは楽観的。ジノたちだってブランクはあるし、雑務と便所掃除しかしていない。だが空中戦を得意とする私たちの方が不利なのは明白。私たちはナルシスからの手紙を読んだ。彼らの日常はファンタジー。学生服のボタンをなぜかプレス機にかけ美術の先生に大目玉を食らった。「たぶん金属製ね」「でも何で美術室にプレス機があるの?」他校の生徒とキャンプに行けば[一番いい女]じゃなく[一番成績のいい女]を紹介され、一緒に肝だめしした。真夜中に暗い山道を歩けば雨が降ってきた。しかも看板に頭をぶつけるなどさんざん。浜辺でテントを張れば台風が来て海は大荒れ。アルたちは慌てて地元の公民館に避難。目ぼしい食料を分け合いながらロウソクを立て、みんなで不安な夜を過ごした。クラスで調理実習をすればだしの効いていないみそ汁や塩が効きすぎたサラダが完成。中にはボオルがいると聞き、サッカーボールを持ってきた子がいた。「なんかダルそうね」「夏だからね」アルは帰宅中[今日も子どもたち〜]とナゾの歌を口ずさみながら川に自転車ごと落下。ダンプカーを避けようとしたジノも川に自転車ごと落下。泥人形と化した彼らは地元民から恐れられた。ナターシャが遊びに来て私たちは雑談に花を咲かせた。「彼氏はできた?」「なかなか出逢いがないわ」女子校を卒業し、エージェントとして名古屋に赴任したが苦労の連続。初めての彼氏がパチンカス。「イケメン?」「課長バカ一代に似てるわね」先輩エージェントのジョージは北斗の拳にハマったが、ナターシャはあまりの幼稚さにがく然とした。イベントが不振だと「今日僕は14万負けたんだ」と泣きつく。「初めての恋は2ヶ月で終わったわ」「よくガマンしたわね」そこからの出逢いはなく悶々とした。「名古屋はどうだった?」「ザ・ガッデムシティーね」ナターシャは男性不信に陥ったが彼女を救ったのは意外な人たち。「誰?」「ザ・カン違い女どもよ」男運も育ちも性格も身持ちも悪そうなカン違い女どもが男性エージェントに深刻なダメージを与えた。「ヤツラはすぐ彼らを変質者扱いするの」「ソレで?」「だから端末を持ち歩けなくなっちゃうの」スマホやタブレットを持ち歩けなければデジタル社会への順応が難しくなる。「それでナターシャは溜飲を下げたのね?」「でも私たちの同胞がダメージ受けてるんだから内心は複雑よ」やはりカン違い女どもには吐き気しか感じない。ボーイッシュな彼女はよく男性に間違われた。「風俗の女によく声を掛けられたわ」時には100メートルくらい歩いてから初めて気づくことすらあった。「ちなみに日本ってバブルなの?」「まさか。日本にそんなチカラはないわ」ゼロ金利の銀行から優遇金利のお知らせが届く。飲み屋街なのにタクシーが止まっていない。キング観光からガードマンが消えた。再開発が進む栄や名駅を歩いても微塵も活気を感じられない。「それでもなお日本株の未来は明るいって言い切る輩がいるわ」「もはや笑えないファンタジーね」日本に救いがあるとすれば河村ひろしと石丸伸二と兵庫県知事の世渡りがドヘタクソなことくらい。日本では株と日経平均と不動産がバブル並みだからバブルと見る輩がいるが異世界は全く違う見方をした。「庶民の熱狂が伴わないバブルなんてあり得ないわ」「ごくごく一部だけが浮かれ騒いでるのね」名古屋で丸2年過ごしたナターシャの言葉には説得力を感じた。彼女は名古屋よりも活気のない街を歩いたことがない。異世界では3年も結果を出せないリーダーなんてあり得ない。「立浪は[タッツ]しか残さなかったわ」「中日は悪い意味で巨人に似てきたわ」だがナターシャは井上の方がまだマシだという。「彼はスターじゃないからね」変なプライドがないし矢野監督時代には阪神のヘッドコーチを務めた。「中日が阪神キラーになれば面白いわ」「でも藤川は微妙だわ」藤川からは阿部みたいな素質を感じる。もちろん迷監督の素質。「いつも変なシーンで怒るよね」「ホントに試合見てるのかな?」だがマー君もダメだしセ・リーグは盛り上がりそう。