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第12話 彼女のバースデー大作戦 その2

 屋敷を出た俺とエフィリアは、ミューを連れて、あらかじめエフィリアが準備していた馬車に乗り込んだ。

 まあ、ぶっちゃけ行くのは領都だ。徒歩でも行ける距離だが、ドレス姿のエフィリアを連れているので馬車を用意した。


 ところで「領都」というのは、その領地の中心部。つまりカートライア邸があるこの街のことだ。「王都」は「王宮のある都市」、「領都」は「領主邸のある都市」というわけだ。

 カートライア邸は街の中心部から少し離れた、閑静な住宅街のさらに奥にある小高い丘の上にある。さすがに繁華街のど真ん中に領主邸を建てるような、そんな映画に出てくる中華マフィアみたいなことにはなっていなかった。


 ……本題に戻そう。


 馬車に揺られながら、目下、一つの問題について俺は考えていた。


 俺たちからすれば、いつも世話になっているミューに、二人から誕生日プレゼントを贈りたい、ただそれだけだ。

 しかし、この封建主義的な貴族社会の世界では、貴族の家の者がその使用人の為に馬車を用意し、街に連れて行き、あまつさえプレゼントを選ばせるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないイベントである。

 エフィリアは、さすがに生まれてからずっと俺の近くに居ただけあって、この世界の常識に染まることなく、俺に近い考えを持ってくれていた。やはり子供が育つ環境というやつの影響は計り知れないな。いや、前世独身の俺がしみじみ言っても説得力は皆無だが。


 ともあれ、今、ミューは「自分の誕生日のプレゼントの為に、俺とエフィリアと共に馬車に乗っている」という事を知らないのだ。いや、下手すれば、今日が自分の誕生日である事すら忘れている可能性も高い。


 この世界では、誕生日を祝う慣習が無いとか、貴族だけの祝い事だ、とかそういうのは特に無い。ヴィ・フェリエラ期は平和で豊かな時代なのだ。平民でも普通に誕生日のお祝いくらいはする。

 しかし、ミューの場合、物心つくかつかないかの頃に、孤児院でシスターに祝ってもらった大昔の記憶しかないため、もはや正確な日時すらあやふやな可能性すらあった。


 まあ、エフィリアが本人に直接聞かずに、孤児院のシスターに聞きに行ったのは、驚かせたいためだろう。それにしても、あのこないだの王宮会議「シナディリオ」の間に、そんな事をしていたとは。妹の行動力には驚いたぜ。


 で、それの何が問題なのかと言うと……。


「あの、ところで坊ちゃま、お嬢様。今日はどのようなご用事なのでしょうか?」

「う、うん」


 そら来た。


 別に俺たちはわざわざサプライズをするためにこんなことをしている訳では無い。


 ミューの事だ。

 誕生日プレゼントだから好きなものを選んでくれ、なんて言ったら、恐縮してしまい、ろく選べないに違いない。最悪一番安いものを選んでしまう。

 だからそれとなく街へ連れだし、彼女が欲しそうな物を調査する。それを屋敷で渡す。そういう流れにしたのだ。


 もちろん全てエフィリアの提案です。


(さあ、エファはミューの質問になんて返すのかな?!)


 今日の企画発起人であるエフィリアの返答のお手並み拝見である。

 俺はそう思い、ちらりとエフィリアを見る。

 目が合った。

 いや、その目が何かを語っている。

 少し含みを持たせた笑い。何かを期待するような目。天使のような外観。

 いや、外観はこの際どうでも良い。

 それらを総合した結論。その目はこう語っていた。


(お手並み拝見ですわ、兄上様)

と。


 いやいや、嘘だろ!

 前世においても、女の子の誕生日プレゼントをサプライズで買いに行くための誤魔化し方、なんて未経験も甚だしい領域である。


「あ、あの、何かまずい事を聞きましたでしょうか?」


 黙る俺たちに、ミューが心配そうに答えた。

 いやいや、プレゼントを贈る本人を心配させてどうする。

 どうしよう、なんて答えるのが正解なんだ?

 くそ、駄目だ、分からん!


「……ふっ、時が来れば、おのずと分かるさ」


 とっさに口を突いて出た、謎の言葉。いやどこの影の実力者だ!?

 見れば、エフィリアが顔を真っ赤にしている。どうやら笑いを必死に堪えているようだ。


「ぶっ!」


 訂正しよう。堪えていたようだ。

 さすがに急に噴きだしたエフィリアを見て、ミューが戸惑っている。


「あははは。いえ、実はね、今日は兄上様が、以前、調べもののお手伝いをしたご褒美として私に買って下さる、と約束してくださったアクセサリーを見に行くのです。折角なので、ミューの意見も聞きたいなって」

「そうなのですね。でも、あまりそういったお店には入ったことがないので、私がお供してもお役に立てるかどうか」

「いいえ、こういうのは第一印象が大切なんです。例えば、ミューは高くてそんなに惹かれない宝石と、安くても趣味に合う宝石とどちらが好きですか?」

「安くても趣味に合う方です」

「そうでしょ? でもね、貴族のほとんどの方は、高い方を選ぶ。例え趣味に合わなくても、値段と希少価値で見栄を張るために。

 だからね、値段に囚われずに、好きなものを選べる人のご意見っていうのは、とっても貴重なんですよ」


 俺は黙ってエフィリアの話を聞いていた。

 うん、さすがである。上手くまるめ込んだようだ。

 ていうか、はじめからエフィリアが話していれば良かったのではないか。

 まあ、でもいいか。こうしてエフィリアがニコニコしながら俺を玩具にするのも、一種の愛情表現だろう。


 それに、エフィリアのおかげで、ミューの好みのアクセサリーを、違和感なく探り出すことが出来る流れになった。さすがは我が妹である。

 いやあ、よかったよかった。


 しかし俺はまだ、この時、エフィリアのトラップにかかったままであることを知らなかった。


 馬車が宝石店につき、馬車から降りる。

 この世界の街は道幅が広いため、店の前に馬車を止めておいても問題は無い。辺境伯家の御者をその場に待機させて、俺たちは店の扉を開けた。


「辺境伯家のヴァルクリス様に、エフィリア様ではございませんか!? ようこそ我が店へ。支配人を呼んで参りますので少々お待ちくださいませ!」


 入口の女性店員が挨拶をすると、慌てて奥へ駆けこもうとした。


「いえ、お待ちください。……兄上様はミューと二人で物色していて下さいね」


 エフィリアは俺にこっそりとそう言い残すと、引き止めた店員と共に、奥へ向かってしまった。


 うーん、困ったな。

 しかし、折角だ。ここはうまくエフィリアが戻ってくるまでの時間稼ぎがてら、ミューの好みを調べてみるとしよう。


「俺は宝石やアクセサリーの事は良く分からないから、本人がいなくてはどうしようも無いのだが。そうだ、例えばミューならどれが好きなんだい?」


 見よ! 完璧なアプローチ。これで、ミューの好みは俺に丸わかりだ。ふははは。


「そうですね……。あ、これなんかとっても良いと思います」

「うんうん、他には?」

「えーっと、後は、これとか、これとか、それにこれなんかも素敵ですね」


 ミューがてきぱきと宝石がはめ込まれたアクセサリーを指さしていく。もう、彼女の趣味趣向は俺には丸裸同然だ。


「うんうん、とっても素敵だね」

「はい、どれもエフィリア様にお似合いになると思います」


 ……ん?

 ホワッディッジューセイ?


「エフィリア様は、綺麗な金髪と、それに似合う青や赤いドレスを良く身に付けられておりますから。髪の色に合う黄色の宝石のネックレスやブローチ。ティアラでしたらドレスの色に合う赤や濃い青が宜しいかと。でも、それでしたら、緑色や紫のお召し物の時には合わなくなっちゃうかぁ……」


 しまった。これでは完全にエフィリアに似合うもの、という選定基準である。

 ミューのピンクがかった赤色の髪では何を選べばいいのか分からない。

 そもそもアクセサリーなんて、ドレスなどの一張羅(いっちょうら)に合わせて、色合いや形などを選定しなくてはならない。ドレスを着る機会なんて無いミューには何を送ればいいのかなど、俺には皆目もつかなかった。


 俺が別のアイデアを出せずにいる中、ミューはあれこれと「エフィリアお嬢様に似合うもの」を見繕っていた。俺は、若干上の空で相槌を打つしかなかった。


「折角坊ちゃまがエフィリア様に送られるのですから、喜んで頂きたいですね」


 そう真剣に、俺の代わりにエフィリアへのプレゼントを選んでいるミューを見ていると、なんだか本当に俺は、エフィリアの為のプレゼントを買いに来たのではないかという錯覚さえ覚える。


 そうして、何の有益な情報を引き出す事も出来ないまま、店内を一回りした辺りで、エフィリアが戻って来た。


「ごめんなさい。支配人さんに挨拶されちゃって。何かいいものは見つけられました?」

「はい、エフィリア様にお似合いになるネックレス、ブローチ、ティアラやブレスレットなど数点、選ばさせて頂きました」


 自信満々に言うミュー。うん、頼りになるぜ!


「ありがとうございますミュー。じゃあ、そちらを見せて貰っても?」

「はい、こちらです」


 ミューは、先ほど俺に提示して見せたアクセサリーを、今度はエフィリアに見せるために、本人を伴って店の中をもう一回りし始めた。

 あれ? マジで、エフィリアの為のお買い物になってないか?

 いや、寧ろ、ミューの誕生日というのは最初から嘘で、これはエフィリアの買い物なのでは?

 どこだ?

 だとしたら、どこからが偽りなのだ?

 そう、こういう場合、推理小説なんかのパターンとしてありがちなのは『最初から、全てが偽り』と言うやつだ。

 そう、つまり、俺は実は、貴族の嫡男などではなく、あの二人が辺境伯家の姉妹だったのだ!! 

 なんと!! 恐ろしい! 自分の推理が! 恐ろしいよ!


 二人は十分程かけて店を回り、俺のところに戻って来た。

 あ、お疲れさまでした。

 俺も、脳内一人遊びはほどほどにしよう。


「ふう、どれも素敵でしたね。よし、決めました。私はアレにしたいと思います」

「どれですか? どれですか?」


 ミューが、どの意見が採用されたのかを聞きたくてうずうずしているようにエフィリアに詰め寄った。


「うふふ、気になりますか、ミュー?」

「ええ、それはもう!」


 ミューの頭の中では、自分の選んだアクセサリーに似合うドレスを身に纏い、着飾った大天使エフィリエル様が浮かんでいる様であった。いや、気持ちはとても良く分かる。何なら俺だって、背中につける白い翼のパーツでも買ってあげたくなるくらいであるのだから。


 しかし、エフィリアは、何かに気が付いたようにハッとした表情を浮かべると、ニッコリ笑って言った。


「じゃあ折角なので、どれを選んだかはミューには内緒。今日の夕食後に兄上様のお部屋で衣装も合わせてお披露目しましょう。ですので、これから兄上様にお会計をお願いするので、ミューは先に馬車に戻っていて下さいな」

「ああ、それはとっても素敵です! 分かりました! 今晩が楽しみです」


 エフィリアの提案を聞き、ミューは嬉々とした足取りで馬車に戻っていった。

 店の入り口の扉が閉まると、奥から一人の女性店員が出て来た。


「エフィリアお嬢様、いかがでしたか?」

「ええ、やはり、あなたの予想通り、あちらのブローチが一番でしたね」

「はい、私ももう一度確かめましたが、間違いないかと」


 急に悪代官と越後屋みたいになる二人。


 悪代官エフィリア……。

 それはそれで可愛いな。


 いや、そうじゃない!

 なんだ? なんの話をしているんだ?


「えっと、エファ? ミューを馬車に返してしまって大丈夫なのか?」

「ええ、兄上様がミューとお店を回っている様子を、この店員さんと二人で観察させて頂きました。それで、もうミューが欲しがっている物は分かりましたので」


 どういうことだ?

 疑問に思っている俺に、エフィリアと二人で観察していたという女性店員が俺に説明をしてくれた。


「先程のメイドさんは、お嬢様のアクセサリーを選んでいらっしゃるご様子でしたが、その選んだものとは別に、節々に、目で追ってしまう、魅入ってしまう品が数点御座いました様子でした。

 それをチェックして、今度はエフィリア様に回って頂き、再確認していただいたのです。その数点の品にはどれにも共通した趣向がありましたので、好みである事は間違いないかと」

「その中でも、一番ミューが目で追っていたのが、リボンとしてメイド服にも私服にも使える、一番使い勝手が良いブローチ、という訳ですわ。兄上様がミューと店をくまなく回って下さったおかげですわ。ありがとうございました」


 なんと、全く気が付かなかった。


 それにしても全てがエフィリアの手のひらの上だったとは。

 諸葛孔明に振り回される司馬懿(しばい)の気分であった。しかし、この場合、諸葛孔明は味方なのだ。何と心強い事よ。


 そんな事を思った俺であった。

 その時は。


「これで私の(▪▪)プレゼントは無事に購入出来ました。さて、兄上様はどうなさるのですか?」


 ……え?

 あ、そういう感じ?


 司馬懿は、やはり味方でもなんでもなかった諸葛孔明の手のひらの上で踊らされている様であった。




(第13話『彼女のバースデー大作戦 その3』へつづく)

毎日、正午に投稿致します!

明日もお楽しみに!

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