第17話 エフィリアの画策 その2
「兄上様のお気持ちを確認いたしましたので、私も、本気で動くことにします。しばし、準備に時間がかかりますので、また数日後いらしてください」
エフィリアとの会合の際、別れ際にそう言われた。
本気とか言うな、天使なんだから。
そして、その数日後。
準備が整った、とのことで、エフィリアに呼び出され、再び俺は彼女と相まみえた。
「さて、兄上様。こちらをどうぞ」
何かを手渡して来るエフィリア。準備の時間と言うのは、これを手に入れるための事だったのだろうか?
高価そうな布で綺麗に包装された小箱を、俺は受け取った。
「これは?」
「開けてみて下さい」
慎重に紐を空け、包みを開封する。
(おおふ!)
出てくる指輪。
いや、直球も直球。
つまりこれをミューにプレゼントしろって事か?
ちなみにこの世界でも、指輪のプレゼントが地球と同じ意味を含んでいる文化であることは助かった。
まあ、もともとはあちらの文化を継承している世界な訳で、当然と言えば当然なのだが。
もし「この国では、求婚する相手の前ではファイアーダンスを踊る文化なんです」なんて言われたら、一生独身が確定してしまう。郷に入りても従えない郷ってのはあるもんだ。
とはいえ……だ。
指輪だぞ、指輪!
そんなもん、前世でも、渡したことは愚か、買ったことすらない!
いや、更に言えば、こちとらホワイトデーのお返しさえ買ったことがないのだから!
何故かって?!
そのひと月前に、甘くて黒い呪物を貰った事が無いからに決まてーる!
そもそも、常々思っているが、男が女性の指輪を買うシチュエーションの時には、何故か内緒でというのがつきものだ。あんなもん、指のサイズも分からないのに、無理ゲーだと思うのだよ。
ん?
「お前、ミューの指のサイズはどうしたんだ?」
気になって聞いてみる。これは、指輪購入時の最難関である。……と、様々な文献に書いてあった気がする。
そう、主に『ラブコメディー作品』という文献に。
「はい、お待ちください」
エフィリアはそう言って、自分の机から、宝箱のような飾りがあしらわれた木箱を取り出した。
そこには、おもちゃの、そして中には本物の高価な指輪がいくつか入っていた。
「こちらですと、少々きついようでした。そして、こちらの指輪だと、ぴったりだったのですが、ミューがもう少し成長することを考えると、こちらのほんの少し緩めのサイズが宜しいかと。ですので、こちらと同じサイズのものを、ミューの好みに合わせて、購入してまいりました」
……な、なんと。
自分の手持ちで、あらゆるサイズを試して、かつ好みまで調査済みだったとは。
なんて軍師なんだ、わが妹は。
(……ミューの好みはこういう感じなのか)
俺は、瑠璃色に輝く宝石があしらわれたその指輪をまじまじと見た。
「あの時のブローチと同様に、兄上様の御髪と同じ色ですね」
エフィリアにニコニコ笑いながらそう付け加えられ、俺は柄にもなく、分かり易く照れてしまった。
「で、でも、怪しまれたりはしなかったのかい?」
「あら、兄上様。女の子が二人、アクセサリーをつけ合って遊ぶのに、なんの邪推が生まれると仰るのですか?」
……仰る通りです。
そして、俺の表情を読んで、エフィリアはクスリと笑って言った。
「ですから、申し上げたでしょ? 兄上様のお力になれるのは、私しかいない、と」
ああ、エフィリアよ。俺の天使よ。俺は、ゆくゆくはお前を宰相にしたいぞ。
全く、将来、この有能な娘の心を射止めるのは一体どんな男なのだろうか。外観では無く、妹のこの聡明さを好きになってくれる男でないと、俺は許さんぞ!
今更ながら、俺に、そんな兄心が芽生えるのだった。
「して、兄上様。こちらを渡す手筈なのですが」
だから、して、とか、手筈、とか言うなって……。
うちの天使も、悪い顔をするようになったものである。
頼もしいが、ちょっと残念に感じる俺がそこにはいた。
――そして、それからしばらく後。
ついに俺の成人パーティーが催された。
かといって、別に、国王陛下がいらっしゃるような盛大なものでは無い。
来賓の貴族といえば、東に隣接するリングブリムの子爵とその息子のロヴェル。南に隣接するパリアペートの男爵とその娘、長女ヒューリア、次女のウェリサくらいのものだった。後は、カートライア領の豪商、ロデリー商会の当主とその家族とか、直接面識のある、カートライア領内の村長、町長。屋敷に仕えている、辺境伯騎士隊の皆さんなどなど、貴族階級以外の参加者の方が多いくらいである。
まあ、正直、堅苦しくなくて安心した。
父上である、ラルゴス・リュド・カートライア辺境伯が壇上に立ち、ホール内が静まりかえる。
「諸君、本日は我が息子、ヴァルクリス・カートライアの成人の祝いにお集まりいただき、誠に感謝する。魔王の復活の前に、この儀を執り行えたこと、誠に嬉しく思う。
今は、前魔王がうち滅ぼされてはや48年目。私や、多くの同世代の人間は、魔王が滅んだ後に生を受け、安寧の時代を生きて来た。しかし恐らく、息子も、同年代の若き者たちも、これより始まる戦乱の時代を生きる事となるだろう。
しかし、我が息子ヴァルクリスは、幼き頃より文武に励み、武においては、大会で二年連続の優勝。名実ともに、この地域での最強の剣士となった。文においても、優れた視点と知識を持ち、驕り高ぶらず、領民とも分け隔てなく接する器を持ち合わせている。私などを遥かに凌駕する領主になるだろう。
どこに魔王が現れようとも、辺境伯領内の皆、そして、リングブリム子爵領、パリアペート男爵領の皆とも力を合わせ、共に乗り越えて行こうではないか」
こうして、拍手喝さいの父上の挨拶で、会は始まった。全く、ハードルを上げてくれる。
続いて、俺が壇上に立つ。
「皆様、本日は私めの為にお集まりいただきまして、ありがとうございます。ヴァルクリス・カートライアです。
これから先、厳しい戦乱の時代に突入することでしょう。しかし、私達の役目は、領民の安全と、産まれてくるであろう聖女様の手助けです。
そのためにも、リングブリム、パリアペートと手を取り、情報を密に取り、力を合わせていきたいと考えております。魔物を倒し、一刻も早く、次の『ヴィ・フェリエラ期』を迎えるために、共に戦いましょう!」
同様に拍手を貰う。しかし、個人的にはつまらない挨拶しか出来なかった。
もう少し、この世界の謎に迫り、核心を突く、そんな挨拶があったような、そんな気もしたが、今の俺にはそこまで思い至る余裕は無かった。
さて、これで、俺のすべきことはほぼ終わった。特別に舞踏会なんかがある訳でも無く、後は各々ご歓談タイムである。
勿論、次期カートライア当主である俺とつながりを持ちたい人、俺がつながりを持っておきたい人との政治的なやり取りは欠かすことは出来ないので、この場にはいなくてはならなかったが。
「よお! ヴァルス、成人おめでとう!」
「おめでとうございます、ヴァルクリス様」
頃合いを見計らって、一組の男女に俺に声がかけられた
勿論、ロヴェルとヒューリアだ。
いやはや、改まって言われると恥ずかしい。いや、割合で言うと50%は全く改まって無いんだけど。
「全くよぉ、めっちゃ最高な挨拶じゃねえか」
「ええ、全く。本当に素敵でした。ロヴィの時なんて、私との婚約の話なんてしちゃったもんだから、成人の挨拶が、結婚の挨拶みたいになって、凄い恥ずかしかったんだから」
「ははは、ああ、あれね」
そういや、去年のロヴェルは、喜びと緊張でパニクってたな。
「でも、同感ですわ。私達、力を合わせて、魔王と戦いましょうね!」
「おお! やってやるぜ! 色々と助けてくれよ、ヴァルス!」
「お前は頼る前提か!?」
そう言って三人で咲いあった。
……俺はふと思った。
地球では、こんな風に将来を誓いあい、きっと生きている限り支え合って行く仲間などいたことはなかった。
就職して、結婚して、子供が出来て。
そういうイベント事の度に、付き合いが無くなって行く。
それが当たり前の世界だった。
だから……なんていうか、そう、きっとこういう時に使うんだ。
感無量。
そんな、温かい気持ちがいっぱいになった。
そして、俺たちは改めて、共にこの三人で領地を守っていこうと、桃園の誓い異世界版さながらの約束をしたのだった。
「そうそう、今日は妹も来ているわ。ウェリサ!」
思い出したようにそう言って、ヒューリアが別のテーブルで食べ物を物色していた少女を呼んだ。
その少女は、その声にハッとしてあたりを見回し、こちらを見つけると、小走りに近寄って来た。
「あ、あの、お久しぶりでございます、ヴァルクリス様」
「ああ、お久しぶりだね、ウェリサ」
当然、パリアペート男爵家にも何度もお邪魔したことがあるので、次女のウェリサ・パリアペートとは面識はあった。
それにしても、なんだか今までとは接した感じが違うようだが?
「ウェリサはね、去年の剣術大会で優勝したあなたを見てね、もうそりゃあ、ヴァルスが憧れの存在になっちゃったんだから」
からかうように姉にそう言われ、ウェリサは顔を真っ赤にしてもじもじした。
「駄目よ~、あなたは次期男爵なんだから。次期辺境伯様をお婿に向かえるなんて夢のまた夢なんだから」
「も、もう、姉さま、分かってますって! 私のは、そういうんじゃないもん。遠くから見ているだけで十分に幸せなの!」
ウェリサ、頼むから辺境伯家に貢ぐようにはならないでくれよな。
「次期辺境伯でありながら、北東三辺境領最強の剣士。大会では二連覇。魔王なんか来ても、私達の同盟の前には、成す術もないでしょう!」
しかしまあ、なんというか、もう、ウェリサには、パリアペート男爵の当主としての自覚が現れているようで何よりだった。ヒューリアとそのことで揉めていないか心配だったが、それも杞憂の様だった。
いつの間にかヒューリアが俺の横に来て俺だけに聞こえるように言った。
「ねえ、ヴァルス、あなた婚約者はいいの?」
「ああ、俺にはまだ、良いかな」
まあ、心配も当然だろう。本来ならば、今日この日までに決めておくのが、貴族としての通例なのだから。
「ふうん。ま、大変だと思うけど、頑張んなさいよね」
「……なんの話だ?」
「べっつに~」
意味深にそう言うと、ヒューリアは笑いながら、ロヴェルの元へ歩いて行った。
ヒューリアには、バレているのだろうか。
もしやあの時、あのロヴェルと婚約を結んだあの日の、彼女のあの言葉は、俺に教えるための、俺へのエールだったのだろうか。
(……まさかな)
その時、俺は、ホールの隅でメイド長と何やら話していた指揮官、もとい、エフィリアと目が合った。
そして、彼女はゆっくりと頷いた。
俺もそれに合わせて頷く。
もう宴もたけなわ。
俺にとって、運命の時と言っても良い。
その時が刻一刻と近づいて来ていた。
(第18話『告白』へつづく)
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