第43話 ルルは間違ってる
「開門! 開門! 我らが英雄、ルレーフェ・ハーズワート殿がご帰還なされたぞ! 急ぎ、子爵閣下にご報告を!」
俺の姿が見えるやいなや、城壁の門番がそう叫んだ。そしてほどなくして、門が開かれる。
どうやらあの門番さんは、ゲージャとのダグシェワ攻防戦を目撃していた一人なのだろう。
ここはリングブリム領南部の砦、ムルスクス。
俺がロヴェル達と約八カ月前に別れた場所である。
そう。俺は、パリアペート領内を、たったの三日で走破して、四日目の昼にここまでたどり着いていた。
まあ、パリアペート領はなかなかに街道の整備が行き届いているので、大通りを一直線に、魔物を無視して進むだけの楽チンルートだった。
マヤノには随分と無理をさせてしまったかもしれないが。
いや、だって、聖女チームはあのアイシャとエリモッドのコンビである。
「ルルに負けてられないわ!」
「イースマリク辺境伯軍の力を知らしめろ!」
とか言って、絶対に猛スピードで攻略してくるに違いない。
パリアペート男爵領都の奪還は、ヒューリアやフッツァの悲願である。リングブリム家はパリアペート一家を匿っているのでなおさらだ。
さすがに領都はリングブリム寄りにあるから先を越されることは無いとは思うが、俺たちが到着した時には、既にアイシャ達によって制圧済みだった、なんてことになっては申し訳が立たない。
いや、別に誰が奪還したって良いだろうと思うかもしれないけど、なんていうか、もう気持ちの問題である。
「お前を倒すのは俺だ。だから決勝まで必ず上がってこい。必ず、必ずだ!」
って言った相手がいきなり初戦で敗退してたらどうよ? って話さ。
あ、ちなみに途中に出くわした二匹の大型だけは、しっかりと殺らせてもらった。確実に後々の憂いになるからね。
先に伝令さんが伝えてくれていたらしく、俺が領主の別邸についた時には、外でみんなが迎えに出てくれていた。
ロヴェル、ヒューリア、エミュ、そしてフッツァがそこにいた。
「ルルー!! お帰りなさい!」
俺の姿を見るやいなや、ダッシュで駆けよって来たエミュが俺に抱き着いて来た。
いや、飛びかかって来た、という方が近いかもしれない。
マヤノから降りた直後で、ろくに体勢を整えられてなかった俺は、エミュのタックルによって、見事に地面に転がった。
「い、痛い、エミュ。分かった、分かったから」
疲れていた俺は一応苦言を呈したが、俺に覆いかぶさってくる彼女の頭を優しく撫でた。うっすらと涙を浮かべて俺の帰還を喜んでくれるエミュをみると、その疲れも少しは和らいだ気がした。
「お帰り、ルル」
「お帰りなさい」
ロヴェルとヒューリアがそんな光景を微笑ましく見ながら俺に近寄った。
おい、なんだ、その生暖かい目は。
完全に長旅から帰った息子を迎える顔になってやがるじゃねえか。
口に出して突っ込んでやりたかったが止めておいた。
一応ここには、転生事情を知らないフッツァとエミュもいるし、親友に娘を差し出すことに諸手を上げて了承した二人の精神状態は、もはや無敵に近い。俺が何を言っても無駄だろう。
「ただいま帰りました、子爵」
一応体裁を繕ってそう挨拶をする。さすがに「よう、帰ったぞロヴェル!」と言う訳にもいかないからな。
「ルル、お前が戻ったってことは、整ったんだな」
フッツァの問いに、俺は無言で頷いた。
きっと早く出撃したくてうずうずしていたのだろう。その口元からは明らかに不敵な笑みがこぼれていた。
「ひとまずここまでの状況を説明します。っと、その前に」
俺の腹の虫が盛大に鳴った。
いや、この三日はろくな食事を取ってなかったもんだから。
「飯と風呂をくれぇ!」
――一時間後。
「では、早速本題に入ろうか、諸君」
「『入ろうか、諸君』じゃなーい!」
超絶真剣な表情で言った俺に、そう突っ込みが入る。
あ、やっぱり?
風呂に入った後に飯にありついた俺は、同席していたロヴェル達を完全に引かせるほどの大量の肉とパンを、まるで漫画のように体内にぶち込んだ。ロヴェル達にしてみれば、どんだけ貧相な食事を取っていたのか、って突っ込みたくなるほどだ。
「いやだって、ほぼ飲まず食わずでパリアペートを突っ切って来たから」
「にしても、ちゃんと飯くらい喰え! お前が体を壊したら意味がないだろう!」
ロヴェルが珍しく語気を荒げている。
それにしても心配で怒るなんてますます父親みたいじゃないか。
あ、でもそうか。
きっと俺が去った後、エミュはきっと元気がなかったのだろう。
万が一にも俺がどこかで野垂れ死んでしまっていたら、目の前の愛娘になんて言えばいいのか。きっとロヴェルはずっとそんな事を考えていたに違いない。
そりゃあ、俺の不養生を咎めたくなるってものだ。
「ああ、すまない、今後は気を付けるよ」
俺は素直にそう謝罪した。
そして改めて、俺はこれまでの八カ月の経緯を説明した。
ランドラルド伯爵の処刑の話などはしたが、スヴァーグやキュオの過去など、プライベートに関わる話はしなかった。あくまでも、魔王討伐に関わる必要事項の伝達だ。そして、きわめて事務的に、俺は説明を終えた。
……。
なんだ? どうしたみんな、そんなに面白い顔をして。
本当に「はりせんぼん」を撃ってくるなら、喜んでラーニングするけど?
「つ、つまり、ルルは魔女シャルヘイスを一対一で倒して、二千体の魔物を一人で討伐したって事なの?」
「うん」
ヒューリアが面白い顔のまま口を開く。いや、成り行き上仕方なかったんだって。
「ルルの強さはレバーシー伯爵領の奪還の時に十分思い知ったつもりだったが、まさか……」
フッツァまでそんな事を言いやがる。全く。俺の事は良いんだって。
「いや、ここまでの長い魔物との戦いで、一番きつかったのはダントツでゲージャだったよ。それに比べれば、他の事なんて全然大したことは無い。俺なんかよりも、あいつの最強の攻撃を二度も防いだエミュの方がよっぽど救世主さ」
「え? ……そんな、私なんて、その……」
急に矛先を俺に向けられて、エミュが照れた。
いや、事実そうだし。
それに、俺がいない間も、沢山の兵の命を守って来たはずだ。
俺なんかを祭り上げる暇があるなら、もっとエミュを褒めてやって欲しかった。
そして何よりも、俺に褒められて、顔を真っ赤にしながらドレス姿で俯くエミュは、とても可愛かった。
っていうか、すぐにヒューリアは俺に会う時に、エミュにドレスを着せたがる。
まあ、母親としては、大親友の生まれ変わりであり、公爵家の子息でもある、娘の未来の旦那たる俺に少しでもアピールしておきたいのだろうけど。
(ヒューリアも、すっかり母親やってんな)
思わずほくそ笑んでしまった。
さて、ともあれ本題だ。
「そういう訳で、聖女アイシャはイースマリク辺境伯家の軍と共に、今ものすごい勢いで、北メーメリーからパリアペートを北上している。こちらも打って出て挟み撃ちにすれば、恐らく、パリアペートの領都あたりで合流出来るだろう」
俺の言葉に、ピクっと反応したのは二人。
予想通り、ヒューリアとフッツァである。
「という事は、少しでも遅れたら聖女様に先を越されてしまうわね。」
「ヒューリア様。パリアペートの領都奪還は我々の悲願。こればかりは聖女様とてお譲りするわけにはいきません!」
「ええ、勿論よ、フッツァ」
「ふははは」
「ふひひひ」
やはり、予想通りの反応だ。
いや、予想よりヤバイ反応だ。
ちらりとロヴェルの方を見れば、やれやれといった様子である。
いや、フッツァはともかく、ヒューリアまでついて来るとかさすがに言わないよね?
「ああ、麗しの我が領都、軍に同行して一刻も早く辿り着きたいわ」
言うんかーい!
「すまない。今回の遠征には、私とヒューも同行する。なに、安心しろ、エミュもフッツァもいるし、私の剣もまだまだ衰えてはいないさ」
ロヴェルは俺だけに聞こえるようにそう言った。
あ、これは絶対に覆らないヤツだ。
……まあいいか。
生まれ育った大切な故郷。
13年前に魔物に滅ぼされ追われた故郷。
それをいつか必ず取り戻す。それだけを心に生きてきたのだ。
万全の態勢で臨み、それを叶えてやるのも、親友の俺の務めだろう。
「本当はお母様やウェリサが行くべきなんだけどね。でも、みんなリングブリムの領都に居るから」
ヒューリアは体裁としてそう言った。
元男爵夫人、或いは次期男爵である妹が行くべき、という事だろう。これはヒューリアなりのパリアペート家への配慮だと、俺は思った。
「なに、問題ない。無事に奪還した暁には、ヒューリア様の手で、男爵やウェリサ殿に男爵領をプレゼントすればいいだけの事さ」
リングブリムと元パリアペートの軍を率いて、パリアペートを奪還する。
その旗印になる人間は、どう考えたって、リングブリム家に嫁いだパリアペート家長女であるヒューリア以外にはあり得そうになかった。
俺の言葉に、少しだけ驚いた表情をしたヒューリアは、なにか懐かしいものを見た、とでも言いたげな表情でふふっと笑った。そして、会議の終わりに、そっと俺のそばに近寄り、「ありがとう、ヴァルス」とささやいた。
結局、出立は明後日に決まった。
さすがに義勇軍もリングブリム軍も準備に充てる時間が必要である。かくいう俺も、翌日は、マヤノのケアや、武器のメンテナンスや予備の調達などなる事はいっぱいだった。結局その日は、全員が各々の装備と心の準備に追われて終了した。
その日の夜。
コンコン。
ベッドに仰向けになり、ぼんやりと空を眺めていた時に、部屋の扉がノックされた。
誰が来たのかは予想がついていた。
歩く廊下の足音。扉の前で止まってからのノックまでの時間。そして小さい手で叩かれたと思われるその控えめな音。それは一人の少女の訪問以外に考えられなかった。
「どうぞ」
出来得る限り優しく言った俺の言葉の後、少し躊躇したような間をおいてから、ゆっくりと、控えめに扉が開いた。
そこには、エミュが立っていた。
彼女の両手には、枕が抱きかかえられていた。
「あの、おじゃま、します、その、ルル」
「眠れないのか?」
俺は起き上がると、ベッドに腰掛けたまま言った。
「……うん」
エミュは、俯いてそう言うと、無言で俺の横に座った。
「……ううん」
そして少しの間をおいて、頭を振りつつそう言った。
「……眠れなかったの」
エミュは俺に寄りかかると、その頭を俺の右肩の上に乗せた。いつもはポニーテールで束ねられている彼女の下ろされた髪が、ふわりと俺の右半身に触れると、洗髪剤の優しい香りが鼻腔をくすぐった。
「ルルが行ってから、不安で不安で。もしもずっとルルが帰って来なかったらと思うと怖くて。もしも、聖女様がルルを連れずにここに来たらどうしようと思うと怖くて」
「帰って来たろ? ちゃんと」
俺は右手でエミュの頭を優しく撫でた。
「それに良かったよ」
「……え? どうして」
エミュが俺の言葉に、頭を浮かせてクリっとした目を向けた。
距離にして僅か十センチ。
「エミュが人の心配を出来るって事は、エミュに自身に心の余裕が出来たって事だからな」
「余裕なんて……ルルの事が心配で余裕なんて無かったよ」
少しエミュは頬を膨らませて、俺に抗議するように言った。なんかその表情が妙に可愛らしくて、俺は思わず笑ってしまった。
「ははは、それは勿論分かっているよ。でも例えば、『食事も喉を通らない』ってのは、食事をする時間があるって事だ。『眠れなくて夜空を見上げてしまう』ってのも、夜、窓の外を見て物思いに耽ることが出来るって事だろ。だから……良かった」
「……それって、ルルなりに私の事を心配してくれてるって事でいいんだよね?」
「それ以外に聞こえるか?」
エミュは再び俺の右肩に頬を乗せると、「ううん」と嬉しそうに答えた。
エミュが俺の太ももに左手を乗せた。俺は、まるで何かを求めるかのようにそこに放り出されたその手を救ってやるために、空いていた左手を重ねた。その手は、俺の手の下で翻り、正解、とでも言うかのように指を絡ませた。
このまま、エミュと一線を越えるのは容易い。
でもそれは違う気がしていた。
俺が地球での前世を合わせて、童貞を拗らせた精神年齢70歳超だからそう言うのではない。
以前アイシャにも言ったが、前だけを見て進んだ先に、きっとその時は来る。エミュに傷をつけるのはそれからでも遅くは無いはずだ。
もしも俺がエミュを傷ものにした挙句に、魔王に殺されてしまったら、それこそ責任が取れない。彼女により一層深い悲しみを与えてしまうことになるだろう。
だから……。
「エミュ、体を冷やすといけない。そろそろ休もう」
俺は、彼女にそう言うと優しくキスをした。
そして彼女の枕を俺の枕の横に置いた。
一緒に並んで寝る事を許可されたからか、エミュは素直に移動した俺に従い、横にもぐりこんだ。
……この部屋は良い。
ベッドに寝転がって少し見上げると、すぐに窓の外から夜空を拝むことが出来る。それでいささか緊張を落ち着けられるのだから。
すると、俺に頭を撫でられていたエミュが、俺の胸に抱き着いて来た。
まあ、エミュが安心して眠る為だ。
そう思い、俺はエミュの身体を包み込むように手を回した。
エミュが安心するため、と言ったが、こういう体勢になって見て、初めて安心しているのが俺なのだと気づいた。手の中にいる人の温もりというものがこれほどまでに幸福を感じるモノだったとは。
「……ルルは、間違ってる」
エミュが小さく呟いた。
俺の聞き違いでなければ、エミュは確かにそう言った。
「ルルは、きっと、生きて戻れなかったら責任が取れないとか、私に申し訳ないとか思ってる」
図星を突かれて俺は黙りこくった。
どうやらこの子は、名前だけでなく本当にエフィリアの気質を持っている様だった。
「もしも、これが最後の夜になるのかもしれないのだとしたら。こうやって二人になれる最後になるのかもしれないのだとしたら……」
そしてエミュは俺の手の中で、口を開くことが出来ない俺に言った。
「私は、今、ルルに傷をつけられたい。じゃないときっと後悔する」
顔を上げた彼女と目が合った。ぼんやりと光る蓄光灯石のライトの中の彼女のその瞳に吸い込まれそうになった。
そして……。
「後悔するんだから!」
エミュから重ねて来た唇を、俺は受け入れることしか出来なかった。
絡み合うように唇を重ねれば重ねるほど、エミュの想いが俺に浸透してくる。
それは、生死を伴う最後の戦いを前に、精一杯に生きようとする彼女の意志だった。
「……ルル」
「エミュ」
唇を離して、お互いの名前を囁き合った。
そして、俺たちは、その日。
初めてを捧げあった。
(第44話 『一人一人の英雄たち』へつづく)
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