第23話 ミュー・ラピスラズリ その3
決勝の相手は、栗毛色の髪を後ろで束ねた若い男だった。と言っても、精神年齢おっさんの俺から見たら若い、ってだけで、今の俺やミューよりも年上だろう。恐らく二十代後半ってところか。
ちなみに、俺は彼を知っていた。いや、軽く話しかけられたことがある、くらいだが。
確か名前は、フッツァ、だったか?
彼はパリアペート男爵領のとある町で、傭兵団に所属している男だった。確か副団長だったか?
『傭兵団』というと、この世界では聞きなれない単語だが、魔王の復活前になると、それに備えて、傭兵団を組織する者が、どこの領地にも現れるようであった。まあ、魔王復活後に魔物を退治してお金をもらう、腕自慢達の集まり、ってところだ。
つまり、基本的にこの世界の傭兵にとっての敵は魔物。人同士の戦争に加担することは無いので、人助け屋、と言っても良い、ある意味貴重な存在でもあった。
まあ、ほとんどは聖女博物館で見た記述からの抜粋だけどね。
で、俺が彼とどこで話したか、というと、ヒューリアの成人のお披露目でだ。
傭兵団の団長は顔も広く、魔王復活前に、男爵と何度も戦力貸出しの打ち合わせなどを重ねており、男爵とも知己の仲であった。その縁で、団長と副団長がヒューリアのお披露目に参加しており、その際に、話しかけられたのだ。内容は特に大したことは無い。「いつか手合わせをお願いします」的な感じだったと思う。
「ぐぬぐあぁぁ……」
なんだ?
隣から、この世の終わりみたいな声が聞こえる。
声の方を見ると、エフィリアが、まるでこの世の終わりのような表情でぷるぷるしていた。こんな表情のエフィリアは見たことが無い。
(なんだ!? この世、終わるのか?!)
いや、この世の終わりのような表情をしたエフィリアが、この世の終わりのような呻き声を上げているからといって、この世が終わると決まったわけじゃない。なんだ、この政治家の答弁みたいな感想は。
「エファ、どうした?」
「兄上様、大変です。やばいかも知れません」
だから、やばい、とか言うな。天使なんだから。
「だからどうした」
「ミューの対戦相手の彼、ヒューリア様のお披露目に居た方です」
「ああ、フッツァだろ? 俺も話しかけられたからな、覚えているよ」
それの何が問題なのだろう。
「ミューに結婚を申し込んだ一人です」
「……え?」
ミューの対戦相手が、彼女に結婚を申し込んだ男。そして、エフィリアのこの焦りよう。
きたーん、読めたぞ。
いや、間違った。
ははーん、読めたぞ。
エフィリアは、ミューに結婚を申し込んできた男たちの中に、大会に出場する気骨のある人間なんかいないと見越して、結婚の条件に「ミューより強い事」みたいな条件を提示したに違いない。もちろん、あのお披露目の場では受付だけして、その返事として、この大会の少し前に大会の招待状を送付し、合わせてそこに、そう言った文言を記載したのだろう。
「ああ、もしもミューが負けちゃったら、めんどくせー事に……」
めんどくせーて……。
珍しくエフィリアが頭を抱えていた。さすがのエフィリアも、ミューの事となると慌てるようだった。いや、マジで珍しいんだから。
「いや、でも逆に問題なさそうだぞ、エファ」
「え?」
俺はそう言うとミューの方を指さした。
フッツァが何かミューに話しかけている。しばらくその内容を聞いていたミューだったがニッコリと微笑み、体を翻してフッツァと距離を取った。そして、槍を思い切り頭の上で数回転させた後、ビシッと構えを取った。
この距離からでも分かる。その姿はこう語っていた。
(絶対に、負・け・ら・れ・な・い!!!)
「うおお、なんかすげえ気合い入ってんなぁ、ミュー!」
ロヴェルにも伝わるのだから、本物である。
「始めっ!」
決勝戦の火ぶたが切って落とされた。
「ふっ!」
その瞬間、目にもとまらぬ速さで、ミューが槍を何度も繰り出す。
殆どの人間がこの連続突きに反応できず、あっさりと敗れて行ったのだが、フッツァはそれを何とか凌ぎ、後ろに下がった。
(やはり、早いな)
実際に見ていたよりもその突きは、フッツァには早く感じた。なるほどさすがに決勝戦。余程気合が入っている様だ。
その最後の気合をぶっこんだのが、まさか試合前の自分の口説き文句だったとは、フッツァは思いもよらなかった。
(次の突きをいなし、手元に戻す前にカウンターを入れれば、勝機はある!)
ミューの突きを躱したフッツァは瞬時に考えた。
(しかし、彼女の突きを槍ではじけば、自分の槍の攻撃も間に合わない。ならば!)
フッツァは、自分の槍を、体の右側に右手だけで引き、そして左手を槍の上に添える。右利きの彼からすれば、逆手の構えである。
ミューが間合いを詰める。そして、フッツァの膝や胸を狙って突きが繰り出された。
「くっ! 早っ!」
しかし、フッツァは繰り出された三回の突きを何とか躱す。
そして繰り出された四回目の突き。
それはフッツァの首元を狙っていた。
(来た! ここだ!)
フッツァは、槍に添えていただけの左手で、ミューの槍の穂先を、裏拳の要領で、力任せに籠手ではじき飛ばした。さすがにミューの槍が大きく斜め上へと弾かれた。
フッツァの槍は、右手で後ろに引かれている。突き出す準備は万全であった。
(よし! 貰った!)
「ああ!」
「ヤバイ!」
ロヴェルとヒューリアが同時に悲痛な声を上げる。
ああ、こんな展開、あったなー、前に。
俺は、のんきにそんな事を考えていた。
ミューはね、回りだしてからが強いんだよ。
フッツァが槍を突き出す。その槍が、ミューの心臓部分に食い込む。
……はずだった。
その遥か前に、フッツァは、もの凄いスピードで回転してきたミューの槍の石突きにアッパーカットを食らっていた。
(ゴフッ!?)
フッツァの意識が一瞬ブラックアウトする。
そのままミューは回転しながら、槍を持っていたフッツァの片手を打ち、そして相手の槍を力任せに下に打ち落とした。フッツァが気づいたころには、ミューの槍の穂先は、槍を落とした自分の首筋にぴたりと止まっていた。
「……ま、まいった」
うわあああああ!!
大歓声が上がる。
ミューが、優勝を決めた瞬間だった。
「それまで! 優勝は、ミュー・ラピスラズリ!」
隣で、エフィリアが安心したように息を吐いた。いやあ良かった良かった。
それにしても、ミューの攻撃は変幻自在の軌道である。
昔、彼女に、「ミューの弱点は、相手に槍を掴まれる事だ。だから槍を止めるな。そして掴まれる暇など与えずに倒してしまえ」とアドバイスしたことがあったが、まさかここまで進化するとは思わなかった。
「なんと大会初の女性の優勝者! カートライア辺境伯家自慢の家臣! 『疾風の戦乙女』ミュー・ラピスラズリに大きな拍手を!!」
わああああああああ!!!!
「『疾風の戦乙女』!」
「ミュー! おめでとう!」
「さすがは『疾風の戦乙女』だ!」
「いや、あれは正に旋風だ! 『旋風の戦乙女だ!』」
いや、どっちでも良いわ。
ってか、そんな、ボーナス確定まで子役ナビしてくれそうな名前で呼ぶな。
もうずいぶんと地球の事を思い出す事も少なくなってきたけど、こういう時に思う。
断言しよう。
自分の恋人や、将来の嫁が、「疾風」だか「旋風」だか、そんな恥ずかしい二つ名を持っている日本人(の魂)は、古今東西、俺一人だけだと。
なんなんだ? ファンタジー異世界の住人は、すぐに戦う女の子を『戦乙女』と呼びたがる病気にでも罹ってんのか?
……まあ、いっか。
別に本人も嫌がってはいないようだし。この世界ではそんなに痛い名前でも無いようだし。
ライトニングの姫巫女様、とどっちがキツイかな?
ようやく、満面の笑みで、嬉しそうに俺に手を振っている彼女に、微笑みつつ手を振り返しながら、俺はそんな事を思った。
――その夜。
アーテマの街の領主滞在用の屋敷にて、祝勝会が行われた。
主賓はロヴェルとミューである。
二人とも大勢の人たちに囲まれていた。
「これはもう、認めざるを得んな」
ふと、そう声を掛けられて振り返る。そこには、父ラルゴスがワイングラスを片手に立っていた。
「父上、何をでございますか?」
「はぐらかさんでもいい、ミューの事だ。お前は、ミューを妻に娶るために、あれこれと暗躍していたのだろう?」
さすがにもうバレていたか。いつぞやの父の「家臣に取り立てて騎士爵でも授かれば話は別」と言う発言は、やはり俺へのエールだったのかもしれない。
「はい、やはりお分かりでしたか」
「ああ」
父上は、微笑みながら、様々な人達に囲まれているミューを見た。
「ラルアー大陸中を探しても、あれ以上にお前に尽くし、お前を支え、そして優秀な娘はおるまい。もはや、貴族の血など考えるのも馬鹿らしいほどにな。私としても、あの娘にカートライト家以外に嫁がれたら困る。障害は多かったが、幸い、あの子の名声はこの地に知れ渡った。お前たちの画策のおかげでな」
いえ、ほとんどエフィリアの力ですけど。
「後は、最後の一押しとなるきっかけだけだな。なに、ここからは私も協力しよう」
「はい、ありがとうございます、父上!」
父上は、満足そうに微笑むと、子爵と男爵たちの輪に戻って行った。
やった! これで俺とミューの結婚はほぼ約束されたようなものだ。
前世では経験できなかったが、全ての障害を跳ね除け、愛する人と結ばれる。それがこれほどまでに高揚感と幸福感に包まれるとは思いもよらなかった。
俺も、ミューたちの輪に加わる事にした。
まあ、このことは、カートライアの屋敷に戻ってから伝える方が良さそうだけど。
「ああ、ヴァルクリス様、今回は相まみえる事叶わず、痛恨の極みにございます」
俺を見つけたダルーソンに、仰々しく言われた。いや、向こうも礼を尽くしてくれているわけだから、呼び捨ては無いか。ダルーソン殿、で。
「我が盟友も、なかなかのものでしょう。ダルーソン殿」
「はい、相手を侮って負けている様では、私もまだまだの様です。ロヴェル様にはそれを教わりました」
いや、ほんと、真っ直ぐな良い奴なんだよな、こいつ。
それに、油断さえしなければ、ロヴェルよりも確実に強いと思う。こりゃあ、ロヴェルも次回はそうそううまくはいかないぞ。
更に向こうでは、フッツァがミューに、「次回こそは必ず」なんて息巻いている。言ってもフッツァも腕利きの傭兵だ。負けたのにしつこく付きまとったりはしないだろう。良いお友達になってくれそうな雰囲気で良かった。
まあ、なんにせよ……次回があれば、の話だけどな。
今は、前回魔王が討伐されてから50年目の年だ。ヒューリアに言わせれば『魔王復活予定年』だ。いつ魔王が復活してもおかしくは無いわけで。
……しかしあれだな。
ダルーソン殿も、フッツァもだけど、正直かなり手練れの部類である。ロヴェルもかなり腕を上げた。
もしも、魔王が復活して、魔物の侵攻をある程度抑えることが出来たとして、反撃に転じる隙が出来たとしたら。
俺、ミュー、ロヴェル、ダルーソン殿、フッツァとその傭兵団の選りすぐり。
そのパーティーで、魔王を狩れないだろうか。
聖女の出現など待たずに。
いや寧ろ、それを為すべきなのではないだろうか。仮にも俺は、女神ベル様に選ばれた救世主なのだから。
そう思った俺は、ひそかに、ダルーソン殿とフッツァに話を持ち掛けた。一応、仮にそういう事になったら、という体ではあるが。
二人とも、「もしもそのようなパーティーを組むのであれば、相手にとって不足は無い」と快諾してくれた。
まあ、フッツァは、ミューとパーティーを組めるのが嬉しいようであったが。
これは、何と言うか、ピースが揃いつつあるのではないか。
そんな気がしていた。
仮に、聖女のパーティーに加われたとしても、きっとその時はもう俺は三十代だ。魔法も使えない俺が、魔王にとどめを刺せる可能性の方が薄い。
俺にとっては、魔王を聖女に倒されてしまっても、ミッション失敗なのだ。
であれば、聖女の出現の前に、魔王を殺って、ルールブレイクする。
よし、次の目標は見えた。
俺は、新たに出来た手練れの仲間たちと、親交を深め、次なる一歩を踏み出したのだった。
******
そして……しばしの時は経ち。
年末となった。
ミューが三領地合同の剣術大会、槍の部で優勝を果たしたその年、王国歴742年。
その年も無事、今日をもって、何事もなく終わろうとしていた。
うん、平和で何より。
来年は、王国歴743年か……。
あとわずか数分で、魔王が前回倒されてから……。
51年目に突入することとなった。
……あ、あれ?
(第24話『50年ルールの真偽』へつづく)
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明日もお楽しみに!




