第38話 凱旋 その2
アイシャが先頭で一直線に、大型魔物に向かって行く。
その後ろにぴったりと、スヴァーグを後ろに乗せたジェイク侯爵がついていく。
「"魔素増幅"!」
「"悪意の崩壊"!」
アイシャの魔法で、大型魔物の手前にいる十数体の小型魔物の動きが止まる。
スヴァーグの魔法のお陰で、うまい具合に全ての小型がその範囲に入ったようであった。
「よし! 各自小型魔物を掃討せよ! 倒しきった後は、大型から離れろ!」
セリウスの的確な指示の下全ての、小型魔物が倒されていった。
「後は、あの新型のヤツです! お父様!」
「うむ! 行くぞ、スヴァーグ殿!」
「はい!」
アイシャは大型魔物に狙いを定め、キュオを乗せた自身と、スヴァーグを乗せた侯爵の二騎で突っ込んで行く。
(おかしい。奴の認識範囲の中に入っているハズなのに、襲い掛かってくる気配がない)
「何かが変よ、注意して!」
アイシャは侯爵にそう叫びながらも、速度を落とすこと無く敵に向かって行った。
そして、その魔物の二十メートルほど手前に差し掛かった時、その異変にようやく気が付いた。
「止まって、お父様!」
アイシャと侯爵の馬はその位置で停止した。
本来ならば、大型魔物をこんな至近距離で観察するなど不可能だ。
「な、なんだ、これは……」
その魔物の姿を見て、侯爵が驚愕の声を漏らす。
ところどころの傷から吹き出している血。
取れかかった片方の首。
もはや皮一枚でくっついているだけの引きずられた蛇の尻尾。
そして接敵の際、死角で見えなかったが、既に切断された右後ろ脚。
その大型魔物は、どうあがいても既に瀕死状態だった。
「い、一体誰がこれをやったというのだ」
その侯爵の問いに答える者は誰も居なかった。
しかし、少なくともその中の一人は、その答えに心当たりがありながらも、口にしなかった。
「"聖なる礫"!」
止まっていた時間が動き出すかのように、アイシャの魔法が魔物に襲い掛かった。今のこの魔物の状態ならば、この一発だけで十分だろう。
『ぐばああああ!』
しかし大型魔物が吠えると同時に、その周囲に黒い透明な壁が出現した。そしてアイシャの放った光の礫を全てはじき返した。
「ええ!?」
目の前で起こった初めての現象に、アイシャは分かり易く驚いた。自分の魔法を弾かれるなんて初めての経験である。
「スヴァーグ!」
「はい! "魔素増幅"!」
「これでどう?! "天啓の槍"!」
アイシャが放った、ブースト付きの巨大な光の槍が、瀕死の大型魔物に襲い掛かる。
しかし先ほどと同様に、その力は黒い壁の表面にぶつかった瞬間にあらぬ方向へとはじき返された。
「そんな!」
『ぐがああああ!』
攻撃を受けた大型魔物は、最後の力を振り絞ってアイシャに襲い掛かった。
(まずい! 何か魔法で……でもまた弾かれたら……)
アイシャは生命の危機を感じた。
もしかしたらここまでの切迫した危険は初めてかもしれない。
魔物の腕がアイシャに振り上げられる。
「"魔素封印"!」
その刹那、スヴァーグが魔法を放った。
大型魔物はアイシャに届く直前に、その動きを止めていた。
(スヴァーグの魔法なら有効!?)
良く分からないが、きっと聖女の魔法に特化した対策なのだろう。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。
「やああ!」
アイシャは馬を前に出し、すれ違いざまに持っていた剣で、振り上げられた魔物の腕を斬りつけた。
ぶしゃああ!
血が噴き出す。
しかし、傷は浅い。
「ぬぅえええええい!」
その様子を見てアイシャの逆サイドに駆け込んだ侯爵が、魔物の脇腹に剣を力任せに突き刺した。
『ぐがあああああ!』
苦しそうな咆哮を上げる大型魔物。
しかしまだ致命傷には至っていないようであった。
「……そろそろ限界です! みんな離れて! 一度、術を解除……。」
スヴァーグがそう指示を出した瞬間だった。
ドスン!
大型魔物が横向きに倒れた。
その横たわり方は、ただの転倒などでは無く、明らかに生命の終わりを示唆するような、そんな倒れ方であった。
「え? な、何が……」
距離を取ろうと、魔物から背を向けていたアイシャは、そのあまりの事態に慌てて振り向いた。
そこには、大型魔物の残された方の首を一刀のもとに切断したセリウスがいた。
「剣での戦いならば……私の出番だ」
「セリウス兄さま!」
歓喜の声を上げるアイシャ。
そしてセリウスは己の剣を高らかに上げた。
「見よ! この大型魔物は、フィアローディ聖女軍隊長、セリウス・フィアローディが討ち取った!」
うわあああああああ!
セリウスの声に、兵たちの歓声が上がった。
アイシャもキュオも、そしてスヴァーグも侯爵も、その歓声に加わり、拳を突き上げていた。
戦闘終了後、一行は馬を降り、集合していた。
怪我人はいなかったので、アイシャとスヴァーグはキュオに魔素の回復をして貰いつつ、まずはお互いの戦いを称え合ったが、疑問は尽きなかった。
「コイツはなんなんだ?」
侯爵が、敵の脇腹に突き刺さったままだった剣を回収しつつ口を開く。
「恐らく、魔女シャルヘィスの作り出した魔物だと思う」
過去の記憶や文献から、シャルヘィスは魔素の扱いのエキスパートであることは既に分かっていた。更に言えば、三千体もの魔物を生み出す程の存在である。どう考えても彼女の仕業以外に考えられなかった。
「と、いう事は、やはりこの付近にシャルヘィスはいる、という事になるのだろうか?」
セリウスの言葉に場の空気が重苦しくのしかかる。シャルヘィスはどうこうより、こんな面倒な奴が他にもぞろぞろいては厄介極まりない。一同はそこに意識が向いていた。
「しかし、コイツはなんでこんな状態だったんでしょう? 万全であれば、負けていたかもしれなかったのに……」
(……あっ!)
スヴァーグの言葉に、アイシャは息を飲み、何かを思い出したかのように、横たわる魔物を見下ろしていた首を勢いよく上げた。
(そう、そうだ、まずは確かめなくては!)
「みんな、行きましょう! 急いで!」
アイシャはそれだけを言うと急いで自身の馬に飛び乗った。そしてその様子を見て慌てて駆け寄ったキュオを引っ張り上げると、単騎で森の入口に向かって走り出した。
「ちょっ! アイシャ様!」
「こら、待ちなさい、アイシャ!」
「皆、聖女の後を追え!」
隊列も何もあったものではない。
その白く煌びやかな装いからは想像がつかないほどバタバタと、バラバラに走る騎馬隊たちが、一人走り出した聖女の後を追いかけたのだった。
森の入口につくと、アイシャは馬を降り、森の中に向かって歩き出そうとしていた。
「お、おい、アイシャ!」
「大丈夫です、行きましょう。確かめなくては!」
さすがに窘めようとした侯爵だったが、自身に振り返ることなく即座にそう言い返されては言葉も無かった。
侯爵はセリウスと目を合わせ、お互い僅かに頷くと、剣を抜いた。
「半数はついてこい、半数はここで待て。セリウスとスヴァーグ殿で殿を頼む」
そして部下たちにそう指示を出し、アイシャの後に続いた。
――二十分後。
魔物との遭遇も無く、森の奥へと進み続けた。
歩けば歩くほど、徐々に空気が淀んでいくのが分かった。
(魔物が出るとしたらこの辺なんだけど……)
そう思った瞬間、前方に見慣れた黒い影が見えた。
「アイシャ! あれは魔物か?!」
侯爵が先に気づく。しかし、動く気配は無い。
恐る恐る一行が近づくと、それは既に首を斬り落とされた人型魔物だった。
「既に……死んでいる?」
「……急ぎましょう!」
その死体を見て歩みを早めるアイシャ。
侯爵とキュオは、訳が分からないながらも、それに従うしかなかった。
そして。
あちこちに点在する魔物の死体をわき目に、歩くことおよそ十数分。
少し開けた広場に出た。
そこは地獄のような様相に包まれていた。
いや、地獄を引き起こすはずの元凶たちの無数の死体の山が転がっていたのだ。
寧ろ天国、と呼ぶべきかもしれない。
「う……おいおい……なんだよ、これ」
「す、すげえ……ここまでの道中だけでも五百体は転がってたってのに」
「……どうなってんだよ」
口々に感想を述べる騎士たち。
そこの広場だけでも、三百体以上の魔物の死体が転がっていた。
そして奥に目をやれば、その魔物の死体の道が永遠と続いていた。
全員がその場の状況に絶句しているなか、アイシャだけが森の奥に顔を向けていた。
そして思い切り息を吸い込んだ。
「ルルー!! どこにいるの?! ルルーーーーー!!」
アイシャの声が森にこだまする。しかし、返事は無い。
(大丈夫だよね? 死んだりしてないよね? いや、死んでたらこんなこと出来ないか)
アイシャは心配したが、あのルルの事である。絶対に生きているという自信があった。
「ルルーーーー! ルルーーーーー!」
叫びながら森を進んでいく。しかし見えるのは魔物の死体ばかりである。
既に大型魔物の死体も百体以上通り過ぎた。
しかし、一向にアイシャの呼び声に応える者はいなかった。
「アイシャ、これ以上進むと、帰りには日が落ちてしまうかもしれんぞ」
侯爵がアイシャにそう提言する。
確かに、もう日が落ち始めていた。森が暗くなるのは早い。蓄光灯石のライトを持って来ていない以上、今日の所は引き上げざるを得ない。
「……残念ですが、お父様の仰る通りですね。分かりました、今日は引きかえ……」
今日は引き返して、明日また探索を。
そう言いかけたアイシャだったが、かすかに遠くで声が聞こえた気がした。
それは、男性の叫び声だった。
断末魔とか、悲鳴ではない。
そう、それは、まるで剣を振るう際に出す気合いのような声である。
アイシャはその方角に向かって走り出していた。
声は依然として聞こえる。
おりゃあ、とか、どりゃあ、とか、そんな叫び声だ。
今まさに、戦っているに違いない。
この敵の死体の数。
私達が、のうのうと休息を取ってていた間、ずっと戦ってくれていたのだ、きっと。
そう思ったアイシャは、すでに泣きそうになっていた。
「ふん! おらぁ!」
徐々に声が近づいて来る。もう目の前だ。
そしてついにアイシャはその声の主の元に辿り着いた。
彼は大型魔物と戦っていた。
「"天啓の槍"!」
ごばああああ!
いきなりアイシャによって放たれたその光の槍に当たったその大型魔物は、叫び声をあげて砕け散り霧散した。
そして突然起こったその現象に、少し驚いてあっけに取られていた彼が、ゆっくりとアイシャの方に振り向いた。
そして、返り血にまみれて真っ黒になりながらも、いつも通りのニヒルな笑いを浮かべつつ、口を開いた。
「よう、アイシャ。相変わらず聖女様だな」
「うぅぅ……ルルーーー!!!」
目に涙を浮かべながら、アイシャは、一年とちょっとぶりに再会を果たしたルレーフェ・ハーズワートの胸に飛び込んだのだった。
(第39話 『凱旋 その3』へつづく)
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