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第15話 ミューの決意 その2

 「私は……この先も、坊ちゃんと、エフィリア様を、何があっても守ります。私が勝って、坊ちゃんの信頼を得られるならば、私は、坊ちゃんを……倒します」


 そのミューの決意の言葉を聞いて、周りの観客も沸き立った。


 そりゃそうだ。たかだか貴族のお坊ちゃまお付きの平民メイドが、領内最強の剣士である主人を打ち倒すと宣言したのだ。

 父上やボルディンスなんて、唖然としている。いや、多分怒ったわけでは無いだろう。いつもお(しと)やかで、礼儀正しく、腰の低いミューの口からそんな言葉が飛び出すのを聞いてびっくりしたに違いなかった。


 ついでに言えば、エフィリアは、楽しそうにニコニコ笑って成り行きを見守っている。やはりあの天使は大物である。


 その外野の雑音など、全く気にしない様子で、ミューは決意に燃えた凛とした目を俺に向けていた。

 これで良い。


 俺は若い執事見習いのレネスに、ミューは後輩メイドのエミィにそれぞれ手伝ってもらい、防具を身に着けた。防具とはいっても、剣道具みたいなごつごつした装甲では無く、簡単な胸当てと手甲くらいのものだが。分かり易く言うとアレだ、初期の流星拳の彼、くらいの装甲だと思ってもらえばちょうどいい。


 準備が整い、俺はミューと、槍の部の形式に(のっと)った間合いで対峙した。大体、5メートルくらいだ。

 そしてゆっくりと呼吸し、お互いに構えを取る。


 あ、しまった、はじめの合図。


 俺はボルディンスをちらりと見た。ボルディンスはその一瞬で全てを理解したらしく、慌てて立ち上がり、手を真上に上げた。さすがに我が家の宰相は優秀である。ちなみに格闘技のレフェリーの様に、二人の間に割って入るようなことはしない。いや、普通に危険だから。


 きっと、一瞬で決まる。


 リアルな戦いとはそういうものだ。何手も何手も、アクロバティックに、踊るようにカンカン打ち合いまくるのは、舞台や映画の中だけの話なのだから。


「それでは……始め!」


 ボルディンスが手を振り下ろし、ミューとの手合わせが始まった。


「参ります! ふっ!」


 ミューが、素早く間合いを詰め、素早い突きを連続で繰り出してくる。


 良い間合いだ。


 剣が届かず、槍の穂先だけが相手の身体を捉えることが出来る的確な間合い。

 こちらが一歩下がると、全く同じタイミングで同じ分だけ距離を詰めてくる。並みの人間なら、もうこれだけで、二、三回は槍が体に突き刺さっているだろう。


 僅か二秒ほどの間にミューの突きを四度剣でいなし、大きく一歩後ろに下がる。同様に間合いを詰め、強めに突き出した追撃の一手を、下から大きく振り払い、俺は一気に懐に飛び込もうとした。


 これは対槍の常とう手段。


 槍を戻してもその穂先は間に合わない。こちらの一振りを()で受け止めるだろう。そこで、こちらがその見え見えで振ったその軌道をずらし、サイドに回り込む。受けようと踏ん張っている足を払って、バランスを崩せば終わりだ。


 しかし……。


 俺のその予想は、あっけなく覆された。


 大きく上に振り払われた槍は、その勢いを加えたまま、ミュー自身が回転の軸となり槍の石突き部分が下から飛んできた。


(うおっ、あぶねえ!)


 すんでのところで(かわ)すも、そのまま回転したミューから遠心力のままに真横から、斜め下からと、交互に穂先と石突きが繰り出される。


(くっ! (かわ)しきれない)


 仕方なく、その薙ぎ払いを胴の真横で、剣で受け止める。

 その瞬間、その衝撃の反作用を利用し、逆回転して反対側の穂先が真後ろから飛んでくる。


(!!)


 もう、脊髄反射に近い反応で、その攻撃を体の向きをずらしただけで受け止め、そのまま、瞬時に槍の穂先を地面に向けて撃ち落とす。

 さすがにここまでの反応は予想外だったらしく、初めてミューの槍の動きが止まった。


「うくっ!」


 ミューに焦りが見えた。


(よし、貰った!)


 これで決まりだ。槍は、動きを止められ内側に入られればもう成す(すべ)はない。そうなればミューはもう蹴るか避けるしかない。

 俺はその槍の、穂先に近い柄の部分を足で抑え、そのまま、踏み込んだ。


 しかし、その瞬間。

 ミューは、なんの躊躇(ちゅうちょ)も無くその手から槍を離した。


 俺に斬りかかられて、避けるために離したのではない。その遥かに早いタイミングで、俺が穂先に足を乗せたそのタイミングで、離したのだ。


(なっ!?)


 若干でも、体重が穂先に乗っていた俺は、明らかに体勢を崩した。

 瞬時に考える。

 距離を取り、体勢を整えるか。しかし、それでは、これまでの二の舞である。

 今、ミューの手には槍が無い。いくらこちらが体勢を崩したとて、ミューは徒手空拳としゅくうけんである。かがんで拾い上げて、槍を構えるより、こちらの方が早い!


 俺はそう判断し、体勢を立て直そうとせず、そのまま前回り受け身の要領で一回転。


 そして横薙ぎで剣を振るった!


 ……静寂、そして決着。


 予想通りに、俺の剣の切っ先は、寸止めでミューの首筋の前で止まった。


 想定通りだった。


 俺の寸止めのその一瞬前に、何故か手に戻っていたミューの槍の穂先が、俺の眼前に止まっていた事を除けば。


 ……。

 静まり返ったままの空間。


「……ふう」


 俺は、ため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。そして、呼吸をするのも忘れて見守っていた観衆たちに、聞こえるように大きく宣言した。


「参りました」


 ……。

 ……。

 そして、何が起こったのか分からない様子で硬直していた空気が、ようやく動き出した。


 わあああああああ!!!!!


 割れんばかりの歓声があがった。


 いや、隊長たちとの手合わせを見て、強いとは思ってはいたが、まさかここまでだったとは。

 正直完敗だった。

 それにしても、お付きのメイドは槍が強いというのはあるあるなのだろうか。

 そのうち「雷速の戦乙女」とか呼ばれやしないか心配である。


 駆け寄ってきた従者や家臣の皆が口々にミューを囃し立てていた。


「ミュー、凄かったよ!」

「さすがミュー。坊ちゃんの専属はこんなに強く無きゃいけないんだね!」

「来年の大会は君が槍の部門で出場しなさい。そうすれば、両部門で我が辺境伯領の優勝間違いない」

「まさか坊ちゃんがミューより弱かったなんて!」


 おい、誰だ、今の一言はさすがに失礼だぞ。


「あ、あの、いえ、でも、一対一ならそもそも槍の方が有利ですし……その」


 急に日の当たる場所に連れ出された当の本人は、どう返してていいか分からずにあわあわと慌てふためいていた。そりゃそうだろう。貴族家の家臣から、次々に名指しで褒めたたえられるなんてメイドには有りようもない栄誉なのだから。


 俺は、その人だかりにゆっくりと近寄り、言った。


「ミューこれからも、父上や母上、そしてエファを守ってやってくれ」

「は、はい!」


 そうして俺は、ちらりと二階に目をやる。母上は拍手を抑えられない様子だった。そして父上は、というと……。

 驚いた表情のまま、身を乗り出したまま固まっていた。

 あれほど感情をあらわにしない父上が、あんな顔をするなんて相当だ。

 そりゃあそうだ。息子は、剣術大会二連覇の最強剣士。表彰式、そして祝勝会での大勢に囲まれた父上の鼻高々っぷりときたらそれはもう凄かった。

 その息子を、まさかそのお付きのメイドの少女が破るなんて、考えもしなかっただろう。


(よし、作戦通り。大会の二連覇はこの日の為の布石だったと言っても過言では無いのだから)


 こうして、辺境伯家の屋敷の中でささやかに行われた余興は、昼の休憩時間を終え、熱狂も冷めやらぬうちに幕を下ろしたのだった。



 ******



 ――その日の夜。


 領主の息子を打ち倒したその少女は、ラルゴス・カートライア辺境伯に呼び出されて、領主の執務室に居た。


「あ、あの、旦那様、参りました」


 ミューは緊張した面持ちで領主に丁寧にお辞儀をする。


「ああ、よく来たね、ミュー。突然呼び立ててしまってすまない」

「いえ、滅相もございません」


 ミューの姿を確認したラルゴスは、途中であった書類仕事の手を止め、横のソファに移動する。そして先に腰を掛けると、ミューを向かいに座るように促した。ペコリと礼をして、彼女はそれに従った。


「君の昼間の、ヴァルスとの立ち合い。観させて貰った」

「あ、いえ、その、は、はい!」


 さすがに幼いころからお世話人っているとはいえ、目の前に居るのは辺境伯その人である。伯爵位よりも高位に位置する身分の貴族の当主と、その執務室で、しかも一対一で話すなど、長い使用人人生で初めての事であった。


「そんなに緊張しなくていい。お前はヴァルスやエファ同様、娘の様に思っているのだからな」

「そんな、勿体ないお言葉でございます」


 ミューも、もっと小さい頃は、分別もまだ良く分からずに優しい領主様に甘えたりすることもあった。貴族のご領主様とはいえ「立派な大人」程度にしか認識していなかった時分の話である。

 しかし、徐々に世の中の事を学び、知識を身につけて行くうちに、幼き頃の、辺境伯への数々の無礼を思い出し、自己嫌悪になったものであった。

 そして、いつのころからか、甘えや馴れ馴れしさを無くしていった彼女のその接し方に、辺境伯は、頼もしさを覚えながらも、少しの寂しさを感じていた。


「今日ここに呼んだのは他でもない。君の今後の処遇について……ボルディンスとも話し合ったのだが……」

「は、はい」


(な、なんだろう。執事長とラルゴス様が話し合って、私の処遇? もしかして、坊ちゃんに危険なことをさせた罰とか? ……罰は良いけど、クビになるのは嫌だな)


 完全にネガティブな思考でびくついているミューをみて、ラルゴスは優しく微笑むと、言葉を続けた。


「ミュー、君をカートライア辺境伯家の家臣として正式に取り立てようと思う」

「……へ?」


 一瞬何を言われたかが分からずにポカンとするミュー。それもそのはずである。ヴァルクリスがこの場に居れば「孤児出身の使用人が、辺境伯家の家臣など、派遣労働者が厚生労働大臣になるくらいのものだ」と思ったことだろう。


「なに、当面、仕事は今までのままで構わない。ヴァルスの成人と共に、君を正式に我が家の家臣にしたいと思う。

 それまでに、そしてそれ以降も、今以上に学びなさい。魔王が復活すれば忙しくなる。君にはヴァルスの傍で、家臣としてあいつを支えてやって欲しい。

 あ、そうそう、家臣ともなれば、その家の開祖となるのだから、家名を決めておくように。話は以上だ。拒否は許さんぞ」


 文言だけ見るときついように思えるが、最後のその言葉は、正に、柔らかい笑みを浮かべた、優しい父親のそれであった。ミューは、領主の言葉を耳で、心で噛み砕くうちに、ポロポロと大粒の涙を流していた。そして、自然とその場に跪いた。


「あ、あ、ありがたくお受けいたします。私はここに、カートライア辺境伯家に生涯の忠誠を誓います」

「ああ、我が家としても、優秀な家臣がまた一人増えて嬉しいよ」


 そう言ってラルゴスはミューの前にしゃがみ込み、その頭を優しく撫でた。


 ミューはその辺境伯の手のひらに、人生で初めて「父親の温もり」のような温かさを感じた。



 ******



 ミューが父上に呼ばれて、もう半刻。

 そろそろか。

 そう思い、父上の執務室へ通ずる廊下を歩いていると。


 目を真っ赤に腫らしたミューが、放心状態でふらふらと歩いてくるのが見えた。


「ミュー、大丈夫?」


 声を掛けてみる。

 俺の姿を見たミューは、腫らした目にもう一度涙を溜め込んだ


「坊ちゃああああああああん!!!!」


 そして、サクラセブンズばりのタックルで俺に突進してきた。あ、女子ラグビー日本代表ね。


 ミューの気持ちが収まりそうになかったので、その晩は、しばらく、エフィリアと三人でお茶をすすり続けたのだった。

 そして、ミューの頭をひたすら撫で続けるエフィリアを見て、俺は、全くどっちがお姉さんか分からんな、と思いつつも、良い姉妹だなと、ほっこりしたのだった。


 ところで……。


「あの試合、何が起こったのか分からなかったんだけど、ミューはどうやってあのスピードで槍を拾って、構えたんだ?」


 ミューは確かに槍を両手から手放して地面に落とした。そこから俺がミューに剣を向けるまで、二秒はかからなかったはずだ。いくら何でも不可能だろう。


「……え、と、その……あの」


 ん? なんだ。答えにくい内容でも無いと思うが?


「ミューは、落とした槍に、自分の足の甲を挟ませていました。そして、そのまま蹴り上げて、槍を拾ったのですよ」


 代わりに、エフィリアが説明した。

 なるほど、あの瞬時にそんな判断をしたとは。本当に完敗であった。

 そして、ミューが答えにくかった要因が分かった。


 その姿で足を蹴り上げたら、そりゃあ丸見えだっただろう。中にペチコートを穿いているとはいえ、流石に口に出すのは恥ずかしかったに違いない。


「あ、あの、将来、坊ちゃんと共に戦うためには、どうしても、勝たなくてはいけなかったので」


 顔を真っ赤にしながらもそう言った彼女を、俺は、優しく抱きしめたのであった。


 こうして、ミューには明かさなかったが、俺が彼女に立ち合いを申し込んだ、もう一つの目的も、無事達成出来たのであった。




(第16話『エフィリアの画策 その1』へつづく)


毎日、正午に投稿致します!

明日もお楽しみに!

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