第10話 偽りの魔法 その2
武器を集めた後、少し離れて観察をしてみた結果。
おおよそ、この大型のトカゲちゃんの攻撃パターンが分かって来た。
初手の喉への一撃が相当なダメージだったらしく、動きがかなり遅くなっていたが、それでも油断は禁物である。
ここで死んで、もう一回赤ん坊からやり直しなんて、正直勘弁である。有り体に言っても待ち疲れがヤバイ。
今回だって、何度赤ん坊の時分に「ここは『一億年ボタン』の世界か?」と考えた事か。せっかくここまで大きくなったのに、本クエストに入る前に死に続けては、もう変な方向に悟りを開いてしまう。
ともかく、コイツの危険な攻撃は爪と尻尾だ。
爪は真正面に入らなければくらうことは無いと思っていたが、たまに90度くらいまでなら、ぐるっと回転しながら薙ぎ払ってくるパターンも見せた。くらえば致死量のダメージは免れない。つまり真横も危険地帯である。
そして、こいつの長い尻尾は、もう無限軌道である。顔の前以外の270度くらいまでゆうにカバーしても余りある。
つまるところ、完全に死角無しである。
うーん、どうしようか。
ゲームなんかでは、うおおっーと突っ込んで行って、相手が攻撃モーションに入ったら、盾でガード、あるいは回避アクションの無敵時間を使って避ける、みたいなことになるのだろう。
しかし、実際にこういうのに相対してみると、そう簡単にはいかないのが身に沁みてわかる。
実際の戦いには、HPみたいなご都合主義設定は無いのだ。どんなに鍛えても、どんなに体格が良くても、当たりどころが悪ければ即死。そういうものである。
悩んだ末に俺は、ヤツの尻尾のリーチを縮めていく作戦を取った。
丸まっている時は危険なので、ヤツの尻尾が伸び切った状態になった時に、そっと尻尾の先端に近寄り、先っぽの一メートルくらいを一気に切断する。
当然、敵は暴れるので、距離を置き、落ち着くまで様子を見る。ついでに横にいた獣型の魔物をさくっと八つ裂きにする。
再び近寄り、また先端の1メートル分を斬りつける。さすがに今度は太くて、一回では切り落とせなかったが、同じように二度、三度と繰り返して、尻尾を切断する。途中からは鍬の方が早そうだったので、こちらも用途に応じて獲物を変えた。
地味? しょうがないだろ! 9歳児じゃ、こちとら!
リアルなゲリラ戦なんてこんなもんだろ!
そしてついに、ヤツの尻尾を、ほとんど攻撃の手段としては機能しないくらいの短さにまで切り落とすことに成功した。
「部位破壊、完了!」
テンションが上がってそう口にしたが、転がっている奴の尻尾から素材を剥ぎ取る気にはならなかった。
もうこうなればこっちのものである。奴が回転しようにも、こちらも回転して、ずっと真後ろの位置をキープする。そして、後ろ足の腱を狙って……。
ひたすら斬る、斬る、斬る、刺す、刺す、斬る。
しばらくして、ようやくこいつの後ろ左足が機能しなくなった。もう回転はおろか、まともに動くことさえできない。つまり、いま敵の左サイドは完全に安地!
そして俺は、獲物を槍に持ち替え、思い切り助走をつけて、トカゲの心臓にそいつを突き立てた。
ぶじゃあああ!
真っ黒な血が、槍を突き立てた傷から勢い良く噴き出す。
「ごがああああああ!!!」
そしてトカゲは一度大きく叫び声をあげると、そのまま動かなくなった。
ふぅ。
「敵将、討ち取ったりー!」
俺は、拳を空に突き上げて、そう叫んだ。
……いや、なんとなく。
人間とは、一人でいると、不可解な行動を取ってしまうものだなあ。
にしても結構時間がかかった。やはり、成長と、それに応じた筋肉トレーニングは必須だな。
ついでに言えば、この戦闘スタイルだと、今後の対魔物戦は、両手剣の方が良さそうである。いずれは、どこかで切れ味の良いバスタードソードを仕入れなくてはいけないな。
俺はそんな事を考えながら、残った畑仕事……ではなく、小型魔物の討伐に着手するのであった。
******
「もうすぐだ! 急げ!」
「「はい!」」
全速力で馬を飛ばし続けたヴェローニとその一行は、ついに、ラピラの村の目前まで達しようとしていた。
「隊長! あれを!」
「ん? 全軍止まれ!」
隊員の一人が、何かを見つけ、ヴェローニは停止の指示を出す。
そこには、手綱を木の枝に括られた、一頭の馬がいた。
「これは、ルルの馬だ」
「そんな……坊ちゃん……。魔物に食われてしまったんでしょうか」
騎士隊の一人が絶望的な表情でそう呟く。
しかし、ヴェローニはそうは思わなかった。
(きちんと結ばれて、馬が固定されている。つまり、これはルルがやったことだろう。ルルはここに馬を置いて、歩きで村に向かったに違いない)
ヴェローニはそう思ったが、それでも、その先の絶望的な展開の事を考えれば、今の騎士の言葉を否定できる根拠は何も無かった。
「と、ともかく、行くぞ!」
ヴェローニはルレーフェの馬をそこに置いたまま、再び馬を走らせるのであった。
――5分後。
ヴェローニとその一行が、ラピラの村の入口に到着した。
「な……なんだ……これは……」
その光景を見たヴェローニは、自分の目を疑った。
村の至るところに転がっている、小型魔物の死骸。動物型は首を切り落とされており、二足歩行型は、足と首を切り落とされている。
「う、うわあ、この魔物、みんな死んでんのか?」
「す、すげえ、三十体はいるぞ」
慎重に村の中を進むが、左右に転がっている死屍累々の有様を見て、皆、思わず言葉を漏らしていた。
「あ……」
そして、村の中心の広場に到着したその時。
ヴェローニとその一行は、信じられないものを見た。
無数に転がっている、小型魔物の死骸。入口付近の比ではない。下手をすれば百体くらいはいるかもしれない。
その中心にある、剣や槍が突き立てられた、巨大な塊。
そして……。
その傍らで、返り血を浴びて真っ黒に染まった少年が座り込んでいた。
「ル……ルル?」
そう声を掛けたヴェローニに、少年は顔を上げて振り向くと、立ち上がって言った。
「あ、兄上。少々手こずりましたが、終わりました」
状況的に見て、あの置き手紙の通り、ルルは一人で、百体以上の魔物と、この大型魔物を倒したのだろう。
ヴェローニはそう思った。
しかし、状況的に見た事実が、あまりに常識からかけ離れていたため、ヴェローニは勿論、他の騎士たちにも、その事実を受け入れることは出来なかった。
あ、あり得ない。こんなことは、どう考えても。
小型一体を倒すのだって、下手をすれば数人掛かりだ。小型が十体以上で襲ってくれば、もう一個小隊でなければ対処できない。それでも無傷で倒すことは不可能だろう。
それを、僅か9歳の少年が、これだけの敵を、たった一人で倒すことなど、いくら奇跡の神童とはいえ不可能だった。
いや、たった一つの可能性を除いては。
そして、きっとそれは真実なのだろう。
なぜならば、この不可解な現象を説明できる可能性は、それしか残されていないのだから。
心の中で、考えを巡らしたヴェローニは、その一つの結論を導き出したのであった。
『ルレーフェはきっと魔法使いなのだ』と。
******
俺の言葉を聞いて、ポカンと口を開けている騎士隊のみんな。
まあ、そりゃそうだろう。
状況的に見れば、俺一人で、『百体以上の小型と、一体の大型を殺った』という光景にしか見えないのだから。
いや、事実そうなんだけどさ。
「ルル、無事で良かった」
しかし、兄ヴェローニは、初めこそ顎が外れそうなほどに驚愕の表情を浮かべていたが、冷静さを取り戻して、俺にそう話しかけて来た。
(さすがは兄上。多分、行きついたに違いない。その可能性に)
でないと、兄上のその冷静な発言は、説明がつかなかった。
「ルル、その、これは、その、お前がやったのだな?」
「はい」
「ひ、一人でか?」
「はい」
「……」
後ろでざわついている騎士の面々とは対照的に、顎に手を当てて考え込む兄上。うん。想定通り。大丈夫そうだ。
ちょうどその時である。村の奥、遥か前方から、小型魔物がやってくるのが見えた。
四体、いや五体か。
これは、ちょうどいい。
「兄上、小型が五体、村に入ってきました」
「なに!? ……確かに、そのようだな」
本来であれば兄上は、是が非でも「ルル、お前は下がれ! 我々が殲滅する!」というはずである。しかし、その言葉が出てこない。そして兄上は、わずかに逡巡した後、俺を見て言った。
「ルル、どうすれば良い?」
うんうん、さすがは兄上だ。
「僕が行きます。皆は広場の端まで下がって、奴らの視界に入らないように」
「「ええ?!」」
その言葉に騎士隊のみんなは驚いたが、兄上は努めて冷静に、俺の言葉を承諾した。
「分かった。皆、広場の端まで下がれ」
奴らの嗅覚的には、あと五十メートルほど近づかれれば気づかれてしまうだろう。しかし、ここでみんなを広場の端まで下げれば、恐らく広場の入口まで接近されても気づかれはしないだろう。
あとは、じっくりと兄上に目撃してもらうだけである。
おっと、その前に。
「兄上、剣をお借りします。もう全部ボロボロになってしまって」
「あ、ああ」
そう言って、兄上は俺に剣を差し出す。俺は鞘を取らずに柄を握ると、そのまま引き抜いた。
そして、その剣を両手で掴み、いったん頭上に高く掲げると、額の前まで祈るように降ろした。
(さあ、ここだ、恥ずかしがらずに行くぞ!)
俺は、ヴァルクリスの幼少時代の黒歴史を一瞬思い出したが、その記憶を頭から瞬時にかき消した。
「魔法の呪文、"不可視の魂"!!」
俺はそう叫ぶと、何も起こらないのも気にせずに悠然と魔物に向かって歩き出した。
俺の呪文のような言葉を聞いた兄上はやはりといった表情で、騎士隊の皆も何かを悟ったように、音もたてずにその光景を見守っていた。
そして、俺は魔物五体の前に悠然と近寄り、
バシュッ! バシュッ! ドシュッ!
あっさりと三体の魔物の首を切り落とした。
(ヤバイ! めっちゃ切れ味が良い! この剣なら、あんなに苦労しなかったのに!)
俺は、そんな俺の内心をおくびにも出さず、あっさりと、全ての魔物を葬った。そして、同じように悠然と歩いて兄上の元に戻ると剣を返した。
「ありがとうございました、兄上。助かりました」
俺から剣を受け取った兄上は、それを無言で受けとり、鞘に戻そうとした。
カッカッ、カンカンカッ、カカカッ。
剣が鞘に上手く入らない。どうやらプルプル震えているようだ。
(お、おう、どうした、兄上??)
その表情は、何と言うか、微妙だった。
怒っている様にも見える、感激している様にも、悲しんでいるようにも見える。
そう、正に、微妙なのだ。
「あ、あの……兄上?」
そして俺がそう声を掛けた瞬間。
兄上が、俺に跪いた。
うおお!? どしたどした?
「聖女様と共に戦いに赴かれる定めを受けし救世主、魔法使いルレーフェ・ハーズワート様。我らが領地に産まれて下さったこと、感謝の念に堪えませぬ! これより我らハーズワート領主軍一同、あなた様に忠誠を誓うとともに、あなた様の指揮下に入り、指示に従う事をお約束いたします!」
「うおおおおお!!」
「ルレーフェ様!」
「ルレーフェ様!」
「魔法使い様、万歳!」
「ハーズワート公爵家、万歳!」
う……。
いやいや、確かにさ。
兄上に「俺が魔法使いである」と誤解させるのが目的だったけどさ。
こんな感じになるのは、ちょっと想定外なんですけど。
「あ、あの兄上……そういうのはちょっと」
「いえ!」
「い、いや、だからね、兄上」
「いえ!」
「いつも通りでお願いしたい……」
「いえ!」
ブチッ!
結局。
公爵家嫡男でもある実の兄を、グーで殴って元通りにさせたのだった。
まあ、上手く目的を果たせたし、成果は上々って事で。
ひとまず良しとしよう。
(第11話『偽りの魔法 その3』へつづく)
毎日正午に投稿致します!
明日もお楽しみに!




