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第9話 ラルアー貴族の婚約事情 その2

「ロヴェル様と、ヒューリア様がご婚約なされば良いのです!」


 エフィリアがそう言った瞬間、全員が黙りこくった。


 おいおい、何を言ってるんだ、うちの天使ちゃんは。

 俺たちは、そんな関係値じゃないって。


 男二人に女一人の構図は、女の子を取り合っての三角関係ってのが確かにラブコメディーの王道ではあるが、ことこの三人に至っては、俺にもロヴェルにも、そんなつもりはないだろうし、ヒューリアからしても、俺たち二人にそんな感情は持ってはいない……はずだ。


 いや、コンプラ的に補足させてもらうけど、決してヒューリアに魅力がない、なんてことはこれっぽっちも思わない。むしろ、絶対に美人になるとさえ思う。

 まあ、可愛らしい令嬢、というより、女騎士、或いは女宰相、みたいになりそうだけど。


 いや、そうじゃなくて。

 つまり、俺たちはヒューリアの夢や、将来の目標を既に知っている訳で、他領地の嫁になるなんて想定していない、という訳だ。


 ちらりとミューを見る。ほらみろ、やはり、硬直してる。


 いや! この顔は違う!!


 急にあり得ない提案が飛び出して絶句している、というよりは、アレだ。この表情は「嗚呼(ああ)、それは素敵です!!」と思っている、そんな表情だ。


 いやいや待て待て。

 ものの数秒後には、当の二人が、いつもの感じで絶対に言い出すって。

「なんて私がこいつと結婚すんのよ!」

「あ? こっちだって願い下げだわ!」

 そして、ヒューリアキック!

 倒れるロヴェル。笑う俺。いっけね、とばかりにペロッと舌を出すエフィリア。ヤベェ、可愛い。

 そうなるに決まっているのだ。


 ……。


 俺は、恐る恐る、当人たちの方を見た。


 二人はともに腕を組みつつ眉間にしわを寄せながら、ヒューリアはじっと地面を見つめ、ロヴェルは天を仰いでいた。


 あれ? なんですの? その反応。


「えっとですねぇ」


 エフィリアが口を開く。

 自分の提案に場が硬直して、それを取り繕うために……という感じでは無かった。「この話題はまだ私のターン!」とばかりに、自信満々に、自身の意見を語りだしたのだ。


「リングブリム子爵のご帰還と同時に、ロヴェル様は、そのことを御父上様にお伝えしてしまえば、それでもうお見合いの話は全て断れます。

 そして、リングブリム子爵家とパリアペート男爵家の懇意の繋がりは国内でも有名です。ロヴェル様に見合いを申し込んだ貴族も、パリアペート男爵家のヒューリア様ならばご納得されるでしょう」


 ミューは、うんうんと頷きながらエフィリアの発言を聞いていた。当の本人たちは、相変わらず、そのままの姿勢である。


「しかしエファ、パリアペート男爵が、当主候補で長女のヒューリアを嫁に出すかな?」

「はい、それは大丈夫かと存じます。パリアペート男爵は、ヒューリア様も、お二人の妹君、ウェリサ様とエーニャ様も、とても大切にしているとお聞きしています。

 お一人は、婿を迎えて当主になる訳ですけど、このままではお二人を嫁に出すことになります。しかも、先ほどのお話だと、男爵家のご令嬢様は、嫁ぎ先での立場は苦しいとのこと。

 しかし、古くからの付き合いのあるリングブリム子爵家にお一人をお任せできるのであれば、男爵としても、良いお話だと考えるに違いありません」


 俺は目頭を覆った。勿論エフィリアの意見に対してではなく、エフィリアの成長に対してである。

 駄目だ。俺はもう完全に、このお隣に座っている天使様に駄目人間にされているようだった。


「ロヴェル様は今のところご兄弟はいらっしゃいません。そして、ご婚約者として適齢なのは、男爵家としてはヒューリア様だけです。

 さらに、子爵領と男爵領は隣同士ですから、ヒューリア様が子爵家に嫁いでも、妹君の手助けをすることは容易でしょうし、より政治的な立場を取ることも出来ると思うのです。それに……」


 おいおい、まだあるってのか、マイエンジェルよ。

 もう既に、俺の心はここまでのお前の説明で、もうそれしかないっすね、って思うくらいに、論破されているぞ。


 俺は、そんな事を思いながら、エフィリアの次の言葉を待った。

 そんなエフィリアは、これ以上無い満面の笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「それに……気持ちの通じ合っているお二人は、とってもお似合いですから」


 パチパチパチ。


 一人スタンディングオベーション。

 ミューが目を真っ赤にして拍手している。うん。人の幸せを素直に喜べるのはとても良い事だ。


 って、そうじゃない!


 当人たちにその気がなければ、どんなにいいアイデアだったとしても、それは政略結婚となんら変わりない。

 そして、当人たちにその気は無い、と思う、んだけど、多分。いや、きっと。


 「「……」」


 二人は依然、腕を組み、眉間にしわを寄せて硬直したまま、それぞれ地面と空を見つめていた。


 いや、まじで、小学生同士の構図じゃねえんだけど。


 料亭にいる田中角栄と佐藤栄作か、お前らは!


 まあ、とはいえこの世界では、特に貴族階級では、教育も(しつけ)も早い分、子供の成長は早い。ませていると思ったけど、慣れれば、逆に日本の子供の方が過保護過ぎだったのだとさえ思えてきてしまう。


 後は若いものに任せて、と言う訳ではないが、俺たちは、ロヴェルとヒューリアが動き出すのを、かたずをのんで見守るしかなかった。そして……。



「……なあ、ヒューリア」


 ようやく動き出したロヴェルが、真剣な口調で口を開いた。


「俺と婚約しないか?」


「ンふぁっ!」

「ぅくンぁ!」


 声優さんのアフレコのアドリブ声のような息を吞む音が聞こえる。当然、ミューとエフィリアのものだ。俺は、ポカンと口を開いたまま唖然としていた。

 しかし、ヒューリアは答えを返さない。

 ロヴェルは黙ったまま、ヒューリアの反応を待っている。


「そ、その、ヒューリアは、俺やロヴェルの事を、なんて言うか、その……」


 しまった。助け舟を出すつもりか、沈黙に耐えられなかったからかは分からないが、つい口をはさんでしまった。しかも、どう言えばいいのか良く分からず、自滅している。

 クソッ、こういう時、経験の乏しさ、という前世における負の遺産(レガシー)が忌々しいぜ。


「ヴァルスの言いたいことは分かるけど。別に、そんな事は無い」


 地面を見ていたヒューリアは、顔を上げて俺に言った。


「私は、あんたたちの事を尊敬してるし、大事に思ってる。ヴァルスも、ロヴェルも。仮に無理やりどちらかに嫁がされたって私は嫌じゃない」


 そうして、ヒューリアはまた考え込んだ。

 ロヴェルも、そして俺たちも、ヒューリアの言葉を待った。


 この沈黙は、先ほどのモノとは違い、待っても苦痛ではない沈黙だった。

 ヒューリアから、既に、俺とロヴェルに対しての、人として、男としての肯定が表明されている。そして恐らくそれは嘘のない言葉だと思った。

 であれば、今、ヒューリアは、自分の夢や人生についての数多くの選択肢と対峙しているはずだ。

 仮にもしもここで否定的な結果が出ようと、それは、ロヴェルを傷つけたりするようなものではないだろう、と。そう思えたからかもしれない。


 そして、暫く待った後、ヒューリアが顔を上げた。


「ロヴェル、婚約しましょう」


 うおおおおお!! マジで!????


 パチパチパチ。


 エフィリアとミューが全力で拍手している。あ、当然ミューはすでに号泣していた。


「おいおいおい! いや、ちょっと待て。いや、めでたいんだけど、その、なんつーか、あれ? なんで?」


 軽くパニックを起こす俺。


「いや、そのなんて言うか……」

「そうね、なんて言うか……」


 俺のパニックを察して二人は口を開く。


「「その選択肢の存在に気付かなかった」」


 そしてハモった。



 これはきっとあれだ。地球においては、古今東西、(いにしえ)より語り継がれし、アレだ。

 『近すぎて、恋愛対象として見ていなかった』って奴だ。

 でも、貴族階級や、立場、利害というこの世界ならではの要素があるがゆえに、冷静に、お互いをパートナーとして吟味し、未来を想定し、そして肯定したのだろう。日本の友情恋愛ものとは違う様相がそこには確かにあった。


 ならば、この場で、俺のすべきことはただ一つだ。

 俺は、冷静になり、努めて真剣に、二人に告げた。


「ロヴェル・リングブリム子爵令息、ヒューリア・パリアペート男爵令嬢。カートライア辺境伯家嫡男ヴァルクリスが、この婚約を正式なものとするための立ち合いを行おう。今一度、それぞれの意思表示を」


 婚約締結の正式な作法は、家の紋章が施された正式な書面を取り交わすか、両家と同等以上の貴族の家の者の立ち合いが必要である。

 つまり、俺の立ち合いであれば、正式なものとして成立するはずであった。俺の言葉を聞いて、一瞬二人は顔を見合わせた。そして共に立ち上がり、ベンチの横に移動した。


「ヒューリア・パリアペート男爵令嬢。このリングブリム子爵家嫡男、ロヴェル・リングブリム、あなたに正式に婚約を申し込む」


 ロヴェルは、ヒューリアに跪き、そう言って右手を差し出した。ヒューリアは、ドレスの裾を一度広げ、形を整えると、膝を軽く曲げて、ロヴェルの手を取り、そして言った。


「パリアペート男爵家嫡女(ちゃくじょ)、ヒューリア・パリアペート、ロヴェル様のお申し出を謹んでお受けいたしますわ」


 こうして、二人の婚約が人知れず、しかし正式に結ばれた。


「カートライア辺境伯家嫡男、ヴァルクリス・カートライアが、この婚約にしかと立ち合い、その確認をした。よって、この婚約は正式に取り決められたものとする」


 パチパチパチパチパチパチ。


 手がぶっ壊れそうな勢いで拍手をするエフィリアとミュー。ミューに至っては、もはや泣きすぎて目もぶっ壊れそうである。

 そして当の二人と言えば、ちょっと照れつつも、笑いながらボディーブローを入れ合っている。


(ははは、なんだよ、お似合いじゃねえか。)


「そして、二人の友人として、二人の婚約、更にはその立会人になれた事、心より嬉しく思う。二人とも、おめでとう」


 俺は、そう続けた。

 俺の言葉を聞いて、ミューがもう喉までぶっ壊れそうな勢いで、声を上げて号泣していた。


 そういえば。

 前世では、友人の結婚式なんかに呼ばれた経験など一度も無かった。

 あんなものは、自分の幸せを他人に見せつけるために金をかけるだけの、下らない催しだと思っていた。

 どうせ、「おめでとう」とか言いつつ、独り者の嫉妬が渦巻いているカオスな空間なのだろうと。


 しかし、人生で初めて、本当に幸せになってもらいたい友人を前にして、俺のその歪んだ認識が間違いであったと確信した。

 そんな経験が出来ただけでも、転生して良かったと、ロヴェルとヒューリアからボディーブローを受けながら、俺はそう思った。



 ――その日の夜。


「そうでございましたか、それはおめでとうございます、ヒューリア様、ロヴェル様。そして、ヴァルクリス坊ちゃんも、初めてのご婚約のお立ち合い、おめでとうございます」


 俺から報告を受けた執事長のボルディンスの仕切りで、主人不在の為ささやかではあるが、辺境伯家主催で、二人を祝うパーティーが内々に執り行われたのであった。ロヴェルとヒューリアはもともと泊りの予定の様だったので問題は無かった。

 いや、だったら尚更、ヒューリアが来るのを俺に告げなかったロヴェルは大罪なのでは? とも思ったが、まぁめでたい席だし黙っておいた。


「ねぇボルディンス、二人は分かるけど、僕へのおめでとうはどういう意味なんだい?」

「婚約の立会人、平民の場合は仲人(なこうど)と言いますが、それは、決して誰でも出来る事ではございません。人生において、どれだけの想い合う男女を繋いできたかは、そのままその方の人徳と呼んでも過言ではございません」


 ふうん、そんなもんか。


「ですから、誰かに『この人に頼みたいと思われる』という事実。『頼みたいと思ってもらえる人間が近くにいた』という事実。そのどちらにも、おめでとうございます、なのですよ」


 前世では、結婚式のスピーチはおろか、結婚式に呼ばれた事すらも無かった。

 そんな俺は、この執事長の言葉をきいて、年甲斐もなく胸が熱くなってしまった。

 いや、まだ小学生なんだけどさ。




 ――そして、さらにその後。


 予想通り、両手に抱えきれないほどのお見合い申し込み用の姿絵を持ち帰って来たリングブリム子爵は、息子から、俺の立ち合いのもと、パリアペート男爵令嬢と正式に婚約を結んだことを聞いた。

 最初は驚いていたが、その後は手放しで喜んでくれたらしい。

 ロヴェルは、むしろヒューリアの方が当主に向いているのでは、などと父親に言われ、俺に愚痴をこぼしに来たが、俺は笑顔で無視してやった。


 ヒューリアの方も、父君は、長女の突然の報告に驚かれたようだったが、概ねエフィリアの予想通りの展開になり、当主となりうる妹たちの教育に精を出すとのことだった。

 なんだか妹たちに押し付けてしまったようで申し訳ない、とエフィリアに気持ちを吐露しに来たが、エフィリアは笑顔で元気づけてあげていたようだった。


 もちろん、俺の方にも、父上から、大量のお見合い資料を持ち込まれた。

 父上の立場上全てをお断りは不可能だったので、貴族としての仕事として、二、三件ほど、お会いする機会を設けたが……。


 正直、ロヴェルの気持ちが死ぬほど分かった。

 絶対に言わないけど。


 地獄を乗り越えた勝ち組の意見なんか聞きたくも無い。どうせ余裕の表情でめちゃ共感されながら、最後には適当なエールを送られるのだから。そんなのは前世の居酒屋でもうお腹いっぱいだった。

 あ、当然全てお断りした。


(……婚約か)


 まあ、まだ時間はある。

 慌てずに、一つ一つ固めて行こう。魔王とやらの件もあるしな。


 (それに、とてつもなく良いこと(▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪)を教えて貰ったしな)


 俺は、今回の件で学んだことをキッカケに、自分の将来の明確な形を、一つ思い描いていた。




(第10話『聖女博物館』へつづく)


毎日、正午投稿致します!

明日もお楽しみに!

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