第8話 計画の始まり
翌日。
いやはや、父上の説得には随分と骨が折れたさ。
昨日の提案を父上に奏上したところ、いきなり大声で怒鳴られた。
「ルレーフェ! お前ほどの男が、最前線がどれだけ危険なのか理解できない訳あるまい! それにお前はまだ9歳。お前が行ったところで一体何が出来ると言うのだ!?」
「いえ、父上。私は剣の腕は、騎士隊の誰にも引けを取りません。それに、どうしても現地に赴いて確認しておきたいことがありますので、どうかご許可を」
「ええい、ならぬ! お前は我がハーズワート家の宝なのだ。おいそれと失う訳にはいかん!」
をを! 三国志や戦国モノ以外で「ええい、ならぬ!」って言う人初めて見た。
いや、そんな事に感心している場合ではない。
「父上、ハーズワート公爵領が魔物に滅ぼされるかどうか。それは兄上と共に私が同行するかどうかにかかっていると言っても過言ではありません」
「な……何を申しておるのだ、お前は……。ならばその理由を申せ。それ次第では、お前を同行させないでもない」
「……いえ、まだ確信には至っておりません。しかし、戻りました暁には、私が向かった理由を全てお話しすることをお約束いたします」
「う……ぐぬぬ」
をを、今度は「ぐぬぬ」が出た。どうもこの世界の第二の父上は、猛将系のキャラクターらしい。
いや、公爵様っすよね?
ともあれ、ちょっと脅迫じみていて申し訳なかったが、ここまで言われれば、さすがの父上も無下に却下は出来ない様であった。
「父上、ルルにはルルの考えがあっての事。きっと私共には想像もつかない妙案があるのでしょう。私が、しかとこの弟を守ります故、どうかお許しを頂けませんでしょうか?」
「確かに、私も幼いころからルレーフェ様の事を見て参りましたが、宰相である私の考えなどを遥かに凌駕するほどの提案をされることもしばしば。奇跡の神童であるルレーフェ様を信じてみてはいかがでしょうか」
ヴェローニの意見に、我が公爵家宰相のベガーテが同意した。それが鶴の一声となり、さすがの父上も折れたのであった。
「父上も心配されているのだ。気を悪くするなよ」
「ええ、分かっておりますよ、兄上」
部屋の外でそう釘を刺したヴェローニに、俺はにっこりと笑って答えた。
状況的に、このままでは、ハーズワート公爵領が魔物に滅ぼされるのは時間の問題である。大型魔物とやらは、6メートル級の化け物らしい。そんなのに領都にまで到達されたらまずここは壊滅だ。
幸い大型の動きはそこまで早いわけでは無く、侵攻のスピードはゆっくりとしたものだった。
しかし、一個小隊程度で挑んでもあっさり全滅させられるし、発見されればその瞬間だけは全速力で襲ってくる。公爵領としては、ゆっくりと近づいてくる破滅の時をただただ待つしかない状況であった。
そう、俺がいなければ。
女神ベル様は「慎重に」と言った。その後の言葉も含めると恐らくは、「正体と目的を誰にもバラすな」というつもりだったのだろう。
そして、それをしくじればどうもこの俺にもゲームオーバーの可能性はあるようだ。
異世界人の魂が紛れ込んでいるのがバレれば、そこから「この世界のルールの穴」つまり、「|異世界人による元凶絶ち《ルールブレイキング》」に気づかれる恐れがある、という事だと、ひとまず解釈した。
フェリエラに殺られた時、出任せに「魔物の生まれ変わり」とか言っておいて良かった。
そんな訳で、俺の作戦の開始は、あくまでも二番手以降に、と考えていた。
そうつまり、この世界のどこかで、『魔法使い或いは聖女が誕生したらしい』と確認したタイミング、と言う訳だ。そうすれば、|もし俺が魔法使いの力に目覚めても《▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪》、タイミング的には怪しくはあるまい。
ロビリアは守れなかったが、ラピラの村の人たちの命はなんとか守れそうで安心した。
「そうだ、兄上。公爵邸の倉庫にある、切れ味を整えたショートソードを、数本分けて頂きたい」
兄上は俺のその意味不明な申し出に、ただただ黙って頷くしかなかった。
――翌日。
俺は馬に跨り、騎士隊を十名ほど引き連れ、兄上とその先頭に並んで、公爵邸を後にしようとしていた。
「それでは行ってまいります、父上」
「行ってまいります」
「うむ。気を付けるのだぞ。ヴェローニ、ルレーフェをよろしく頼む」
きっと、言っている本人も、何に気をつけて、何をよろしくするのか、良く分かってないんだろうな。
父上の微妙な表情を見て、俺はなんとなくそう思った。
「おおい! 兄上、ルル、これは一体どういう訳だ!? なんでルルまで一緒にラピラに行くことになってるんだよ!?」
その時、屋敷からダッシュで近づいてくる影が、こちらに向かって大声を張り上げた。
次兄のイェルゴである。
「うーん、一体どういう訳なんでしょうね、父上」
「うむ、どういう訳なんだろうな、ヴェローニ」
二人してそうなことを言いながら、俺をジト目で見る。
いや、だからすんませんって。帰ったらちゃんと話すからさ。
「ルル、またお前が、父上や兄上たちに何か吹き込んだのか?!」
くそっ、イェルゴのくせに、反論できないほどの正解を口にしやがって。
「イェルゴ兄さま、父上と母上をよろしくお願いいたしますね。兄さまに任せられるならば、私も安心です。私が同行することになった経緯は、父上よりお聞きください」
「ん……よ、良く分からんが、俺に任せておけ。分かった、父上に聞けばいいんだな? ともかく、気をつけろよ」
うん、馬鹿で助かった。
俺はちらりとヴェローニを見た。聡明な兄は、俺の「コイツはめんどくせぇからとっとと行きましょう」というこの視線を、苦笑しながらも理解してくれたようであった。
「では、出立! はーっ!」
こうして俺と兄上は、ラピラの村を目指して、公爵邸を後にした。
休ませつつ馬を走らせて、丸二日。
我々一行は、ラピラの村の一つ手前のイストワートの町までたどり着いた。そういや今気づいたけど、ハーズワートの東、という意味だろうか?
ともあれ、ここまでくれば、ラピラの村は目と鼻の先。十名程度の行軍ならば三時間。単騎で飛ばせばその半分程度で辿り着くだろう。しかし、今は夕方過ぎ、馬も疲れているし、深夜に魔物に遭遇する危険を考えれば、ラピラの村まで強行するのは得策では無かった。
今回の兄上たちの任務は、あくまでも村の防衛状況の確認と、騎士隊の人員の補充や交代なので、戦闘ではない。しかし、いつ戦闘になってもおかしくない状況であることは間違いないため、無駄に危険を冒す必要は無かった。
「よし、今日はここで宿を取る。明朝出発し、ラピラの村に入る」
うん、さすが兄上。堅実で結構である。
「イストワートには、『ディオラテーモイ』があるみたいだな。これは助かる。お前も行ってくると良い」
「本当ですか?! 兄上!」
ヴェローニの言葉に、俺はついつい声を上げてしまった。
『ラテーモイ』とは、まあ、風呂のことだ。
つまり『ディオラテーモイ』と言うのは公衆浴場のことだ。
ガスも生活魔法も無い世界ではあるが、そこは流石に、このラルアーの設定。火をつけて置くだけで、大量のお湯を沸かす鉄窯の装置がある。それを、温度を見てつど適量を湯船に流し込むシステムがあった。もちろん貴族の家にも常備されている。ここのはその大きい版だ。
ただ、決して安くは無い。大体銀貨三枚。一回三千円、ってところだ。
水や薪の備蓄や、鍵付きロッカーが無い代わりに配置されている荷物の警備員の人件費も考えれば、まあ、妥当なラインかもしれない。
そうそう、この世界の着火具も、ライター程の物は無いが、品質の悪いマッチみたいな物は大量に作られている。なので、火魔法は無くとも、着火に困ることは無かった。
うんうん。ホントに上手く創られている世界である。
結局、行軍で疲れていた俺たちは全員、風呂に行き、疲れを癒した。
領主軍騎士隊の貸し切りみたいになってしまったが、その分、兄上が店主や警備員にチップをはずんでいたので、ウィンウィンだろう。
いやあ、にしても、風呂って奴はどうしてこうも最高なんだろうね。たまらん!
結局、酒も飲めない俺は、風呂上りに、さっさと食事を済ませ宿に戻ると、サクッと寝入ってしまった。
いや多分、19時前だぜ。風呂の破壊力は偉大だった。
……。
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
んだよ、うるせえなあ。
ぼんやりとした頭を起こしながら俺は思った。
外は暗い。しかし、人の声や気配の多さなどの外の雰囲気から何となく察するに、まだ深夜ではないはずだ。体感的には恐らく22時くらいか?
窓から外を見る。
いつにもまして、蓄光灯石のライトが多い。まるで祭りの夜の様だ。
(なんかあったのか?)
「ルル! ルル! 起きろ!?」
「あ、はい、兄上? どうしたのですか?」
俺は、あの音の原因が、ドアを叩いていたヴェローニだと分かり、すぐに鍵を開けた。するとやはり、ヴェローニが慌てて飛び込んできた。兄はどう考えても、「何か大変なことが起こった」以外に想像もつかないような顔をしていた。
「ルル、大変だ!」
うん、でしょうな。
ついつい突っ込んでしまった。
「なにかあったのですか? 兄上」
一応真剣な表情で聞き返す。
「ラピラの村に、大型魔物が現れたらしい。今日の夕方くらいだ。騎士隊は応戦したが歯が立たず撤退したようだ。しかし、その甲斐もあってなんとか村の人たちはほとんどがここまで逃げてこられたようだ」
「なんですって? では、村はもう……」
「ああ、壊滅だ。今は大型魔物がうろうろしているだろう」
つまり、我々がラピラの村に行く必要は無くなった。たった今、ここが最前線になったのだから。ヴェローニの仕事は、すぐに公爵邸に早馬を飛ばし、ここで生き残った騎士隊の皆を編成し、街の皆と協力して防御壁や堀を作り……。やることは山積みだった。
「兄上、了解いたしました。どうぞ、ご自身のお仕事にお戻り下さい。手伝いたいところですが、私は少し考えたいことがありますので」
「ああ、大丈夫だ。もともとお前の仕事では無いからな。それに、奴らの進軍速度では、すぐにここまで来ることは無いだろう。ルルは、今日はゆっくり休んでくれ」
緊張しこわばった表情を何とか隠しながら、弟に不安な気持ちを抱かせないようにと必死に笑顔を作ってヴェローニはそう言い、部屋から早足で出て行った。そして、街の中心にある広場に戻って行った。
いやはや、そういう展開か。
思ったよりも頭はスッキリしている。先に眠っておいて正解だったようだ。
「さて、と。では行きますか」
俺はすぐに机に向かい、兄に宛ててささっと手紙を書くと、持参したショートソードを四本抱えて、部屋を出た。そして、隣の兄の部屋に行き、先ほど書いた手紙を、床のど真ん中の目立つところに置いた。
風で飛んでしまわないように、その上に蓄光灯石を一つ、重し代わりに乗せておく。これで問題あるまい。
「さてと、誰にも見つからないようにしなきゃな」
さすがに宿の店主は入口にいるだろうから、裏口からこっそり出る。
すると宿の外には人通りはほとんど居なかった。起きている人は皆、中心部の広場に集まっている様だった。
俺が、誰にも見られることなく、宿の裏手につないである馬を出し、町を脱出するのは容易かった。
「さて、悪いが、付き合ってくれるか?」
俺は、僅か二日間の自分の相棒にそう告げると、彼は小さくいななき、そして東に向かって走り出した。
滅びたばかりのラピラの村は、目と鼻の先だった。
(第9話『偽りの魔法 その1』へつづく)
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