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第20話 ロヴェルの戦い

 ヒューリアのお披露目から約二か月後。前回魔王の討伐から50年目に当たる帝国歴742年であるが、無事に魔王が復活をすることは無く、その日を迎えることが出来た。


 そう、五回目の開催となる北東三辺境領主催による剣術大会の日である。


 開催地は三領地での持ち回り。今回はリングブリム領にある、唯一の闘技場施設を持つ、アーテマの街で行われた。


 とはいえ、初日の今日は剣の部なので、俺たちは基本、応援である。


 ちなみに俺については、三連覇した時点で少しルールが変わり、殿堂入りとなった。

 大会エントリーは出来ない決まりとなったが、かといって出場出来ないかと言えばそういう訳でも無く、つまり、優勝者とのみ戦うエキシビションマッチ要員に繰り上げとなったのであった。


 まあ、それも仕方ない。

 そもそもこの大会自体、ただのお祭りではない。領民の戦力の底上げの喚起もさることながら、力のあるものを見出して、身分と給金を保証して各領地で登用するためのもの、という側面も強い。実力がはっきりしている者が力を誇示するために出場することは本末転倒なのである。


 そんな訳で、俺たちは応援席で声援を飛ばしていた。


「どうよ、ヴァルス。なかなかやるでしょ」

「ああ、驚いたよ。なかなかやるもんだ」


 隣に座っていたヒューリアが得意げに俺に言ってきたので、俺もそれに同意した。


『勝者! ロヴェル・リングブリム!』


 今年の審判を務めるリングブリム子爵家の執事長が声を張り上げた。

 そう、今まさに、ロヴェルが決勝戦出場を決めたのだった。


 わあぁぁぁぁぁ!!!

 割れんばかりの歓声がロヴェルを祝福する。


一昨年(おととし)に初出場して、二回戦で負けてしまったのがよほど悔しかったみたいでね。あれ以来、本気になっちゃったのよね」

「なんだ、ヒューリアはそれが嫌なのか?」

「まさか。次期子爵家当主でもある婚約者が強くなるのを嫌がる令嬢は居ないわよ。もともとロヴィは本気を出せばやる奴だってのは知っていたし」


 ヒューリアはそう言うと、少し不満そうに口を尖らせた。

 とまあ、はたから見ればそういう印象なのだろうが、付き合いの長い俺たちは、ヒューリアのこの仕草が、カッコよく活躍するロヴェルを見ての「照れ」であり「デレ」であることは分かっていた。


「な、なによ、ロヴィのくせに、カッコよくなっちゃって……ふんっ! ま、まあ、私の婚約者だし、これくらい当然なんだけどね!」

という奴だ。

 いやまあ、仲睦(なかむつ)まじくて何よりである。


「ロヴィー!」

「ロヴェルさまー!」


 ロヴェルに向かって俺とエフィリアは声援を送った。そして、こちらに気づいたロヴェルは、ニッコリ微笑んでこちらに軽く手を挙げた。

 すると、いてもたってもいられなかったらしく、ヒューリアはその場で立ち上がり、右の拳をロヴェルの方に向けて突き出していた。ロヴェルはそれを見て、上げていた手をそのままに、グッと握りこぶしを作ってヒューリアに応えた。


 俺は、なんかもう、二人の親友のそのやり取りをみて感無量だった。

 それはエフィリアも同じだったらしく、その光景を微笑ましく眺めていた。


「ヴァルス、決勝戦、どう思う?」


 ヒューリアが座席につき、改めて俺にそう聞いて来た。


「ああ、まあ、正直言うと、少し分は悪いかもしれないな」


 そう、ロヴェルの決勝戦の相手、ダルーソンは俺が知っている相手だった。

 リングブリム子爵領の西にある森林地帯を隔てたその先にあるレバーシー伯爵領。そこの領主軍副隊長の男である。


 この大会も今回で5回目。徐々にその存在が近隣領地にも知れ渡り始め、最近はリングブリムの西のレバーシー伯爵領や、パリアペート男爵領の南のラザフ男爵領からも、少数ではあるが腕自慢が集まるようになった。

 そして、このレバーシー伯爵領の領主軍副隊長ダルーソンは、去年の優勝者であり、一昨年の俺の三連覇を決めた際の決勝の相手だった。去年のエキシビジョンマッチも俺が勝利したが、彼の打倒ヴァルクリスの執念はすさまじく、去年はかなり手こずった。ロヴェルも強くなってはいるが、果たしてどこまで太刀打ちできるか。


「ダルーソン殿は兄上様を倒すことに人生をかけておりますようですからね」


 昨年の彼の悔しがり様を思い出したのか、エフィリアがため息交じりに言った。


 ロヴェルは片手剣に小盾という装備。そしてダルーソンはトゥーハンデッドソードだ。


「でも、ロヴィは盾の使い方が上手い。あいつの武器を上手く捌ければ、勝算は十分にある」

「そう、なのね」


 俺の言葉に、ヒューリアは少し安心したように息を漏らした。


 そして、しばしのインターバルを挟んで、ついに両雄が姿を現した。

 大歓声が会場を包み込んだ。

 対峙する両者。と、思ったが、ダルーソンはくるりと90度回転し、ロヴェルに背、ではなく横顔を向け、サイドの客席に剣を向けた。

 そう、俺に向かって。


「ヴァルクリス・カートライア様、今日こそはあなたを破って見せよう!」


 ダルーソンの挑発するようなその態度に、応援席から歓声が上がった。もちろん、盛り上がりの歓声だけではない。相手はリングブリム子爵領の嫡男。そして今大会の開催地はリングブリム領だ。自分の領地の代表を無視するその態度に、観衆が怒りの声を上げるのも無理はない。


 いや、優勝してからやれよ、そういうパフォーマンスは。

 予告ホームランが成立するのは、アニメや漫画の中だけである。あんなもの、現実でやろうものなら、相手や、相手側のファンからの批判殺到は必至だ。それに凡退した時の自分へのダメージは計り知れない。精神的、そして社会的にもだ。


「ウキーッ!! なんなの、あの失礼な態度は!」


 ほら見ろ、隣でヒューリアがブチ切れている。とはいえかくいう俺も、親友を無視するようなその態度にムカついていた。

 俺はその言葉を聞き、ゆっくりとその場で立ち上がった。

 一瞬、場が静まり返る。観客が俺を凝視していた。

 俺は、ゆっくりと手を前にあげ、ロヴェルを指さした。そして静かに着席した。


 うおおおおおおお!!!!


 これまでにない歓声が会場を包む。

「そういう事は、我が盟友を倒してから言え」

 そう受け止めたのだろう。


 余りの会場の盛り上がりに、ロヴェルがやれやれと言う感じで苦笑していた。「これでみっともない試合は出来なくなったぞ、責任取れヴァルス」とでも考えてるのは見え見えだった。


「はわわ、兄上様、素敵です!」

「一言も発さずに、この空気、流石ね、ヴァルス!」


 横の二人がぱちぱちと拍手している。いや、ぱちぱちと可愛らしく拍手しているのはエフィリアだけだ。ヒューリアは、ゆっくりと首を左右に振りながら少しまるめた手の平でスローテンポに手を叩いていた。

 だから重役か、お前は。


 さすがにこの空気に気圧されたのか、ダルーソンはロヴェルに向き直り、軽く一礼をして非礼を詫びた。まあ、ダルーソンも悪役って訳じゃない。熱くなって、隣の領主の息子に無礼な態度を取ったことを詫びる事くらいは出来る男だった。ロヴェルは笑って、気にしてない、というジェスチャーを返した。


 会場が静かになり、改めて両者が構えを取った。


「始め!」


 合図とともに、ダルーソンが一気に間合いを詰める。そして、剣を袈裟斬りで振り下ろした。これだ。ダルーソンはその重い両手剣をかなり素早く振り回すことが出来る。ショートソードやレイピアではまともに受ける事すら難しく、避けても体勢を崩さないので、相手は防戦一方になる。


 ところで、ここでこの大会のルールに軽く触れておくが、各々の武器は自分の個性に会ったものを使って構わない。レイピアだろうが、エストックだろうが、曲刀(シャムシール)だろうが、双剣だろうが構わない。剣の部では剣、槍の部では槍に相当する獲物であればオーケーだ。

 かつ、どの武器も、木や鉄で出来てはいるが、刃の部分など全くないなまくらである。打撃によるダメージは多少はあるが、防具を身に付けているので、よほどのことが無ければ大怪我をすることは無い。まあ、鎧を着て野球のバットで斬り合っていると思えばいい。

 そして勝敗であるが、審判の判断で「本来の武器であれば致命傷だろう」という一撃を加えられた時点で決着となる。


 ダルーソンの一撃を大きく後退して(かわ)すロヴェル。しかしダルーソンは、二度、三度と剣を振り上げ、振り下ろし、下がるロヴェルに応じて間合いを詰めながら、ロヴェルの射程外から剣を繰り出す。押されたロヴェルはじりじりと後ろに下がるしかなかった。


「やはり、あの剣相手ではおいそれと受ける事は出来ませんね、兄上様」

「ああ、剣で受け始めれば、必ずロヴェルが不利になる。真っ向から受け止めれば、受け止めきれずにその重さでざっくりいかれてしまうだろうし、仮に受け止められても、数回で武器が折れかねない」


 エフィリアの感想に俺は同意した。本当にこの妹は良く見ている。


「あんな武器、卑怯よ! 遠くからちまちまと!」


 一方、婚約者の防戦一方の戦いに焦りを抑えられないヒューリア。


「いや、ダルーソンの力があってこその作戦だ。他の人間があの剣を使っても、空振りすれば隙だらけだ。それを腕力で、あのスピードで振り回すことで、近づけさせる隙を与えない。シンプルだがきわめて有効な戦い方だ」


 ダルーソンは徐々に間合いを詰め、ロヴェルが受け止めざるを得ない範囲で攻撃を行っていた。ロヴェルは少し軸をずらして下がろうとするが、ダルーソンも壁に追い詰めるのが目的の為、同様に軸をずらして、回り込めないようにしている。このままではジリ貧である。


「ああ、このままじゃ壁に追い込まれる!」


 ロヴェルが壁を背にするまで、残り三メートル、と言ったところである。


「ロヴィはうまく(さば)いている。しかし、壁を背にすれば負けだ。窮鼠(きゅうそ)が猫を噛もうにも、猫にそれを察知されれば、逆転の目は無い」

「ヴァルス、どうすれば!?」

「ダルーソンは、今、ロヴィを壁に追い込むことに気を取られている。ロヴィが反撃をするとすれば、もう下がれなくなった時だと考えているからだ。相手の油断を突くには、『まだ下がれる』という選択肢が残っているうちに前に出るしか……」


 俺がそう言った、瞬間、ロヴェルが大きく前に傾いた。ダルーソンは完全に突きのモーションに入っていた。


「あっ!」


 エフィリアが声を上げる。

 ダルーソンの突きを、体を低くして、盾に(かす)らせ、僅かに軌道をずらしながら、一直線に懐に飛び込んだ。


(そっちはダメだ!)


 俺は瞬時に思った。ダルーソンは左足を前に出して半身で突きを繰り出している。その正面、つまり、ロヴェルから見て左側に移動すれば、力任せの蹴りが飛んでくる。鉄の脛あて(グリーブ)を身に付けた足で、剣ごと蹴られれば、例え相打ちに持ち込めても、どちらも致命傷の判定にはならないだろう。

 予想通り、ダルーソンは前足に体重を乗せ、そのまま力任せにロヴェルに蹴りを放った。

 その瞬間、ロヴェルは、剣を地に差し、自身の軌道を修正するとダルーソンの軸足の外側に飛び込んだ。そして盾を相手の軸足に絡めてダルーソンの背後に回り込む。力任せの蹴りを放ったダルーソンは、その当たるはずだった力の行き先を失い、大きくバランスを崩した。


「なにっ!?」


 ガツンッ!


 大きく鉄がぶつかる音がする。ロヴェルの剣が、ダルーソンの背中に振り下ろされていた。


 ……。

 場内が一瞬静まり返った。そして。


「そこまで!! 勝者、ロヴェル・リングブリム!」


 審判が高らかに宣言した。


 うわあああああああああ!!!


「きゃー! ロヴィ!!」

「やった、やりましたわ兄上様!」


 女子二人が抱き合って喜んでいる。俺も立ち上がって拍手喝采していた。


 何が起こったのか分からないように立ち尽くしていたダルーソンであったが、我を取り戻すと、ロヴェルに歩み寄り握手を交わした。

 そう、別に悪い奴じゃないんだよな。


 そしてそのまま、表彰式が執り行われた。

 表彰するのは、今年はリングブリム子爵である。子爵は若干目に涙を浮かべていた。思えば昔から息子には小言ばっかりだった子爵だが、優勝し立派に育った息子を表彰する気持ちはいかばかりであっただろう。


 表彰式が終わり、ロヴェルが戻って来た。


「よう、見てたか、ヴァルス!」

「ああ、おめでとう、ロヴィ!」

「おめでとうございます。ロヴェル様!」


 ロヴェルを見るやいなや、俺とエフィリアはロヴェルに賛辞を贈った。本当に見事な一戦だった。

 そして、ロヴェルがヒューリアに目をやった瞬間、ヒューリアがロヴェルの胸に飛び込んでいた。


「やったねロヴィ、カッコよかった」

「あ、ああ、ありがとう、ヒュー」


 二人のそんな様子を見て、俺とエフィリアは目を見合わせ、そして微笑んでしまった。

 これが幸せのおすそ分け、と言うヤツか。違うか。


「さて、特別試合は一時間後だ。これまで、お前の戦い方は嫌という程研究してきたからな。一筋縄でいくと思うなよ」

「はは、お手柔らかにな」


 俺たちはお互い拳を軽く合わせると、準備の為に別れた。

 さて、ロヴェルはどれほど強くなっただろうか。

 とはいえ、俺も譲る気など全くないが。まあ、せいぜい、良い試合をしよう、親友よ。


「あのぉ~兄上様」


 青春の味に浸っていた俺に、おずおずとエフィリアが俺の袖を引っ張った。どうしたんだ、そんなにバツが悪そうな顔をして? まさか、俺が負ける事を心配してくれているのか?


「ところで、兄上様。ロヴェル様の研究と対策の成果は、果たして今回お役に立ちますでしょうか?」


 ……あ。そういや。


 いかん、そういえばすっかり忘れていた。

 ……すまん、ロヴェル。



 ――一時間後。


「これより特別試合を執り行います。ロヴェル・リングブリム殿。ヴァルクリス・カートライア殿、前へ!」


 審判の声に従い、俺は一年ぶりにこの場所に立ち、そして、親友と対峙した。

 きっと壮健さが漂う、優勝者としての凛々しい顔をしているに違いない。

 そう思い、俺は顔を上げる。


 ロヴェルは、顎が外れんばかりにあんぐりと口を開けて、固まっていた。


 あ、やっぱり?


「さあ、どっからでもかかって来な、ロヴィ!」


 俺はそう言って、自分が手に持った双剣(▪▪)を構えた。


「ななな、なんだよそれ! お前、いつから二刀流になったんだよ?!」

「え、と。公式試合では、今日からだけど」


 いや、なんだよ、と言われても。

 単純に、飽きたのだ。

 だって、物心ついてからずっとブロードソード一筋だったのだから。

 魔物に囲まれた時の事を考えて、獲物は多いほうが良い。そう思って、内密にトレーニングしていたのだ。あ、もちろん、エフィリアとミューは知っているけど。

 そしてきっとロヴェルは、今までの俺戦い方を隅々まで研究して来たに違いない。そう、俺の一刀での戦い方を。


「聞いてねぇー!!」

「おいおい、ロヴィ、ほんとの強者(つわもの)は、相手がどんな武器だろうと勝つ。そういうものじゃないかい?」

「そ、そりゃあ、そうかもしれねえけど……」


 ぶつくさ言っているロヴェルを無視して、俺はもう一度構えをとる。


「始め!」

「うおおおお!」

「ちくしょー!!」


 こうして、俺とロヴェルの初めての公式試合が始まった。

 ごめん。そして、ソッコー決まった。

 うん、やはり双剣使いはイイ。攻撃のバリエーションが豊かだな。


 そして、試合後、がっくりうなだれるロヴェルを、全員で慰めるのだった。


 いやロヴィ、そんな目で見られても。何を使おうが俺の勝手でしょ?





(第21話『ミュー・ラピスラズリ その1』へつづく)

毎日正午に投稿致します!

明日もお楽しみに!

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