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第21話 ミュー・ラピスラズリ その1

 剣の部の試合の後、俺たちは、子爵が用意してくれた、アーテマの街にある一件の屋敷に移動した。まあ、カートライア家、リングブリム家、パリアペート家の三家の関係者用の宿舎、と言ったところだ。

 一般の宿は、三領地の領民や、この日の為に他地方からきた旅行者でいっぱいなので、さすがに部屋を抑える訳にはいかなかった。


 ちなみに子爵は、この大会が始まって以降に建てられた、パーティーホールつきの別荘に滞在している。贅沢に聞こえるかもしれないが、他領地の貴族から、優勝者や準優勝者、観戦に来たお偉いさんなどを招いての祝勝会を開かなくてはならないため、そこの建設は必要不可欠事項だった。

 もちろんオフシーズンには、商人の催す会合や展示会など、諸々の用途に貸し出しているので、不満が上がることは無かった。

 


「それで、明日、お前らはどうするんだ? 今回はリングブリムでの開催だから俺と、婚約者のヒューは残らないといけないが、ヴァルスとエフィリアは帰っても大丈夫だぜ。辺境伯と夫人は来てないみたいだし。それにミューも今回は屋敷にいるんだろ?」


 食事を取りながら、ロヴェルがそんな事を言ってきた。今朝ヒューリアにも、ミューがいないことを不思議に思われたが、今回彼女は、父上の仕事に付き添っているため、屋敷にいる、とだけ伝えてあったのだ。

 何を馬鹿なことを。むしろ、俺としても、カートライア家としても、明日が本番だっちゅうに。


「ああ、父上たちはどうしても仕事が終わらなくてな。ミューも一緒に後から出立して、明日の朝に到着する予定だよ」

「へえ、わざざわ二日目だけ来るなんて、辺境伯も律儀だな」


 律儀? そう思ったが、リングブリム子爵も、父上とは知己の仲だ。リングブリム子爵の顔を立てて、父上がアーテマまで足を運ぶと思ったのだろう。


 それに、何度も言うが、カートライア家としては、明日が本番だっちゅーの。


「ああ、まあな、それに、屋敷の兵隊長とか、カートライア家ゆかりの人間も数名出場するからな、その応援もしなくてはならない」

「なるほど。まぁそれなら寧ろ好都合だ。折角の祭りだし、明日はみんなで一緒に見ようぜ」


 俺にコテンパンにやられたとはいえ、優勝し出番が終わったロヴェルは、まるで肩の荷が下りたように饒舌だった。いや、実際、肩の荷が下りたのだろう。

 自領の大会で、素晴らしい結果を残し、「ロヴェル・リングブリムここに在り」と示すことが出来たのだ。明日は祭りを存分に楽しんだらいいだろう。


「ああ、明日はみんなで楽しもうじゃないか」


 そう言った俺に、ロヴェルは満面の笑みで頷いた。



 ――翌日。


 俺とエフィリアは、父上たちを出迎えるためという事情を伝え、会場で待ち合わせよう、と二人とは別行動を取った。二人は先に会場へ向かい、数多く出ている出店を物色するために意気揚々と出て行った。そうそう、たまには二人きりでのデートを楽しんだらいいさ。

 それにもちろん俺たちの行動に嘘はない。例え息子であっても、領主であり、かつ高位貴族である父上に挨拶を欠かすことは出来ない。今はリングブリム子爵が滞在している屋敷に顔を出しているはずだ。

 俺とエフィリアが挨拶をしに屋敷につくと、入り口で父上と母上と子爵に出くわした。


「父上、ご苦労様でございます。ご挨拶に参りました」

「おお、ヴァルス、今年もお前が勝ったようだな。良くやった」

「ありがとうございます。しかし、今回の最大の功労者は間違いなくロヴェルです。レバーシー伯爵領のダルーソン殿を破ったのですから」

「ああ、もちろんだとも。優秀な息子たちのおかげで我らが領地は安泰ですな、子爵」


 目の前に子爵がいる以上顔を立てる事を忘れてはならない。まあ、既にその話は一通り終わったようではあったので、俺の杞憂に過ぎなかったが。


「ヴァルス、エファ、私への挨拶はもう良い。お前は会場に向かってやりなさい。彼女はもう先に入っている」

「はい、ありがとうございます」


 父上の言葉を聞き、俺とエフィリアはその場を辞した。

 しかし、どうするべきか。きっと集中したいに違いない。俺が控室に顔を出して、プレッシャーにならないだろうか。


「兄上様、きっと邪魔になんてなりません。むしろ、余すことなく力を発揮するためにも、きちんと会いに行ってあげて下さいね」


 俺の考え込んだ顔を見てエフィリアがそう俺に言った。

 いや、にしても、心を読み過ぎだぞ、チミ。


 開場に着き、俺は控室に向かった。

 出場者以外は立ち入り禁止なので、エフィリアは先に客席で待っているロヴェル達のもとに向かった。いや、本来は槍の部には出ない俺も立ち入り禁止なのだが、そこはそれ。特別扱いしてもらった。それくらいいいでしょ。


 ……にしても、しまった。まあ、そうなるか。


「ええ!? ヴァルクリス様出るの? 終わった……」

「あ、いや、出ない出ない」


「ええ!? まさか、ヴァルクリス様、槍の部も出場を!?」

「いやいや、出ないから!」


「嗚呼、我とヴァルクリス殿を同じ時代に産まれさせるとは、天は、無常なり」

「だから、出ないって! 周瑜(しゅうゆ)か、お前は!」


 通路ですれ違うたびにこんなやり取りが繰り返された。有名人なのも困り者である。『スタッフ』と書かれた腕章でもつけてやろうか? まじで。


 控室に入ると、そこに彼女は居た。

 なんだか、僅か数日会わなかっただけで随分久しぶりに感じてしまう。


「やあ、ミュー」

「あ……坊ちゃま」


 緊張しているのが目に見えて分かった。


「カッコいいよ、ミュー。とても素敵だ」


 服装は普段と同じはずなのだが、エプロンとカチューシャを取ればそれはカートライア家の紋章が入った普通の濃紺色のワンピースである。そこに女性用の鉄の胸当てを身に付け、鉄の脛当て(グリーグ)鉄靴(サバトン)籠手(ガントレット)を装備した姿は、まるで戦死した勇者(エインヘリアル)たちを従える、乙女武神(ヴァルキリー)のようであった。


「は、はい、ありがとうございます」

「ミュー、勝ち負けが問題じゃない。君は思い切ってやればそれで結果はついてくるさ」

「……はい」


 やはり緊張している。こういう時、「一生懸命やれば良い」という綺麗ごとは、ミューにとって逆効果か。一度肝が据われば、ミューの精神は無敵なのだが……。

 うーん。


「全く、父上も母上も息子の試合は見に来ないのに、ミューの試合は最前列で見るってんだから、あり得ないよな。それに一介のメイドだった女の子が、今や辺境伯なんていう高位貴族の家臣なんて、普通だったらこれもあり得ない話だ。もうミューの人生はあり得ない話しか起こらない方向に流れてるんだから、覚悟を決めないとな」

「坊ちゃま」


 ミューの目に少し光が戻った。こういう風に、覚悟を決めさせた方がミューは力を発揮するのだ。


「ミュー、昔の君を思い出して欲しい。身分とか、血とか、そんなどうしようもない、抗いようもない敵が相手で、何もできない、諦めるしかない、そんな気持ちだったはずだ。

 でも今はどうだい? 自分の手で、得意の槍で、掴み取れるチャンスがあるんだ。そんなの、昔のミューの比べたら、幸運以外に無いはずだろ?」


 ミューがハッとしたように顔を上げた。


(そうだ。力や努力ではどうしようもない。諦めるしかない。ずっとそんな気持ちだった。

 あの時、ずっと思っていた。命を削るほどの努力で、ほんの少しでも、お慕いしているこの方と結ばれるチャンスがあるのなら、いくらでも命を削る。だからチャンスが欲しい、と。今、それを目の前にして、私は何をやっているんだ!)


 ミューの目に炎が灯った。

 よし、もう大丈夫。俺を打ち負かしたときの、いや、それ以上の精神状態だろう。


「さて、そろそろ行くよ。途中、動揺しないようにあらかじめ伝えておくけど、南西の二階の応援席に居るから」


 俺はそう言って立ち上がった。俺がどこにいるかをあらかじめ知らせておけば、ミューが試合の最中に、急に俺が目に入って動揺するような事態も無かろう。うん、我ながら抜け目ない性格である。


「残念です、坊ちゃま」

「ん?」

「私も、ロヴェル様とヒューリア様が、驚く顔を見たかったです」


 そう言ってミューは立ち上がりニッコリと笑った。その可愛らしい笑顔が、もはや俺には闘神に見えた。

 俺はミューの頬に手をあてた。ミューはその上から自分の手を重ね、しばし微笑みながら目をつぶった。




 応援席に行くと、ロヴェルとヒューリア、そしてエフィリアが買い込んだ食糧をほおばりながら談笑していた。


「おいおい、お前ら、買い込み過ぎだっての。牛にでもなるつもりか?」


 明らかに四人で食べる量じゃない。いや、食べ盛りの俺とロヴェルが居るから、食べきれなくは無いんだが。


「五人で食べるんだからこれくらい大丈夫でしょ。あれ? ミューは?」


 ヒューリアがきょろきょろと見回した。そうか、ミューの分も買っておいてくれたのか。そりゃあ悪い事を言った。しかし、すまないヒューリア。ミューがこれを食べる事は無い。


「じゃあ、みんなで応援しましょうね! ロヴェル様、ヒューリア様」


 俺がどう誤魔化そうかと思った瞬間に、エフィリアがそう口を開いた。そして、二人が「誰を?」いう顔をしたその時、開始の合図が鳴った。


 ブオォー! ブオォー!


「これより、第五回、北東三辺境領剣術大会、槍の部の一回戦を開始します。初戦は、優勝候補の一人! ラザフ男爵領の槍の使い手、ゲンフィ」

「あ、あいつ、前回の準優勝者ね。結構な使い手みたいよ」


 ヒューリアがそんな事に詳しいとは思わなかった。しかし、そういえば前回大会はパリアペート男爵領で開かれたから、イヤイヤでも見ないわけにはいかなかったのだろう。きっとそれで印象に残っていたに違いない。


「あれ、対戦相手、女の子だぞ? ……あれ?」

「本当だ、大丈夫なの? ……ん?」


 ロヴェルとヒューリアが二人同時に何かに気づいた時、その答えとなるコールが響き渡った。


「対するは、剣の部の殿堂入り優勝者、ヴァルクリス・カートライア様の一の家臣。カートライア辺境伯家より、ミュー・ラピスラズリ!」


「「えええええ!!?」」


 ロヴェルとヒューリアが、飲み物をこぼしながら勢いよく立ち上がった。

 全く、こっちにまで少し飛んだだろうが。


 まあそりゃあそうだろう。いつも一緒にいた友人のメイドさんが、目の前で、鎧を身に付けて槍を構えているのだから。

 今にも何かを叫びそうな二人だったが、ニッコリと微笑んだエフィリアが人差し指を口にあてるジェスチャーをするのを見て、その叫びを無理やり抑え込んだ様であった。そして、座席に座ると無言で目の前で槍を構える二人を凝視した。状況はともあれ、ミューがこれから目の前で戦う。それだけは確かなのだ。


 ちなみに「ヴァルクリス・カートライアの一の家臣」という文言は、俺の方から審判側にこっそり伝えておいた。あちらサイドとしても盛り上げたいだろうし、ああ言われれば今のミューならば、俺の名前に泥を塗れないと、本気でやっちゃってくれると思ったからだ。一挙両得である。

 さて、本気のミューの戦いを見ようじゃないか。


「始め!」


 合図の声が響いた。その刹那。


 ヒュン!!



 風が動いた。



 ドッ! ドッ! ガガッ!


 瞬時に、的確に間合を詰めたミューの槍が音を立てていた。


「あ……そ、そこまで! 勝者、ミュー・ラピスラズリ!!」


 ……。


 開始3秒。

 開場が沈黙に支配された。


 ゲンフィ自身も、何が起こったか分からずに、立ち尽くしていたが、じんわりと襲ってくる痛みのせいで、ガックリとその場に膝をついた。その痛みが、むき出しであった腕と足の付け根を突かれた事を証明していた。恐る恐る鎧を見れば、心臓の部分が明確に何かにつかれて凹んでいた。


 うわあああああああああ!!!!


 それは今大会一番。それくらいの大歓声であった。


 横を見れば、完全にポカンと口を開けてあっけに取られているロヴェル。


「な、なんだ、全然見えなかった。何が起きたんだ?」

「ミューが家臣に取り立てられた理由。『そのうち分かる』って言ってたのは、こういう事だったのね」


 さすがのヒューリアも驚きを隠せない様子だった。


「どういうことだよ、ヒュー」

「つまり、その実力を辺境伯に認められたって事でしょ。ほら見なさいよ」


 ヒューリアが指を指した先には、大会の貴賓席があった。そしてそこでは、辺境伯夫妻が「当然の結果だ」と言わんばかりの表情で頷いていた。いや、頷いていたのは父上だけで、母ミネアは、普通に拍手していたけど。


「すげえ、あの試合を見ても、ラルゴス様が全く驚いても、喜んでもいねえ」

「ね、つまり、ミューをもってすればあれくらいは当然、って事なんでしょ。辺境伯にとっては」


 いや、ごめん、ヒューリア。勝手に誤解してるけど、父上はあれでめっちゃ喜んでるぞ。まだ一回戦ってのと、あまりに先に周囲が盛り上がってしまったので、逆に喜ぶタイミングを逸しただけだと思う。


「ミュー! すげえぞ!」

「やったー! ミュー、カッコいー!」


 ロヴェルとヒューリアがミューに向かって声援を送る。

 しかしミューは、といえば、別段喜ぶでもはしゃぐでもなく、ゲンフィに一礼をして、そのまま控室へ戻って行った。その一挙手一投足に迷いや無駄な動きなど皆無だった。一瞬ちらりとこちらを見たような気がするが、その表情は伺い知ることは出来なかった。

 普通、試合の前にどんなに集中していても、試合が終わり、かつそれが勝利を収めた後だとしたら、少しは安心や喜びで緩むものである。しかし、今のミューにはその様子は微塵も見て取れなかった。


 いや、これ、完全に優勝以外見えてないヤツだろ。


「兄上様、今の状態のミューに勝てる出場者は、果たしていらっしゃいますかしら?」


 エフィリアにも、ミューの闘志のオーラらしき何かが見えたらしい。全く同感である。

 一回戦の後、場合によってはミューに会いに行こうかとも思ったが止めておいた。今は何を言っても、今のミューよりも良い状態に出来る自信が無い。それくらい、ミューの精神状態は仕上がっていた。


 今日という日を境に、ミュー・ラピスラズリという名前は、北東三辺境領に知れ渡ることだろう。

 俺はそんな予感がしていた。




(第22話『ミュー・ラピスラズリ その2』へつづく)



毎日正午に投稿致します!

明日もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
トリッキーな設定、設定に沿った素直なストーリーテリング とっても面白いです! 登場人物も素敵で、楽しく読ませていただいています! これからの展開が楽しみです!
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