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第8話 ラルアー貴族の婚約事情 その1

 婚約者。


 それは、貴族階級社会においては、切っても切れないものである。それは、このラルアー大陸においても同様であった。


 貴族の当主は、まず、その家が続くことを最優先にしなくてはならない。


 まあ、この言い方だと、ちょっとアバウトなので、分かり易く言い換えよう。

 つまり、「貴族の当主は、必ず妻を(めと)り、一人以上の、健康な子供をもうけねばならない」ということだ。


 簡単なようでもあるが、実はこの文章には様々な事情が含まれている。


 基本的に、貴族は、貴族同士の婚姻が是とされている。

 まあ、お家や領地関係の政略的利点を考えれば、当然である。


 加えて、この「一人以上」という部分だ。


 まず、子宝に恵まれない、という場合もあるし、仮に子供が生まれても、女性ばかりの可能性もある。

 別に、女性が当主になる事は問題ではないが、となると必然的にお相手の男性は、貴族階級から婿(むこ)養子を探す、という事になる。


 その場合、当主候補を引っ張って来るわけにもいかないので、どこかの家の次男や三男を婿に取る、と言うのが妥当なラインだ。

 しかし、その家の次男や三男は、当主からすれば「もしも長男が何らかの事故や病気で亡くなってしまった時の為の大切な保険」でもある。さすがに「長男が亡くなったから、次男を返してくれ」なんて事は言えない以上、おいそれと婿に出すわけにもいかない。


 上級貴族の次男坊や三男坊も、なかなかにままならんものである。


 そして、これはなかなかに意外だったのだが、この世界では、思った以上に、結婚する二人の意志が尊重される、という事だ。


 もちろん現代日本の様にすべてが自由恋愛、という訳には行かないが、両家、両人が納得した上での婚約でないと、両家のトラブルに発展しかねない。

 というか、過去の歴史ではそういった意にそぐわない(▪▪▪▪▪▪▪)結婚が、配偶者の暗殺や、家の乗っ取りなどに発展し、お家お取り潰しの原因になる事例が後を絶たなかったらしい。


 魔王はいるが、国同士の争いの無い世界である。

 お家お取り潰しの元凶ナンバーワンが、貴族同士の望まない結婚になるのも頷ける。


 つまり必然的に、本人たちの意志に沿った結婚が、お家存続の為にも重要視されるようになった、と、まあ、こういう訳である。


 ちなみにこの世界の凄いところは、婚約破棄の際には、なんと王宮直轄の査察官が派遣され、双方の言い分を聞き、裁定する決まりとなっている。

 まあ、トラブルの種だし、結果がどうなるにせよ、王の名のもとに、公明正大に「原因」と「どちらが悪いか」を明らかにしておかなくてはならない、と、そういう事だろう。


 「互いの合意で決めた婚約に責任を持て」というやつだ。

 


 長々と説明してしまったが、結局ロヴェルは、その『婚約者を決める期限』が近づいて来ている、と、そういう事だ。


 成人までに婚約をしない、という手はないのか、という意見も聞こえてきそうだが、実はそういう例も当然ながら無くはない。


 しかし、それが、好ましくない理由は考えればすぐに分かる。


 この世界での通例では、成人前に婚約、成人後に、頃合いを見計らって結婚というのがまあ「当たり前」なのだ。


 もしも、その当たり前から外れた貴族の嫡男がいたら、他の貴族はどう思うだろうか?


『本人に、婚約出来ない何らかの理由があるに違いない』


 そう判断されるのは必至である。

 もうそうなれば、年を追うごとに、見合い相手も、そして優良物件も少なくなる。


 全く……異世界に来てまで、売れ残りとか、行き遅れとか、そういう話を聞きたくなかったぜ。


 そんな訳で、現状リングブリム子爵家の長男であり、一人息子のロヴェルは、ご両親からの猛攻撃にさらされている、という訳であった。


「いや、でも、お前んちだって子爵家だろう。それにリングブリムは、そんなに不毛な土地って訳でもないし、引く手あまたなんじゃないのか? 売れ残りなんて心配しなくても大丈夫だと思うけど」

「そうじゃねえって。そういう事で悩んでるんじゃねえんだよ。お前なら分かってくれると思ったんだけどなあ」

「う、えっ……と?」


 なんだ、違ったか。

 じゃあ、一体何がそんなに問題だと言うんだ。全くもって分からん。だって、前世でも、独身だったし。


「俺だってさ、これまでに父上の顔を立てるためにも、父上の持ってきた見合い話を数件うけたよ。男爵、子爵、あと、伯爵令嬢とも数件な」


 へぇ、それは知らなかった。

 しかし、「自分の結婚の為」ではなく「父上の顔を立てるため」とか言ってる時点で、結果は火を見るより明らかな気はした。


「なんだよ、それの何が問題だってんだ? うまい事、侯爵……は、まあ無理にしても、伯爵令嬢あたりと結婚出来れば、リングブリム子爵家も安泰じゃねえかよ」


 爵位の順位は、地球と同じ『公侯伯子男』の順である。

 公爵は王族の血族に与えられる特別階級なので、別枠ではあるが。ちなみに辺境伯と言う位は特別ポジションで、伯爵よりちょい上、くらいの感じである。


 子爵家の嫡男が、伯爵家の令嬢を嫁に向かえたなんて、それはもう、大金星だ。見合い話があるだけでも儲けものである。

 世間的には、爵位が下でも嫁ぐ価値がある人材、という評判が立つことは間違いない。


 そんな伯爵令嬢数人と見合いなんて、喜ばしい事だと思うんだが?


「いや、俺もそう思ってさ、気合を入れたけどな。でも伯爵令嬢って奴を甘く見てたよ。あ、正確には、『|子爵家なんぞに見合いに出される《▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪》伯爵令嬢』って言ったほうが良いかもな」


 ……う。


 言わんとすることは分かった。


 お父上である伯爵ご本人様が、直々に「このままでは、我が娘には貰い手がつかないかも知れない」と、格下である子爵家に見合いを持ち掛けた、ということか。


 まるで悪魔にでもあったような表情になるロヴェル。きっとその時のお見合いを思い出しているのだろう。


 是非、その時の内容を一言一句聞きたいものである。いや、普通に興味が湧くし。ロヴェルには悪いけど。


「じゃあ、男爵家や、リングブリム家と同じ子爵家は?」

「まあ、それも似たようなもんでしょうね」


 そう聞いた俺に、今度はヒューリアが助け舟を出してくる。腕を組み、顎に手を当てながら考えるその姿は、もはや一国の宰相を思わせるような雰囲気だ。


 いや、君、十歳だよね。

 ついでに言えば、君も他人事では無いはずなんだけど?


「似たようなものって、なんで?」

「男爵令嬢なんてね、親から、何とか子爵家や、伯爵家に嫁に行けって育てられるのよ。そんな人と、子爵家の嫡男がお見合いなんかしてみなさいよ」

「う……ん。想像したくないな」


 きらびやかな姿の男爵令嬢の皮を被った猛獣の姿が俺には見えた。


「じゃあ、同位の子爵家は?」

「子爵家の女子も同じ。つまり同じ爵位の男と一緒になっても、あるのは現状維持。伯爵家や侯爵家を夢見る女の子にとっては、前向きにはなれない結婚でしょうね」

「なあ! 一体、他の貴族の息子たちはどうやって婚約相手を決めてるんだ!?」


 ロヴェルが吠える。知るかそんなん、俺に言うな。


 しかしなるほど、貴族社会の結婚とはままならんものである。よくそんなんでこれまで上手く回っていると感心すら覚える。

 むしろ魔王の前に、貴族の自尊心と虚栄心が世界を滅ぼしそうな勢いだな。


 もしもこれが元凶だったとしたら、俺は国王陛下をブレイクすればいいのだろうか?

 いや、そんな大罪、シャレにならんて。


 あと、どうでもいいけど『国王陛下をブレイクする』って言葉の響きが、ちょっと面白い。


「それにしても、ヒューリアは他人事みたいに言うよな、こういう事」

「あら、だって、他人事ですもの」


 そうか……。

 そういやそうだった。


 パリアペート男爵家は現在、ヒューリアを長女とした三姉妹である。

 このままいけば、ヒューリアは婿養子を迎えて、女当主として男爵家を継ぐ流れである。そして彼女はもともと、政治に興味を持っており、自身がパリアペート男爵として、領地の当主となるために日夜勉強していた。


 ヒューリアが嫁に行かないのは分かった。

 しかし、独身のままでいるわけにはいくまい。


 が、ヒューリアが当主になったとして、男爵家の女当主に婿入りする貴族なんてそうそういるのだろうか。可能性があるとすれば、他の男爵家の三男坊とかか? それはそれで相当選択肢は限られると思うが。


「ヒューリアは結婚するつもりはあるんだろ?」


 疑問に思ってそう聞いてみる。ヒューリアは、俺のその質問の意図を理解したようで、きわめて明確な、かつ興味深い回答を口にしてくれた。


「あるわ。当主が独身じゃあ、お家が途絶えてしまうもの。でも、ヴァルスの考えている通り、貴族との結婚は正直難しい。

 仮に私の事をとても好いてくださる誠実な伯爵家の次男が居たとしても、その方が、世間とお家の反対を押し切れるかどうかも怪しいし。そんなの私の方が参っちゃうしね。だからね、私は、貴族とは結婚しないつもりなのよ」


 なんだって?!


 正直驚いた。この世界の貴族に、そんな選択を選ぶ方法があるのか?

 一応、俺だって、そういう事を調べなかったわけでは無い。が、貴族の、爵位の無い平民を相手にした結婚の事例はゼロだったはずである。

 と、以前なんかで読んだ気がする。


「私の腹心として働いてくれる家臣、宰相でも、財務官でも、内政官でも、領地軍の武官でも良いわ。将来、私を支えてくれる、信頼できる家臣を、領地の騎士爵に取り立てるの。そうすれば、結婚への体裁は何の問題もないわ。

 準男爵以上の爵位は、国王陛下のモノだけれども、それ未満の騎士爵、準騎士は、こちらに裁量権がある。

 これは、平民でも能力、実力によって爵位を得ることが出来るという建前があるけれど、もともと、下級貴族が上手く無爵位の人間と結婚出来るために用意された抜け道でもあるらしいわ」


 うへー。

 とても勉強になった。


 この話はロヴェルも知らなかったようで、ポカンと口を開けて話を聞いていた。まあ、考えれば俺たちが知らなかった、その原因はすぐに分かったが。

 そもそも辺境伯家や、子爵家の当主、つまり、ここでは俺の父上や、ロヴェルの父上が、そんな「貴族が平民と結婚して、後ろ指を指されない抜け道」なんて教えるはずも無いからだ。


「立場が微妙な田舎の男爵家の令嬢はね、こういうことに詳しくなるのよ」


 そう言って、ヒューリアは、ふっ、と悪い笑いを見せた。

 いや、だから、君、十歳だよね?


 ん? あれ?


「結局ヒューリアの話になってしまったが、ロヴェルはなんでそんなに悩んでるんだっけ? あと二年で婚約者を見つければいい、ってだけの話だろ?」

「おいおい、ようやく話が戻って来たなあ!」


 すまん、親友よ。正直そんなに興味なかったから。

 しかし、意外にも、ヒューリアの方から俺に矛先が飛んできた。


「ヴァルス、あなたって、とっても頭は良いのに、そういうところ鈍いわよね。あんたも他人事じゃないわよ?」


 クスクスと笑いながら、ヒューリアはそう言った。

 おいおい、なんのことだ?


「ヴァルス、俺たちの父上たちは、今どこに、何しに行ってるんだ?」

「あ? 王宮会議『シナディリオ』の為に、王都に行っている。決まってるだろ」

「ああ、しかし、この『シナディリオ』には、もう一つ隠された裏の目的がある」


 なんだこいつ、もったいぶって。そんなの両親の夫婦水入らずの旅行以外に何があるって言うんだ。


「わかんねぇのか? シナディリオの間、王宮には全ての貴族の当主が集まるんだぞ?!」

「多くの貴族の家はね、このシナディリオの後、数か月以内に、令息や令嬢の婚約を公表するのよ」

「あ……つまり、ご領主様方が、ご子息様、ご息女様のご婚約のお相手を探す機会、という事でしょうか?」


 ロヴェルとヒューリアの補足に、ミューが恐る恐る口を開いた。


 ああ、なるほど。そういう事か。


「そ、ミューの言う通りだけど、そんな甘っちょろいもんじゃないわ。

 国中の貴族が一堂に会しての、腹の探り合い。そして、有益になる相手への、子供のアピール合戦。優良物件を逃さないための争奪戦、と、父上からは聞いているわ」

「いやああああぁぁぁぁ!」


 ヒューリアの言葉に、分かり易く頭を抱えるロヴェル。


「そんなの、全部断ればいいだろう?」

「お前は、二年前のシナディリオの後の、あのお見合い姿絵の数を見ていないからそんなことが言えるんだ!

 全てを突っぱねようにも、父上の立場と心労を思えば、そんな事は出来る訳はないし、絶対に断れない相手との会食を受けたら、それはそれで地獄のような時間をやり過ごさなくちゃいけない。しかも、『穏便にお断りする』という結果ありき、でだ!

 ふっ! 今回はお前も見事に適齢期に突入したからな、辺境伯のご帰還後に訪れる地獄を震えて待つがいいさ、ふははははは!!」


 おお、ロヴェルが完全に壊れている。それほど嫌だったのか。


 そしてお見合い姿絵、ってのはお見合い写真みたいなものだろうか。


 しかしなるほど、ここまで聞けば、コイツが、ため息交じりにエフィリアを口説いた理由が分かった。

 俺のらぶりぃ天使に手を出した愚行は許しがたいが、今回は多めに見てやることにしよう。


 正直、ロヴェルの気持ちは良く分かる。


 仮に俺はまだ、次回のシナディリオで婚約者を決めるとしても、それでも成人まで一年以上の時間がある。

 父上としても、「じっくりと決めさせたい」「まだ、勉強中の身ゆえ」など、断りようはいくらでもありそうだ。

 まあ、さすがに、二、三の会食は組まねばならんだろうが、それも、来たる対魔王との為。

 女神ベル様に選ばれた救世主として、今後に有益な人脈は繋いでおくべきだと思っていたし、そこまで毛嫌いする理由も無かった。


 しかし、ロヴェルは、もう、ここを逃せば、猶予はないのだ。リングブリム子爵のご帰還後の、訪れるであろう、地獄の日々と、婚約者を決めなくてはいけないプレッシャーは計り知れない。


 願わくは、新たに、とっても良い子が見つかりますように。


 ヒューリアがロヴェルを見つめている。その目は完全に「ご愁傷様」と物語っていた。

 ミューがロヴェルを見て、胸の前で手を組んでいた。ロヴェルの成功を何かに祈っているのだと思うが、俺には、鎮魂の祈りにしか見えなかった。

 俺も、ロヴェルを見た。なんか急に、敬礼をしてしまった。


「おい! なんの敬礼だよ! 別に死地に赴くわけじゃねえ!」


 いや、死地だろ。人生の墓場、という。


「あ、そうですわ!」


 これまで黙って話を真剣に聞いていたエフィリアが、急に声を上げた。その表情が、名案を思い付いた、と全力で語っていた。


「ロヴェル様と、ヒューリア様がご婚約なされば良いのです!」




(第9話『ラルアー貴族の婚約事情 その2』つづく)


毎回、正午に投稿致します!

明日もお楽しみ!

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